前編で大腸癌肝転移治療の導入をご紹介しましたが、今回は中尾陽佑先生による詳細な手術プロセスと、その成果について深掘りします。中尾先生が現在留学中のパリ、Hôpital Paul BrousseのCentre Hépato-biliaireでの貴重な知見を、更に詳しく解説いたします。

 

(スライド6)Two-Stage Hepatectomy (TSH) の手順詳解

 

ここでは、複雑な転移性肝腫瘍を持つ患者に対するTwo-Stage Hepatectomy(TSH)の手術戦略を説明しています。この手法は、特に大腸癌からの肝転移治療において、切除が困難な場合に使用される革新的なアプローチです。

 

TSHの基本的なコンセプト

肝臓が無くなると生きていけないため、肝臓を全て切除することはできません。また正常の肝機能の場合でも、少なくとも35%程度の肝臓を残すことが必要です。肝転移が肝臓の全体に多く存在する場合においても、何とか生存に必要な肝臓(肝機能)を残しつつ、なおかつ腫瘍を全て切除するための工夫の1つがTSHです。

 

第一段階(First Stage )

腫瘍の清掃(Tumor Cleaning): 最初のステップでは、最終的に残存させる片葉に存在する腫瘍を全て切除します。

 

門脈塞栓術: このプロセスでは、第二段階において切除を予定している片葉の門脈を塞栓します。これにより、塞栓された側の肝葉は縮小し、残された側の肝葉は肥大します。この肥大は、手術後の肝機能を保つために重要です。

 

待機期間

肝葉の肥大期間: 第一段階の手術後、通常1か月から数ヶ月の間に非塞栓肝葉の肥大を促します。この期間は、患者の肝機能が回復し、第二段階の手術に耐えるだけの容量を肝臓が確保できるようにするために必要です。

 

第二段階(Second Stage)

残りの腫瘍の切除: 第一段階で肥大した健康な肝葉が存在する場合、第二段階で腫瘍が存在した側の肝葉を切除します。この段階での切除は、第一段階での塞栓が肝臓の残りの部分の健康を保証するために重要です。

この戦略は、特に進行した肝転移がある患者にとって、根治的な治療の可能性を提供します。薬物療法と組み合わせることで、手術前に腫瘍を縮小させ、成功率を高めることができます。

 

最も典型的なパターンとしては最終的に肝左葉を残すことを目標とし、薬物療法により腫瘍の縮小を得たのち、first stageで肝左葉の腫瘍を可能な限り部分切除で行い(tumor cleaning)、同時に右門脈の塞栓術を施行します。待機期間(通常1か月程度)に左葉が肥大したのち、second stageとして門脈を塞栓した右葉の切除を行う、というものです。

 

(スライド7)TSHを用いた臨床症例

 

こちらは73歳の女性患者さんの実際の症例を提示しています。この患者さんは、食欲不振、体重減少、便潜血陽性を主訴にしています。近医にて受診後、S状結腸癌と同時性多発肝転移の診断で当科に紹介されました。腹部造影CTの画像では、肝臓の両葉に腫瘍が多発しており、特に右葉においては腫瘍が大部分を占める状態が確認されます。この状況は、非常に進行した癌の状態を示しており、通常の治療方法では根治が困難な状況です。

 

(スライド8)薬物療法による肝転移の縮小効果

 

先ほどの続きです。73歳の女性患者の治療過程における肝転移巣の縮小を示す腹部造影CT画像が示されています。分子標的薬を含む化学療法が導入された後の効果が可視化されています。

 

分子標的薬と化学療法の影響

治療前: CT画像で確認された多数の肝転移巣は、特に肝臓右葉に広範囲にわたり発見されました。

治療後: 分子標的薬を併用した化学療法により、腫瘍マーカーが正常値に戻り、CT画像において転移巣が著名に縮小していることが確認されます。

 

(**以下、臓器そのものの画像が出てきますので、閲覧注意)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(スライド9)Two-Stage Hepatectomy (TSH)の実際のケース

 

こちらはTwo-Stage Hepatectomy (TSH)の具体的な実施例をわかりやすくまとめます。これは、高度に進行した肝転移を有する患者に対して行われた複雑ながらも効果的な治療アプローチです。この症例では、最終的に肝臓の左葉を残すことを目標としています。

 

First Stageの治療

肝S3部分切除: 最終的に残したい左葉の中に存在する腫瘍の切除(tumor cleaning)を行いました。

右門脈塞栓術: 同時に右門脈を塞栓し、これにより最終的に残る左葉の肥大を促します。

S状結腸切除: この手術では、原発巣であるS状結腸癌も同時に切除されました。

 

Second Stageの治療

拡大右肝切除: First stageで肥大を促した左葉を残して、残りの右葉を切除しました。これにより、患者の肝機能を保持しつつ、腫瘍を全て切除することができました。

 

治療後の結果

経過良好: この患者さんは手術後、経過良好で自宅退院し、その後も無再発で経過観察が続けられています。

この治療ケースは、TSHが肝転移のある大腸癌患者の生存率と生活の質をいかに向上させるかを示す一例です。二段階に分けて行うことで、腫瘍の切除と同時に肝機能を保護し、再発のリスクを低減します。

 

(スライド10)Two-Stage Hepatectomy (TSH) の問題点と今後の展望

 

提示した患者さんはチャンピオンケースとも言える良好な経過をたどった1例であり、必ずしもうまくいく症例ばかりではありません。

 

TSH の課題点

TSH は患者にとって非常に負担が大きく、複雑な手術プロセスです。

待機期間中に病勢が進行することがあり、予定されていた second stage に進めないケースもあります。

また、TSH を完遂できた場合でも、残った肝臓に再発が起こるリスクも高いです。

 

今後の展望

切除不能な大腸癌肝転移に対する 肝移植が、欧米で研究されています。肝移植は患者の負担が非常に大きいものの、良好な治療成績が期待できることから、治療選択肢として注目されています。

Hôpital Paul Brousse ではこれまでに約20例の肝移植を経験しており、その結果は比較的良好です。本邦と欧米では移植医療を取り巻く環境が大きく異なるため本邦においてそれが普及するにはかなり高いハードルがいくつも存在しますが、将来的には切除不能大腸癌肝転移に対する治療選択肢の1つとなる可能性があります。

 

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中尾陽佑先生、今回の講演で、先生から最先端の外科医療についての知見を伺うことができ、大変刺激的かつ教育的なひとときを過ごさせていただきました。特に講演の終盤に語られた肝移植についての部分は、私が熱心に学んでいる再生医療との接点を見出し、いつかこれが現実の治療として実現する日を心から願っております。

 

中尾先生のような革新的な取り組みが、今後も日本の医療界に新たな息吹をもたらすことを期待してやみません。ますますのご活躍を祈念し、深く感謝申し上げます。ガーベラ