進化するブログ『思索の蒼穹』

進化するブログ『思索の蒼穹』

医学、子育て、教育、教養、経営、経済等、様々な分野を節操なくつまみぐいしながら、皆さんと共有できれば幸いです。

 早いもので、今年も後3か月足らずです。

 

 鈴虫らしき虫の音が聞こえたり、日が暮れるのが早くなったり。

 去年は10月まで暑い日が続き急に寒くなった印象でしたが、今年は9月頃より少しずつ秋の気配を感じています。

 

 ついこの間、セミの抜け殻を見つけました。

 こんな時期にと思う一方で、「そういえば、今年はあまりセミをみかけなかったな」と思いました。

 異常気象はセミにも影響しているのかもしれません。

 

 

 さて、久しぶりの投稿となりますが、グチっぽい内容(ぶっちゃけグチです)となります。

 

 

 承継開業して1年半。地域に根差すかかりつけ医として地域貢献をしたいという考えは変わらない一方で、自治会などの活動を続けるにはモチベーションの下がるイベントをちょくちょく経験します。

 

 持ち回りで交代する組長をお願いしたら、忙しいとブチ切れられたり

 防災担当を引き受けてみたら、調整不足や相互認識の違いを全てこちらのせいにされたり。

 

 承継開業をする前より、地域の清掃活動に参加したり、地域の自治会の理事を担当したりと、地域貢献できればと活動してまいりました。承継開業はむしろ地元でのそういった活動からの縁で話がまいこんできました。

 

 私は基本的には「他人に偉そうにしたいとは思わない」(第三者からの判断はわかりませんが)タイプです。

 それは何も私が謙虚だからでも、自己肯定感が低いからでもありません。

 

 かつて自己肯定感が低かった時は、「私なんかが他人に偉そうになんかできるものではない」と考えていた時期もあります。この時は相手が年上であろうが、年下であろうが、目上の方であろうが、なかろうが、とにかく腰が低かったです。今から考えると明らかに相手に非がありそうな場合でも、「すみません、ご迷惑をおかけしました」と謝ってばかりいた気がします。少しでもこちらに非があるので、そこは素直に認めて謝罪すべきだという考えがありました(これは今でも変わりませんが、以前とは違って相手の非も気になるようになりました)。

 しかしある時、この態度が原因で、一部の人間に理不尽なほど不当に扱われていることに気づきました。

 「こいつは言い返さない」、「こいつは頼めばなんでもする」と思われると、どんどん助長していく人間は決して少なくない印象です。

 

 自分に自信がつき、自己肯定感も高まる中で、「言うべき時は言う」ようになったのはこのブログで何度か書かせていただきました。

 

 そんな今の私が「他人に偉そうにしたいとは思わない」理由は、「自分が他人から偉そうにされたくないから」です。

 

 私は年上であっても、年下であっても、基本的に呼び捨てにしたり、お前とかあんた呼ばわりすることはありません(自分の子供たちは除きます)

 それは私が昔から、他人から呼び捨てにされるのが嫌いだったからです。

 

 私は年配の方や、目上の方は敬いますが、だからといって、特に上司でも先輩でもないのに、初対面でいきなりただ年配というだけで「お前」とか呼び捨てにされるといい気はしません。

 一見平静を装っていたり、ニコニコしていても内心は「お前にお前よばわりされる覚えはない」と思っていたりします(だからといってお前と口にすることはありませんが)。

 

 私の行動理念の中の大きな柱に

 「自分がされて嫌なことは他人にしない」

 があるのですが、もう一つが

 「相手によって態度を変えない」です。

 

 私は「自分を一人の人間として他の人から尊重してもらいたい」と思っています。

 そしてそれは「相手の地位や立場などにかかわらず、すべての方を一人の人間として等しく尊重しよう」という考えにつながっています。

 

 ただ、この二つの行動理念が大きく揺らぐ時があります。

 それが

 「自分が嫌なことをされる時」

 「『相手によって態度を変える人間』に、自分が不当な態度で接されていると感じてしまう時」

 の二つです。

 

 つまり、正当な理由もなく「偉そうにされる」と無性に腹が立ってしまいます。

 

 以前はニコニコ、ヘラヘラごまかせていたのですが、疲れたのか、年老いたのか、ニコニコ、ヘラヘラできなくなってきました。

 

