組織環境の変化に伴うリーダーシップの再検討
  • 昨今,リーダーとメンバーとの関係性や相互作用に大きな変化をもたらしたのがリモートワークであろう.2020 年以降に世界中で新たな感染症の流行が拡大したことに伴い,オフィス以外の場所で仕事に従事することが珍しくなくなった.リモートワークは,働く時間と場所の自由度を高めることで,ストレスの軽減やワークライフバランスの向上に寄与する効果をもたらした(e.g., 後藤・濵野,2020)が,一方でリーダーとメンバーとの物理的な距離を生むことになった(Lee, 2020)[15]。
  • Lee(2020)は,リモートを前提とするバーチャルな職場環境に対して,かつての伝統的な職場環境では,リーダーとメンバーは直接的な相互作用を行うことを前提としていたことを指摘している[15]。
  • 従来のリーダーシップの議論は,基本的に対面場面を前提としていたことに気づかされる[15]。
  • リモートワークに伴いリーダーとメンバーとの間に物理的距離が生まれることでメンバーにとってリーダーの存在感が希薄になり,リーダーシップの影響力が低下することが予想される.Hoch & Kozlowski(2014)は,対面よりもリモート環境ほど変革型リーダーシップが職場パフォーマンスに与える影響力が低下していることを報告している[15]。
  • リモートワークに伴い、リーダーとメンバーとの間に不安や不信が顕在化する可能性がある。両者の関係性が十分でなければ,物理的距離が生じることで相互に不安と不信が生じる。コロナ禍の調査によれば,リモートワークに従事するメンバーは「リーダーからサボっていると思われていないか不安」を抱くようになった一方で,リーダーもリモートワークに従事するメンバーに対して「業務の進み具合がわかりにくく不安だ」と感じることが報告されており,双方ともに不安が広がっている[15]。
  • リーダーとメンバーとの物理的距離が生じるようになったため,両者の関係性のあり方を改めて問い直すことを突きつけている[15]。
 
不確実性時代の組織パフォーマンス発揮はいかに
  • 昨今の組織は,VUCA 時代と称されるように,不確実性が高く,将来の予測が困難な状況に直面している.そのため,組織で働くメンバーには自律的かつ将来を先取りしたプロアクティブな職務行動がますます期待されている.この期待はチームに対しても同様で創造的な発言や高質なチームワークが求められている.事実,近年,チームの心理的安全性に広く関心が寄せられている背景には,こうした期待が寄せられていることがあると考えられる[15]。
  • 中長期的に高いパフォーマンスを上げられる組織をつくるには、メンバーが安心して挑戦できる環境を整えることが重要です[5]。
  • 職務を通して果たすべき責任を全うすることは、職業人・社会人として当然のことである。しかし、新しい取り組みや創造的な挑戦までも、同じ枠組みで評価することになってはいないか。挑戦した結果であれば、失敗してもその責任を問いつめたり、懲罰の対象としたりすることはないという組織や職場の合意があれば、挑戦へのためらいは小さくなっていくだろう[3]。
  • 過去の栄光を後生大事に語り継ぎ、ガラパゴスに喩えられることさえある我が国の多くの組織にとって、未知の課題に挑戦し、新しい扉を開く取り組みは、ことさらに重要なものといえるだろう[3]。

はびこるリスク回避傾向
  • 大学入試センター試験が実施され、受験は本格的なシーズンに突入する。今年のセンター試験に関しては、受験生の志望校選択は「安全志向」がキーワードだそうである。来年度から新テストに移行するため、受験対策も大きく変わると予想される。その変化に対応するのは大変なので、なんとか今年の入試で大学入学を決めてしまいたいという気持ちが受験生全般に強いというのである。この気持ちが、難関大学を避けて、自分の学力で確実に合格できそうな大学を優先的に選択する傾向につながっているとみられ、今年の受験生は「安全志向」が強いとの報道が相次いでいる[1]。
  • この「安全志向」は、逆の方向から見れば「リスク回避志向」であり「挑戦回避志向」ととらえることができるだろう。青春まっただ中の若者たちが、大学受験とはいえ、挑戦を避けようとするのは、少し寂しい気もする。しかしながら、自身も含め、組織で働く日本の大人たちに目を転じると、この「挑戦回避志向」は、日々の職務行動に色濃く反映されているように感じられる[1]。
  • いわゆる「失われた20年」は単に景気が悪化し停滞した時代というのみならず、働く人々の多くが、業績をあげなければ給与減額や解雇の処遇を受けるリアリティにおびえ、失敗は許されない気持ちに追い込まれた時代でもあったといえるだろう。そんな時代とは、挑戦する意欲と勇気を失わせる社会や組織の仕組みが働いた時代ではなかっただろうか。挑戦が大事だというけれど、失敗したらチャンスを失う環境に置かれたら、誰しも挑戦に尻込みするようになるのはやむを得ないことだろう[1]。
  • メンバーが挑戦したいと思えるのは、どのような環境でしょうか。失敗すると叱責されたり、一発退場になったりする環境では、リスクが大きすぎて挑戦できないでしょう[5]。
  • 「失敗を恐れず、そこから学ぶ」ということは、厳しく追い詰められた状況に置かれた当事者にとっては、正論ではあっても実行するには勇気を奮い立たせなければならない困難な課題に思えてならないだろう[1]。
 
