都会の人には手が届かない墓
ここ大分では、建てるのが当たり前。と、言っても、一昔前とは違い累代墓が主流。
僕の母方の爺さん、つまり祖父は、丸い棺桶に入り、土葬にされた。今じゃ、土葬の許可なんて出ない。遠い遠い昔の話。卒塔婆を立てて、暫く放置。やがて棺桶が腐り地面が陥没すると、そこに故人の墓を建てる。
だから、墓は一人用が当たり前だった。
しかし、近年、いかに田舎と言えども墓地事情は厳しくなり。一人用の墓は贅沢!ってことになった。それに、古い墓は、もう誰の墓なのか分からなくなり。一応、親族縁者という事でお参りはするものの、いまいちリキが入らない。
其の点、累代墓は、ご先祖御一行様という事で、気合が入れ易い。
さて、僕の両親は、とっくの昔に天国の住人になり、火葬されて骨壷に収まっているのだが、菩提寺が預かってくれると言うので、お言葉に甘えさせてもらった。しかし、先般、そのお寺に納骨堂が完成し、こちらを買っていただけませんか?と案内が来た。
先祖代々(聞いたところによれば、僕の爺さんが坊主と喧嘩して、寺を替えたそうな)お世話になっているお寺なので、これからもお世話になりたい気持ちはあるのだが、うちの姉が一言「といぃ!(遠い)」
親父の実家の町にある寺まで、我が家から車で二時間半、姉の家から車で一時間半。
遠いと言うより、親父の実家と付き合いをしたくないのが本音のようだが。
おそらく、墓参りをする回数は、長男の俺より、長女の姉の方が圧倒的に多いはず。
で、あるならば、やはり、姉の意見は尊重すべし!
ってことで、近所の霊園を見に行きました。
目の前に広がる別府湾。霊園からの眺めは最高です。
「今、お申し込みになると、○○様のお墓は、ここに建ちます。いい場所で御座いましょ?」
確かに、霊園からの眺めは最高だ。しかし、その場所に墓を建てるとなると、墓の正面が別府湾を向くことになる。我々は墓の正面に向かってお参りをするので・・・墓の背景は、どこかの会社が積み上げたコンテナとその後ろの名も無き山。
折角の眺望が台無しである。
「ここだけ?ここにしか建てられないの?」
「いえ、こちらにも御座います」
そこは、海向きの土地が全部売れて、その墓と背中合わせに山向きの土地を売っているのだそうな。
山向きの墓に向かってお参りする。墓の背景は別府湾。最高に清清しい気分である。
「ここにする」
「え?」
「あちらの方が、人気の場所ですが」
「いいんだ、僕は海を背景にお参りしたい」
「そうで御座いますか?お客様が宜しければ、当方に依存はございませんが・・・」
何とも歯切れが悪い。
自分が、いいと思って推薦した場所が、却下されたのが面白くないようだ。が、墓屋の機嫌などどうでもいい。俺は、買いたい墓を買い、建てたい場所に建てるのだ。
二週間後、ぐずる姉を説得して、現地視察を断行した。
「あんたが、長男なんだから、あんたが決めなさい。私は文句は言いません」
「田舎の寺の納骨堂は嫌だと言ったのは誰だっけ?」
「あら、そんな言い方はしてませんよ。できれば、こっちの霊園の方が。って、言っただけよ」
これだから、女は始末に悪い。
責任は、男に押し付けて、後でぐだぐだと文句を言うのだ。ってか、それが生甲斐。生きる糧。
しかし、さすがの姉も、別府湾を一望する眺めに感激。一発で、この場所を気に入った。
諸々協議の結果、1平米の一番小さな墓で、ちょっとだけ石に贅沢をすることになった。最も安い石で66万円だったのが、104万円に跳ね上がった。が、一生に一度の買い物である。親父とお袋のために、ここは奮発することにした。
銘板(故人の名前、法名、没年を刻んだ板)を建てることにしたので、位牌を持って行き、これで手続き完了かと思ったのだが、ここで事件は起きた。
「え~っと、それでは、家紋はどうなさいますか?」
「入れます」
「かしこまりました」
「我が家の家紋は下がり藤です」
「はい」
「・・・」
「え~っと、丸に下がり藤でしょうか?それとも、丸無しの下がり藤でしょうか?」
