切り裂き街のジャック (ハヤカワ文庫) | 物語の面白さを考えるブログ

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『切り裂き街のジャック』を読みました。

著者は菊地秀行センセ(敬愛度:センセ>先生)。

 

最近――といっても、もう昨年のことですが――アニメ『終末のワルキューレ』やアニメ『アンデッドガール・マーダーファルス』に切り裂きジャックが登場したのを見て、久しぶりにこの小説(初版1985年)を読み返したくなりました。

〝切り裂きジャック〟は、19世紀末のロンドンに実在した連続殺人犯。1888年8月31日から同年11月9日にかけて、娼婦ばかり五人の女性を殺害しました。解剖刀のような凶器で切開し内臓の一部を持ち去る手口の猟奇性と、当局の懸命な捜査にもかかわらず正体不明のまま歴史の闇へ消えた神秘性とを以て、今なお犯罪史上に燦然たる妖光を放ち、多くの研究者(リッパロロジストという)や創作者の興味を掻き立ててやみません。

切り裂きジャックをモチーフとしたり、キャラクターとして用いるフィクションは数多く、島田荘司の『切り裂きジャック・100年の孤独』は現代のベルリンでジャック事件と類似の殺人が起きるミステリ小説でしたし、荒木飛呂彦の漫画『ジョジョの奇妙な冒険』第1部には敵キャラの一人としてゾンビ化したジャックが登場しました。『Fate/Apocrypha』でジャックを幼女キャラに設定したタイプムーンは頭オカシイと思います(褒めてません)。

菊地センセの『切り裂き街のジャック』で、猟奇殺人鬼という存在を知った私は、その後コリン・ウィルソンの『現代殺人百科』などを読むという『僕の心のヤバイやつ』を地でいくような行動をとるのですが、クラスメイトの美少女と付き合うおいしい展開はついに訪れませんでした。

 

前置きが長くなりました。そろそろ、本書の内容紹介をば。

ジャンルとしてはSFミステリとなるのでしょうが、謎解きはしないのでミステリと言っていいかどうかあやしく、SFというほど科学科学しているわけでもないし、ちょっと表現に困ります。刊行当時の書評で「メタB級」と評されていた記憶あり。ジャックをモチーフとしたB級SF映画みたいな小説――ただし極上の――、といったニュアンスになるでしょうか。

設定が特殊なのですよ。

西暦2105年、気象コントロール衛星の誤作動により極地の氷が融解した結果、地球上の海洋面積が70%から85%に拡大。水没した地域の住人が、海洋難民として船上生活を余儀なくされている世界。

残った陸地の60%を所有する大企業の社長・ピロスマニは、19世紀末のロンドンを再現する妄執に取り憑かれていた。北アフリカの一角に往時のロンドン市街を再現したばかりでなく、〝生きた市民生活〟をも再現すべく、海洋難民に記憶処置を施し、「19世紀末のロンドン市民」としての名前と記憶とをあたえて住まわせたのである。陸上での生活を渇望する海洋難民は、自らのアイデンティティを放棄するこの非人道的条件を呑むことに同意したのだった。

「ロンドンの再現」は歴史的事件にもおよぶ。切り裂きジャックの一連の犯行もその例外ではなく、第一の殺人が「歴史どおりに」行われたのだが――。さすがに本物の殺人までも再現するわけにはいかず、第一の被害者〝メアリー・アン・ニコルズ〟を演じる海洋難民は、事件の直前、死体役のアンドロイドと入れ替わる予定であった。しかし、発見されたのは、本物の死体だったのである!

ピロスマニの妄執は「史実」を追求するあまり、真の殺人を必要とする狂気と化したのか? それとも、ピロスマニの用意した〝ジャック役の〟海洋難民とは別の、本物の殺人鬼が、コンピューターによって完全管理された「ロンドン」に紛れ込んだのか? 新たな切り裂きジャックの正体を暴くべく、国連犯罪対策委員会の特捜官・サガが虚構のロンドンに降り立つ――というストーリー。

設定を説明するだけで、けっこう文字数を使うわ、これ。

 

菊地センセの書き癖のせいで、少々、ストーリーを追いづらいですが、面白かったです。

文章を味わうというよりは、映画の一場面を脳内に再現するつもりで読んだ方がよろしいかと思われます。設定のわかりづらさをクリアできれば、意外に映像化向きの作品かもしれません。押井守監督あたりでどうかな。

ジャックの正体には、上記の特殊設定が関わっているので、タイムマシンを使わずに19世紀末のロンドンを物語の舞台とするための単なる方便と思わず、しっかりと頭に刻んで読むべし。

以下は、切り裂きジャックの被害者一覧。

 

メアリー・アン・ニコルズ(42歳)

アニー・チャップマン(47歳)

エリザベス・ストライド(44歳)

キャサリン・エドウッズ(43歳)

メアリー・ジェーン・ケリー(25歳)

 

読後、このように書き出してみて、なるほど、と思いました。

最後の被害者メアリーが、25歳。なるほど、だからか。

 

切り裂きジャックをテーマにすると、センセ、筆がのるらしく、面白い作品を生み出します。

トラブルシューター・醍醐蘭馬が活躍する『八つ裂きジャック』に登場するジャックは、異星人の亡霊という荒唐無稽ぶりだし、おなじみ〈魔界都市〝新宿〟〉を舞台とした『闇鬼刃』のジャックは強敵でした。

創作者にとって魅力的な題材であることは間違いないようです。

 

 

 

 

 

 

日本随一のリッパロロジスト仁賀克雄氏によるジャック研究の決定版。