2023年9月はじめに、パリ郊外のクリストフ先生宅にて、在仏保険医療専門家ネットワークの定例会が行われました。そこで、Hôpital Paul BrousseのCentre Hépato-biliaireに留学中の中尾陽佑先生がご登壇なさいました。わたくしもたまたまパリに滞在しており、久しぶりに参加することができました。今回は中尾先生ご自身の多大なるお力添えにより、その内容を在仏保険医療ネットワーク遠隔書記として記録することができたことを(半年以上も経過してしまいましたが)大変嬉しく思います。

 

 

中尾陽佑先生は2012年に長崎大学を卒業し、初期臨床研修ののち熊本大学消化器外科に入局なさいました。大学と関連病院での外科修練後に大学院に入って学位を取得し、2022年10月より、フランスでの新たな医療の地平を切り拓くために、パリ郊外にありますHôpital Paul BrousseCentre Hépato-biliaireに留学中でいらっしゃいます。

 

 

Hôpital Paul Brousseは、肝移植と膵移植をはじめ、Major肝切除や膵頭十二指腸切除など、多くの肝胆膵領域手術で知られるHigh Volume Centerで、特に大腸癌肝転移症例に対する二段階肝切除法(Two Stage Hepatectomy: TSH)を世界で初めて行い、成功させた施設です。この革新的な治療法は、2000年のその画期的な報告から世界中の医療現場に広まり、多くの患者に新たな希望をもたらしています。また現在では、切除不能大腸癌肝転移に対する”肝移植”についても積極的に取り組んでいます。

今回のご講演は『大腸癌肝転移に対する集学的治療』という内容でしたが、今回はその中から特にTSHの部分についてご報告いたします。

 

(スライド1)大腸癌の疫学と日本における影響

 

 

まず本邦における大腸癌の疫学についてですが、2018年のデータによると、日本では152,254人が大腸癌に罹患しております。

大腸癌が原因で亡くなる人の数も非常に多く、男性では死亡原因として肺癌、胃癌に次いで第三位、女性では最も多い死因となっています。

 

(スライド2)日本における大腸癌の罹患率の変化

 

 

このグラフは1975年から2015年にかけての日本における大腸癌の罹患率の推移を示しています。この期間に大腸癌の罹患率が顕著に増加しており、とうとう胃癌を抜いて現在は1位です。日本で大腸がんが増えた理由については、食生活の欧米化や、肥満の増加などが原因として挙げられています。

 

(スライド3)大腸癌による死亡率の上昇

 

 

このグラフは、1958年から2021年までの日本における大腸癌による死亡率の変化を示しています。この長期間にわたるデータは、大腸癌による死亡率が持続的に上昇していることを明確に示しています。現在は肺癌に次ぐ死亡原因の第二位となっています。

 

(スライド4)大腸癌診断時および根治切除後の肝臓への転移

 

 

大腸癌の診断時に既に遠隔転移がある、いわゆるステージ4である場合に、その頻度が最も多いのが肝臓(10.9%)です。また根治切除後に最初に再発する頻度が最も高いのも肝臓(7.1%)です。つまり肝臓は大腸癌の最も転移頻度の高い臓器ということになります。大腸がんからの転移先として肝臓が多い理由は、主に血行性の転移によるものです。大腸、特に結腸から出た静脈血は門脈に流れ込むため、癌細胞も門脈血流によってそのまま肝臓に運ばれてしまうようです。直腸に関しては、静脈血は下大静脈にも流れ込みますので、同じ血行性転移でも肺転移の割合も多くなってきます。

 

(スライド5) 大腸癌肝転移の治療戦略と進歩

 

根治的切除の現状

大腸癌において肝転移が発見されると、それはステージ4の病態と分類されます。治療のゴールドスタンダードは外科的切除であり、このアプローチにより約20%の患者で治癒が期待できます。しかしながら、肝転移が診断された時点で切除が可能と判断されるのは約20%のケースに限られます。

 

切除不能肝転移の取り組み

肝転移の多くが初期に切除不可能と判断されるため、これをどう切除可能に転換できるかが、大腸癌治療の大きな課題です。薬物療法の進歩により、初期に切除不可能と判断された肝転移が縮小し、その後切除可能となるケースが増加しています。

 

技術的進化

1990年に日本で初めて報告された術前門脈塞栓術は、大量肝切除を伴う際の重大なリスクである肝不全を減少させる画期的な進歩でした。これにより、術後の残肝容量が不足する問題が解消され、より大胆な肝切除が可能になりました。

 

Two Stage Hepatectomy (TSH)

2000年にHôpital Paul Brousseで報告されたTSHは、両葉多発肝転移に対する効果的な治療戦略として広く採用されています。これは薬物療法による腫瘍縮小後、計画的に2段階に分けて肝切除を行う方法で、2000年にHôpital Paul BrousseのCentre Hépato-biliaireより報告され、広く世界に普及しました。詳細は後編でお話しします。