いわゆる日本画がどのような評価(或いは鑑賞)をされているのか良く分かりませんが、
描く立場の方々の間では自らのスタイルを確立する事を含めて様々な試みがなされている様子。
当然ながら現代のサブカルチャー等に影響を受けつつも日本画という座標軸に対しては忠実で、
(その座標軸に対する自分の認識が果たして正しいのか、全く自信が有りませんが・・・)
表現的にかなり変容していたとしても日本画に慣れ親しんだ方々にはその名残が感じられる筈。
そうした中、現代日本画の今を担う新進・中堅の描き手達に女性が少なくないという事実は、
(多くのジャンルが未だにそうであるように)メインストリームが男性中心の日本画の世界で、
モチーフや具体的な表現方法を含めて目に新たな作品が生まれる可能性を秘めているようです。
(男女の違いを強調する訳ではありませんが、それが表現の幅に繋がり得るという気もします)
松井冬子さんは、おそらく(メディア等への露出も含めて)最も有名な現代日本画家のお一人。
当然ながら高い画力(純粋な技能としての確かな造型力や精緻な描写力)を備えた描き手ですが、
それに加えて松井さんの存在を(総体的に地味な日本画というジャンルで)際立たせているのは、
①何も知らない人が初めて松井さんを見たら、ほぼ間違い無くモデルか女優と勘違いする美貌
②そんなご本人からはイメージし難い、心理的・感覚的な「痛み」を伴うグロテスクな画風
という、メディアが好んで採り上げそうな「分かりやすいイメージの落差」に起因するようです。
美大で博士号を取得し10年く第一線で活動していますが、その知名度が飛躍的に高まったのは、
2008年に放送されたNHK「ETV特集」での「痛みが美に変わる時~画家・松井冬子の世界~」と、
数年前に開催された企画展「松井冬子展 世界中の子と友達になれる」(横浜美術館)でしょうか。
美術専門雑誌はもちろん、一般週刊誌や情報誌等にもたびたび採り上げられ、
例えば「AERA」の特集等で松井さんとその作品を何となく記憶に留めている方々も多いかも。
美術専門誌「アート・トップ」208号の対談記事(ネット上でも一部公開されています)を読むと、
松井さんが「男性・女性(と、その違い)」を非常に強く意識して描いている事がよく分かります。
絵を描く場合は常に「女性に向けて、女性が同調するであろうと思いながら制作して」いるとの事。
「女性は、女性性をもつものを自分と同一視して見る傾向がある」という女性観に共感できるなら、
松井さんが繰り返し描いている(しばしば生理的な違和感を伴う)グロテスクなモチーフの数々に、
観る人それぞれの温度差はあるにせよ何となく惹き込まれてしまう誘引力を感じるかもしれません。
「男性が観て分からないのは問題外」「雰囲気や色が主体ではなく、ロジックである必要がある」
とも語っていて、自作を「表現」というより「コミュニケーション」と捉えている印象を受けます。
(今でも手に入りやすいのは「美術手帖」あたりかも)
松井さんのような作風(というかモチーフ)は、ともすればメンタルなレッテルを貼られがちですが、
(例えば「トラウマ」とか「痛みと癒し」といった、今現在の物語に溢れている抽象的なレッテル)
精緻な筆致で描かれた、何となく心の中に引っ掛かりを覚えるような描写の数々に触れる事で、
必ずしもメンタルな意味付けを探し求めずとも純粋に「よくできた絵画」として楽しめる気がします。
そんな、或る意味で何でもありの(言い方を変えれば、伝統的な日本画の座標軸を外れている)、
観る人それぞれの肌感覚を刺激する独特の作風と美貌のギャップが、松井さんの魅力なのかも。