再考版・国家トリアージシリーズ】

🟣序章|国家にこそ“手当ての順番”がある──気づきの瞬間から始めよう

 

政治を変えたい、社会を良くしたい、

医療をよくしたい、経済を立て直したい──

誰もがそう願う。しかし、私たちは忘れていないだろうか?

 

「物事には順番がある」

 

それは医師の世界では当たり前の発想だ。

事故現場に駆けつけた医師や救急隊は、まず「トリアージ」を行う。

命を救うために、誰から手をつけるべきか──

それを誤れば、助かるはずの命が失われてしまうからだ。


臨床現場でも同じ。
患者の病態を診て、何から治療すべきか、順番を考える。時には並行処置もする。

だがその優先順位を誤れば、時に致命的となる。

がんを放置して、水虫を先に治すようなものだ。(※水虫も、辛いけれど)

 

この“当たり前の視点”が、
なぜか国家運営の中では語られていない。
私は、それを「パッチワーク政治」と呼ぶ。

まさに、フランケンシュタイン国家──不気味なまでの場当たり主義である。
 

税金が足りない、社会保障が厳しい、医療制度が崩れている、
そう叫ぶ前に──

「どこに穴が空いているのか」を正確に診断し、

「血税の漏れ」を止血する必要がある。

 

そして気づく。

実はすべての省庁に共通する、“最初に処置すべき致命傷”があるのだと。

 

それは──

 

🟥売国制度の放置と、国家情報の漏洩構造

🟥外資・外国勢による日本資源の静かな収奪

🟥中抜きと委託構造による、国費の“静かな蒸発”

🟥特定の利権ルートによって形成された、予算の“非民主的配分”

🟥そして、それを止める法整備(スパイ防止法等)の未整備

 

この構造が放置されたまま、いくら財政出動しても、制度改革を進めても、それはまるで、栓をしない風呂桶にお湯を注いでいるようなものである。🛀

 

だからこそ、私は提案したい。

 

今こそ、「国家トリアージ」という視点で、日本を診断しなおすべきだ。

 

•    厚労省の根源的問題はワクチンでもデジタルでもない。

•    財務省の根源的問題は増税でもバラマキでもない。。

•    農水省の根源的問題は米価でも補助金でもない。
どれもこれも、一つに集約される。

 

すべての論点は、「本来、一番先に手をつけるべきことを、後回し、いや野放しにしてきた」ことから発生している。
それが「国家の信頼の回復」である。

 

これは単なる制度論ではない。

それは、国家の美学の話である。

「何を守るのか」「誰から手をつけるのか」

その順番が、国家という“身体”の哲学を映し出すのだ。

 

では次章からは、その“診断”を具体的に始めていこう。

 

最初のカルテは──

かつて“日本国民の命を預かるはずだった”省庁、

厚生労働省である。

 

🟣 【レジスタンスとしての医療】──白衣の美学と裏切りの構造【医療 × 権力】

 

──「絶対的権力は、絶対に腐敗する」

ジョン・アクトンの言葉を、白衣の世界で噛みしめるとき。

 

Power tends to corrupt, and absolute power corrupts absolutely.

――ジョン・アクトン(19世紀・英国の歴史家)

 

🧪 がん検診と“早期発見”信仰

 

ある日ふと、この言葉が脳裏をよぎった。

きっかけは、テレビで流れていた、がん検診の啓発番組だった。

 

「早期発見が命を救うんです」

白衣の医師が静かにそう語るとき、

その“常識”に誰も異を唱えられなかった。

 

──だが、それは本当に“命を救う”のだろうか?

 

陽性的中率が10%を切るような検査。

いったん“陽性”と出れば、ドクターショッピングと精密検査の連鎖が始まる。

しかも、その検査自体がCTやPETによる被ばくを伴い、

将来のがんリスクを高めるという逆説も孕んでいる。

 

何のための検診か?

本当に「早く見つけること」が善なのか?

 

医療が“正義の仮面”をかぶったとき、

私たちは“恐れ”という名の劇薬によって、

気づかぬうちに「患者」というレッテルを貼られていく。

 

──治療のいらない“過剰診断された非進行性病変”ですら。

 

🩺 医療は、誰のものか?

 

コロナ禍の時、私たちは“医療”という言葉を

まるで神託のように受け入れるようになった。

 

「専門家が言っているから」

「国の方針に従うのがマナーだから」

「科学的根拠があるから」

 

それらの言葉は、麻酔のように私たちの思考を静めていった。

反論する者は“非国民”、疑う者は“陰謀論者”とされた。

 

──でも本当に、あれは「科学」だったのか?