 初めは気づくと「感じが悪くなっている自分」に気づいて自己嫌悪になりました。「最近なんか自分は偉そうになってきたのか?」と。

 今でも自己嫌悪に陥るのは変わりがないのですが、多くの場合(時間がなかったり、疲れて、ただ感じが悪くなっている時もあるのは私自身自覚しております)、相手の言動にも問題があることに気づきました。

 

 ただ、もう以前のようにニコニコ、ヘラヘラごまかすことはできそうにありませんし、それがプラスの結果につながるとも思えません。

 こんな時、「どう対応するのがヒトとしてかっこいいのか」を現在模索中です。

 

 今のように「かがみ」として対応するのではなく、「超然」として接するのがベストなのかなと思いつつ、「超然」にこだわりすぎると「相手の感情などに配慮する人間らしさ」を維持するのが難しそうです。

 

 さらには、「他人への配慮が欠ける偉そうな人間」を見て見ぬフリをするような態度が、果たして正しいのか?(そういう人間は相手を見て、他の人間にも偉そうにしてる場合が多い印象です)とまで思ってしまうので、悩ましいです。

 

 めんどくさい人は相手にしないで過ごせればいいんですが、世の中そういうわけにはいきません。

 

 

 かつて、毎日の更新にこだわっていた当ブログ。そんな過去はどこへやら。

 ラッキーアイテムやら何やら、色々やっていた気がします。

 年始に更新して以降、すっかりご無沙汰しておりました。

 

 先日、一棚オーナーとなっているlocal book store kita.で棚シャッフルがあり、参加してきました。

 local book store kita.が馬車道から日本大通に移転して初めての棚シャッフルということでした。

 

 棚シャッフルとはその名の通り、数か月に一度、店内の棚をがらっといれかえるものです。

 棚によっては人目に付きやすいところ、そうでないところがあります。

 そのため、定期的に棚をシャッフルすることで不公平感がなくなります。

 

 棚オーナーになって1年半が過ぎました。

 棚オーナーになるのにもコストがかかるので、純粋に利益を出すのは難しいものがあります。

 ただ、純利益以上に、「一棚ではあってもちょっとした本屋さん」、「本好きの棚オーナーの方々と知り合える」など様々な楽しみが不随してきます。

 

 昨日も棚オーナーの方と話せたり、様々な個性的な棚を眺めたりして楽しいひと時を過ごして帰ってきました。

 

 棚シャッフルが終わり、それぞれの棚を眺めさせていただいていると「真空洞」さんの棚で、二冊の本に目が留まりました。

 「奇跡の本屋をつくりたい」と「本屋さんになる! CWSレクチャーブックス 書店・古書店を独立開業するためのアイデアとノウハウ」の2冊です。

 

 内沼晋太郎さんの「これからの本屋読本」を読んで取次業者から本を仕入れられるようになり、本屋に関する書籍を何冊か購入・読了しましたが、気づけばそれから5年程経過しました。最近は本屋の運営関連の書籍を手に取る機会もすっかり減ってしまっていました。

 「本屋さんになる!」のほうはまだ読めてませんが、「奇跡の本屋をつくりたい」はひきこまれて、あっという間に読み終えてしまいました。

 

 良書なのに売れ行きのよくない作品ばかりを集めた「売れない文庫フェア」や、中高生に読んでほしい書籍を集めた「これを読め!」シリーズをうちだされた北海道「くすみ書房」の店主 久住邦晴さんの遺稿が収録された本書。

 

 かつて「ハーレムの闘う本屋 ルイス・ミショーの生涯」を読んで強く心をゆさぶられましたが、本書にもとても感動しました。

 

 現在、書店がどんどん減っています。久住さんも、書店の資金繰りに苦悩され、最終的には書店が閉店となってしまっています。久住さんも本屋の弱点として「薄利と売上に見合わない大量の在庫、コントロールが難しい仕入れと毎月の支払金額が掴みづらい」点をあげられています。数々の魅力的なフェアを打ち出され、メディアも味方につけていた久住さん。くすみ書房も札幌を代表する有名店。久住さんで無理だったのであれば、他の誰に「奇跡の本屋」が作れるというのでしょうか。久住さんは病により他界されていますが、その直前まで「奇跡の本屋」の開店をあきらめられていなかったことが本書にはつづられています。

 

