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進化するブログ『思索の蒼穹』

医学、子育て、教育、教養、経営、経済等、様々な分野を節操なくつまみぐいしながら、皆さんと共有できれば幸いです。

 

 今や国も副業を推奨する時代になりました。

 

 私も、一向に収入になりませんが、オンラインでのブックストアを開いてみたり、このブログを細々とつづけてみたり、投資をあれこれ頑張ったりと色々奮闘しています。

 

 「何故でしょうか?」

 

 まあ、趣味も兼ねてるのでそこまで苦にはなっていませんが、

 

 やはり理由として大きいのは

 

 「裕福にならない」からです。

 

 数字だけで見ると、これまでの私の収入はそれなりでした。

 

 でも、全く余裕がありません。貯金もゼロです。

 

 住宅ローンはそれなりに払っていますが、マイホームを購入したのもここ数年の話です。

 

 医師になり10年以上が経過し、一度もいわゆる高級車を購入したこともなければ、3万円以上の時計を購入したこともありません。

 妻にも、婚約指輪、結婚指輪は購入しましたが、その後は一度も貴金属をプレゼントしたことはありません。

 

 服も我が家はユニクロ、GAP、ネットのセール中心です。

 医師になってから、2万円を超えた衣類を購入したことはありません。

 

 一般外科医の頃は、緊急手術や年末年始の当直も頻繁にありました。

 

 月の給料が、いつもの2倍になることすらありました。

 それでも、所得が増えるほど税金も増えるので、実際の手取りは10~20万ほどしか変わりません。

 

 緊急手術や日当直はかなりの負担になります。まさに『命を削っている』といっても過言ではありません。

 

 夜中に一睡もせず当直をこなし、次の日に5時間以上の手術。場合によっては10時間以上になることも。

 

 休日の日に緊急手術を3件行ったこともあります。しかも手術は終わって終了ではなく、その後に術後管理といってながーいながーい重症患者管理が始まることも少なくありません。

 消化管穿孔と言って、なんらかの原因で腸が破れてしまい、重症感染症になっている状態の場合、数週間病院に泊まり込んだことすらあります。

 

 病院の方針が『どんな理由があっても断るな』だと、一勤務医は受けるしかありません。

 若いうちはなんとかこなせましたが、この年になったらやろうと思ってもできるものとは思えません。心臓等に負担がかかることは容易に想像できます。

 

 国税庁の令和2年の民間給与実態統計調査によると、日本で、年間給与1000万円以上もらっている人は全体の5.4%程度のようです。

 

 つまり、給与が1000万円以上の人はごくわずかというわけです。

 

 子供の数や控除の状況でもかわってくるようですが、年収1000万円の場合、社会保険料や住民税、所得税が引かれるので手取りは700~780万円になるようです。

 

 国は、富裕層というとすぐに『年収1000万円以上』といってくるのですが、

 単に『年収1000万円以上』というだけなら富裕層でもなんでもありません。

 ただの高所得者です。

 

 その上、各種補助金がもらえないだけでなく、医療費上限も異なります。

 

 

 我が家は、妻が専業主婦なので

 子供たちを私立に通わせる余裕もなければ、塾に通わせるかどうかも悩みの種です。

 

 私の知っている医師の家庭も、お子さんを進学塾に通わせたり、私立に通わせている所の多くは、開業医でなければ共働きの場合がほとんどです。

 

 年収が2000万や3000万を超えると状況も変わってくるのでしょうが、

 1000万をこえただけなら、人生はそれほど楽にはなりません。

 もちろん、年収の少ない方からすれば

 「何を贅沢なことを。こっちはもっと少ない給与で頑張ってるんだ」と思われることでしょう。

 ごもっともなことだと思います。

 

 ただ、ここで重要なのは

 「日本は頑張っても、楽になりにくい社会」

 だということです。

 

 多くの税金を払って、それが自分達に還元されるのならまだ納得がいきます。

 

 新型コロナ禍後の経済回復でも、他の先進国に比べて、日本だけが著しく遅れていることが指摘されています。

 