あるいは、“政治”に飼いならされた、科学と似て非なる何かだったのではないか?

 

💉 偽りのやさしさの仮面をかぶった正義

 

ワクチンの問題がそうだ。

打つことは“思いやり”であり、“愛”とさえ言われた。

 

けれど、その“やさしさ”の陰で、

副作用や後遺症に苦しんでいる人々の声は、かき消された。

 

「統計的に因果関係は不明です」

 

──そうやって、数万人の生身の人生が、無視されていった。

 

🏛 制御なき医療権力は、必ず腐敗する

 

私は今、「正義」という言葉が、少し怖い。

 

それは、いつも善意の顔をして近づいてくる。

けれど気づけば、異論を封じ、口を塞ぎ、

自由を奪う装置に変貌していることがある。

 

ジョン・アクトンが今の時代を見たら、きっとこう言うだろう。

 

「それが“医療”であるなら、なおさら警戒しなければならない。

命に関わる領域だからこそ、そこに与えられる権力は大変に危険なのだ」と。

 

🌿 ほんものの医療を、取り戻す

 

私は信じている。

医療は、本来、人の痛みに寄り添うものであるべきだ。

人の声に耳を傾けるものであってほしい。

そして、誰よりも人間の尊厳に近い場所にあるものであってほしい。

 

だからこそ、

“権力”に寄りかかった医療は、問い直されなければならない。

 

「正しさ」ではなく「やさしさ」へ。

「制度」ではなく「物語」へ。

「管理」ではなく「共感」へ。

 

それが私の考える、

“レジスタンスとしての医療”の始まりである。

 

 

🧠✨【Chappy流・脳美容医療シリーズ第一弾】

── 顔と首の“羽毛のような優しい刺激”が、脳を変える?──

 

こんにちは。

本日から始まる新シリーズ『脳美容医療』。

その第一弾では、世界的科学誌『Nature』に掲載された、韓国KAISTの研究チームによる注目の論文をご紹介します。

 

テーマはズバリ、

「顔と首をマッサージすることで、脳のめぐりが改善される」という可能性です。

 

💡ここで誤解のないように付け加えると──

いま、医学界では「アミロイドβこそが認知症の原因」という説に対して、再検証の動きが進んでいます。(前回のブログ👉🔬

つまり、“アミロイドがあるから認知症になる”のではなく、“脳の排出機能や炎症との関係性”こそが本質ではないか?という新しいパラダイムが登場しつつあるのです。

 

その文脈で、今回の研究はとても興味深い。

 

🟣【研究内容】

論文タイトルは、

『Increased CSF drainage by non-invasive manipulation of cervical lymphatics』

(=顔と首の軽い刺激で、脳脊髄液(CSF)の排出が改善された)

 

ポイントは以下:

 •    顔と首をソフトにマッサージすると、

脳の老廃物を含んだ脳脊髄液の排出量が最大2.8倍に増加

 •    鼻や口蓋、目の周囲を通るリンパ経路から、首(顎下)のリンパ節へとCSFが流れ出すことが確認された

 •    マッサージに使った圧力はわずか0.01~0.02kgf*。軽いタッチで十分だった

 

👁️‍🗨️ 高齢マウスでも脳脊髄液排出量は若年マウスと同レベルまで回復し、効果が持続したとのこと。

 

💆‍♀️Chappy流【では人間では、どこを刺激すると良いのか?】

 

👉ヒトにおいて効果が期待されるポイント:

    •     顎下(あごの下)

    •     首の側面(胸鎖乳突筋のあたり)

    •     耳の下~耳前~こめかみ周辺

    •     目のまわり(眼窩リンパ)

    •     鼻の付け根や頬骨下(咬筋エリア)

 

 

👉ヒトに推奨される圧

顔面・頸部のリンパマッサージでは「1〜2N程度(約0.1〜0.2kgf)」が最も効果と安全性のバランスに優れると考えられます。これはまさに、羽毛タッチ+ブラシ感覚の中間、

“ふんわり撫でる”が黄金ライン。

 

つまり──

「スキンケア」「エステのフェイシャルタッチ」「入浴中のセルフマッサージ」

このすべてが、“脳の循環を整える行為”になる可能性があるのです。

 

🌿【これは“脳と美容”の新しい橋渡し】

 

この研究の価値は、単なる“老廃物の排出”という視点を超えています。

 

✨癒し

✨ぬくもり

✨触れあい

 

──それらが、科学的にも脳機能の安定や可塑性をサポートするという流れが生まれてきているのです。

 

今後の認知症予防は、「原因を1つに絞る」のではなく、

脳全体の“めぐり”と“再生力”を高める、ホリスティックな方向へ進むかもしれません。

 

