前回、古典ギリシャ語は現代式に発音しようが、古典式に発音しようがどっちでもお好みでOK!なんじゃないの?ってことを書いた。


今回は、まぁ、それと似たような問題で、「どんな風に文字を読むべきか」ってことをちと考えてみた。前回、古典語をとりあげので、今回も古典語をベースに考えてみるけれど、ギリシャ語ではなくてラテン語で考えてみたいと思う。古典ギリシャ語とラテン語の差はいくつかあるけれど、決定的な差の1つは、文字である。ラテン語で使われている文字はラテン文字であり、現在のヨーロッパの多くの国では自国の言語を表わすのに使用している。思いつくままに列挙すれば、英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語・・・ハンガリー語、ルーマニア語などの諸言語などは、ラテン文字で(不足分は、ラテン文字に飾りをつけて)記述する。ところがギリシャ文字は私の知る限りではギリシャ語しか表記しない(あ、数学の記号として使われる、ってのはナシね♪)。


例えばドイツでは基本的にはドイツ語が話されており、ラテン文字もドイツ語を読むように発音する。つまり、ラテン文字で表記された言語(言語とまで言うと大袈裟なら、単語(もしくは語という言い方に限定してもいいとは思う))はドイツ語の発音として世回れるわけだ。それゆえ、ドイツ語とラテン語は別言語であるけれど、ドイツの場合ではラテン語で書かれたものを、ドイツ語で発音する、ってことになるわけだ。


 同様のロジックは他のヨーロッパ諸国にも当てはまるだろう。フランスでは、フランス語として、ラテン語は発音されるわけで、イタリアではイタリア語としてラテン語が読まれる(ただし、ヴァチカンに関しては、別の要因もあるので、とりあえずは今回の議論では考慮しないでおこう。あくまでも暫定的にネ。)


 要するに、ヨーロッパ諸国ではラテン語を古典読みせず、自国語読みをするのが慣例となっているわけだ。ではここでちょこっとした思考実験を展開してみたい。ラテン語の素養を持つドイツ人とフランス人がいたとする(別にこの2つの国籍でなくても構わない。あくまでも考察を容易にするために持ち出しているに過ぎない)。この2人が同一のラテン語の文章を読んで、お互いの発音を聞いて、相互に「お前の発音は間違っている!」って言うだろうか??中には、そういうオメデタイ(?)ことをする人もいるかもしれないが、良識のある、ドイツ人・フランス人であるならば、「なるほど~相手国ではこのように発音するのかぁ。へぇ~!」って思うに違いない。この場合も前回の議論と同じく、どっちの発音が正しいのか、というのではなく、どっちの発音も正しい、と判断することが理性的である。


このことは、同一文字を使用する、異なる言語間では全く異なる発音をされる事を意味するわけで、そのうちのどっちかが正しいということはできない。精々出来るのは、趣味指向なりの価値判断からしてどっちのほうが判断者にとってよいか?ということである。つまり主観的にしか決められないわけだ。

先日、古川晴風の『ギリシヤ語四週間』という本をさっと上げた。といっても、パソコンに打ち込んだだけだが(でも、古典ギリシャ語をパソコンで扱うのって思った以上にしんどかったわ。特にアクセント記号なり、気息記号なんかを入力する時に)


で、古典ギリシャ語を勉強しているなかでいつも私を悩ませる問題がある。それは、「古典ギリシャ語をどのように発音するのか?」ということである。この点についてちょこっとだけ調べてみると、大体2つのやり方があるようだ。1つは、古典ギリシャ語を、学術的な研究成果(比較言語学の手法)によって明らかにされた、記述された当時に発音に基づいて読む方法。もう1つは、ギリシャ語は何も死語ではなく、現代も話されているんだから、現代ギリシャ語式に読む、という方法である。


まぁ、私としては、どちららにこだわるというわけではなく、最終的には個人の嗜好の問題になるとは思うけれど、古典式の発音にこだわりたいと思うわけだ。


そんなことを書くと、ではお前は学校で習った古文なり漢文を現代語の読み方ではなく、書かれた当時の読み方で読んでいるのか?と問わるだろうが、そんなことはしていない。けれど、少なくとも私の経験上、古文を現代文式に読み上げて、「お前の読み方は間違っている!」な~んて指摘をされた事もない(たぶんこのさきもそのようなありがたい指摘をしてくださる人物に出くわす音はないとは思う)。

一般的な良識人だったら、そんなことで突っ込みを入れるなんてことはしないだろう。だから、今後も古文や漢文を現代語のように読んでいくだろう(読むことがあれば、のお話)。

ところで、では何で日本人は古文なり漢文をその当時の発音の仕方で読まないのか?読まない、というよりは読めない、といったほうが正しいような気がする。なんせ中等教育までで古文なり漢文の当時の発音なんてレクチャーすらされていない。教育されていないんだから読めるはずがない。もしも、古文なり漢文の当時の発音をレクチャーされていれば、そのように発音しているに違いない。ともかく、実際にそういう読み方に関する教育がなされていない以上、古文を現代文式に読むしかできず、また同時にその発音がおかしいなんて突っ込みを入れることはナンセンスである。