 久住さんが追い求められていた「奇跡の本屋」とはいったいどのようなものだったのでしょうか。

 本書の中に、久住さんが追い求められていた「奇跡の本屋」のアイデアがいくつもちりばめられています。

 本書を読んでいると、久住さんが本当に本を愛されていたことが伝わってきます。

 人生の節々で抱えた悩みを、答えを探して本に向かい、その度に本に救われて生きてこられた印象を持ちました。

 「本の素晴らしさを若い世代の方々にしってもらい、彼/彼女たちの人生を豊かで幸せなものにしたい」

 その思いで、売り上げの落ち込み続ける書店の運営を最後の最後まであきらめずに追い求められた気がしてなりません。

 

 私は「本を読む」という行為は、「先人達の知識を拝借する」行為だと考えています。

 そこに答えがあるとは限りません。ただ、私たちが悩み、経験していることのほとんどは、すでに他の誰かが経験し、様々な検討をされていることが少なくありません。

 場合によっては、自分にとって完全なる答えと思えるようなものまで書籍に記載されていることすらあります。

 それを有効活用しない手はありません。

 答えが出ていないなら、出ていないで、先人達も答えに到達していないことがわかります。

 そこをスタートにさらに考察を深めていけばよいのです。

 先人の助けも借りずに、自分一人であれこれ試案するよりもはるかに効率的だと私は考えます。

 

 久住さんの思い描かれた「奇跡の本屋」は夢半ばでついえてしまったのかもしれません。

 

 しかしながら、久住さんの影響を受けた人、あるいは久住さんの書店で購入した本を読んで人生が好転した人は決して少なくないことでしょう。

 久住さんが夢描かれた「奇跡の本屋」は、その思いを受け継いだどなたかが完成させられるかもしれませんし、「奇跡の本屋」はできずとも久住さんはすでに数々の軌跡を起こされてきたのは間違いないでしょう。

 

 改めて「一人でも多くの本好きを増やす」という思いを強くし、今後も私なりの「奇跡の本屋」づくりをめざしてみたいと思います。

 

 皆様、新年あけましておめでとうございます。

 早いもので、今年も三日目です。

 

 承継開業した怒涛の2024年もアッという間に終わってしまいました。

 

 今年の抱負は、『クリニックを大きく飛躍させる』ことです。

 まず、今年の12月31日までには必ず損益分岐点を超えさせたいと思います。

 

 そのために大切なことは、一日当たりの外来患者さんの数を増やすことと、訪問診療の患者さんの数を増やすことです。

 この9か月で訪問診療のケースはトータル7件でした。お看取りや独居で施設入居となった方々もいらっしゃるので、現状では2件です。訪問診療を行っている規模の大きな医療機関が複数あるため、ご紹介をいただくこと自体が非常に困難です。ケアマネさんから打診していただけるものの、ご本人・ご家族が結局他の医療機関をご希望されるケースもあります。

 ここに関しては歴史が浅いので仕方ありません。ご紹介いただいた患者さんならびにそのご家族に丁寧に対応しながら地域の信頼を勝ち取っていくしかありません。

 

 また、経営の観点から新規の患者さん獲得は大切ですが、既存の患者さんへの対応をないがしろにするようなことがあれば、中長期的には既存の患者さんも新規の患者さんも失ってしまうことでしょう。

 

 目の前の診療を大切にしながら、新規の患者さん獲得にも力を入れていきたいと考えています。

 

 2024年4月の開業以来、事務を担ってくれていた方が2025年は産休・育休に入ることになりなした。

 これによって、しばらく2024年4月開業以来のスタッフは私一人になります。

 

 2024年後半より、事務員不在時に妻にクリニック内で勤務してもらうようになりました。

 2024年11月よりパートの事務の方、12月よりもう一名のパートの事務の方のご勤務が開始となりました。

 2025年1月より正規の看護師の方、パートの看護師の方にご勤務いただくこととなっています。

 現在、もうお一方、看護師で当院での勤務にご興味をもっていただいている方と連絡をとりあっているところです。

 

 2025年1月よりパート事務3名(妻含む)、休暇中事務1名、正規看護師1名、パート看護師1名、常勤医師一名の体制となり、人員が一気に増えます。

 

 2024年4月時の派遣事務(3か月後に正規雇用)1名、正規看護師1名、常勤医師一名、非常勤医師一名(前院長)と比べても倍増ですし、看護師退職、前院長引退後の事務と私の2名体制から比較すると3倍です。

 

