2023年2月29日、レストラン"Ambassade d'Auvergne"にて、在フランス保険医療専門家ネットワークの定例会が行われました。今回の講演者は小児神経科医の大久保真理子先生です。先生は現在、パリ国立大学病院Pitié-Salpêtrière内にある筋疾患専門の研究機関 Institut de Myologieで研究をされています。

 遠隔書記を仰せつかっております私、いつものように専門外ではありますが、大久保先生から判りやすくご説明いただいたこともあり、何とかレジュメは出来上がりました。何かしらご参考になれば幸いです。(3回に分けての掲載になります)

 

    大久保真理子先生

筋疾患と遺伝子治療

―筋肉の病気はどのように診断して、どのように治す?

 

大久保真理子先生

 

 私は福島県立医科大学卒業後、一般小児科を専攻し、東大病院、国立精神・神経医療研究センター病院で小児科、小児神経科医として働いた後、研究者として同研究センターの研究所に勤務し、2019年9月末から、パリ国立大学病院Pitié-Salpêtrière内にある筋疾患専門の研究機関 Institut de Myologieで研究をしています。

 小児神経の分野はなかなか馴染みがない方も多いと思いますが、最も多い疾患が「てんかん」です。他には寝たきりの重症心身障害者の方も小児神経科医が診ることが多いですし、発達障害の患者さんも近年増えてきています。その中で私が特に専門として選んだのが筋疾患でした。

 

 筋疾患は、簡単に言えば“筋肉が弱くなってしまう病気”ですが、その原因は様々で、中枢(頭)、脊髄、神経と筋肉をつなぐ神経筋接合部、そして筋肉そのものに障害が生じても発症します。(図1)筋肉そのものが障害をうけるのが“筋原性疾患”、それ以外が原因で筋肉が弱くなるのが“神経原性疾患”と大きく分類します。筋原性疾患はさらに遺伝性疾患と非遺伝性疾患にわかれ、非遺伝性疾患には筋炎などが含まれます。今回は筋原性疾患の中でも遺伝性疾患についてお話しします。

 

遺伝性筋疾患の診断方法 -筋病理診断

 まず、遺伝性筋疾患はどのように診断をするかという点について説明します。当然ながら、一番大事なのは患者さんの身体所見です。例えば、遺伝性筋疾患の1つである先天性ミオパチーの赤ちゃんはフロッピーインファントと言って、体がやわらかく、ぐにゃぐにゃしているという所見がみられます。成長してからは、かけっこが異常に遅い、歩き方が特徴的などの症状で病気に気が付かれることが多いです。また、検査所見も有用で、最近では筋肉のMRIが診断に有用です。興味深いことに、遺伝性筋疾患は多くの種類がありますが、疾患によって障害を受ける筋肉が異なることが報告されており、MRIでどの筋肉がやられているかを診ることで、どの病気であるかの推測ができるようになってきました。このように、身体所見と検査所見から、遺伝性筋疾患が疑われた場合、どのように確定診断をつけるのでしょうか?遺伝性筋疾患なので、遺伝子検査を行う・・・と言いたいところですが、残念ながら日本では保険適応となっている遺伝子検査は筋疾患の原因遺伝子のごく一部に限られています。

 

 そこで現状、日本においては筋生検(筋病理診断)が遺伝性筋疾患の診断に必要になります。筋生検には、小指の第一関節ほどの筋肉が必要で、図2に示すように、コルクの上に筋肉を立てて固定し、薄くスライスして顕微鏡で観察します。筋病理診断は日本では1970年代から長く継続されてきた診断法で、図3に示すように遺伝性筋疾患の病気の名前は病理診断を元に名付けられています。このように筋病理診断は、遺伝性筋疾患の診断に非常に有用です。そして日本の筋病理診断の80%が国立精神・神経医療研究センターに集中しており、ここ数年は毎年1000例を超える筋病理診断を行なっています。

 このように筋病理診断は古くから用いられてきましたが、遺伝性筋疾患の原因となる遺伝子の解明も時代とともに進んできました。2010年代から発展した次世代シーケンサーにより、一度に多くの遺伝子を網羅的に解析することが可能となり、多くの疾患の原因遺伝子がみつかるようになり、遺伝性筋疾患の原因遺伝子は現在200個以上報告されています。

 

<知っ得:遺伝子変異とは?>

変異(mutation)とバリアント(variant)の使い分け

 健康な人でも「正常配列」とされている見本の塩基配列と異なる部位が約4万個存在すると言われています。しかしこの4万個の違いが全て病気になるわけではありません。

 簡単に言うと、病気を引き起こす塩基配列の変化がmutation、病気とは関係ない配列の変化がvariantです。(図4)

(中編につづく)