で、古典ギリシャ語に話を戻すが、もしも2つの読み方(つまり、現代式と古典式)も出来るのであれば、お好きなほうで読めばよいのではないだろうか?でも私は、古典ギリシャ語の教科書なり、いくつかの音声教材で古典式の発音がなされているということもあって、古典ギリシャ語は古典式に発音したほうがいいんじゃね?とは思う(けれど、この考え方を第3者に押し付けるつもりはない)。個人の趣味・嗜好に関してはとやかく他人様からあれこれ口だされる筋合いはないはずだ(迷惑さえかけなければ、の話)。

少々飛躍するが、日本に遊びに来る外国人のケースを考えてみよう。外国人のなかにはアニメ文化に興味を持って日本に来る人もいれば、日本の伝統建築物に関心を持っている人だっている。この両者の眼に映る日本は、恐らく全く異なるだろう。そんな状況で2人が日本に対する討論をしたとする。でどっちの意見が正しいのか?間違っても2つのうちのどっちかしか正しくない、ということはないだろう。どっちも正しいのだ。


それゆえに、古典式の発音にこだわりたければそれはそれでよいし、現代ギリシャ語のほうが音声なんかも含めて多く情報が得られるし、なんか気楽にできそうだから現代語的に発音しちゃえ!っていうのであれば、それはそれで構わないんじゃないのだろうか?


 でも、どっちで発音すべきか?悩んでしまうなぁ。(あ、日によって、変えるってのも選択肢の1つかもね♪)

職業柄(?)、よく書籍を購入します。

そして、書籍代も結構馬鹿にならないので、

基本的に古本で探します。


ハンドルネームの関連で言えば、著名な文法書や、マイナー言語の辞書なんかは

とりあえず古本で探してみますが、「そういう」本に限って、なかったりする・・・


古本で買うので、定価より安いことは絶対条件だけれど(ただし、絶版になっていたりプレミアがついているような場合はこの限りではない)、定価よりも安ければ買うか、というとそうでもない。


購入すべきか否かの1つの判断材料として、私は以下のような式で考えている。


定価-(古本の値段+送料などの諸経費)>1000円


 1例を出そう。ある古本屋は某言語の文法書を4000円で売っている。この本の定価は、税込みで5000円程度だ。


 5000円から4000円を差っぴけば、1000円「も」安く買うことができるので、お徳だとは思うだろう。


 ところが、このご時世、何も購入は古本屋まで足労しなくとも、「ネット販売」という方法もあるので、これを使わない手はない。(否むしろ、こっちのほうが主流か)


 そうなってくると、書籍代の送料や、書籍代の振込み手数料は、大抵こっちもちなので、その分を加味して本の値段を考慮しなければならない。


 私の経験上、概ね500円前後が手数料や送料で取られることが多いので、4000円の文法書は、実際は4500円の出費という事になる。


 そうなってくると、実際に得することができるのは「500円」だけであり、ワンコイン分だけだ。高々500円のためにメンドーな事をするくらいならば、古本によらずとも、新品を買ったほうがよいと私は判断してしまう。また3桁と4桁では、消費者に訴える心理的イメージも違うはずだ。


 結局私は4000円の文法書は買わず、同一の本で、3000円の古本が出た段階で即購入した。やっぱり、最低限実質的に1000円は定価より安くなければ、古本を買う意味がないのではないか!


 古本屋は、このことも考慮して、値段をつけて欲しいものだ。

どうも、またほったらかしにしてしまいました。

最近は(てか、ここ1週間ほどだけど)イタリア語の古文をやっています。

つまり、ラテン語です。


そんで、ずっと、活用表とも、単語帳ともつかぬデータの打ち込みをやっておりました。


そこで感じた事。


スラヴ語学者の千野栄一氏は「外国語上達法」の中で言っていたことに対する疑問である。


 氏は、どんな外国語でも、単語を覚える労力は変らないという。しかし、屈折が激しい言語とそうではない言語では、そこに要する労力は明らかに違うのではないだろうか?