 わからないことばかりでうまく指示が出せず、2024年後半は心電図、採血などの医療行為はもちろん、レセプト、検診書類・ワクチン書類の整理などもほぼ全て私一人で行っていましたが、今年は役割分担を行い、スタッフの育成にも目を向けていきたいと考えています。

 

 続いて行いたいのは、コスト意識の徹底です。

 使うべきところは使い、惜しむべきところは惜しむ

 

 AED購入契約および、薬局などでもみかける地域の医療機関を紹介する雑誌記事への掲載依頼を行いました。

 ここには新たな費用をかける一方、これまで掲載していた広告費用などを極力ゼロに近づけようと考えています。

 2024年4月時点で前院長が掲載されていた広告はほぼそのまま引き継ぎましたが、その多くがこの9か月で効果があるとは思えませんでした。

 

 ただ、うちのクリニックは視認性が悪く、知名度が低いのもまた事実です。

 これに関しては、クリニックの看板を追加して視認性をよくすること、HP更新やラインなどによる知名度の向上を目指そうと考えています。

 

 とりあえず広告・宣伝費用をなんとなくかけて、効果があるかどうかもわからない広告・宣伝戦略を漫然と続けないことを意識していくつもりです。

 

 さて、ここまでの記載を客観的に見てみると、合理性を重視し、迅速な判断を重視していることが見て取れますが、気になる部分がでてきます。当の本人からしてもそうなので、別の方から見るとなお一層のことでしょう。

 

 それは人事に関することです。

 

 クリニックに関わらず、業務のコストの中でかなりの部分を占めるのが人件費です。

 

 効果がないと判断すれば広告や看板の契約をすぐ打ち切るような人間は、人事に関してもすぐ契約を打ち切るのではないかと。

 

 特に私の場合、開業前から契約していたコンサルタントとの契約を2024年4月で打ち切るという経緯がありました。早ければ2023年年内、遅くても4月までにはおりるといわれていた融資がおりなかったばかりか、そのコンサルはその手続きが止まっている事実を4月の時点でも把握していませんでした。ここに関しては、大事なことを他人任せにしていた当時の自分を責めるしかありません。しかしながら、看過できなかったのはコンサルとして資金繰りという大事なところもおろそかにするような人間にはどの点においても信頼などできようはずがないという事実でした。

 

 まず一番大切なのは、人とモノはやはり違うということです。

 人にはその人だけでなく、家族の人生もかかわっています。

 

 また、雇用に関しては労働者は労働基準法で守られています。

 ただ、それが徹底されておらず穴が多いのは、かつて雇用される側であった自分もよく承知です。

 

 コンサルもヒトとは言え、コンサルとの契約と、雇用契約は全くの別物と考えます。

 コンサルは一回当たりの単価が決して少なくありませんが、結果が大切なものであるからこそその費用を負担するものです。必ずしも成功報酬とはなりませんが、結果が見込めないコンサルに多額の費用をつぎ込むのは経営者として失格と考えます。

 コンサルの仕事はその契約一つとは限りません。コンサルによって程度は様々ですが、契約者の経営がどうなろうと、結果まで共同することはまずありえません。結果が見込めない多額の出資はただの浪費でしかありません。収入が限られている中、コンサル費用がかさめば経営は成り立ちません。結果、組織自体が崩壊してしまいます。

 

 一方、雇用はその方の人生を預かるようなものといっても過言ではないかもしれません。

 一つの職場で雇用契約を結ぶためには、それまでの職場との契約を終えている必要がある場合が多く、そこでの雇用を急に失うと次の職場での雇用が約束されているものでもありません。

 雇用される側の方にとっても、職場がなくなると自らも不利益を被ってしまいます。明らかにコンサルトは状況が異なります。

 

 雇用契約を結ぶ以上、その方の人生に対する責任もある程度背負う覚悟をもっているべきものが経営者と考えます。

 

 私はこれまでの人生、特に社会人になってからの経験から、「世界一ホワイトな職場をつくりあげる」ことをその目標の一つにおいています。

 

 スタート数か月でスタッフ一名の離職につながった現状の私が何を言っても、皆様には響かないのは百も承知ですが、敢えて言わせていただければ、この思いは開業前も今も寸分も違いません。

 