 対策費の大きさばかりが強調されますが、その効果は一切見えてきませんし、おそらく公表できる成果もないはずです。

 

 一家のメンバーが一生懸命頑張って、お金を稼いでくる。

 それを一家の大黒柱が、博打や酒に費やして、浪費をしていたらどうなるでしょうか。

 メンバーがお金を稼げている間はいいでしょう。

 でも、メンバー全員がやる気を失ったり、お金を稼ぎたくても稼げなくなったらどうなるでしょうか。

 家計は苦しくなるばかりで、そのうちその家庭は崩壊してしまうのではないでしょうか。

 

 今の日本はそんな状況に思えてなりません。

 

 起業される方や非正規雇用の方も増えています。

 

 色々なライフスタイルがあってしかるべきですが、長期の正規雇用の場合、社会保障もしっかりしており、退職時には退職金も支払われることが一般的です。

 

 起業には失敗するリスクが常につきまといます。

 

 起業や、非正規雇用を選択するということは、正規雇用なら期待できる社会保障を得にくいという側面が存在することは忘れてはなりません。

 契約もあるので、給与に関してはある程度『保証』されているといってもいいでしょう。

 

 そこで副業なのではないでしょうか。

 

 少なくとも、私の場合はそうです。

 

 家族も含めて、人生を台無しにできないので、本業をやめることはできない。

 かといって、本業に専念しているだけではなかなか生活が楽にならない。

 だから、ダメもとであれこれ試してみる。

 

 『副業を国が勧めている』

 

 この状況に、私はこの上ない不安を感じます。

 

 高齢になっても働ける社会

 副業も推奨される時代になって、ますます選択肢が広がっている

 夫婦が揃ってキャリアを追い求められる社会

 

 私からしてみれば、その裏にある社会問題を『耳当たりのいい言葉』で覆い隠しているとしか思えません。

 

 本業は一生懸命頑張りますが、やっぱりそれだけでは明るい未来が想像できません。

 副業は期待していないので、それほど本腰もいれられません。今後も趣味もかねて細々と続けていこうとは思います。

 頼みの綱は、いまは大損失を抱えている投資だけです。

 

 もし、投資がうまくいって資産を形成できたら、地域の発展に貢献したいと思います。

 『本屋を作って儲けたい!』ではなく、『図書館を作りたい』というのも、地域の発展を願えばこそです。

 地域の発展は、そこに暮らす人々誰もに還元するからです。

 誰かからお金を集めて、それによって特定の誰かが儲けても長続きしません。

 お金を持っている人が少なくなれば、それでおしまいです。

 しかしながら、皆が少しずつ経済的に豊かになれば、そのお金を集めてさらに高付加価値なものを生み出せる可能性が高まります。

 それこそが本来の『投資』のあるべき姿です。

 

 お金を集めて、中抜きをして誰かが儲けるような構造があるとすれば、それはただの『搾取』です。

 そんな構造の社会に未来などあるはずがありません。

 搾取されきったら、全滅です。全滅に至らずとも、組織はどんどん衰えていくばかりでしょう。

 

 株様、どうぞ私に御加護を!

 

 

 

 

 

 昨日のブログで

 ここからはフルスロットル

やりたいことは全部諦めない

 

 ということを記載しました。

 

 とはいっても、私は器用じゃないので、優先順位が大切です。

 

 給与をもらう本業ですし、新たな分野に移ることになりそうなので、第一は『医業』です。

 ここをおろそかにしてしまったら、給与をもらう資格がありませんし、何より患者さんにとってマイナスです。

 本腰を入れることで私自身の『医学』における経験や知識が高まります。

 

 じゃあ全部『医学』に注ぎこめと言われてしまうかもしれませんが、

 

 『小医は病を医す 中医は人を医す 大医は国を医す』

 という言葉もあります。

 

 私自身の健康がなければ仕事を続けることもできませんし、経済あるいは家庭の問題があっても仕事に集中することはできません。

 