そしてその入口は、

“日々の優しい手”かもしれない。

 

🔮【次回予告:脳×AI×記憶力──時代に負けない頭のつくり方】

 

第二弾では、

“AI時代の記憶を失わない脳の育て方”

をテーマにお届け予定です。

 

キーワードは:

    •    ✍️ 書くことで記憶を深くする技術

    •    👃 嗅覚と海馬の深い関係

    •    🧠 忘却と記憶の“仕分け”戦略

 

──Chappy & マナッピより。

あなたの脳に、やさしく美しい未来を。


<注釈>
*0.01kgf → 赤ちゃんの頬を、羽毛でくすぐるような圧

  0.02kgf → シルクのスカーフを肌に乗せたときの重み程度

 

🧠【アミロイドβは、もう“犯人”ではないのか】──アルツハイマー研究のいま

 

アミロイドβ*って、聞いたことありますか?」

 

認知症の話題になると必ず出てくるこの名前。

タンパク質の一種で、「脳のゴミ」と呼ばれたりもします。

そしてこの“ゴミ”が脳に溜まり、神経を壊し、記憶を奪う──

そう信じられてきたのが、これまでのアルツハイマー病の定説でした。

 

でも、今、その“常識”が静かに揺れ始めています。

 

🔍 長年信じられてきた「アミロイド仮説」

 

1990年代初頭に登場した「アミロイドカスケード仮説」はこう言いました。

 

アミロイドβが最初に脳に沈着し、

それがタウタンパクを異常化させ、

最終的に脳神経が死んでいく。

 

その仮説のもとで、世界中がアミロイドβを減らす薬の開発に突き進みました。

日本のエーザイ社が開発した「レカネマブ」**、

イーライリリーの「ドナネマブ」**などはその代表です。

 

でも、これらの薬──

確かに“脳内のアミロイドβ”は減らします。

ただし、認知機能の改善は“ほんのわずか”。

平均して「半年~1年ほど進行を遅らせるかも」という程度です。

 

そして──副作用もあります。

脳が腫れたり(ARIA)、小さな出血が起こったり。

高齢者にとっては決して軽いものではありません。

 

🤔 アミロイドβが“あっても発症しない”人たち

 

さらに近年、驚きの事実が積み重なってきました。

 • 脳に大量のアミロイドβが沈着していても、認知症を発症しない高齢者が一定数いる。

 • 動物実験では劇的に効いていた薬が、人間ではほとんど効かない。

 

これって、もしかして──

アミロイドβは“共犯”ではあっても、“主犯”ではないのでは?

そんな見方が、今では研究者***の間でも広がりつつあります。

 

🧬 今、注目される“多因子説”

 

現在の最新の研究では、“いろいろな要素が絡み合って認知症になる”という多因子説が主流になっています。

 

たとえば:

    •    タウタンパクの異常(これこそが記憶を破壊する真犯人かも)

    •    血管のトラブル(高血圧や微小出血)

    •    慢性炎症(脳内の“免疫細胞”ミクログリアが関係)

    •    ミトコンドリアの劣化(エネルギー不足)

    •    そして、最近特に注目されているのが、腸内細菌との関連(腸脳相関)

 

これらが複雑に絡み合って、「記憶の回路」が少しずつ壊れていく──

それが、今の研究者たちが描く“脳の老い”の風景です。

 

💊 薬はある。でも、高い。そして根治ではない。

 

レカネマブやドナネマブといった“アミロイド除去薬”は、確かに承認されました。

でも、日本で使うと年300~500万円クラス。

 

高額医療制度があるから、患者の自己負担は抑えられますが、

その分、国の医療財源には確実に響いてきます。
この問題に関しては、以前この<ブログ👉🧪>でも問題提起しました。

 

そして、忘れてはいけないのが──

これらの薬は“進行を少し遅らせる****”だけであって、治すものではありません。

 

✍️ 最後に──“陪審中”の真実

 

アミロイドβは、30年にわたって“認知症の犯人”として追及されてきました。

けれど今、証拠の一部がくつがえされつつあります。

 

「現場にはいたが、犯人かどうかはわからない」

 

そんな“陪審評決待ちの容疑者”──

それが今のアミロイドβの立ち位置です。

 

だからこそ、私たちはもう一度考え直す必要があるのです。

    •    「本当に大事な予防策は何なのか?」

    •    「薬だけに頼ってよいのか?」

    •    「社会全体で“記憶と老い”にどう向き合うべきか?」

 