勇気の源泉は何か
  • 人が成長するのはどんなときでしょうか。過去の自分から脱皮してさらにレベルアップするためには、挑戦と学びが欠かせません。成功したのか、それとも失敗だったのかは、それほど重要ではありません。結果から学び、歩みを止めないことが成長へとつながる。挑戦のリスクが低い場合とはどういうものでしょうか。周囲から信頼され、支えられ、転んでも大きな傷にならないとわかっている環境では、大胆な行動を取りやすくなります。人は「失敗しても大丈夫」だと思えるとき、挑戦することができるのです[5]。
  • 働く人々が職場を安全基地と感じることができるようにする方法として、組織そのものや役職上位者が、部下たちに思いやりを示し、「守られている」という感覚と安心感を与えることで、失敗を恐れずに挑戦し、冒険し、リスクをとる意欲とエネルギーの源になる「セキュアベース・リーダーシップ」の考え方に注目が集まっている[2]
  • この考え方が基になった「セキュアベース・リーダーシップ」は、セキュアベースが「安心感」だけでなくリスクをとって挑戦する意欲やエネルギーをもたらすという考え方です[5]。
 
愛着理論:守られてる感のルーツ
  • セキュアベース・リーダーシップとは,本来,養育者と子どもとの関係性を説明する愛着理論を基盤としている(Ainsworth et al., 1978, Bowlby,1973, 1988)[15]。
  • セキュア・ベース(英: A Secure Base、(心の)安全基地)とは、イギリスの心理学者ジョン・ボウルビィ(John Bowlby)により紹介された子供の養育行動における概念。子供は、「安全基地」から外の世界に出て行けるし、戻ってきたときには喜んで迎えられると確信して帰還することができる[6]。
  • 安全基地の概念は、もともと母親と幼児の関係性から発想されたものである[3]。
  • イギリスの心理学者ジョン・ボウルビィ(John Bowlby)により紹介された子供の養育行動における概念[11]。
  • 愛着は、対人関係や学習の基盤。相手を大事に思う気持ちに支えられた絆を、発達心理学では「愛着」と言います[13]。
  • 愛着とは、人と人とを絆で結ぶ能力のことをいいます。一言で愛情という絆と呼んでもいいでしょう。この愛着という状態がじつは子どもにとってのセキュアベースです。多くの子どもはまずは母親や父親に最初に愛着します。その両親が自分のことを受け入れてくれて、自分の不安や恐怖から守ってくれて自分の感情や感覚に応えてくれて共感という反応を返してくれると安心します。この安心安全基地〈セキュアベース〉はまずは子どもがいつでも帰って来られる場所、つまり家族・親・家庭という場がいつも安心できる場所として機能していることが一番ベストなんですね[12]。
  • 愛着の発達において、赤ちゃんは、生後7、8か月頃になると、特定の人と意思疎通のために独特のやり方でコミュニケーションをとるようになります。その人は、赤ちゃんが発する声や身振りを解読してくれるし、赤ちゃんが出すサインに応えてくれます。また、いつもお馴染みのやり方で話しかけてくれます。この独特のやり方(コミュニケーションの手順)は、母子など、乳児と特定の人との間でのみ通じるもので、見知らぬ人には使うことができず、意思疎通ができませんこうした関係が心理的な絆であり、こうしたコミュニケーションとれる関係にある人が愛着の対象です。子供は、母親や父親との愛着を基盤にして、段階を経て他の人と人間関係を結ぶことを学び、自分の世界づくりを進めていきます。この心理的絆「愛着」は、将来の対人関係を築くモデルになります[13]。
  • 仏教における愛着は煩悩の一種であり、これに対応するインド古語はたくさんの種類があるが、基本的な働きとしての愛着をパーリ語でローバ(lobha)といい、伝統的に「貪」と漢訳される。 意味は、ある対象を気に入るという、原始的で単純な心の働きを指す。対象への拒絶である瞋(dveza)、無関心である痴(moha)とあわせて三毒ともよばれ、苦しみを生み出す原因として扱われる[14]。
 
