今や国も副業を推奨する時代になりました。
私も、一向に収入になりませんが、オンラインでのブックストアを開いてみたり、このブログを細々とつづけてみたり、投資をあれこれ頑張ったりと色々奮闘しています。
「何故でしょうか?」
まあ、趣味も兼ねてるのでそこまで苦にはなっていませんが、
やはり理由として大きいのは
「裕福にならない」からです。
数字だけで見ると、これまでの私の収入はそれなりでした。
でも、全く余裕がありません。貯金もゼロです。
住宅ローンはそれなりに払っていますが、マイホームを購入したのもここ数年の話です。
医師になり10年以上が経過し、一度もいわゆる高級車を購入したこともなければ、3万円以上の時計を購入したこともありません。
妻にも、婚約指輪、結婚指輪は購入しましたが、その後は一度も貴金属をプレゼントしたことはありません。
服も我が家はユニクロ、GAP、ネットのセール中心です。
医師になってから、2万円を超えた衣類を購入したことはありません。
一般外科医の頃は、緊急手術や年末年始の当直も頻繁にありました。
月の給料が、いつもの2倍になることすらありました。
それでも、所得が増えるほど税金も増えるので、実際の手取りは10~20万ほどしか変わりません。
緊急手術や日当直はかなりの負担になります。まさに『命を削っている』といっても過言ではありません。
夜中に一睡もせず当直をこなし、次の日に5時間以上の手術。場合によっては10時間以上になることも。
休日の日に緊急手術を3件行ったこともあります。しかも手術は終わって終了ではなく、その後に術後管理といってながーいながーい重症患者管理が始まることも少なくありません。
消化管穿孔と言って、なんらかの原因で腸が破れてしまい、重症感染症になっている状態の場合、数週間病院に泊まり込んだことすらあります。
病院の方針が『どんな理由があっても断るな』だと、一勤務医は受けるしかありません。
若いうちはなんとかこなせましたが、この年になったらやろうと思ってもできるものとは思えません。心臓等に負担がかかることは容易に想像できます。
国税庁の令和2年の民間給与実態統計調査によると、日本で、年間給与1000万円以上もらっている人は全体の5.4%程度のようです。
つまり、給与が1000万円以上の人はごくわずかというわけです。
子供の数や控除の状況でもかわってくるようですが、年収1000万円の場合、社会保険料や住民税、所得税が引かれるので手取りは700~780万円になるようです。
国は、富裕層というとすぐに『年収1000万円以上』といってくるのですが、
単に『年収1000万円以上』というだけなら富裕層でもなんでもありません。
ただの高所得者です。
その上、各種補助金がもらえないだけでなく、医療費上限も異なります。
我が家は、妻が専業主婦なので
子供たちを私立に通わせる余裕もなければ、塾に通わせるかどうかも悩みの種です。
私の知っている医師の家庭も、お子さんを進学塾に通わせたり、私立に通わせている所の多くは、開業医でなければ共働きの場合がほとんどです。
年収が2000万や3000万を超えると状況も変わってくるのでしょうが、
1000万をこえただけなら、人生はそれほど楽にはなりません。
もちろん、年収の少ない方からすれば
「何を贅沢なことを。こっちはもっと少ない給与で頑張ってるんだ」と思われることでしょう。
ごもっともなことだと思います。
ただ、ここで重要なのは
「日本は頑張っても、楽になりにくい社会」
だということです。
多くの税金を払って、それが自分達に還元されるのならまだ納得がいきます。
新型コロナ禍後の経済回復でも、他の先進国に比べて、日本だけが著しく遅れていることが指摘されています。
対策費の大きさばかりが強調されますが、その効果は一切見えてきませんし、おそらく公表できる成果もないはずです。
一家のメンバーが一生懸命頑張って、お金を稼いでくる。
それを一家の大黒柱が、博打や酒に費やして、浪費をしていたらどうなるでしょうか。
メンバーがお金を稼げている間はいいでしょう。
でも、メンバー全員がやる気を失ったり、お金を稼ぎたくても稼げなくなったらどうなるでしょうか。
家計は苦しくなるばかりで、そのうちその家庭は崩壊してしまうのではないでしょうか。
今の日本はそんな状況に思えてなりません。
起業される方や非正規雇用の方も増えています。
色々なライフスタイルがあってしかるべきですが、長期の正規雇用の場合、社会保障もしっかりしており、退職時には退職金も支払われることが一般的です。
起業には失敗するリスクが常につきまといます。
起業や、非正規雇用を選択するということは、正規雇用なら期待できる社会保障を得にくいという側面が存在することは忘れてはなりません。
契約もあるので、給与に関してはある程度『保証』されているといってもいいでしょう。
そこで副業なのではないでしょうか。
少なくとも、私の場合はそうです。
家族も含めて、人生を台無しにできないので、本業をやめることはできない。
かといって、本業に専念しているだけではなかなか生活が楽にならない。
だから、ダメもとであれこれ試してみる。
『副業を国が勧めている』
この状況に、私はこの上ない不安を感じます。
高齢になっても働ける社会
副業も推奨される時代になって、ますます選択肢が広がっている
夫婦が揃ってキャリアを追い求められる社会
私からしてみれば、その裏にある社会問題を『耳当たりのいい言葉』で覆い隠しているとしか思えません。
本業は一生懸命頑張りますが、やっぱりそれだけでは明るい未来が想像できません。
副業は期待していないので、それほど本腰もいれられません。今後も趣味もかねて細々と続けていこうとは思います。
頼みの綱は、いまは大損失を抱えている投資だけです。
もし、投資がうまくいって資産を形成できたら、地域の発展に貢献したいと思います。
『本屋を作って儲けたい!』ではなく、『図書館を作りたい』というのも、地域の発展を願えばこそです。
地域の発展は、そこに暮らす人々誰もに還元するからです。
誰かからお金を集めて、それによって特定の誰かが儲けても長続きしません。
お金を持っている人が少なくなれば、それでおしまいです。
しかしながら、皆が少しずつ経済的に豊かになれば、そのお金を集めてさらに高付加価値なものを生み出せる可能性が高まります。
それこそが本来の『投資』のあるべき姿です。
お金を集めて、中抜きをして誰かが儲けるような構造があるとすれば、それはただの『搾取』です。
そんな構造の社会に未来などあるはずがありません。
搾取されきったら、全滅です。全滅に至らずとも、組織はどんどん衰えていくばかりでしょう。
株様、どうぞ私に御加護を!