 医師は確かに高収入ですが、税金も高いので、妻が専業主婦の私の場合、経済的余裕はほとんどありません。

 今でこそマイホームですが、これまでは引っ越しの度に、引っ越し代、敷金・礼金、子供たちの新しい制服、入学金などで引っ越し貧乏を経験してきました。

 今回のように休業状況になったり、病気になったら一発で破産もありえます。

 しかも高額療養費制度上だと、高所得者に相当するので、間違いなく、家族が路頭に迷います。

 現状で経済的な余裕があれば、せっかくの機会なのでもうしばらく休養なども検討したいところですが、そんな余裕など皆無です。

 経済的には一日でも早く、職場に復帰しなければいけない状況です。

 

 加えて、国や社会の情勢は、経済や家庭に大きな影響を与えます。

 

 住宅ローンを抱えて以降、あれこれ考えた結果、様々なことについて勉強する興味やモチベーションが生まれて、今にいたります。

 

 なので、『医学』を第一としつつ、それ以外もこれまで通り、色々やっていきます。

 

 

 

 次が、図書館あるいは本屋です。

 

 最近、経済的不安から、本がほとんど買えていません。

 

 最近購入したのは

 四季報、新聞ダイジェスト、週刊少年ジャンプ(こちらはただの娯楽)だけです。

 

 本も、オンラインブックストアを立ち上げて以降、一冊も売れていません。

 

 当ブログの人気も相変わらずです。お立ち寄りいただいた方々、いいね等を押していただいた方々には感謝をしても、しつくせません。

 とはいえ、ブログ収入やフォロワー数どころか、アクセス数すら一向に伸びない状況です。

 

 

 

 先日、地元の図書館の近くの施設に立ち寄る機会がありました。用事を済ませた後に図書館によってみました。

 この地に居を構えて3年程。子供たちは利用していますが、私が訪れたのは引っ越ししたばかりの頃以来です。

 

 最近、書籍も買っていないので、カードを作り何冊か借りてきました。

 

 書庫をチェックしてみると、読みたい本でもかなり古い版だったり、世の中的にも読むべきとされている本がなかったりと、その内容は私的にはやや不満でした。

  

 別に私が満足しようが、しなかろうが、世の中はそんなこと知ったこっちゃないのは百も承知ですし、私も「この図書館だめ!」とかいうつもりはありません。

 

 ただ、「私自身が満足できる図書館」を作りたいと改めて考えたというだけです。

 

 私自身、まだ読んでいないものも含まれますが、結構いろんなところでおススメされている

 『カラマーゾフの兄弟』ドストエフスキー

 『罪と罰』ドストエフスキー

 『資本論』カール・マルクス

 『戦争と平和』トルストイ

 あたりは当然のように置いておきたいものです。

 

 私のおススメする『モモ』、『星の王子さま』、『アルジャーノンに花束を』などももちろんです。

 

 「お前が満足する図書館なんて世の中誰も望んでいない」と思われるかもしれません。

 

 それでも、作れるか作れないかもわからないのですから

 

 「みんなが満足できる図書館」(できれば理想ですが)よりもまず、少なくとも「私が満足できる図書館」を作りたいと考えます。

 

 世の中、本を読む人は少なくなり、本の売上も年々落ちています。

 大型書店もどんどん減少しています。

 

 これまた先日、久しぶりに訪れた地で、カフェ併設の書店が新たにオープンしたのを見つけました。

そこは数年前にも書店だったのですが、閉店後に地元の人達の声も手伝い、新たに書店がオープンしたようです。

 

 オーナーさんは以前からも移動式書店などを運営されており、今回はクラウドクラウドファンディング等も活用されながら、地域の活性化も念頭に、新たなスタイルの書店をオープンされたようです。

 

 

 売上の観点からすると本屋の運営は困難ですが、本への需要はなくなったわけではありません。

 

 『本を読んでいる人はますます少なくなり、本の売上はどんどん落ちている』

 