愛着あっての安全基地
  • 彼の研究の継承者であるアンダーソンは、子どもたちが冒険に出かけるとき、母親はセキュアベース(安全基地)になっていると論じている。子どもにとって母親は、恐怖や不安を感じたり動揺したりすると、いつでも安心して帰れる基地のような存在である。母親は、子どもを受け入れ、そばに近寄れるようにして安心を与えると同時に、それによって、子どもが思い切ってリスクをとる機会も与え、子どもは自分で解決方法を見つけられるようになるというのである[1]。
  • 子どもは,安全基地を起点として,好奇心を感じるものの不安や危険を伴う外界の世界を探索することができるようになる.そして,何かトラブルや危険が生じれば,子どもは安心を感じられる安全基地に帰ってくることができる.このように,安全基地とは,「守られているという感覚と安心感を与え,思いやりを感じる存在であると同時に,ものごとに挑み,冒険し,リスクをとり,挑戦を求める意欲とエネルギーの源となる存在」とも言える(Coombe, 2010)[15]。
  • 子供は、「安全基地」から外の世界に出て行けるし、戻ってきたときには喜んで迎えられると確信して帰還することができる[11]。
 
組織マネジメントに適用
  • 愛着理論は、社会心理学や組織行動論に応用され、組織のリーダーとフォロワーとの関係について、お互いの愛着のパターンによって何が起こるかが分析されています[7]。
  • 愛着理論の特徴に着目した Popper & Mayseless(2003)は,養育者と子どもとの関係は,リーダーとフォロワーとの関係と類似性を持つとし,愛着理論の観点からリーダーシップ過程について検討する必要性を主張している[15]。
  • 組織で働く人々が勇気を奮い立たせるには、やはり、組織の役職上位者、管理職からの体系的で戦略的な働きかけが重要な鍵を握ることになる。どのような働きかけをすればよいだろうか。ここで注目されるのが、セキュアベース・リーダーシップの考え方である。セキュアベースとは「安全基地」という意味であり、親子の愛着に関する研究の権威であるボウルビーが用いた概念である[1]。
  • スイスの国際経営開発研究所(International Institute of Management Development: IMD)教授のコーリーザーたちは、この概念を組織の文脈でも生きるものと考え、組織そのものや役職上位者が、部下たちに思いやりを示し、「守られている」という感覚と安心感を与えることで、ものごとに挑み、冒険し、リスクをとり、挑戦を求める意欲とエネルギーの源になる「セキュアベース・リーダーシップ」の大切さを説いている(Kohlrieser, Goldsworthy & Coombe, 2012)[1]。
 
セキュアベース・リーダーシップとは
  • Coombe(2010)は,セキュアベースの役割と機能に着目し,リーダーがメンバーにとってセキュアベースとなりうるにはどのような行動や機能が求められるかについて検討し,セキュアベース・リーダーシップ理論を提唱している[15]。
  • セキュアベース・リーダーシップとは、リーダーがチームメンバーの安全基地(セキュアベース)となることで、メンバーの可能性を開くというリーダーシップ論[5]。
  • セキュアベース・リーダーシップは安心感や帰属意識を高めた先に、メンバーが進んで挑戦できるようになるという考え方[5]。
  • セキュアベース・リーダーは、フォロワーを深く思いやり、高いレベルの挑戦を促す。だからこそリーダーもフォロワーも最業績を達成することができる[17]。
 
<前編、おわり。後編に続く>

 
[参考文献]
[1] https://www.ogis-ri.co.jp/column/kr/369.html
[2] https://www.ogis-ri.co.jp/column/kr/373.html
[3] https://www.ogis-ri.co.jp/column/kr/371.html
[4] https://qiita.com/i9i/items/219f5abb43f31821b0ab
[5] https://jinjibu.jp/keyword/detl/1474/
[6] https://www.weblio.jp/content/%E3%82%BB%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B9
[7] https://yasabi.co.jp/securebase-leadership/
[8] https://survey.lafool.jp/mindfulness/column/0155.html
[9] https://www.re-current.co.jp/column/column/7905/#i-3
[10] https://www.rosei.jp/readers/article/83259
[11] https://www.weblio.jp/content/%E3%82%BB%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B9
[12] https://www.yourexcellence.jp/2017/03/%E5%BF%83%E3%81%AE%E5%AE%89%E5%85%A8%E5%9F%BA%E5%9C%B0%EF%BD%9E%E3%82%BB%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%A8%E3%81%AF%EF%BC%9F
[13] https://www.syougai.metro.tokyo.lg.jp/sesaku/communication/list/com02.html
[14] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E7%9D%80
[15] https://www.jstage.jst.go.jp/article/soshikikagaku/56/1/56_20221130-4/_pdf
[16] https://www.amazon.co.jp/hz/reviews-render/lighthouse/4478066965?filterByKeyword=%E5%90%88%E7%9B%AE%E7%9A%84%E7%9A%84&pageNumber=1
 

【出典】
https://www.kaonavi.jp/dictionary/followership/
https://mba.globis.ac.jp/careernote/1239.html
https://achievement-hrs.co.jp/ritori/followership-and-leadership/
https://www.re-current.co.jp/column/column/4518/
https://studyhacker.net/followership-importance
https://media.bizreach.biz/36876/
https://www.corner-inc.co.jp/media/c0164/#%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AD%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%97%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B5%E3%81%A4%E3%81%AE%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%97
https://www.question-circle.jp/2020/10/1135
に対し