 現在、医療現場に限らず、どこも人手不足です。人材は宝です。

 必要な労働力の確保も大事ですが、ヒトはそれこそモノではありません。

 私はヒトを単なる労働力と考えません。

 ヒトはモチベーションや体調により、その生産性や創造性を-∞から+∞まで大きく変化させると考えます。

 個々人の能力や知識もさることながら、複数人からなる組織の場合、その思いや方向性を一致させることで、生産性や創造性は飛躍的に向上するものと考えます。

 

 現状、職場において私自身にそこまでの魅力や説得性がなく、クリニックの理念も浸透していないというのが一番の問題です。

 

 ビジネスにはパーパスや理念が必要と言われます。

 

 「自分も家族も患者さんも同一に大切に」、「世界一ホワイトな職場環境を」といったコンセプトは、クリニック経営で成功するためにとってつけたものではありません。

 私が職場で働くならば、そんな職場で働きたいと思ってきたものを、そのまま自分の経営するクリニックで掲げただけです。

 

 一度採用を決定し、私を信じてついてきていただける方であれば、私はまずそういった方々を守りたいと考えます。

 その方の雇用契約をどうこうしようと考えるのは一番最後です。

 仕事内容になじまないようであれば、私の配置がよくないか、指導がよくないのでしょう。

 職場がつらいと感じるのであれば、何がつらく、それをどうすれば改善できるか私自身が最大限検討・努力しなくてはなりません。

 

 ただ周りの同僚、患者さん、そして私自身も同じヒトです。

 

 一人のヒトのわがままが過ぎるために、周りの方々に弊害が生じすぎてしまうのは問題です。

 これは患者さん、スタッフに限らず、私自身にも言えることです。

 

 誰もが楽しく、気持ちよく過ごせる。

 

 そのためには、誰もが他の方々を尊重し、節度をわきまえて行動する必要があります。

 誰もが自分勝手で自由にふるまってしまうと、却って誰もが不自由で不幸になってしまうというのが私の考えです。

 誰か一人の勝手を許しすぎ、それが周囲に悪影響を及ぼすようではそれを看過することはできません。

 

 小規模ながらクリニックのトップに立ったことで、人事の難しさをさっそく経験しています。

 風の噂によると、数か月で離職したスタッフは「人生で最悪の職場だった」と非難ごうごうだったようです。

 前の職場でそれとなくサポートし、開業の際には是非一緒にと誘った唯一のスタッフだっただけに落胆も並みならぬものがありました。

 

 「経営者は孤独なもの」とはよく目や耳にしてきましたが、「経営者はその判断や決断において、孤独な部分を必ず残しておかなければならない」ということを強く認識するようになりました。

 組織において最適・最善と考えられる選択肢というのは多数決で得られるものではありません。何が正解かもわかりません。悩みに悩んだ選択肢が結果としてプラスになるこもあればマイナスになってしまうこともあるでしょう。より最適・最善と考えられる選択肢を判断するのは経営者を除いて他には存在しえません。

 優れた相談者が存在すれば必ずしもそうではないかもしれませんが、経営において困った時にすぐに頼りにできるような相手のいない私にとっては、自分で決断するしかありません。その際には、個人的感情を徹底的に排除し、可能な限りの客観性をもって物事を判断、決定していく必要が出てきます。

 

 「世界一ホワイトな職場を目指す」私のスタートとしてはなかなかのエピソードです。私自身改善すべき点は改善し、貫くべき点は貫きつつ理想を実現していく覚悟です。

 

 あくまで個人的な印象ですが、スタッフの雇用は簡単に打ち切るものの、宣伝や看板には無駄にお金をかける施設は少なくない印象です。

 

 締めるべきところはしっかりと締め、緩めるべきところはしっかり緩めながら今年は必ず飛躍の年にしてみせます。

 

 一年後の私、どうなってますか!?

 

 一年後、上記を踏まえて反省会したいと思います。

 

 

 2024年4月1日にクリニックを承継開業し、早9か月が経過致しました。

 訪問診療もあるので、実際は仕事納めとは言えませんが、まだ件数も少ないので現在メインとなっている外来業務が本日28日をもって終了となりました。

 

 最近は以前と比べてブログの更新頻度が落ちていますが、ブログを書いているとその時の様子が記録されており後から見返すことが可能となります。

 一年前の年末年始の状況を当ブログで見返すことができました。

 昨年末は承継開業は決定しているものの、収入が途絶え、スポット(日雇い労働)に頼っている毎日でした。

 1月4日からの県外の勤務に向け、1月3日に移動が必要だったことを思い出しました。

 開業まで半年うまく食いつなげるか心配していたことを考えると、ここまでたどり着いているだけでもまずまずと考えてよいのかもしれません。

 

 開業して色々ありました。

 ・予定した融資がなかなか降りない!?

