千日のマリア (講談社文庫)
734円
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内容紹介
義母の葬式で男は思い出す。22年前に、義母の起こした事故のこと。義母を責めた自分のこと。そして--(「千日のマリア」)。
会社に長文の手紙を送りつけてくる女。意を決して女の家を訪ねた男が見たものは(「修羅のあとさき」)。
森に囲まれた土地で暮らして20年。引っ越しを間近に控えたその日、はじめて庭に現れた美しい琥珀色の生き物がいた(「テンと月」)。
ほか、生と死、愛と性、男と女を見つめた珠玉の8篇。
ずっと感想を書かないでいたら記憶が薄まってしまいましたが、やっぱり小池さんの作品はいいです。
だって大人だもの。
『過ぎし者の標』
『つづれ織り』
『落花生を食べる女』
『修羅のあとさき』
『常世』
『テンと月』
『千日のマリア』
『凪の光』
『過ぎし者の標』は義理の叔父である映画監督に強く惹かれる大学院生の話。
私の中には年上の素敵な男性に憧れたという思い出もないけれど、若い女性にとって自分の知らない世界を教えてくれるそれでいて寂しげな男性と言うものは魅力的に見えるのかもしれない。
でも、若い時にはわからないけれど歳を取っていれば大人ってわけでもないものなのよね。
女の人は大体男の人より強いと思う。
『つづれ織り』は母と大家の息子の逢瀬を目撃した少女の回想。
夫と別れ苦労して子供を育てている母親。その母親が若い男性と抱き合っているところを期せずして目撃してしまった主人公。
でも仕方ない、母親はまだ35歳だしそれに人はやっぱり誰かに支えられたい。
もちろん幼い主人公はなんとなく感じただけ、自分が見たものを繋ぎ合わせただけそんな記憶だと思う。
何がいったい真実なのか、誰にもわからない。これこそが真実だと信じていたものが、するりと指の間から逃げていく。必死になって追いかけていたものが真実ではなく、邪険になげうち、見捨て、唾を吐きかけたものが真実だったりする。
長い時間をかけて残るものは全てを昇華させた美しいつづれ織りだという、そういう作品です。
『落花生を食べる女』
父の愛人であるモデルに子供の頃からあこがれ続ける男の話。
ラストが美しく切なくて、こんな純愛があるのかと思う。
『千日のマリア』
表題作は妻の母の起こした自動車事故のせいで手を失った主人公の愛憎が描かれています。
愛憎であるところが切ないんです。
ただ憎しみだけでなくいつしか義母の贖罪の気持ちと包容力に甘えてマリア様の胸に抱かれるような心持になっていく。
その根底には初めて会った時から自分が持てなかった理想の母親像を義母に感じていたということがあるんですね。
事故をきっかけに何かが主人公の心からあふれ出てしまった。
愛を与えられなかった孤独感を満たそうとする自分勝手と自分のすべてを肯定してほしいと相手をどこまでも試すような狡猾さ。
それが本当に切なく感じる。
わたしから見れば主人公は気の毒ではあるけれど、卑怯だと思う。
でもこの世の中に立派な人間なんかいない。
一片の曇りもなく愛された記憶だけが人に自信と相手を思いやるゆとりを与える。
とても単純なことだけれど、それは時代が変わっても同じだと思う。
あらすじを書かなかった作品もすべて素晴らしい作品でした。
きれいな文章があちこちにちりばめられていて、深く感動するのです。
人間たった一人なんて宇宙の塵より小さい存在かもしれないけれど、
私たちは必死に生きていく、愚かな日々を過ごしながら。