 書店業界ではほぼ常識的な認識ともいえますが

 

 私からすれば、

 

 『読書は役に立つし、本を読む人をどんどん増やせばいい

 

 そうすれば人を通じて国も成長するし、本も売れれば、本屋も増えると考えます。

 

 そんなことは書店業界に関与しているものなら、誰もが思っている。

 でも、それが難しいから誰も口に出さない。

 

 本を読む人が少なくなり、本が売れなくなっているのが当たり前になりすぎて、

 基本的なことを口にする人がほぼ皆無の状況です。

 

 「何か調べたくなったら図書館へ」

 というのが私が子どもの頃は当たり前でした。

 

 それが今ではネットで様々な情報が検索できるようになり、オンラインでかなりの情報を即座に入手することができました。

 

 そんな中で、所蔵されている書籍がいけてない図書館に何の魅力があるというのでしょうか。

 静かなところで勉強あるいは作業したい人達のための無料のワーキングスペースなのでしょうか。

 

 だったら、それは図書館ではなく、ワーキングスペースにしておけばよいでしょう。

 本を撤去したら、もっとスペースを確保できることでしょう。

 

 『何か調べたいことがあったら図書館へ』

 『あそこへ行けば、大概のことは調べられる』

 そんな図書館を地元に作りたいものです。

 

 本屋がどんどん潰れる一方、図書館はそれなりに存在します(こちらも今の状況が続けば、国や地方自治の方針次第で潰れる可能性もゼロではありませんが、、、)。

 

 だったら、既存の図書館を魅力的な場所にしたい。

 それに関われないのだったら、自分でなんとか理想の図書館を作りたい

 

 これまで、

 株などの資産運用がうまくいったらいずれ

 

 と考えていましたが、

 

 いつ最期を迎えても後悔しない

 これから常にフルスロットル

 

 というスローガンのもと

 

 今でも、何かしらの変化を自分で起こせないかと色々動いてみることにします。

 

 

 一度、地元の企業支援の場に、参加しようとしました。

 

 ちょっとお金も払ってみました。

 

 結果、ヒトのつながりも含め、何の成果も得られませんでした。

 

 それ以来、人をあてにしようとするのはやめましたが、仮に私一人であれこれできる資産を築けたとしても何十年とかかってしまうかもしれません。

 

 なので、「そんなことやって意味あるの?」ということも含め、色んなところに顔を出したり、あれこれやってみようと思います。

 

 こんなことをブログで書いているのもその一環だったりします。

 地元の消防団に加わったのも、地域に少しでも貢献したいという気持ちからです。

 

 

 教育に関しては、学校作ったり、教育システム云々というのは、現状ではまず置いておくこととします。もちろん、書籍を読んだり、考案は続けようとは思いますが、それについての積極的な動きを起こすのはしばらくおいときます。

 まずは『医学』、『図書館』優先とします。

 

 大学受験についても同様です。

 

 学生に戻れ道は諦めたわけではありませんが、あくまでも「経済的不安がゼロ」となり、完全に資産だけであれこれできるようになってからです。

 

 その状況がこないうちは、私自身に関する受験の勉強はやめます。

 

 ただ、教育に関して、学校やシステム云々というのはお預けにしますが、子供たちの教育に関しては話は別です。

 娘に関しては、妻が接している時間の方が長いのでそこまで口出ししませんが、息子は週末なども含め、一緒に行動する時間がかなりあります。

 

 押し付けるのではなく、横にいて私の言動によって、私のイズムを伝え続けようと思います。

 

 私自身が知る限り、私のような言動をしている人をこれまで見たことがありません。

 以前は自分自身に自信がもてず、「どこにでもいる普通の人間」と考えてきましたが、あれこれあって、私のような言動をする人間はどこにでもいるわけではないと認識するようになりました。

 

 優れている、いないに関係なく、私自身を『かなり特異な存在』であると認識するようになりました。

 

 息子は、私も含めた家族のいいところも、わるいところもすぐにマネをします。

 

 私と過ごす時間は、幸か不幸か、息子には大きな影響を与えることでしょう。

 私は息子が大好きで、息子の幸せを願ってやまないので、極力不幸にならないよう努力しながら、いい影響を与えられたらと思います。

 

 仮に私の存在自体が息子にとってひどい不幸というのであれば、息子には申し訳ありませんが、『運が悪かった』と反面教師的に何かを得てもらえたら幸いです。

 

 また、私自身の受験等には関係なく、子供たちが勉強に困った時に、ある程度アドバイスができるよう、子供たちの成長に合わせた勉強は行っていこうと思います。それはいずれ私が再受験を検討できる環境が整った時に大きなプラスとなることでしょう。

 

 なので、自由自在などを読んだりというのは、今はまだできていませんが、近いうちに始めようと思います。

 

 

 

 苦手な楽譜や楽器の練習、空手の練習も合間・合間で入れていきたいと思います。

 学生時代の音楽の成績は『1』だったような。

 

 相変わらず過去最悪の損失を出している投資も、これまで通り継続です。

 

 こちらはいずれ、大きな資産を形成し、『財閥』に匹敵するような財力を形成するのが目標です。

 私一代でダメでも、何世代にもわたって少しずつ財力を形成できるよう

 『適切な投資を続けよ』というのを我が家の家訓としたいと思います。

 もちろん運用を誰かにまかせるようなことは行わず、『自分自身で運用』です。

 

 

 読んでるだけだと、そんなこと可能なのか!?と思われるかもしれませんが、

 勉強するといっても、1日5ページ、10ページ読むだけでも全然違います。

 1週間あれば、35ページあるいは70ページですし、

 1か月あれば、150ページあるいは300ページです。

 

 『俺が諦めるのを諦めろ』

 というのは某有名キャラクターの名台詞ですが、

 

 自分自身に向かって

 『何事も諦めようとするのを諦めろ

 と言い聞かせたいと思います。

 

 

 

 

 本日、胃カメラ・大腸カメラを終えました。

 胃カメラ:逆流性食道炎。胃は問題なし。

 大腸カメラ:S状結腸のポリープに対して切除術施行。

 

 この時点で入院や手術を要する病気はなさそうでした。

 

 とりあえず最近では最大の懸念事項が問題なく終了致しました。

 

 気になっている『慢性的な高尿酸血症、左膝の痛み(フットサル中に痛みが増悪したので古傷と考えていましたが、すでに数ヵ月経過しているので、痛風結節の影響を考えます)、前回の検診で指摘された軽度腎機能障害』についても、本日カメラをお願いしたクリニックでフォローしていただけることになりました。

 

 あと、身体で受診すべきところがあるとするならば眼科(老眼および、飛蚊症軽度増悪の印象)ぐらいです。

 

 

 切除したポリープと共に、これまでの精神的な苦痛ともおさらばして、前に進もうと思います。

 今の職場のことは全部弁護士さんにまかせて、次の人生に向けて切り替えます。

 

 

 『昨日は変えられなくても、今日あるいは明日は変えられる』

 

 自分で思いついた言葉ですが、

 

 ちょっと待てよ

 

 似た言葉が絶対ありそうだな。

 

 と思ってネットをちょっと検索してみたら

 

 『他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられる』

 

 というカナダの精神科医の先生の名言があるようです。

 

 複数ヒットするので、かなり有名な言葉のようです。

 

 なんかかぶってます。

 

 いや、これじゃ二番煎じっぽいな。

 

 なんかオリジナルっぽい言い方に変えよう。

 

 『絵画を愛でるように人生を愛でよ

 

 どんなに優れた絵画も、裏側を見ているだけではその素晴らしさや美しさを感じることはできない。

 同様に、人生も過ぎ去った負の面に固執するのではなく、美しく開けた前を向いて歩を進めるのがよい

 

 という意味らしいです...

 

うまいのか、うまくないのかよくわかりませんが、これによく似た言葉があったら苦笑いするしかないな...

 

 とか、おふざけもほどほどにしておいて、

 

 私の人生において、後、トータルでどれほどの時間が残されているのかわかりませんが、

 とりあえず胃カメラ・大腸カメラでは大きな問題がなかったので、

 ここからは、行けるところまでフルスロットルで突き進もうと思います。

 

 これ以上他人に振り回されてばかりの人生はまっぴらごめんです。

 

 己自身の人生を、これまで以上に能動的に生きていこうと思います。

 

 あれを諦めるのも、それを諦めるのもやめます。

 

 やりたいことは、やれるだけ全部やってみようと思います。

 

 これからのスローガンは

 

 『悩んでる暇があったら考えろ

 

 で行こうと思います。

 

 

 

 本日、職場に診断書を提出して参りました。

 

 予想していた通り、話になりませんでした。

 

 希望をとりあえず聞かれましたが、これまで何年にも渡って労働環境への配慮をお願いしてきたにも関わらず、『他のスタッフにフェアじゃない』との理由で一切の配慮がなかったわけなので、今更何の期待もできません。

 

 パワハラの件も、「だから謝ったじゃないですか。いつまでパワハラ、パワハラ言うんですか?」

 的な態度でした。

 

 何それ

 

 謝ったら何でもゆるされるんでしょうか。しかも本人と事務長から謝罪があっただけで、院長や当時の外科責任者からは何の謝罪もなし。

 その事務長の謝罪も、「パワハラは病院としても認めています。この場をもって謝罪致します」

 だけです。

 

 そんなパワハラ、パワハラ言ってるわけでもなく、

 心身ともに疲れ果ててるから、何かしらの配慮を

 とお願いしているだけなのですが...

 

 『うちで働くならごちゃごちゃ言わずに黙って働け。嫌なら出ていけ』

 

 という態度が見え見えです。

 

 とりあえずこれまでと同様に話にならないので、何年も前から言われているように、今回は弁護士の先生に相談することにしました。

 

 といった途端

 

 「そっちがそのつもりなら、こっちも弁護士を立ててしかるべき対応させていただきます」

 

 いや

 

 いや、いや

 

 いや、いや、いや

 

 条件等に希望があったら、第三者として弁護士をたてろといってきたのはそちら側でしょうに。

 

 しかもついこの間じゃなくて、何年も前から。

 

 ここに来て、実際弁護士に相談したら

 

 「やるならやってやる}

 

 みたいなのはなんなんでしょう。

 

 はー

 

 やっぱりどう考えても

  『うちで働くならごちゃごちゃ言わずに黙って働け。嫌なら出ていけ』

 っていうことだと思うんですよね。

 

 

 

 子供たちにはしっかりと伝えたいと思います。

 

 従業員は品定めされて雇われる立場ではあるものの、一方で、就職する前に職場や上司を自らの眼で選別する態度も重要である

 

 と。

 

 職場が従業員を選ぶ、と同時に、自分も職場を選ぶという視点が大切

 

 だということを。

 

 生活があるし、高望みはできないというのもありますが、それでも働けば働く程、追い込まれていく状況は避けたいところです。完璧な職場というものも存在しないのかもしれませんが、それでも初めから上司や職場環境がまともでないところは避けるか、気付いたら早めにおさらばすべきでしょう。

 

 とかいいながら、私は今の職場にトータル10年近くいるわけですが、、、

 

 

 

 ところで司法試験。年齢制限はなく、最高齢合格者の方は71歳とのことです。

 

 今回みたいに「言いたいことがあれば弁護士を」

 と言われた場合に、「私は弁護士資格を持っています」

 と言えれば、相手ももう少し真剣に対応してきたことでしょう。

 

 子供たちに勧められるように、まずは内科の勉強をしっかりとして、少しおちついたら自分で調べてみようと思います。実際に私が司法試験に合格する、しないに関わらず、時間をかけて勉強していたら、子供たちもライセンスだけとってみようかなと考えるかもしれません。

 

 今のご時世、ビジネスなんかでも、『他人にまかせられるところは他人にまかせる』

 というのが主流です。

 アウトソーシングできるものはなるべく委託する。

 

 単純作業や誰にまかせても大差ないものは委託すべきですが、判断が難しくて自分の人生に大きな影響を与えるものは、ある程度自分でもしっかり勉強して判断できるようにしておくべきだと考えるようになりました。

 

 世の中、一番だまされにくい相手といえば、やはり自分しかいません(自分にすらだまされることもありますが...)。

 

 さて、今後の職場とのあれこれは、後は弁護士さんに全ておまかせすることとします。

 

 次のメインイベントは明日の胃カメラ・大腸カメラです。

 

 結果やいかに!?

 

 

 

 

 日付が変わって9月20日になりました。

 本日はいよいよ、職場に診断書を提出する日です。

 

 明らかに心身ともに拒絶し始めているのを感じます。

 

 やっぱ郵送することにしとけばよかったな。

 

 昨日まではあんなに心穏やかだったのに...

 

 天候も気になるところです。

 

 せめて天候ぐらいはある程度おちついていて欲しいものです。

 

 そして、さらに明日は胃カメラ・大腸カメラです。

 今日はただでさえ、嘔気・嘔吐に悩まされるかもしれないのに、夜から下剤の内服です。

 水分はしっかり補いたいと思います。

 

 明後日の私は一体どんな感じでいるのでしょうか。

 非常に気になります。

 天気ともどもはればれしていて欲しいものです。

 

 まずは本日どうなるか。

 

 ついでに株価もどうなるか。

 

 「親として恥ずかしい」だとか「社会人として恥ずかしい」だとか「医師として恥ずかしい」

 だとか散々いわれて

 これまで全部自分が悪いと思って、それこそ血反吐を吐きながら努力を続けてきましたが、

 

 今となっては

 

 「あいつらは人として認めない」

 という気持ちしか浮かんできません。

 

 やられたことをそのままやり返したい気持ちもゼロではありませんが

 

 それをそのまま返すことは社会的にも認められませんし

 (これを考え始めると、『だったらどうして何年もそんなことをされ続けなければならなかったんだ。奴らに一体なんの権限があるんだ』と怒りが収まらなくなりますが、怒りにまかせてもどうしようもないので我慢するしかありません。まじ不公平すぎるだろー)

 

 子供にとっての『いいお手本』にもならないので

 

 本日は『子供たちの親』として、職場に向かいたいと思います。

 

 また何か嫌なこと言われるのかなー

 

 「言っていいことと悪いことがありますよ」

 

 とかいいながら、自分達は嫌な事ばっか言ってくるんだから嫌になるよなー

 

 この前なんか、「命令に従えないんだったら、辞表を書きなさい」とか言われたしなー

 

 元々被害者はこっちなんだけどなー

 

 「だから、それは謝ってるじゃないですか!?」

 

 なんていつも逆ギレされるしなー

 

 とりあえず、相手に何を言われるかわかりませんが、何を言われたとしても

 『今日は決してぶちきれない』というのをここに覚悟・宣言して、一旦寝床につこうと思います。

 

 イライラしてしまったら

 『あとは弁護士の先生を介してお話します』というのを、心をおちつけるためのマジックワードとして活用したいと思います。

 

 イライラしたらつい出してしまう関西弁も封印です。

 今日のNGワードは『関西弁』にします。

 

 ついうっかり、「お前なめてんのか!」と言いそうになっても、「あなたはお舐めになっていらっしゃるのでしょうか?」

 

 「ざけんな!」と言いそうになっても「おふざけなさるな」

 

 と言うようにしたいと思います。

 

 なんだか、自分自身がおふざけなさっていたら、次第に心が軽くなって来た気がします。

 

 医学部に編入したばかりの時に、解剖学の教授が

 

 「心に余裕がなくなった時こそ、ユーモアが大事』

 とおっしゃっていたのを思い出しました。

 

 ユーモア、大事です。

 

 さて、運命やいかに!?