昨年の6月8日の「在フランス保健医療専門家ネットワーク」例会のレジュメ(前回の記事→ )がようやく出来上がりました。ハード面ではアナログ旧世代で電気系統に弱い遠隔書記のわたくし、内容の難解さに脱分極麻痺を起こし時間がかかりまして
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 今回は神経内科が専門で、パリのサルペトリエール病院 にて周期性四肢麻痺の臨床及び研究をしていらした穀内洋介先生のご登壇内容をまとめました。タイトルは「イオンチャネルとその筋疾患」現在、穀内洋介先生は箕面市立病院 神経内科に籍を置かれ、臨床の傍ら研究にも従事されております。

 

イオンチャネルとその筋疾患

 細胞膜には無数の孔(穴)が空き、その内と外で、選択的にイオンのやり取りをしています。この開閉自在の穴(通路)をイオンチャネルと言い、実質的には特定のイオンを識別し、孔を通過させる機能をもつ“蛋白”です。生体にはNaチャネルを初め多数のチャネルが存在し、生理的に重要な役割を果たしております。

 

 その中でもナトリウム(Naチャネルとカリウム(Kチャネルは、神経筋における膜電位に重要な役割を担っております。外からNaを取り入れ、内からKを排出することで膜の電位の調整をし、安静時には約70〜90mVという一定の電位に保たれております。これは体温の調節と似ていて、電位に関わるホメオスターシス(恒常性)ともいえます。

 それが細胞外のNaが細胞内に取り込まれて、細胞内のNa濃度が高くなる(Naはプラスイオンですのでプラスになります)ことで膜が興奮し、安静時−70mVであった電位が一気に+70〜90mVにまでハネ上がります。それにより電流が流れ(活動電位)、神経伝達や筋の収縮などに関与するのです。

 

このチャネルの障害により生じる疾患を、イオンチャネル病(チャネロパチーと総称します。先天的(生まれつき)もしくは後天的がありますが、これらには不整脈、てんかん、周期性四肢麻痺などが含まれます。周期性四肢麻痺は遺伝性で10万人に一人の罹患率で発症年齢は20歳前後と遅めです。

 

★骨格筋イオンチャネル病

 


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 骨格筋におけるイオンチャネル病の代表的なものに、ミオトニー症候群や周期性四肢麻痺が挙げられます。双方とも常染色体優性遺伝形式をとり、原因となりうるチャネルとしてはNaKの他、Caチャネル、Clイオンチャネルと多彩です。

 表の一番下のNaチャネルの異常(Nav 1,4の箇所)に注目ください。興味深いことに、一方では変異チャネルが膜を異常に興奮させることにより筋肉のこわばり(ミオトニー)を誘発するのに対して、別の変異チャネルでは反対に不活性化しやすくなることで膜を興奮しにくくする(麻痺)という正反対の症状を誘発しております。

 

 また表の中央の囲いの部分をご覧ください。周期性四肢麻痺は発作時のK濃度により高K性と低K性に分類されております。高K性ではNaチャネル遺伝子変異が、低K性ではNaCaの両チャネルの遺伝子変異が原因です。血清K濃度以外の双方の臨床的な鑑別点として高K性においては周期性四肢麻痺に加えてミオトニーの病態を呈することが挙げられます。

 

 同じ麻痺性であっても、高K性はイオンチャネルの穴自体の開閉の異常で、正常に膜が興奮しないのに対し、低K性は穴の横にある部分に電気的な小さな裂け目が生じ、同部位を微量な電流が内向きに流れ続けることが原因です。その為、細胞内に電流が多量に流れ、膜電位が上がることでNaチャネルが不活性化してしまうのです。

 この内向き電流は最近、同定されゲート孔電流(gating pore currentと命名されました。

 

★周期性四肢麻痺(Periodic Paralysis, PP)の臨床症状


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 K依存性の場合、日常的にKを適正範囲濃度に保つことが重要です。誘発因子として過度の運動や寒冷が挙げられます。他に低K性の場合に限ってですが、夕食にピザなど炭水化物を大量に摂取した場合、低K血症が誘発され翌朝に歩けなくなるなどの発作が起きることが典型的です。もちろん健康体の方は、血漿のK濃度によって膜の変動に影響は与えませんので、ピザを怖がらなくても大丈夫です。逆にK性の場合は高炭水化物食が発作予防になります。

