Des prières à St Paul -4ページ目

Des prières à St Paul

都会で労働 海辺で生活

昨年、長崎大司教区の神父が信徒に強制わいせつを働き、聖職停止となった。しかしながら長崎大司教区は、その処分について教区の信徒に虚偽の説明をしたまま隠蔽。

今日の午前中、当該神父が強制わいせつで書類送検されたことが一斉に報道された。しかしながら同じ頃、長崎大司教区のウェブサイトには「性虐待被害者のための祈りと償いの日の集い」の案内ツイートがあったが、その内容は国外の子供に対する性暴力をきっかけに性虐待被害者のために祈る会。教区の神父が起こした強制わいせつ事件と、その被害者を如何に支えていくかに関しては一切言及なし。

もう、終わったな。

横浜出身のカトリックなら、某神父が信徒の女性を司祭館に寝泊りさせていたことが判明し、何事もなかったかのように東京教区に移動した件を思い出したはず。あれから相当の年月が経つと言うのに、聖職停止+隠蔽の蓋をして、ローマ教皇による2019 年3月の立法は破るためにあったのか???

これじゃあ、日本社会でカトリックは絶滅危惧種のまま滅びるだけだろう。お宮参りやお食い初めと同じで、最早信仰ではなく、儀式の様式。

私自身は、熱帯雨林に囲まれた僻地で選ばれた信者が神父代わりにミサを司るのも、夫の出身の島のように改宗した元プロテスタント牧師が妻子持ち神父としてミサを司るのも、時代の流れだと思うが、長崎大司教区の対応は到底受け入れられない。

関東圏のカトリックにとって九州のカトリック信者にはある種の歴史的憧れがあるものの、長崎大司教区の在り方は酷すぎる。

被害に遭われた方のことを考えると、自身がカトリックであることを恥ずかしく思う。
2020年1月某日
泥酔事件を起こして大迷惑を掛けたことにより、最悪解雇されて転職かと考えていたのだが。

優しすぎる男性5名のお陰で、処罰を食らうことも無く、通常勤務を続けており、泥酔ネタも数日で終わり、少なくとも私が認知する範囲で私に対する接し方が変わった同僚は居ない。余りの平穏さが不気味なくらい。

幸か不幸か記憶が抜け落ちているため、当事者である私が、自身の言動に見合うまでの羞恥心を覚えないのも問題。さすがに飲み会の翌日は人間を辞めたくなったり、週明けの月曜日はどんな表情で出勤しようか、どう謝罪しようかと考えて憂鬱になったが。

全参加者に謝罪してタクシー代を払ったら、既に過去のこと。いかんなあ。

2020年1月某日
私に出来ることと言えば、せめて仕事を通して、与えられた能力と機会をもって、社会に貢献すると言いつつ償うくらい。そして連日のように残業。

昨年よりは、顔に怒りや苛立ちや不満や疲れを出さないようにして、働いている。澄まし顔か笑顔か、2種類しかないと顔面老化が速いこと。

四十路半ばにもなって、今だに仕事場ではいつも明るく元気で力強くて無遠慮で変な女、と認識されているので、その立ち位置を楽しむ。CEOの横に座っても、躊躇なく意見もするし、阿呆のように笑顔を見せる。

振り返れば、如何に前職の仕事環境が私自身に大きく影響したことか。定期的に復職の打診が来ては毎回拒否しているものの、次女出産後に解雇されたものの、会社と当時の同僚達と私の相手をして下さった医師達には、感謝の気持ちしか無い。
2020年1月某日
仕事場で何故か私を親切にして下さる男性5名と飲みに行き、泥酔する。幻聴かも知れないが、1/5名が私のことを大好きだと言って下さった。感激の余り、以前の仕事場(欧州)で当然のように行っていた、信頼する同僚に対し親愛の情を示す行動を取る。

要は、抱きしめて両頬にキスする、仏、独、伊、西、英、愛式の挨拶。日本国内で日本企業に勤めていると言うのに、別部署の管理職にしてしまうなんてッ!!!