「え?」
「下がり藤には二種類御座いまして」
「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」
「お分かりになりますか?」
「下がり藤としか聞いてない」
「・・・」
「あぁ、そうだ、盆提灯に家紋が書いてあった」
「そうで御座いますね。玄関に下げる一対の盆提灯には家紋が書いてあります」
「調べて、連絡します」
「お待ちしております」
「姉ちゃん、盆提灯、あるやろ?」
「え?」
「玄関にぶら下げよった盆提灯」
「そんなもなぁ、もう、どこいったかわからん」
これじゃあ!姉は文句を言う割に、自分はきちんとしてない。
「盆提灯やら、今更どうするん?」
「家紋がわからんのじゃ」
「家紋?」
「そう!我が家の家紋」
「そんなもん、あったかね?」
「そりゃあ、うちは先祖代々、由緒正しい水飲み百姓じゃ」
「あんた、家紋言うたら、お武家様やらお公家様のもんじゃ」
「せやけど、あん盆提灯には、ちゃんと家紋が書いてあったじゃろうが」
「そうやな、何やら書いてあったなぁ」
「何やらじゃねぇじゃろうが!下がり藤じゃ」
「何ね。それやったらそれが家紋じゃぁら。何で、私に聞くんね」
「その下がり藤が二種類あるんじゃ」
「二種類?」
墓屋に聞いたことをかいつまんで解説してやった。
「へぇ、そりゃあ知らんやった」
「俺も、この前聞いて知ったんじゃ」
「で、どうするね?もう、あんたがどっちか決めたらいいがね。あんたの代からその家紋ってことにすれば」
嫁ぐ女と、家督を継ぐ男の違いだろうか。姉は、このようなことにとても寛容だ。悪く言えばいい加減。
百姓である我が家、恐らくは明治維新の頃に苗字と一緒に適当に決めたのであろう。しかし、それでも何代かは受け継いできた家紋である。家督を継いだ長男としては、疎かにできない。
「親父の実家に行って訊いてみるよ」
「好きにしなさい」
自分の意見が通らなかったら、急に投槍になる姉であった。
丁度、その週末に従兄弟が帰省し、ドライバーに駆り出されたので、図らずしも親父の実家に行くことになった。
「おばちゃん、うちの家紋は何?」
「え?何?家紋?」
「そう、家紋」
「知らん!」
「え!?」
「聞いたことがねぇ。うちに家紋なんかあるんじゃろうか?」
これ以上追求しても無駄だろう。親父の実家でも、昔は盆提灯を飾っていたはずだ。目にしてないはずはない。しかし、もう90を過ぎた御老体である。記憶もあやふやだ。
親父の実家は、ど田舎にあるのだが、近所が全て同じ性である。きっと家紋も同じに違いない。
そして、随分前のことであるが、個人の墓を掘り起こして累代墓に建て替えた。へそ曲りのうちの実家を除いて、であるが。
墓にはきっと家紋が彫ってあるだろう。
一家全員を乗せ、細山道を登り、部落の共同墓地に行く。よその累代墓を見ると、丸の無い下り藤が墓に刻まれていた。
「どっこも、丸無しの下り藤じゃ。うちもそうじゃろ」帰省した従兄弟が言う。
「じゃろうなぁ」
「念のため」
我が家で一番大きな、墓らしい墓の正面に立ってみる。
「あった! ある! ここに家紋がある」
「どれ!嗚呼、本当じゃ、あるある」
「え~、本当な?あら、本当じゃ」
それは、戦死した二人の伯父さん、親父の兄弟が眠る墓である。正面の真ん中に、丸無しの下り藤が刻んであった。
「やれやれ、これで代々の家紋をちゃんと受け継ぐことができた」
「せやな、あとは、跡取りやな」
「え?」
「苦労して受け継いだかて、跡取りがおらんかったら意味ないがな」
「そんなこと言うても、俺、もう50過ぎやで」
「若い嫁さん、もろうたらええがな。男は50過ぎでも十分いける」
「いけるって・・・」
何やかやと、騒動ありましたが、何とか墓を建てる段取りができました。
手付金を払い、契約書にサイン押印して事務所を出ると、なんや、す~っと肩が軽くなったような・・・
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