 ・スタッフがわずか数か月で離職!?

 ・クリニックに院長一人!?

 ・人材雇用ってどうすればいいの!?

 

 この一年、ドタバタでやってきましたが、色々勉強になりました。

 

 まず、圧倒的に変わったのがコスト意識です。

 4月は固定費が重くのしかかる一方、クリニックは閑古鳥が鳴いていました。

 

 コストはかなり削減し、小規模で開始したつもりでしたが、収益等を考えると予想が甘かったとしかいいようがありません。

 不安だったのもあり、コンサル代等色々払っていましたが、金額の割にはほとんど何の助けにもなりませんでした。

 

 お金を払ってコンサルト契約しているからといって、コンサルが頼りにならなければ意味はありません。

 ただコストがかさむのみです。

 コンサルとの契約を打ち切り、金融機関との交渉、各メーカーとの交渉、各種インフラの手続き・契約、人事等、全て自分で行うようになりました。

 大変な反面、あらゆることが把握できるため、何が足りていて、何が足りないのかを自分で確認できるようになりました。

 これは良くも悪くも、患者さんが少なかったために可能だったことです。今後患者さんの数が増えてくると、全てを自分で管理することはできませんが、管理は任せても、大事な部分の把握は重要だということが強く認識できました。

 

 短期間でスタッフ確保の必要性から派遣会社に時給3000円を払ってしまっていたのも今では大後悔です。

 今の自分ならそんな契約は結ぼうはずもありません。

 ここに関しても、当時のコンサルからもう少し説明が欲しかったところです。

 

 また、非常に早期のスタッフの退職を経験しました。

 

 スタートアップのメンバーはほぼ残らない。

 スタッフがなかなか職場に定着しない。

 

 これらはビジネスの現場において非常によく目や耳にすることですが、「世界一ホワイトな職場を目指す」「スタッフ間の風通しをよくする」ことを第一に掲げる私にとって無縁と考えていました。

 ところがあっという間にスタッフの離職につながってしまいました。

 

 私に至らない点が多く、改善すべき点が多いのはもちろんですが、開業後に学んだことは

 「建設的な意見をオープンに話し合える職場」と「なんでも言い合う職場」は全く別物ということです。

 

 開業して職場のトップになるまで

 「職場の間違ったところは、なんでもいいあえる環境がベスト」

 と考えていました。

 しかしながら、事はそんな単純ではないことを痛感しました。

 

 今でも「職場の間違っていると思われるところは、なんでもオープンに話し合える環境」は非常に重要だと考えていますが、それを話し合って、ルールや決まりができれば、組織はそれに従う必要があります。

 ルールや決まりはベストとは限らないため、都度見直しや話し合いが行われるべきですが、それが変更されていないうちは、当面はそれに従う必要があります。

 そうでなければ組織は統率を失ってしまいます。

 

 トップもそのほかのスタッフも、人間としての価値、職務の重要性に関しては差はないと考えます。

 しかしながら、上下関係は非常に大切です。それはパワハラしても許されるだとか、上司は部下より価値があるといったものではありません。

 上司は部下よりもより責任が重く、意思決定において上位にあるべきです。

 

 それは部下だから上司の意見に従うべきといった感情論的なものではなく、意思決定において上位にいるべき知識・経験・判断力があるからこそ上司の立場についているという事実です。

 

 知識・経験・判断力が乏しく、ただ上司というだけで誤った価値観をおしつける上司はその立場におかれるべきではありません。

 

 この時点において、私は過去の自らの過ちに気づきました。

 

 かつての私は、職場において波風を立てないように、黙って空気を読んで生きてきました。

 

 その後、ひどいパワハラを何年にもわたって経験し、ブラックな職場での勤務を繰り返すことで、ここ1,2年ほどは各職場において「ここはおかしいのではないか」と意見するようになっていました。

 

 今でもその内容自体はそれほど間違ったものではなかったと思いはするものの、「トップが意見を必要としていない現場で、正しかろうが誤っていようが、意見そのものをあげようとする態度が組織の輪を乱していた」と強く認識するようになりました。

 

 やはり今の私の考え方では、独立するしかなかったんだと考えます。

 