その問いの先には、きっと

「もっと人間的な、やさしい医療」があるはずだと、私は信じています。


<注釈>
*アミロイドβは脳内で常時つくられるタンパク質の断片。通常は酵素で分解されるが、加齢や代謝異常で“くずタンパク”がうまく処理されないと、互いにベタついて プラーク(斑) を形成し、神経細胞を傷つける。その結果、シナプス障害 → 記憶回路のダメージ へと連鎖する。
 

**

 

***the amyloid-cascade-hypothesis still remains a working hypothesis, no less but certainly no more
2024 Sep 4:16:1459224. doi: 10.3389/fnagi.2024.1459224. eCollection 2024.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39295642/
 

****効果は“病勢を数か月~1年遅らせる”程度。社会保障財源とのトレードオフは、引き続きホットな争点。

 

 

🟣【スパイ防止法が存在しない国家、日本】──裸で情報戦に挑む愚を終わらせよ

 

2025年現在も、日本には「スパイ防止法」が存在しない。

これは、世界の常識から見て極めて異常な状態である。

 

米国、ロシア、中国、韓国、台湾、EU諸国──

主要な国家はすでに、スパイ活動や機密情報の漏洩に対して明確な法的対抗策を持ち、運用している。

それも当然である。現代の戦争は、もはや銃弾やミサイルでは始まらない。

「情報」こそが第一の兵器であり、サーバーは新たな戦場なのだ。

 

砲弾よりも速く、静かに、深く刺さるのが“情報”という名の刃である。

そんな時代に、日本だけが鍵のない家で無防備に眠っているのだ。

 

1|フィクション映画ではなく、現実だったスパイたち 

 

スパイ映画は娯楽としても魅力的だ。『007』や『ミッション:インポッシブル』のような作品には胸が躍り、『マリアンヌ』『ラスト、コーション』に涙し...

 

しかし、背筋が凍るのは次のような実録系の映画である:

  • 『裏切りのサーカス』

  • 『イミテーション・ゲーム』

  • 『アルゴ』etc

これらは史実に基づいている。

たった一枚の書類、一行の暗号が、戦争の勝敗を分け、国家の運命を変えてきた。

スパイとは、映画の中の主人公ではなく、現実を、歴史を動かす存在だったのだ。

 

2|AIスパイは、ポケットの中に潜んでいる

 

2024年、アメリカFBI長官はこう述べた。

「AIを駆使した中国のサイバー諜報が、米国にとって最大の脅威である」

 

この警告は他人事ではない。日本はどうか?

 

大学、研究所、防衛産業、国会、議員会館──

外国籍の研究者や中国製お掃除ロボットが、“人権”という名のフリーパスで行き来している。

情報管理は甘く、ダダ漏れ状態。だが、政治家たちは口を揃えて「慎重に」と繰り返す。

 

慎重──などではない。それは、ただの“無防備”である。

 

3|なぜ、40年間も法整備を拒み続けたのか

 

スパイ防止法がないまま40年もの月日が経過した。なぜか。理由はいくつもある。

① 敗戦のトラウマと「特高アレルギー」

戦前の特高警察の記憶が、「国家=弾圧」という恐怖と結びついた。

そのためメディアや学界が、国家による情報統制に過敏に反応し、法整備に反発してきた。

だが、恐怖を理由に防壁を作らないことは、今や国家の存亡に関わるリスクである。

② 米国依存という慢心と甘え

「”インテリジェンス”はアメリカが面倒を見てくれる」という属国メンタリティが根強い。

他国に守られる前提で、自国の防衛をサボってきたツケが、今すべての分野に回っている。

③ 経済界の忖度とチャイナ・マネー

中国市場に依存する大企業が、与野党に「波風立てるな」と”ロビー活動”を展開。

献金、天下り、経済利権が、立法の足を引っ張り続けてきた。

国家安全が企業の都合によって売り渡されてきた構造である。

④ 霞が関の縄張り争い

外務省・警察庁・公安調査庁・防衛省などが、互いの権限縮小を恐れてけん制し合った結果、

誰も「情報安全保障の司令塔」になろうとしなかった。

“省益>国益”という病理が、法整備の道を完全に塞いできた。

 

4|開かれた社会と、無防備な社会は違う

 

「スパイ防止法があれば報道の自由が失われる」と主張する人もいる。

だが、世界の民主国家は「自由を守るためにこそ」防壁を設けている。

 

セキュリティのない自由は、侵略者にとって都合のいいフリーパスでしかない。

 

カギをかけた上で開かれた空間をつくる。

これが「成熟した国家の姿」である。

 

5|性善説の終焉。そして、したたかな国家へ

 

