在フランス保険医療専門家ネットワークの定例会において、小児神経科医の大久保真理子先生のご講演内容を掲載させていただいております。前編はこちら→♠︎

 

遺伝性筋疾患の診断方法 -遺伝学的解析

 ここからは、遺伝性筋疾患の遺伝解析の具体的な方法についてお話しします。一般的に、すでに知られている数十~数百個の遺伝子を網羅的に調べる方法がターゲットリシークエンス、全ての遺伝子をくまなく調べるのが全エクソーム解析、全ゲノム解析です。当然ながら、全エクソーム、全ゲノム解析はデータの量も多く、コストもかかります。

 

 国立精神・神経医療研究センターでは、2014年から2021年にかけて、図5のようにまず筋病理診断で4種類の遺伝性筋疾患に分類し、その後ターゲットリシークエンスを行なっていました。徐々に原因遺伝子の頻度が明らかになってきたことを受けて、2022年初頭より、頻度の高い115個の遺伝子に絞って、筋病理診断を行なったすべての検体に対し、網羅的遺伝学的解析を行なっています。(https://www.ncnp.go.jp/nin/guide/r1/index.html

 しかし、これらの既知遺伝子スクリーニングでは、約半数で原因遺伝子が同定されるものの、残りの半数は遺伝学的に診断がつきません。そのような例は全エクソーム解析もしくは全ゲノム解析を行うことになります。このように日本では、筋病理診断、ターゲットリシークエンス、全エクソーム/ゲノム解析といった診断の流れになっていますが、これらは全て保険適応ではないため本人負担はないものの、研究費で補っているのが現状です。一方、フランスでは、筋病理診断の前に既知遺伝子スクリーニングから開始されます。そこで診断が付かなければ全エクソーム解析、全ゲノム解析、それに併用して筋病理診断が行われます。フランスではどの検査をどの順で行うかは専門医の判断で(時には専門医と研究者がディスカッションをしながら決定)、すべて保険適応です。

 

新規原因遺伝子を見つけるには?

 ここまで、遺伝性筋疾患の診断の流れについて説明してきました。しかし、約半数が既知遺伝子で決着がつかず、全エクソーム/全ゲノム解析を行うとお話ししました。それではこの患者さんたちは全エクソーム/全ゲノム解析をすれば必ず原因遺伝子がみつかるのでしょうか?実際には、これらの解析でも原因遺伝子がわかるのは3割ほどと言われています。さらに疾患に関連する新しい原因遺伝子を同定することは非常に大変なことで、例え候補遺伝子が見つかってもその後の証明がとても困難なのです。

 

  新規原因遺伝子解明の流れについて、図6のイメージ図を載せました。まず次世代シーケンサー(NGS)で正常とは違う配列を同定します。しかし、これ自体が前述の通り、普通の人でも4万個みつかる異なる部位=variantがあるわけで、そこから1つの変異に絞り込んでいく作業が必要です。(Informatics) そこで実際には1人の患者で絞り込むのではなく、同じ症状を持つ何人かの患者とその家族を集めて解析をすることにしています。私が国立精神・神経医療研究センターで研究をしていた際、同じ症状をもつ2つの家系から、1つの原因遺伝子候補(遺伝子X)をみつけました。次のステップとしては、この遺伝子Xの異常が本当に病気を引き起こすのかを証明する必要があります(図6 validation)。具体的には、細胞や動物を使って患者と同じような症状が引き起こされるかどうかを検証します。この実験には年単位の時間が必要であり、この遺伝子Xの異常がなぜ病気になるのかというメカニズムを解明するためにはさらに年単位での時間が必要です。このように新しい原因遺伝子の同定、証明には多大な労力が必要です。

(後編につづく)