パンツのゴム | 士は己を知る者の為に死す

士は己を知る者の為に死す

男は自分を理解してくれる人の為なら命を懸けて尽くす

主従関係は、征服支配よりも理解

ゴムがゆるゆるになったパンツを2枚捨てた。


パンツを捨てたのは、ゆるくなったからではない。母の言葉を思い出したからだ。
「ゆるいパンツを履いていると、幸運が逃げるからね」
子供の頃は、ゆるゆるになったパンツのゴムを母が新しい物に換えてくれた。ゴムを換えるための穴があった。今のパンツはゴムを換えることができない。母が見たら何と言っただろう?


他にも色々とじんくすがあった


女が男をまたいではならない。出世できなくなる


ウーマンリブ全盛期の頃なら「差別だ」と、糾弾されただろう


僕は、男尊女卑だとは思わない。お互いがお互いを思いやっていた時代だと思う。要はバランスなのだ。
「船頭多くして船山に登る」
家庭にも船頭はひとりでいいのだ。男が船頭なら、女は舵取り。


船頭になりたい女性は、舵取りをする男性を見つければいい


「私は、男なんかには負けない」


と、言う女性がいるが、それはちょっと違うのではないだろうか


例えば、僕が柴田亜衣と泳いでも勝てない。しかし、ピラミッドの頂点は、やはり男子の方が高い同じ競技で、男女混合の試合をしたなら、ほとんどの競技で男子が優勝するに違いない


去年、ウォッカと言う牝馬が、東京優駿(ダービー)で優勝したが、牡馬とは負担重量が違う。ハンデをもらっての優勝なのだ


私は、スポーツの話をしているのではないと反論するかもしれないが、何事においても体力が基本である


元々、男と女は体の構造が違う。生物学的に役割が違うのだ


だからと言って、男の後ろに控えていろと言うわけではない


私の母も、表では父をたてながら、裏ではちゃっかり操縦していたのだ。へそくりもしていた


虐げられていたわけではない。賢く生きていたのだ


しかし、その価値観は今の時代にはそぐわないものなのかもしれない


そして、僕がマザコンであることは間違いない