 例えば、「少女」に相当する英単語はgirlであり、その複数形はgirlsだ。

これに対して、ラテン語ではpuellaであり、その活用を1通り覚えないと全く使い物にならない。労を厭わず活用を書き出してみると、


単数の活用puellla,puellae,puellae,puellam,puella

複数の活用puellae,puellarum,puellis,puellas,puellis


となる。安易な比較はすべきではないのかもしれないが、英語が1つの単語につき実質2語覚える必要がある(名詞の場合)に対して、ラテン語の場合、1つの単語につき実質10語覚えなくてはならない。


 もっとも、イチイチこのような活用をすべて覚える労力を減らすために、文法という法則を学ぶのであるが、それでも基本的には(特に私のような初学者は)、1つ1つ単語ごとに活用を覚えなくてはならない。


 だから、単語を覚える労力はかわらない、というのは違うんじゃないのか、と思う。

 ここのところ、ずーーーっと、自宅で本業の研究そっちのけで語学に勤しんでいましたが、なかなか素養が身につかなくて嫌気が差してきて、滅入ってきております。


特に、古典語の部類です。要するに古典ギリシア語とラテン語です。


それで、何でこんなに勉強しにくいのか、をちょいと考えてみた。


2つの古典語に共通している特徴(習得困難な要因の分析)

 まぁ、いってみれば両言語とも古典語だってことだ、え?それじゃあ説明になっていないって?それじゃあもう少し考えてみよう。古典語ってことは現代語と比べて、何よりもまずネイティヴの音声教材が絶望的に入手できないってことだ。音声教材があるとないとでは、月とすっぽんぐらいの差だ。一応白水社のCDエクスプレスシリーズや、それに準じた教材では一応音声教材の類はついているといえばついてはいる。しかし、あくまでもそれは言語学的に類推したものであって、完全なネイティヴのものではないし、そのような発音で正しいのかさえ分からない。でも、いくつかのサイトなり書評なりでも書かれているように、音声教材があること自体がある種評価されるべきことであって、また同時に学習者はその存在に感謝しなくてはならないであろう。

 

 古代語のもうひとつの特徴は、あくまでも文語である、ということだ。先にあげたCDエクスプレスシリーズや、それのリニューアルバージョンとして刊行されているニューエクスプレスシリーズは、現代語の諸外国語の場合、口語の挨拶的な表現から始まって、段々複雑な文法や語句を説明していく。ところがどっこい、古典語の場合、会話表現なんてものが一切教材に出てこない。いきなり古典の引用である。最もラテン語の教材の場合は、若干この点も配慮してか、口語表現から入ってはいる。(し、現代ラテン語会話なる本まで存在している:私自身は未確認だが・・・)


 あとは、屈折語であるということも、ここに付け加えてもいいのかもしれないが、なにも、やたらと語形変化する言語は古代語ばかりではなく現代語でも同様だろう。ラテン語だったら最低限nom, gen, dat, acc, ablを意識しなければならず、古典ギリシア語だったらnom, gen, dat, acc, voc を覚える必要がある。まぁ、これに比べればドイツ語の語形変化はnom,gen,dat,acc(1~4格)の4つだけだから、楽なもんだが、一方でスラヴィックに属するロシア語は、nom,gen,dat,acc,ins, prep とまぁ、古典語にも負けじと活用が多い。いずれは勉強するかもしれないが、チェコ語はもっと格変化が多いらしい。ともかく格変化をやたらとすることは、そんなわけで古代語の勉強のしにくさの要因の一つかもしれないが、現代語にも相通じるので、特に古代語だから、ということにはならない。


古典ギリシア語の場合

 一方で、古典ギリシア語の場合は、音声教材の貧弱さと口語表現をやらないことに加えて、もう一つ習得を困難にしている要因がある。それは、アクセント記号の多様性だ。現代ギリシア語の場合、鋭アクセント一つ(あくまでもディモティキの場合、カサレヴサの場合は除く)だが、古典ギリシア語の場合、アクセントが3種類もある。それに加えて、気息記号もある。じつにこれらが厄介な問題だ。特にパソコンを使って勉強しようとする場合、これらの記号をつけるためにイチイチキーを入力するのが非常にまどろっこしくてしょうがない。紙に書いて勉強する場合でも、ただでさえ汚い私の文字が、より読みにくいものになってしまう。それでも、世の中そういった記号をしっかり入力して古典ギリシア語をものにしている先人達がいることには脱帽する。


 反対にラテン語の場合も、このような記号に関する問題がなくもないが、原則英語が打てればラテン語が打てるので、パソコンを使うにしても、手書きにしてもあまり悩むことはない。精々、長音記号(マクロン)や短音記号(ブレーヴェ)をどうつけるかどうかで悩むぐらい。いろいろと試してみたが、かつてはこれらの記号を入力するために、マオリ語というヨーロッパの言語とは皆目離れたキーボードを使って入力していた。しかし、マクロンを入力するためのデットキーの位置(半角/全角のボタンの場所:要はキーボードの一番左上)が気に入らない、ということと、結局はあくまでも教材のための記号であって実際のリーディングの際にはついていない、ということから入力することはやめた。無理に入力して勉強効率を落すよりは、入力せずにさくさく進むほうが精神衛生上よろしい。(古典ギリシア語でのアクセント記号は流石にそういうわけには行かないので、全く面倒だ)


 長々と書いたが、いい加減、これらの言語の素養さっさと身についてくんねぇかなぁ。さうしないと、わが研究がすすまないよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお