🟥【進撃の医療Ⅱ──世界がブレーキを踏むとき、日本だけがアクセル全開】

 

先ほどブログを公開したばかりですが──続報が飛び込みました。もう、黙っていられません。

 

1. 米国、ついに “mRNA フェードアウト” を宣言

 

5日付ロイター電。

米厚生省(HHS)傘下 BARDA が mRNA ワクチン開発を段階的に終了

22件・総額 約5億ドル のプロジェクトを打ち切り、

モデルナの鳥インフル用 mRNA 契約も即キャンセル。

ファイザーやサノフィなどの入札も 全て白紙 です。

 

「上気道感染症に対する有効性が伸びず、投資の妥当性を失った」─ ケネディ厚生長官(会見要旨)

 

欧米では 心筋炎・自己免疫リスクの再検証 が進行中。

“次の技術” へ軸足を移す動きが鮮明になりました。

 

2. それでも日本は “今秋 mRNA インフル” を強行?

  • KMバイオ・アンジェス・第一三共 などが今秋にも申請へ

  • mRNA 関連の研究開発企業は 十数社、ワクチン産業ビジョンでは依然「戦略重点技術」

  • 世界がブレーキを踏む中、日本だけが全速力投入──なぜ?

3. “統一電子カルテが無い国” の危うさ

 

私の答えはシンプルです。

日本には 統一電子カルテ が存在しない。

見えないもの

結果

副反応の長期データ

集約されず

因果関係

不明のまま推進を正当化

重複検査・投薬

ブラックボックス化

「見えないから、止まらない。」

この構造で国策が走り続ける――果たして許されるのでしょうか?

 

❗️結論──いま必要なのは “やめる勇気”

  1. まず見える化

    • 統一電子カルテが難しければ、紙でもいい

    • 副反応と効果のトレーサビリティを国主導で。

    • “ボランティア任せ” は、もうあり得ない。

     

  2. 三本柱の整備

    • ①長期安全性の検証

    • ②副反応救済体制の強化

    • ③接種「選択の自由」の保証

     

  3. 世界が減速した理由を直視する “やめる勇気”

    • ブレーキを踏むのは「敗北」ではない。

    • 真の科学は、疑問が出たら立ち止まるところから始まる。

mRNA は終わったのではありません。

私たちの問い直しが、今まさに始まるのです。

 

進撃の医療──

次に壁を破るのは、技術ではなく「透明なデータ」と「勇気ある判断」かもしれません。

 

🟥【進撃の医療──コロナワクチンは「終わり」ではなく「始まり」だった】

 

mRNAワクチンはコロナで終わったのではありません。

それこそ、“始まり”に過ぎなかったのです。

 

──世界では多くの国が、パンデミックの混乱を経て「ワクチン政策の軌道修正」に入りました。

アメリカ、ドイツ、フランス、カナダ、オーストラリア……

かつてmRNAワクチン開発をリードしたこれらの国々は今、慎重な姿勢に転じています。

 

・副反応(心筋炎、免疫異常、自己免疫疾患)への科学的レビュー

・mRNA以外のワクチン技術とのバランス再考

・そして何より「ワクチン接種は義務か自由か」という哲学的問い直し

 

一方、日本はどうか。

──今まさに、“全速力で”前のめりに突き進んでいるのです。

 

🟨【mRNAインフルエンザ、この秋始動】

 

今年の秋──

KMバイオ、アンジェス、第一三共、武田薬品などが開発中の「mRNAインフルエンザワクチン」が、いよいよ実用化の見込み。

 

これは、ただの“新しいインフルワクチン”ではありません。

日本におけるmRNA国民接種時代の幕開けを意味します。

 

コロナで十分ではなかった“定着”を、インフルでやり直す──

そのようにも見えるこの動き。私は、これこそ日本にだけ「統一電子カルテが存在しない」からこそ可能になっているのではないか、と感じています。

 

つまり、副反応の因果関係が“証明できない”という構造そのものが、推進の武器になっている

データがないから、責任も問われない。問われないから、進められる──。

これは非常に危うい構図ではないでしょうか?

 

🟦【なぜ日本だけが?】

 

欧米がブレーキを踏み始めている中、なぜ日本だけが突き進むのか?

 

その背景には、いくつかの“無言の合意”があるように思います。

理由

解説

 国家戦略

コロナ禍で露呈した「輸入依存」から脱却し、ワクチン自給体制を強化

 利権構造

製薬会社・大学・官庁の三位一体モデル(ジャパンバイオトライアングル)

 ワクチン神話

“副反応は語らない”という文化と、“予防は善”という刷り込み

 情報の非対称性

メディアが反対意見を報じず、国民がリスクに気づきにくい構造

 データの断絶

統一電子カルテがなく、医療の“副作用データ”が集まらない構造的盲点

これは政治ではなく、「医療の政治学」。

そして、これは誰のための医療なのか?という倫理の問題です。

 

🌀【“進撃の医療”が問いかけるもの】

 

私たちは、気づかぬうちに巨大なカラクリ装置に巻き込まれているのかもしれません。

プラトンの『洞窟の比喩』のように、暗い洞窟の中で、壁に映る影絵だけを「現実」と信じて生きている。

本当の光を知らなければ、その影が異常とは気づけないのです。

 

この国では、mRNAという“新たな常識”が今、静かに根を張りつつあります。

しかし、「長期安全性」「副反応の記録と救済」「選択の自由」という3つの土台が整わない限り、それは真の「公共の福祉」とは言えないのではないでしょうか。

 

🟣【おわりに──医療は誰のもの?】

 

かつて医療は、人の苦しみを和らげ、命を守るためのものでした。

 

しかしいま、技術と経済と国家戦略が絡み合うことで、

「医療の方向性」が静かにビジネスへシフトしつつあるように感じます。

 

進撃の医療──

それが本当に人々の幸せに向かっているのか、それとも別の道なのか。

問い直すのは、いま、ここに生きる私たち自身です。

 

🟦【国会ダイエット日記|#01】

 

一昨日は、全国から参政党の地方議員と国会議員たちが一堂に会した「議員団研修会」1日研修。

その数──なんと160名!

 

 

会場は熱気と真剣さに包まれ、神谷代表の“歴史観の師”として知られる林英臣先生の講義が始まりました。

テーマは、「歴史哲学と世界の構造」

まさに──政治の本質をえぐる内容でした。

 

🌀そして、私の心に最も刺さった言葉の一つは──

 

「世界情勢のヒントは、東洋医学と西洋医学の関係にあるかもしれない」

 

西洋諸国はかなり前から、“統合”の視点で東洋の叡智を見直し評価している。

でもなぜか日本は、いまだに“パーツごとに分ける”西洋的アプローチに固執している……。

 

なるほど──。一種のバイオポリティクスの観点とも言える。

🧠心の中で思わず「ウシシ🐮」とガッツポーズ!

 

🟦翌日は、臨時国会の閉会日。

 

神谷代表は予算委員会で堂々たる熱弁を披露。

私はというと──旧知の浅尾環境大臣から、

国会における「慣例」や「空気感」をそっと教えていただくという、ありがたい時間に。

 

 

儀式的なアナログイベントも、”数分ずつ”粛々と終了しました。

 

🟨さて、世はお盆休みに突入しますが──私はここからが本番。

 

この“巨大な国政の迷宮”(進撃の巨人?メイズランナー?)に、

まるで映画の主人公のように一歩ずつ踏み込んでいく感覚。

知り、つなぎ、そして変えていく。

(……とはいえ、迷路のど真ん中で迷ってます。昨日も迷子になった😂)

 

まだまだ始まったばかり。

けれど確かに、感じます──

「外からは決して見えない風景」の中に、

日本という国の“深層”が静かに息を潜めていることを。

 

 

🐾【参上!セン犬先生】今さら聞けん英語 No.1

 

──世界のニュース、噛み砕いてみたばい!

 

🟦 第1回:“Greenwashing”(グリーンウォッシング)

 

🗣️セン犬先生より🐶

 

「あんた、“環境によかことしとる”って表向き言うとる企業、実は中身スカスカやったりするっちゃが。これを“グリーンウォッシング”っち言うとよ。

見た目だけエコ、ほんもんのエコはどこ行ったとね!?…ワシの柴の毛の方が、よっぽどナチュラルたい!!🌱🐾」

 

✅ 解説:

 

「green(環境に優しい)」と「whitewashing(ごまかし)」の造語。つまり、環境に配慮しているように見せかけるマーケティング手法のこと。

 

🐾 次回予告:

 

“Cancel Culture”(キャンセルカルチャー)とは!?

「ワシの好物の骨、勝手にキャンセルせんでくれんかね…」by セン犬先生

 

🟥 「がんと生きる」を支える“本当の基礎”──私は専門医ではないけれど

 

がんの話題に触れるたび、私は立ち止まって考えます。

命に関わる病──その渦中にある人たちを、どう支えられるのか。

それは、誰もが当事者になりうる“時代の問い”でもあります。

 

私はがんの専門医ではありません。

ですから、最新の抗がん剤や放射線治療の詳細については語れません。

それでも、どうしても伝えたいことがあります。

 

🟨 「治療」だけでは、支えきれないもの

 

がんを「治す」こと。

それは、現代医学が日々挑んでいる重要なテーマです。

 

でも同時に、「がんと共に生きる」日々をどう支えるか──

つまり、“暮らしそのもの”へのまなざしは、

ときに見落とされがちです。

 

🌿 「栄養・睡眠・運動」──3つの土台

 

最近では、「がんにはこの栄養を」「この食材が効く」といった情報もあふれています。

もちろん栄養は大切。体をつくり、修復するために欠かせません。

 

けれど、私はこう考えます。

 

🍽️ 栄養

💤 睡眠

🚶‍♀️ 運動

 

この3つが揃ってこそ、本当の“支え”になるのだと。

 

🍽️ 栄養は、身体の素材

・がん治療中は、食べることそのものが負担になることもあります。

・だからこそ、「今の身体に合った形」で無理なく寄り添う工夫が大切です。

 

💤 睡眠は、回復の母

・眠っている間、免疫は黙々と修復をこなし、炎症をおさえ、脳をリセットしてくれます。

・“治癒の時間”を、誰にも邪魔されず過ごせるように。

 

🚶‍♀️ 運動は、生きるエンジン

・がんの種類や体力によりますが、軽い運動は“生きる力”を底上げしてくれます。

・血流、筋肉量、そして気分の向上──これは薬では代わりになりません。

 

🧘‍♀️ 専門家でなくてもできる“支え”

 

私は診察時に、「何を食べたらいいか」だけでなく、

「よく眠れているか」「少しでも動けているか」も必ずお尋ねしていました。

 

専門医でなくても、人として寄り添える視点がある。

がんとは、医療だけでなく、人と人との関係のなかでも支えられるものだと感じています。

 

🩺 「生きる」を支える社会へ

 

私は医師として、そして今、国政の立場からも、

この「栄養・睡眠・運動」という3本柱を、もっと支えられる社会を目指したいと考えています。

 

治療の合間に、ちゃんと眠れる。

無理のない食事ができる。

少しでも体を動かせる環境がある。

 

そこには、ホリスティックな医療との連携こそ”要(かなめ)”だと私は思います。

 

「治すこと」と「生きること」。

その両方を、医療が支えられるように──

それが、私の願いです。

 

……そして、「がんと生きる」未来の医療には、AIやウェアラブルなど、

新しい技術の力も大いに期待されています。

そのお話は、また次の機会に。

 

🧠 「国会ダイエット」、いかがでしょう?-(バイオポリティクス視座で読む)

 

はじめに ── 国家の身体も「肥大化」に喘いでいる今だからこそ

 

私たちは、「医や社会保障」も、すべて「いのちに関わる政治」の一部であると考えます。

この視点こそ、ミシェル・フーコーが提起した “バイオポリティクス”=生命を統治する政治の核心です。彼は、国家が国民の健康や出生率・寿命といった生物学的側面をも管理し始めた近代以降の政治現象を指摘しました  。

 

政治の脂肪を落として、生命力を取り戻せ。そんな一風変わった“ダイエット論”を、バイオポリティクスの眼で眺めてみました——。

 

🔶政治にこそ燃焼すべき“脂肪”がある──それが「国会ダイエット」

 

 ・肥大した予算 をそぎ落とす内臓脂肪カット

 ・形骸化した慣習 を代謝させる老化細胞クリーニング

 

…これらは、国家身体としての「政治体」における炎症であり、「代謝」を必要としています。

 

国会ダイエットとは、政治の過剰に肥大化した構造を引き締めることで、自らを更新し続ける仕組みです。

これはただの冗談ではなく、国が行うべき「生命の最適化」の政治として、バイオポリティクス的にも意義深い行動になると考えています。

 

🔶バイオポリティクス的に見た「国会ダイエット」の意味

 

観点

対国家 の政治

対政治体 の政策

「指標」

出生率・平均寿命

所管未履行法案率/委員会の空席率

「正常化」

国民に健康習慣を根づかせる

局費や古参制度を断捨離し狙い再定義

「死生のゆらぎ」

医療資源の配分

不要・老朽な制度の“死滅”⇒再誕生

 

フーコーは、「政治とは生命の最大化ではなく、生命の統計化と調整である」と述べました。また、COVID‑19期に政府が民を「管理の対象へ徹底監視」せざるを得なかった構造はまさにバイオポリティクスの極地でした  。

 

これを逆照射すると、「国家の身体に〈政治的脂肪〉が蓄積されれば、結局は生の活力が失われる」という警鐘が響きます。

 

🔶実施すべき3ステップ

 

国会ダイエットに必要なのは、ただの削減ではなく「計測 → 正常化 → 再プログラム化」です:

 

①迷宮歩数系ダイエット

 

国会議事堂内を毎日 〈歩数計アプリ付き地図〉付きで迷わせるような構造。

歩く中で「議事構造の異常」「不要システムの肥大化」に気づく装置。

 

②“非効率ポイント”の燃焼データベース化

 

長期野党会議、未履行予算プロセス、ダブルスタンダード条項など「無意識に肥大する制度」の湧いてくるポイントを可視化。

 

③政治的システム代謝プラン

 

※セノリティクス政策のごとく、

   新参議員にはFarma仕事(専門研修)という「再生促進プログラム」導入

   古参“老化政治細胞”(非活性議員・制度)を除く

 

🔶なぜ今、この視点が必要か?

  • 大都市高出生率へ政策偏重するばかりに 地方圏は過疎化し、健康資源が非効率配分されている。

  • COVID‑19制度だけが肥大化し、そのまま“思考停止の景色”を作ってしまっている

本来、政治は生命と希望を守るべき装置。

「燃えるのは熱血ではなく、政治の脂肪」──

国会ダイエットは、まさに 『バイオポリティクスの政治』としての政治の可能性 を示すものです。

 

🔶おわりに──政策とは、肥満と戦う施術でもある

 

脳も政治も、体も、全部「代謝する存在」。

命ある限り、脱脂と更新のしくみを持ち続けなければ、社会はすぐ“活力の死”を迎えます。

 

国会を舞台に、“制度炎症”を意識的に取り除き、

世代交流し、民主の汗をかく場所へと再生させる──

これこそ、私がイメージする「未来の政治」です。

 

🔶国会迷子ぴよこ第一声🐤:

 

「議事堂で迷子になる勇気」——そこから政治は代謝を始める。──そんな現実を、“国会ダイエット”でつくってみませんか?

 

🟨 ご注意:

 

本稿における「国会ダイエット」および「政界セノリティクス」という表現は、あくまで私個人の思考実験的な“遊び”として用いたものであり、参政党の公式政策や提案、あるいは党の見解とは一切関係ありません。

タイトルやフレーズが挑発的に見えるかもしれませんが、

党としての制度設計や議論に基づくものでは決してなく、

軽いユーモア混じりの批評としてお読み頂くようお願い申し上げます。

 

「セノリティクス」(老化細胞除去)と聞くとまるで自分自身が排除されかねない再帰的な響きが自爆を予感させたため🤣、より親しみやすい「ダイエット」に言い換えました。

とはいえ、これはあくまで個人的な思考実験であり、「この発言が政策になるのでは?」という誤読は避けたいと考えております。

 

🐥ちなみに英語で「ダイエット」は“国会”そのものを指すこともあります。

 

🟥【初登院の日に──“国会”という場に立って考えたこと】

 

昨日、2025年8月1日──

私は人生で初めて、国会という場所に“見学者ではなく、当事者”として足を踏み入れました。

そして正式に、参議院議員として「初登院」を迎えました。

 

朝から、台風が列島に爪を立て、空もざわめく。

──風よ吹け、雨も上等。

この国の中枢に立つその日に、天の洗礼とは、なんとも粋な計らいではありませんか。

 

私にとってはまさに、還暦を越えて迎える“人生の新章”の幕開け。

 

◆ 参政党として、今では衆参あわせて18名の議員。

その中でも、注目度の高さゆえに──多くの報道陣に囲まれながらの登院となりました。

けれどもその喧騒の中に、不思議と静かな「覚悟」が芽生えたのもまた事実です。

 

🟧 “国会”という建物が語りかけてくること

 

初めて中から見る国会。

その歴史的建造物、格式ある空気感、複雑な動線(早速迷子に...)、継承されてきたしきたり

まるで日本という国の生命の時間そのものが、ゆっくりと流れているような場所。

──すべてがずっしりとした「重み」として伝わってきます。

 

一方で、感じざるを得ない「アナログさ」。

紙・木札、ペン・人の手での確認。昭和の化石......

効率化を考えるAI時代の視点からすれば、改善の余地は山ほどあります。

 

しかし、だからこそ私は思います。

伝統とは「変えてはならないもの」ではなく、問い直すべきもの。

すべてを単純に「効率化」することが正解ではありません。

これは一種”健康維持”と似たような構造である、と直感します。

人間らしさと仕組み、その両立こそが、これからの政治に求められているのかもしれません。

 

🟨 私の所属委員会は3つです

 

今回、私が所属することになったのは、以下の3つの委員会です。

いずれも、これまでの医師としての経験、統計の知見、そして現場で感じてきた課題意識を活かせる領域だと感じています。

 

• 厚生労働委員会

👉 医師としての現場感と統計リテラシーをフル活用して、声なき声に光を当てていきたいと思います。

 

• 地方創生およびデジタル社会の形成等に関する特別委員会

👉 医療DXや予防医療の視点を、地域にも国家にも。

「日本の未来図」をどう描くか──その一端を担えるよう努めます。

 

• 情報監視審査会

👉 セキュリティと人権。相反するように見える2つの価値を、どう両立させるか。

慎重に、しかし勇気をもって臨みます。

 

どれも、責任の重さを感じる分野ばかりですが、だからこそチャレンジしがいのある現場です。

まだまだ勉強すべきことは山積みですが、「患者視点・生活者視点・未来世代視点」、そして何より現場で日々奮闘されている医療従事者のまなざしを胸に、丁寧に、一つひとつ取り組んでまいります。

 

 

🟩 天皇陛下をお迎えしての開会式、そして──

 

午後には、天皇陛下をお迎えしての厳粛な「開会式」。

日本という国の象徴の存在と、国政の出発点が交わるその瞬間、背筋が伸びるような思いがしました。

 

その後は、両院総会にて党の役職発表、続いて記者会見。

夕方はパブリック・リレーション研修での学びと共有、

夜は全国の代表や役員との方針共有会議──と、まさに朝から深夜まで、フル稼働の一日でした。

 

🟦 “変えるべきもの”と“守るべきもの”

 

すべての制度、すべての現象には「表」と「裏」がある。

便利さには代償があり、不便さにも意味がある。

 

私は今、日本という国の中枢に一歩、足を踏み入れました。

だからこそ、この現場で、何を進化させ、何を温存すべきか。

全ては”国民の利益”という一点に立ち返って、問い直しながら進みます。

 

 

🟪 最後に──

 

この立場に押し上げてくださった皆さまに、改めて心から感謝申し上げます。

「風化させないテーマ」を胸に、一歩ずつ。

 道はまだ始まったばかりです。

 

(了)

<Chappy画。線がちょっと違うところを示してますが、ご愛嬌>

 

🟥【“歯ぐきからワクチン”の時代?──経歯肉吸収という静かな革命に、警鐘を鳴らす】

 

少し前に、アメリカで「CBD粘膜パッチ」が話題になっていたのをご存じでしょうか。

 

舌下投与の次に注目されたのが、「歯肉粘膜」──歯ぐきに直接CBDをしばらく貼り付けておくことで、有効成分が粘膜を通じて体内に吸収されるという、新しいドラッグデリバリー技術です。

歯肉の上皮は薄く、血流が豊富で、しかも消化酵素や胃酸の影響を受けずに薬効成分を届けられる──

そんな特徴が評価され、CBDに限らず“経歯肉吸収”が医療技術として注目されつつありました。

 

実は私も、これには大変興味を持っていた一人です。

 

▶︎ ところが──今朝、思わず耳を疑う研究に出会いました。

 

アメリカの研究チームが開発したのは、

「ワクチンを染み込ませたデンタルフロス」という、聞き慣れない新技術。

 

使い方はごく日常的。

いつものように歯をフロスするだけで、歯と歯ぐきの隙間(接合上皮:junctional epithelium)からワクチン成分が粘膜に浸透し、全身免疫を誘導できるというのです。

 

Nature Biomedical Engineering誌に掲載されたこの研究では、

mRNAや不活化ウイルス、ペプチドなどをフロスに染み込ませ、

マウスに“歯ぐきワクチン”を3回実施。

その結果──

致死量のインフルエンザに全匹が耐え、生存。

 

なんと、針なし、痛みなし、家庭用フロスで“ワクチン接種完了”という未来像が描かれていました。

 

🟡「ワクチン入りフロス」が意味するもの

 

この研究のポイントは以下の通りです:

 

  •  🔹接合上皮(junctional epithelium)**は、非常に薄くて透過性の高い組織である

  • 🔹 mRNAなどの通常は粘膜吸収されにくい大型分子でも、ナノ技術と歯肉特性を活用すればデリバリーが可能になる

  • 🔹 経口ではなく、「経歯肉免疫(gingival mucosal vaccination)」という新ルートが有効である

🔺 ここが問題──“うっかり摂取”の時代はもう始まっている?

 

この技術が応用されれば、

  • 市販のフロス

  • マウスウォッシュ

  • 歯科ガム

  • 歯磨き粉

などに「ワクチン成分」や「免疫賦活物質」が意図的に含まれる未来が、まったくSFではなくなります。

本人が知らないうちに、“非同意のワクチン接種”が起こりうる設計になっているのです。

 

🧭 科学は進む。でも、倫理は追いついているか?