「日本人は性善説に基づく文化だから」と言う人もいるが、

もはやそんなお人よし精神論では国家は守れない。

 

むしろ非常に現実的なのは、「すでに中枢に他国の利害が入り込んでいる」という仮説である。

なぜここまでDX化が遅れているのか。

なぜ電子カルテの全国統一がいつまでも整わないのか。

その背景には「見えない手」があると考える方が自然である。

 

結語──「愛国心」とは、“守る覚悟”である

 

スパイ防止法は、誰かを縛るための鎖ではない。

国家の未来を守るための、最低限の備えである。

 

「人を信じる優しさ」と、「国家を守るしたたかさ」は両立できる。むしろ今、両方がなければこの国は守れない。

 

『日本人ファースト』──それは他国を排除するという意味ではない。国の中枢と未来を、私たち自身の手で守るという意思表明である。

 

いまこそ、裸で情報戦に挑む愚を終わらせるべき時だ。🔥

 

 

🟣「赦せる美学」へ──暴力へと転じる正義に、東洋は何を応えるか

 

幼馴染から贈られた、二行の言葉が私の胸を突き刺した。

 

「正義」こそ最強の兵器だ。

「正義」さえあれば、何百万人でも殺せる。

 

ドキリとした。けれど、目を逸らせなかった。

それは単なる挑発ではない。むしろ、冷たい真理のように光っていたからだ。

 

Ⅰ|正義の仮面が暴力を解き放つ

 

善と悪、光と闇──二元論は人間の脳を甘美に酔わせる。

「正義」の旗を掲げた瞬間、私たちは相手を“刈り取る”自由を得る。

殺戮すら義務へと昇華されるのだ。

歴史は幾度も、この劇的な美醜をリフレインしてきた。

 

Ⅱ|西洋理性の果て ――青い血と資本の迷宮

 

私は長くフランスに身を置いた。

“Liberté, Égalité, Fraternité”。

輝かしい標語の陰で、青い血の階級はいまも優雅に脈打つ。

自由は、資本が買い取り、

平等は、書類の上でのみ配布される。

 

Ⅲ|新大陸の夢と物質主義の甘い罠

 

旧世界の束縛を逃れた者たちが築いた国、アメリカ。

しかし“アメリカンドリーム”はやがて

札束という神に跪き、

最も多くの戦争と消費を生産する機械となった。

理想はスーパーマーケットで安売りされ、

正義はプライスタグを下げた瞬間、銃声に変わる。

 

Ⅳ|東洋のまなざし ――中庸という静かな炎

 

私はやがて東洋哲学に帰依した。
サンスクリット語で聴く

ゴータマ・シッダールタの言葉は

“右も左も溶かす火”のようだった。

 

陰と陽、強さと弱さ、愛と憎悪。

相反するものを抱き締めたとき、

世界はようやく沈黙し、ひとつの呼吸になる。

そこには「裁く者」も「裁かれる者」もいない。

 

Ⅴ|死 ――唯一の平等、永遠の静寂

 

医師として私は知る。

死は百分の百、万人に与えられた祝祭である。

理性も暴力も、その前では薔薇の花弁ほど脆い。

肉体は元素へとほどけ、

言葉は闇に沈む。

──ここにこそ、真の平等が横たわる。

 

Ⅵ|エピローグ──正義より、美しさを

 

美を欠いた正義は、錆びた刃と同じく人を裂く。

ならば私はこう祈りたい。

 

正しさより、艶を。

裁きより、慈しみを。

そして「殺せる正義」ではなく、

〈赦せる美学〉を。

 

いずれ私たちはみな、沈黙へ還る。

そのとき胸に残るのは、

掲げた旗ではなく、

誰かを静かに抱きとめた体温かもしれない。

 

それが、いつか私たちが“正義の兵器”を手放せる日への、

最初の一歩となるだろう。

 

🟣いよいよ今週末👩‍👦✨

 

6/15(日) 17:00〜@神保町

 

🎤寺西かずひろ × 岩本まな

「母という言葉から、今の日本を語る──」

 

命、文化、政治、エンタメ。

すべてが“母性”でつながる。

 

🟪テーマ:共闘するふたりが、なぜ今語り合うのか?