 では、私がトップになった現在はどうでしょう。

 

 院内のシステムでスタッフがおかしいと思うことがあるとしましょう。

 私はそれを自由に意見してもらいたいと考えます。

 そしてそれについて、オープンに話し合います。

 そして最終的に「こうしましょう」と決めた場合には、その方針が変わるまでは従ってもらう必要があります。

 そうでなければシステムが維持できないからです。

 

 ごみの分別、書類の提出期間、書類の仕分け方法。予約の取り方、院内薬剤の管理の仕方等々。

 どうでもいいところと、どうでもよくないところ。

 一見些細なことでも、ルールを決めている部分は私の中でそれなりに重要だと考えている部分です。

 そこが適当になってしまうと、大きなミスにつながりかねません。

 

 たかがごみの分別かもしれませんが、ごみの分別のルールに従えないようなら、それ以外のルールに従えるはずもありません。

 ホッチキスの針を燃えるゴミにすててしまうようなら、気が緩んでしまえば注射針を燃えるゴミにすててしまうことになるかもしれません。

 

 「なんでも言い合える組織」は、結果「愚痴ばかりでトップの威厳が損なわれた組織」になる恐れをはらんでいます。

 バランスは非常に難しいところですが、「上下関係のある中で、風通しよく建設的な意見をオープンに話し合える組織」を目指したいと思います。

 

 そこで重要なのは、それぞれがお互いに対する尊重をもち、自分の立場をわきまえる態度です。

 上司だから偉そうにしていいわけではありませんし、部下が上司へのリスペクトなく対等に接しようとするのも正しいとはおもえません。

 誰もが身分をわきまえ、親しき中にも礼儀が必要です。

 

 さて、そんな経営者一年目の私ですが、人事とともに最大の問題となるのが、「資金調達」です。

 

 開業前に、予想される患者さんの数等を甘くみつもった上に、なんとなくでスタッフの雇用条件等を決めてしまっていました。

 結果、色々後悔することばかりでした。

 融資も早ければ2024年初頭に降りる予定だったのが、開業の4月を超えてもしばらく下りない状況でした。4月から数か月はまさに地獄のような日々を経験しました。

 患者さんの数も少なく、今は非常に大変ではありますが、まだスタッフの数は多くありません。

 

 これから飛躍していく上で、いい勉強になったといえるよう、失敗を次につなげられるように意識していこうと思います。

 

 2025年は飛躍の年にしたいと思います(しないとクリニックがつぶれます...)。

 

 

 最近はどちらかというと行儀のよい投稿が多かった気がするので、久しぶりに言いたいこと言っちゃおうと思います。

 

 承継ではありますが、開業しました。

 常勤ドクターは私一人に前院長先生が週1日のみの非常勤、ナース1名、事務1名での小規模スタートとなりました。

 4か月弱でナースが退職となり、前院長先生の勤務も承継後半年で終了となったため、現在医師が私一名、事務一名の二人体制です。

 

 スタッフが少ないとはいえ、開業医であり、経営者であることは間違いありません。

 

 スタッフが少ない上に、自分がトップなので誰も頼れません。

 コンサルもコストがかかるばかりでメリットが感じられなかったので契約を終了しました。

 そんなこんなで医療機関がいかに医師以外のスタッフに支えられているかを認識する毎日です。

 一方で、売り上げが少なく、二人でなんとか回わせている現状では、今後は人材雇用に関してはかなり慎重にならざるを得ません。

 

 レセプト(医療費は保険で賄われているため、どのような診断名でどのような検査・治療・処置を行い、どのような処方を行ったかを書類にまとめて提出する作業)、各種書式のひな型づくり、書類記載、採血、心電図、レントゲン撮影。これらのほとんどを自分一人で行っています。

 開業までの準備期間が短かったこともあり、システムが整いきらないままの開業となりました。結果、決めきれてない部分が多く、仕事内容は非常に少なかったにもかかわらず多くの不満と共にスタッフの離脱を経験しました。

 開業前に、たとえ一人になってもなんとか運営する覚悟だけはしていたため、とりあえず取り乱すことなく診療を継続していますが、人事の難しさの洗礼をさっそく味わいました。

 

 各種予防接種に検診。行う医療行為は慣れていても、一つ一つに書類があり、それぞれで記載方法や提出先が異なります。提出期限も様々です。

 

 毎日バタバタしながらこなしていると、処理能力爆上がりな気がします。

 