 

ワクチンの進化、ドラッグデリバリーの革新、それ自体は悪ではありません。

けれども、その“入り口”が日常に溶け込んだ形で静かに仕込まれていたとしたら──?

 

「知らない間にワクチンを取り込んでいた」

そんな社会が、誰かの“善意”と“技術”の名のもとに実装されていくなら、それは、科学ではなく管理の始まりです。

 

🔶 最後に:この技術にこそ「政治」が必要です

 

この分野にこそ、

  • 経歯肉吸収における医薬品分類の明確化

  • 成分ラベリング義務の制定

  • 非意図的摂取リスクの検証と対策

  • 高齢者・子どもが使う製品への応用規制

といった制度的ガードレールが必要です。

 

もちろん、いますぐ「こっそりワクチン」が流通するとは思いません。

でも、「そんなバカな」と笑った頃に、すでに始まっていた」──

そういう歴史、私たちは何度も見てきたはずです。

 

医療の進化に、倫理と透明性というブレーキを。

誰が・いつ・何を体に取り込んでいるか”、それを自分で選べる社会であり続けることが、

何よりの“ワクチン”になると私は信じています。

 

🟥 【“再発ありき”の医療に、そろそろレッドカードを。──CK2特許ニュースを読み解く】

 

がんの再発リスクに関連するとされる新たな指標として、“CK2酵素の核小体への集積”に注目した研究成果が、特許として認められました。

 

メディアは一斉に「再発の早期発見に光!」と報じています。

確かに研究者たちの熱意とサイエンスの進展には、敬意を表したい。

 

でも、私はどうしても問いかけたくなるのです。

 

なぜ、彼らは「再発して当たり前」の未来を

当然のように描き続けるのか?

 

1|“早期発見”の次に来るもの

 

予測 → 追加検査 → 追加治療 → さらなる不安。

 

このループが、がん医療の既定路線になっていませんか?

気づけば患者は、いつ再発するか分からない不安に怯えながら生きている。

 

メンタルが不安定になれば、免疫は落ちる。

免疫が落ちれば、それこそ再発の呼び水に。

 

医療は本来、「安心産業」のはず。

でも今は、“不安を長期契約に変えるシステム”になってはいないでしょうか?

 

2|CK2は、“静かなセンサー”でもある

 

CK2酵素は、慢性炎症や生活習慣の乱れと密接につながっています。

たとえば──

  • 睡眠不足

  • 糖質過多や加工食品

  • 腸内環境の乱れ

  • 抱え込んだままのストレス

こうした日々の負荷が、体内でじわじわと酵素の異常活性を生み、やがてがん再発の土壌になる。

 

だったら、「CK2が静かに眠る暮らし」を解明することこそ、

未来の医療にふさわしい方向ではないでしょうか?

 

3|“予測ビジネス”が延命される仕組み

  • 高精度のバイオマーカー

  • 予防的薬剤やモニタリングアプリ

  • 保険適用の拡大

  • 不安という名のリピート需要

これが、再発予測をめぐるビジネスの構造です。

患者の不安は、マーケットの熱源。

 

もしも「再発しない身体」が標準化されてしまったら──

誰かの巨大な利権構造が、音を立てて崩れてしまう。

 

だからこそ、今問うべきなのは、

 

「その研究、本当に“患者の安心(幸せな未来)”につながりますか?」

 

という、シンプルで根源的な問いなのです。

 

4|“再発しない未来”をデザインしよう

 

いま必要なのは、「予測」ではなく「抑止」の技術。

“ならない”身体をデザインする知恵です。

  • CK2活性を起こさせないライフスタイル設計

  • 炎症スコア×遺伝子×腸内フローラの統合AIモデル

  • 再発ゼロ患者の生活様式データベース

──こうした予防医学への投資こそ、次の時代の医療戦略であり、国民の希望に応える政策の柱となるべきです。

 

予測よりも、「予防で終わる物語」があってもいいじゃないか。

 