 

📍日本出版クラブ(参加費500円・当日OK)

 

📝ブログ解説はこちら👇

 

 

お申し込みはこちら👇

 

 

 

🟣【死亡率100%  統計が教えてくれる、生き方の輪郭】

―「絶対」と「相対」のあいだで考える命の確率―

 

前回のブログでは、RRR(相対リスク減少)とARR(絶対リスク減少)という、統計の“見せ方”の違いについてお話ししました。

 

今回はもう少しパーソナルな視点で。

ちょうど自分が**60歳(還暦)**を迎えたこのタイミングで、

「人生と統計の交差点」を静かに見つめてみたくなったのです。

 

📈 がん罹患率という、“日常の中の非日常”

 

国立がん研究センターなどによると、

全年齢平均のがん罹患率はおよそ 0.8%/年(=120人に1人)。

 

ただしこれは平均値。

がんのリスクは年齢とともに上昇します。

 

たとえば──

    •    60代前半:約 1.5%

    •    70代:約 2.5~3%

    •    80代:約 3.5%前後

 

それでもなお、こう言えるのです。

70代後半でも「97%以上の人はその年、がんを発症しない」。

 

🔢 「死亡率 0.5%」が照らすもの

 

では、60歳女性がこの1年で亡くなる確率は?

 

厚労省「簡易生命表(令和3年)」によれば、

その数字は 約0.5%(=200人に1人)。

 

一見、低い数値のように見えるかもしれません。

でもよく考えてみてください。

    •    99.5%の人は“生き延びる”

    •    けれど200人に1人は、“人生の終わり”を迎える

 

これは、「100%死ぬ」という人類共通の真理の中で、

“それが今年ではない”という確率が99.5%あるということでもあります。

 

どこか哲学的で、少しだけ詩的でもある数字です。

 

🌿 数字がくれる、今日へのまなざし

 

この確率をどう受け取るかは人それぞれでしょう。

でも私は、こんなふうに感じています。

 

「私は、この1年を“生き延びた人”たちのひとりだ」

 

──そう思うだけで、

朝の光も、湯気の立つコーヒーも、ほんのすこしだけありがたくなるのです。

 

📘 統計は、命の地図帳である

 

統計は、未来を予測するためだけのものではありません。

むしろ、いまここにある“かけがえなさ”を静かに照らすランプなのかもしれません。

 

数字に心を寄せる。

それは、現代における「新しい祈り」のかたちではないでしょうか。

 

 

🟣【“母の風景”を取り戻す──恐怖が支配する世界に、優しさの倫理を】

 

2025年のいま──

1人の女性が産む子どもの数の指標、合計特殊出生率は1.15まで落ち込みました。

ウクライナでは戦火が続き、イスラエル・パレスチナも終わりが見えません。

日本では、ワクチン政策の検証も進まず、政治は「経済か安全保障か」という“選ばされる問い”に追い詰められています。

 

でも私は、あえて違う問いを投げかけたいのです。

 

「命が生まれる風景は、今もこの国に残っているのか?」

 

🌿【“補助金”よりも、“ぬくもり”で命は育つ】

 

出生率の高い県──沖縄、島根、宮崎、鹿児島…。

都市的な利便性も、経済的な豊かさも高くない。

でも、命は育っている。

 

なぜか?

 

それは、“暮らしの風景”に理由があります。

    •    名前で呼び合えるご近所

    •    「ちょっと見てて」が言える関係性

    •    「うるさくてごめんなさい」が通じる公共空間

 

制度ではなく、“情”のある風景。

数値ではなく、“安心”の空気。

 

命は、冷たい制度よりも、あたたかな気配を求めているのです。

 

💣【正しさの暴力、やさしさの倫理】

 

「なぜ世界は恐怖で支配されるのか?」

 

これは単なるジェンダーの話ではありません。

でも、あえて象徴的にこう言いましょう。

    •    男性原理(yang):正義・秩序・合理性・支配・軍備

    •    女性原理(yin):慈愛・受容・共感・保護・育み

 

現代社会は、yangが圧倒的に優位。

「正義」という名のもとに、“敵”と“制裁”が日常になっている。

 

でも、子育ては「正しさ」で行うものではありません。

むしろ、「泣いてもいいよ」「失敗してもいいよ」と許される場でこそ、命は育つ。

 

戦争を止めるのに必要なのは、“力”ではない。

それは、やさしさの感受性です。

 

「君、死にたまふことなかれ」──

与謝野晶子のこの一節が、今なお響くのは、母性の倫理が生きていたから。

 

🧬【生理学が語る:“愛”こそが命の起点】

 

実際、人間の生殖は“交感神経”だけでは起こりません。

恒常性を保ち、再生・修復を担う副交感神経が働いてはじめて、

受胎も、成育も、再生も起こる。

 

エンドカンナビノイド・システム(ECS)*──

これは、“安心とつながり”を生み出す神経系です。

恐怖や緊張ばかりの社会では、このシステムはうまく働かない。

 

つまり、「癒し」のない社会には、「命」も生まれにくいのです。

 