 このように麻痺発作時の治療としては発作時のK値の正常範囲内への補正となります。一方、麻痺発作の予防にはK値に関わらず、50年以上前より経験的にアセタゾラミド(炭酸脱水酵素阻害薬)が使用されておりますが、その作用機序については解明されておりません。

 ちなみに周期性四肢麻痺は今の所根治的治療がないため、生涯を通して“病態と上手に付き合っていくこと”が肝心です。その他に全身麻酔をかける時も要注意です。筋肉が壊れて熱が出るという“悪性高熱”を併発することがあるからです。

 

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 高K性と低K性は全く異なる病態であり原則的には双方を併発することはないはずですが、フランスでは最近、二つのタイプが同時に起こるという、珍しい合併例が一例、報告されました。

 

K性と低K性の合併


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 症例は明らかな家族歴と既応歴のない39歳の男性でした。12歳頃より下肢の痛みを伴ったこわばり(ミオトニー)にて発症。このこわばりは特にスキー旅行などの寒冷下にて出現し、増悪。麻痺に関しては16〜18歳頃に最初の四肢麻痺が出現。以後、何度か低K性麻痺が認められました。同時にミオトニー状態も複数回確認されてました。

 

 遺伝子検査の結果、骨格筋型Naチャネル遺伝子SCN4AA204Eという新規の遺伝子変異を同定しました。

 

変異チャネルの特性(書記脱落にて穀内洋介先生ご解説)


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 実験の手技について簡単に説明します。正常遺伝子とA204E変異を持つ2つの骨格筋型Naチャネルを人工的に作り出し、培養細胞(HEK細胞)に発現させます。

 2日後に細胞1個におけるNa電流を測定し、その特性を双方にて比較しました。その電流の計測にはPatch clamp法という電気生理手技を用います。この方法は1900年代に開発された手法で微小ガラス電極を顕微鏡下で細胞表面に接触させ陰圧をかけることでノイズの少ない状況で細胞の微小な電流を計測するという手技です。

 最後に、実験で得られた変異Naチャネルの特性で臨床症状が説明しうるかを検討しました。

 

K性と低K性の合併“A204E”の病態のまとめ(書記脱落にて穀内洋介先生ご解説)


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 電気生理学的結果を踏まえた本症例の病態についてまとめです。

 A204Eチャネルは細胞外K濃度により機能が変化し、これがこの症例の病態を説明しうることが分かりました。

 詳細についてですがA204Eチャネルは普通のK濃度下では孔自体の機能変異により
内向きに電流が流れることで膜が脱分極となり、チャネルが興奮しなくなるという高K性の病態をとることが分かりました。Gating pore currentは陰性でした。A204EチャネルではK濃度の低下に伴い不活性化に加え活性化もしにくくなり、殆ど興奮しない状態に陥ることが明らかになりました。これまでの研究ではNaチャネル機能は細胞外K濃度の影響は受けないとされ、今回のWTチャネルの結果はこれと一致しました。
 

つまりA204Eチャネルは正常のK濃度ではチャネルが開き続けることによる脱分極性の麻痺を起こすという高K性と同じ病態を取るのに対して、低K濃度下ではチャネル自体が全く働かなくなることによる麻痺を来たすことが判明しました。

  

<終わりに>

 

 今回は骨格筋におけるイオンチャネル病についてのフォーカスでした。一見、神経生理とは無関係と思われるインスリン分泌や骨代謝、腎臓での電解質の調節など様々な臓器の生理的な活動に実はイオンチャネルが関与しており、その変異が同部位に生じる疾患に関与することが最近、解明されてきました。特にてんかんの分野で、この原理を利用した多数の新薬も開発されてきております。

 イオンチャネルのメカニズムや分子遺伝学の発展により多様な疾患、病態の更なる解明や創薬に繋がることが期待されます。

 

 お話しをお伺いして、昔は病型や家族歴などから試行錯誤で同定してきた疾患が、現在はDNA解析で一瞬に解決してしまうという遺伝子医学の進歩を、さらに病理という極端な状態を再現、研究することで生理的メカニズムが解明されていくというパラドキシカルな医学の発展のベクトルを、当たり前のことですが再認識したのでした。

 

 穀内洋介先生、この度は大変貴重なお話しをどうもありがとうございました!情報のアップデートや専門外の知識注入は、脳内化学反応が誘発され(一部ついていけなく麻痺脱落しましたが)大変にエキサイティングでした。