🐤 おわりに──“安心という処方箋”を忘れずに

 

医療は本来、「安心」を届けるために存在するもの。

なのに──

「がんになるかもしれない」

「再発するかもしれない」

そんな不安が、延々と繰り返される社会でいいのでしょうか。

 

CK2の特許取得は、医学の進歩。

でもその次の一手こそ、本当の分かれ道。

 

私は信じています。

“ならない未来”は、作れる。

“再発しない日々”は、選べる。

 

その設計図を描く勇気が、

次の医療を変えていくのだと思います。

 

 

🟥【日本とアメリカの“検査文化”比較──「安心中毒」国家ニッポンの盲点】

 

「早期発見こそ命を救う」──

そう信じて疑わない人が、日本にはまだ圧倒的に多い。

 

けれど本当にそうでしょうか?

 

還暦の医師、世界の医療現場を歩いてきた私には、どうしても伝えたいことがある。

 

それは、「検査=正義」ではないという事実です。

 

🔵欧米ではすでに常識──“検査リスク”という概念

 

欧米の医学界ではすでに、「検査をすれば安心」「早期発見がすべてを救う」という考え方は大きく見直されつつある。

特に、高齢者に対する無症状時のスクリーニング検査には、慎重さが求められている。

 

たとえば、

  • 偽陽性(実は問題がないのに陽性になる)

  • 過剰診断(放っておいても問題のない変化を見つけてしまう)

  • 過剰治療(手術や薬で逆に体を痛める)

これらは医療が生む“害”として、米国の医師国家試験でも出題される基本知識です。

 

🔴ところが日本はどうか

 

むしろ逆。

「検査すれば安心です」「気軽に受けましょう」「将来のために今すぐ調べましょう」

──そんなポスターや広告が、街にもテレビにもあふれていませんか?

 

特に、

  • 認知症の血液検査

  • がんの全身スクリーニング(DWIBS、PET)

  • 高額な自由診療ドック

などは、“健康不安をあおる医療ーというよりむしろビジネス”の主戦場になっています。

 

そして問題は、それが「善意」として広まっていること。

 

🟠なぜ日本人は引っかかりやすいのか?

 

これは文化と構造の問題です。

要因

日本

アメリカ

医療制度

国民皆保険(検査しやすい)

高額医療費(無駄を避ける)

国民性

真面目・心配性・同調圧力

自己責任・選択重視

医療広告規制

自由診療はほぼ野放し

FTC(連邦取引委員会)による監視あり

医師の言葉

「とにかく受けましょう」

「必要性を考えましょう」

日本では、「検査を受けなかった人が悪い」という“空気の圧力”が、病気以上に人を追い詰めていることすらあります。

 

🧠とくに認知症検査は「不安産業」になっている

 

最近話題になったように、認知症の血液検査は、

  • 異常が出ても認知症になるとは限らない(陽性でも77%は発症しない)

  • 検査で不安を増幅し、高額サプリや治療法を売られる可能性も

  • 陰性でも他の型の認知症リスクは見逃される

つまり、「安心のための検査」が、

かえって人生を不安に陥れるのです。

 

🔶検査に必要なのは「科学的視点」ではなく「哲学的覚悟」

 

私はずっと訴え続けてきました。

検査とは「自分の生き方と向き合う行為」であり、

ただ“情報”を得るだけの行為ではありません。

 

だからこそ大切なのは──

🟢「その検査、本当に今の私に必要ですか?」という問いかけ。

 

これは医師ではなく、あなた自身が決めるべきことです。

 

さいごに──「安心を買う医療」からの卒業

 

「がんは早く見つければ治る」

「認知症は早くわかれば予防できる」

──その言葉に、どこか“魔法”のような響きを感じてしまうのは分かります。

 

でも、それは医療ではなく、

“御伽話”です。

 

本当の医療は、

不安を煽るものではなく、

不安とともに生きるための知恵をくれるものであるべきなのです。