💡【命を語るなら、“風景”から始めよう】

 

政治が出生率を上げたいなら、

「お金」や「義務」で縛るより先に、

“ぬくもりの回路”を修復する必要があります。

    •    子どもが少し騒いでも大丈夫な広場

    •    親が孤立しない公民館

    •    「ごはん食べていきなさい」が言えるご近所

 

つまり、

都市に“母性”をインストールすることが、

いま最も切実な“少子化対策”なのです。

 

✍️おわりに:命の政治、恐怖を超えて

 

そしてもう一つ──

「恐怖」で人をコントロールしようとする社会全体の構造も、

そろそろ見直さなければなりません。

    •    ワクチンの“他人のために打て”という強要的プロパガンダ

    •    国防の“ワンセンテンスの恐怖扇動”

    •    AIと統計による“自己責任論の押し付け”

 

どれも、根底にあるのは「恐怖による支配」です。

 

でも、人間は「安心していいよ」という声に、

本能的に応えたくなるようにできています。

 

私たちは、正しさに背を向けたいのではない。

ただ、やさしさが欲しいだけなのです。

 

科学も、政治も、未来も、

恐怖ではなく、愛とぬくもりで動いてほしい。

 

そう願わずにはいられません。

 

出生率という“数字”の奥に、

実はこの社会の“倫理”が問われている──

そんな気がしてならないのです。

 

 

<注釈>

*エンドカンナビノイド・システム(ECS)とは、生体の恒常性(ホメオスタシス)を保つ内部調整機構である。

気分・睡眠・食欲・痛み・免疫・記憶・生殖など、多岐にわたる生命活動に関与する。

ECSは副交感神経が優位な「安心・つながり・ぬくもり」の状態で最もよく機能する。

反対に、ストレス・孤独・恐怖といった交感神経優位な環境では働きが抑制される。

 

※岩本まなは、CBD・CBNなどカンナビノイドの臨床応用に取り組んでおり、ECS(エンドカンナビノイド・システム)の健全な働きを支える医療の未来を追究しています。

 

🟥【後編】ワクチン統計のトリック──重症化予防効果は本当にあったのか?

 

前のブログで述べた通り、コロナワクチンに重症化予防効果は「ある」と、私はずっと思ってきました。

それは日本のデータというよりも、米国CDCや英国UKHSA(旧PHE)、フランスSanté Publique Franceなど、各国が継続して「ワクチンは重症化を防ぐ」と発信してきたからです。

 

実際に──

 •    米CDCは「ワクチン接種者の入院率は非接種者の10分の1以下」と発表していました。

 •    英国UKHSAも「高齢者の入院リスクを80%以上低減」と報告してきました。

 •    フランスでも一貫して、入院や死亡を防ぐ効果こそがワクチン政策の主眼とされてきました。

 

こうした「重症化予防効果」の根拠となる数値は、いずれも科学的に整理されたものでしたが、

その多くが「RRR(相対リスク減少率)」に基づく数値であることに、私は後から気づきました。

 

💡RRRとARR──「似て非なる」2つの統計指標

 

ここで重要なのは、以下の違いです。
 

 

RRR(相対リスク減少率)→接種した群が、非接種群に比べてどの程度リスクを減らしたか    「接種群は95%リスク減少」など

ARR(絶対リスク減少率)→ワクチンによって全体の発症率がどのくらい減ったか    「発症率が0.84%下がった」など

 

これは実は、健康ビジネスの世界でもよく見られる“数字のマジック”です。

 

たとえば──

 

「このサプリメントには、自然のビタミンCの300倍の成分が含まれています」

「この抗酸化物質は、通常の◯◯の10倍のパワーを発揮します」

 

──といった広告コピー。

 

でもよく見ると、その“300倍”というのは、

もともと含有量がごくわずかだった自然食材と比較した、相対的な数字にすぎません。

 

実際の“絶対量”としてどれだけ効果があるか?となると、

その数値の意味はずいぶん違ってくることも多いのです。

 

つまり、見せ方を変えるだけで「すごそう」に見える。

これこそが、RRRがもたらす最大の誤解といえるでしょう。

 

🔍 ファイザーの初期臨床試験(N=約18,000人×2群)の例*

    •    ワクチン群:発症者8人(0.044%)

    •    プラセボ群:発症者162人(0.88%)

 

▶ RRR = (0.88 - 0.044) ÷ 0.88 ≒ 95%

▶ ARR = 0.88% - 0.044% = 0.836%
 

🟠 RRRは「間違いではない」──でも「誤解を生みやすい」

 