 ポイントは、「ほったらかしにしない」ことです。

 書式や制度がわからなかったら、めんどくさい時こそ、なるべくその時点で各所に問い合わせ確認するようにしています。

 

 学生時代、夏休みの宿題を最終日近くになって泣きながら必死にこなしていた自分が嘘のようです。人間は変われます。なかなか変えることは難しくても、変えようと思えば、いや変わらなきゃまずいと思えば変われます。

 

 さて、開業して収入が爆下がりです。開業前に多額の借金をし、開業半年をすぎて毎月赤字の連続です。運転資金も日に日に減っていきます。

 金融機関の融資は利用していますが、補助金の使用はゼロです。

 これから訪問診療を行う医療機関に補助金が出るとのお達しが来ましたが、すでに訪問診療を開始している医療機関は利用できないとのことです。

 

 ネットをみていると、県や市内のスタートアップサポートのプログラムやらメンターを見かけます。

 地域には毎年10組弱のスタートアップを目指している方々をサポートするプログラムがあります。

 

 かつて副業のブックストアを開こうとした際に私も応募したことがあります。

 結果はまんまと落選しました。

 

 まあ、今となっては中途半端にお世話になってなかったがゆえに色々といいやすいのですが、これまで散々税金とられといて、自分が開業するとなったら何の援助も得られないのはちょっとモヤモヤします。

 

 それでも開業医ということで融資がおりやすいのはあるので文句言っちゃいけないのかもしれませんが、スタートアップを目指す方々の事業内容が

 「医療機関の雇用サポート」

 だとか

 「孤立した人のサポート」だとどうしてもモヤモヤしてしまいます。

 

 派遣の方を正規に変更する際に、仲介業者に年収分の約3割を手数料として支払ったり、

 独居で介護申請されていない方のご自宅に伺って主治医意見書を書いたり、

 ご自宅がごみや虫で埋もれていようが、便にまみれようが困っている方がいればご自宅まで24時間365日かけつけるのが私がここ数年行っていることです。

 

 まだそういった事業の中から規模拡大し、地域貢献の芽がありそうな印象があればともかく、プレゼンをちょっと拝見しただけだとビジョンも熱意も乏しい方々が少なくない気がして仕方ありません。

 

 ネットを散歩していて、令和2年度の神奈川県の当初予算なるものを発見しました。

 重点4 県内経済・産業の活性化 171億、7382万円のうち

 中小企業・小規模企業活性化の推進 83億1,886万円 

  ■「企業経営の未病改善」の更なる推進

  ■「Hatsu鎌倉」や「SHINみなとみらい」におけるベンチャー企業の支援

 とあります。

 

 発展性の見込みのとぼしいしょぼい起業や、メンター業務で補助金をもらっているような起業家が少なくないような気がしてなりません。

 

 一度スタートアップサポートへの応募だけでなく、会員登録して月1万ちょっとを半年ぐらい払ったんですが、横のつながりなど一つもできなかったうえに、掲示板で発言したら「お前誰だよ、余計な発言すんなよ」と言われてえらいへこんだまま退会しちゃいました。

 

 別に見返りを求めていたわけではなく地域貢献もと思い書籍も10冊前後寄贈していたため、税金・会員代・書籍代、三重に甲斐がなかった印象です。

 

 今回開業に際して利用しようとも思いませんでしたし、系列に地域の方々との縁をつなぐサポートもしているようなのですが、絶対かかわるまいというのが今の正直な気持ちです。

 

 やばいですね。かなり喧嘩うっちゃってますね。

 

 とはいえ、世間は狭いので、地域貢献をうたって規模を拡大していれば必ずつながりはでてくることでしょう。

 

 大人の対応をしようとは思いますが、お世話になることはないでしょう。

 とか思ってたら、一部つながり始めているのでどうなることでしょう。

 

 現状でうちも経営が非常に厳しいのですが、補助金はなかなか活用できそうにないので(条件がなかなか合いません)、なんとか打開策を模索していくしかありません(必要になったら金融機関を回って追加融資をお願いしまくるぐらいしか現状では思い当たりません)

 

 まあ、自分のクリニックがしょぼいままつぶれてしまわないよう、やれるだけのことをやろうと思います。

 そしてクリニックはもちろん、訪問看護、介護、社会福祉や読書習慣の普及、教育活動にまで波及できるよう頑張ります。

 

 負けないぞ!