本日もlocal book store kita.の棚シャッフルに行ってまいりました。
最近、タイトルが「もう〇月」みたいなのばかりですが、本当にあっという間に月日が流れてしまいます。
今日も「もう9月」にしようかと思いましたが、さすがにふみとどまりました。
承継開業をして6か月目に突入しました。
未だ患者さんは少ないのですが、毎月新たなことを経験しており、てんやわんやの状況は変わりません。
10月からはインフルエンザやコロナのワクチン接種なども開始になるので、これから医師会の説明会に参加したり、ワクチンをオーダーしたり、接種費用を設定したりと様々です。
前回、当ブログをアップしたのも棚シャッフルの日でした。
普段、本業のことに追われているので、本業以外の環境に身を置くと、視野が広がります。
ふと、ここのブログをアップしたくなる気持ちも膨らみます(普段は本業の雑務に追われ、それ以外のことに目をむける余裕までありません。かつての自分からすると現実逃避と考えていたかもしれませんが、こういう活動が人生を豊かにすると考えるようになりました。そしてそれが自分の心を豊かにし、仕事の生産性を高めることにもつながる気がします)。
この2か月も様々なことがありました。
まずちょっとしたことながら自分の中で非常に大きかったのは、「ミニ同窓会」に参加してきたことです。
私の出身は関西です。
フェ〇〇ブ〇クやらラ〇ンやらで、思わぬところから昔の知人とつながれます。
中学の時の同窓生のメンバーが様々な人を介してラ〇ンでつながりグループに90名弱程登録されています。
幹事が数人いて、不定期で地元で同窓会をしているようで、同窓会の模様がラ〇ンのグループ上にアップされるので、少しそこでコメントしてみました。
それがきっかけで幹事の一人とやりとりするようになり、本業のために今後も関西での同窓会には参加できそうもないので関東で開かれるようならお声かけをと告げたところ、先日東京で10人弱のメンバーで会うことになりました。
幼少期の自分は、自己肯定感も低く、中学の時にクラスの同級生ほぼ全員から透明人間のような扱いをうけるなど、かなりの黒歴史を持っていましたが、そこにいたメンバーはそのような事実を少しも知らなかったということでした。
当時の自分は、自分のクラスで透明人間的な扱いを受けると、世界全体から完全に否定されたような感覚でした。
メンバーのほとんどが小学校の時の同級生で、その時の私の印象が強いようでした。小学校の頃の私は、他人からすると一体どのように見えていたのでしょうか。
自分は完全に陰キャでしたが、中学入学前にそんな自分を変えたくて、小学校6年生時に柄にもなく運動会の応援団に立候補し、そのまま応援団長まで立候補しました。自分の中では明らかに極端な変化でしたが、周りには一体どんな存在にうつっていたのでしょうか。
中にはお互い面識はあるものの、当時はほとんど会話をすることがなかった方もいましたが、楽しいひと時を過ごし、再開を誓いました。
根本的な性格は変わっていないものの、自己肯定感や言動は自分の中では大きく変わっているつもりでしたが、30年近くあっていなかった皆にはどう映っていたのでしょうか。幼少期の自分を知る方々が、当時の自分と今の自分をどのように捉えているかは非常に興味深いところです。
昔だったら他人の目が気になって仕方がなかったでしょうが、他人の評価がどうであれ、自己評価が大きく変わらないのが、今の自分です。自分に悪いところがあればなおそうと思いますが、ただ評価されない、誹謗中傷というだけならそこまで心を痛めることはありません。
local book store kita.のイベント「本は港」で、ある書店店主とお知り合いになりました(一方的にこちらが話しかけただけですが...)。
先日、整体師の先生が近隣に別院を開設されるとのことで、私と医療連携したいとご挨拶にこられました。院と書店が非常に近いため、たまたまそのお店の名前をお出ししたところ、ホームページ依頼をされているのがまさにその店主の方で、翌日会う予定とのことでした。
世間はほんとに狭いものです。それがきっかけで、昨日は整体師の先生のご自宅兼職場にお伺いをして、整体師の先生、先生の奥様、書店店主の方、私を交えた4名で食事をさせていただきました。
ロケーションも最高で、屋上テラスより素晴らしい景色を眺めながらお話をさせていただきました。
このご縁もlocal book store kita.で一棚オーナーをしていなければなかったことでしょう。
人生って本当に何があるかわかりません。
上述のミニ同窓会はわざわざ関西から上京して参加していた友人も数人おり、そのうちの一人が「俺らもうこの年やもん。会える時にあっとかな」と話していました。
確かに時間は有限です。人生最後の日がいつやってくるかわかりません。
会える時にあっとかな。やれるときにやっとかな。
別に何かしなければならない。会わなければならないということはないと思います。
でもやりたいことがある。会いたい人がいる。
そんな場合には、思い立ったが吉日。やれる時に、会える時に、予定をたてるのがいいのかもしれません。
実際、整体の先生との食事会は、いくつか日程をご提示いただいたのですが、一番最速を選びました。
上記ではしれっと「友人」と記載しましたが、幼少期の私には「友人」という存在が皆無でした。
自分なんかが「友達」と思うなんておこがましい。自分なんかが友達と思うと相手が迷惑とすら思っていた時期が長くありました。
友達が欲しくなかったわけではなく、自分なんかを友達と思ってくれる人間なんて一人もいるはずがないと考えていました。
友達が欲しくて媚をうったり、うそをついて好かれようとした時期もありました。
でもそんなことは結局うまくいかないし、なにより自分自身が嫌いになってしまいました。
もう友達なんていなくていい。自分が自分を嫌いにならないように、自分なりに行動してみよう。
長年そんな態度を貫いていると、いつしか自然体でいられるようになり、気づけば昔より人とうまく接することができるようになりました。かつての自分は自己肯定感は皆無だったものの、芯の強さだけは人一倍だったのかもしれません(悪くいえば頑固ということでしょう)。
かつての自分のように、友達がほしいのにどうしていいのかわからない。
全てに否定されているようで居場所がない。
そんな人が楽しくすごせる場を自分が少しでも提供できるようになれればこれ以上に素敵なことはありません。
悪循環もあれば、好循環もあります。
かつて居場所を見いだせなかった人が、自分の居場所を見出し、居場所を見いだせない人に居場所を提供できる。
そんな素敵なつながりが少しでも増えていくことを願ってやみません。