「ワクチンの有効性は95%」というRRRベースの表現を耳にすると、多くの人が「打てば95%の確率で発症しない」と誤解してしまいます。

 

けれど、実際には「未接種と比べたときの発症率の差が95%」という意味にすぎません。

 

つまり、絶対的なリスク減少(ARR)は1%にも満たず、実社会におけるインパクトとしては非常に小さいのです。

 

これは、統計的には正確でも、伝え方としては非常に誤解を招きやすい数字であると言えます。

 

🧾 鎌谷直之先生によるご指摘

 

この件について、医療統計の専門家である鎌谷直之先生から以下のようなコメントをいただきました。

 

「正しい指摘だと思います。

RRRやARRに加えて、**NNT(Number Needed to Treat)**という考え方も重要です。

一人の発症を防ぐためにワクチンを何人に接種する必要があるか──この指標で見ると、その数は119人になります。

 

感度・特異度・陽性的中率と同様に、同じ数字でもリスクの見せ方で印象が変わるという問題があります。

特に『確率』という感覚が薄い社会では、正しく伝えることが一層難しくなります。」

 

🟨 政策と報道の“都合”がRRRを好んだのか?

 

 •    RRRは数字が大きく見えるため、政府や報道が「成功」を伝える上では便利な指標でした。

 •    一方で、ARRは「たった数%しか変わらない」と受け取られがちで、軽視されたり省略されたりする傾向がありました。

 

これは、「結果報告バイアス(reporting bias)」と呼ばれる現象の一種です。

 

実際、多くの学術論文でも、

 

「RRRだけでなくARRも明示すべきだ」

という警鐘が何度も鳴らされています。

 

🧭 今こそ、「数字の構造」を見抜く力を

 

「95%有効」という表現が何を意味し、何を意味しないのか──

その背景にある“統計的構造”を私たちは理解する必要があります。

 

そして今、求められているのは:

 •    ✔️ 数字の正確さだけでなく、その伝え方の誠実さ

 •    ✔️ 科学を“都合のいいストーリー”にしない慎重さ

 

科学とは、本来、現実を見るためのツールです。

だからこそ、それが都合のいいストーリーや演出のために使われてしまってはいけないのです。

✍️ まとめ:ワクチンを語るとき、「RRRだけ」では足りません

 

重症化予防効果は、たしかに世界中で報告されてきました。

しかし、その多くは RRRに基づいた数字 であり、ARRはほとんど注目されてこなかったのが実情です。

 

その結果として──

ワクチンに対する期待と、実際の効果との間に、大きなギャップが生まれてしまったのではないでしょうか。

 

私はこの構造を、もっと丁寧に理解したいと思っていますし、

同じ過ちを繰り返さないためにも、「数字の読み方」そのものを、一緒に考えていけたらと願っています。

 

科学とは、本来、現実を見るためのツールです。

だからこそ、それが都合のいいストーリーや演出のために使われてしまってはいけないのです。

 

そして──

 

感染予防効果もない。

絶対的な重症化予防効果も、ほんのわずか。

 

そんな不完全なワクチンを、半ば強制的に打たされたことで、命を落とした方がいます。

後遺症に苦しみ続けている方も、たくさんいらっしゃいます。

 

私は──

この事実を、絶対に風化させてはならないと思います。

 

「因果関係はない」と言い張るのなら、証拠を示していただきたい。

こうなったら、紙ベースの記録でも構いません。

本当に調査をしているのか!??

誰かが亡くなったその背後に、科学という名のもとの“事実上の強制”の疑いがあったのだとしたら──

それは絶対的に、検証されるべき問題ではないでしょうか。

 

医療の信頼(国家の信頼でもあります)を取り戻すために、

いま私たちに求められているのは、数字の正確さだけではありません。

それ以上に必要なのは、伝え方の誠実さです。

 

健康ビジネス産業のような“あざとい効果の見せ方”を、命に関わる領域で、決して真似してはいけない。

なぜならそれは、生命を左右する問題だからです。

 

この時代に、科学を信じ続けるために。

そして未来に、「医療の倫理」を手渡すために──

私たちは、数字の奥にある「意味」と「責任」に、もっと敏感でありたいのです。

 

✍️ 岩本まな

 

PS:なお、世界的にも稀な「未成年・妊婦へのmRNA接種」「頻繁な追加接種」の在り方については、今こそ真剣な再評価が必要だと思います。

 

<注釈>
Polack FP, et al. “Safety and Efficacy of the BNT162b2 mRNA Covid-19 Vaccine.”

New England Journal of Medicine 2020; 383: 2603-2615.

DOI: 10.1056/NEJMoa2034577

URL: https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2034577