2020年1月某日
泥酔しすぎて、別の1/5人の男性に付き添われてタクシーで帰宅。二次会初めから全く記憶がありませんが、大迷惑をお掛けしてしまい、大変申し訳ございません。言葉でもタクシー代でも謝罪しきれません。

四十路半ばのおっさん女として、痛すぎる記録。

2020年1月某日
大事件から丸2週間以上経過。ようやく我が泥酔の犠牲者の1名である、別部署の管理職とお喋りする機会に恵まれる。

心のどこかで、単に親愛の情を示しただけだと意地っ張りな私。セクハラで訴えられたらどうするの??? 何で素直にご免なさいが言えないの??? 脳裏でChicagoのPeter CeteraがHard to say I'm sorryと歌うのが聞こえるが、笑って誤魔化して退散。

ああ、大好きな同僚に対して、何て駄目駄目人間な私。
旧シリーズの映画。

USS Enterprise のキャプテンは、やはり最近のシリーズでChris Pine演じるJames T.  Kirkよりも、Sir Patrick Stewart演じるJean-Luc Picardの方がしっくりくる。世代感覚かな。
先日の泊まり出張は無事に済ませたものの、新年早々、かなり厳しい状況。

私自身の悪行や過ちについては、自身で責任を取る。心から反省して、誠実に対応して、物事を正して問題を解決するよう熱心に努めるしかない。

それ以外にも、盛り沢山。何故この時期に。

ふと思う。私は苦労して生きる星の下に生まれたのかな。頑張っているつもりだけれど、努力が足りないのかな。信仰心薄く罪深いだけかな。

今月来月で、今後の方向が決まる。家族のために、心を強く保たなければいけない。

今朝、娘達を連れてミサに行ったら、TT神父様から祝福をいただいたものの聖体拝領できない次女が、「食べたいッ!!! サンタマリアで食べたいのッ!!!」と聖堂内で泣き叫んだ。娘達が大人になる頃、宗教とか信仰とか神や聖人に祈るとかは、生活の中に残るのだろうか。

コリントの信徒への手紙一 10章 13節
あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。 
長女
保育園の発表会の際、ステージ上で友達と喧嘩をしたり、出演を拒否したり。保育園からの要請により面談を実施して以来、言い聞かせている;
・お支度は自分でする
・決まりを守る
・先生の言うことを聞く
・お友達と仲良く遊ぶ

冬休み、久しぶりに娘達とゆっくり過ごして、長女にアスペルガー症候群の印象を抱く。
・些細なことにルールを決めて実行する(物の位置や物事の順序など)
・ルールを逸脱すると発狂する
・髪をとくのが大嫌い
・頭の中に明らかに地図がある
・知らない道を通ると極度な不安に襲われるが、道と頭の中の地図の道が繋がると決して忘れない

来月、ようやく予約が取れた発達支援施設へ行く。その後は小児科→診断可能な小児精神神経科→治療可能な小児精神神経科と続く見込み。発達支援施設への予約ですら3ヶ月待ち。先が思いやられる。しかし、4歳児である本人が「どうせ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎とは誰も一緒に遊んでくれないんだもん」という状況は、改善しなくてはならない。

箸の使い方を練習するため、私自身の幼馴染みのブログを機にマナー豆を購入。気分が乗っている時のみ、大分上手になった。

次女
長女ほどではないが、次女も集団行動や、身を置く環境のルールに基づく行動が苦手な傾向にあるとの報告。親としては、パズルへの尋常ではない執着心が気になるところ。

一方で、さすが年子姉妹の妹。要領が良いなあと親を感心させることも多い。今は姉から離れていた方が良さそうだ、今は何かを要望するのは止めた方が良さそうだ、等々。3歳児のくせに、保育園では英語なロックを歌うのは好ましくないと認識している。

最近のお気に入りの言葉は「うんち」。いつでもどこでも、返事すらうんち。


年子育児に於いて、4歳3歳の組み合わせの大変さでボロボロな毎日。

仕事内容は好きだが職場環境のストレスが大きすぎる日本企業に勤めて2年半。そろそろ限界が近づいてきた。

昨年のクリスマスに義姉J1から贈られて以来、ずっと愛用していたコーヒープレス。不注意により口を割ってしまい、もうワレモノは勘弁と、Bodumのステンレス製コーヒープレス0.5Lを購入。円高だし日本の消費税が10%で良かった。
先月の保育園面談で、長女を発達支援施設に連れて行くようにと要請があった際、保育園生活の見学についても言及された。そこで年始早々に半休を取得して、長女のクラスの扉のガラスを目張りして貰い、覗き穴から観察してきた。

昨秋の運動会、先月の面談、冬休み中にアスペルガー症候群ではないかと感じていたことから、ある程度予想はしていたものの、まあ酷い。

朝のご挨拶、歌の時間
周囲が起立して歌っていても、我関せず。着席して、自分の鞄から出したレインポンチョの袋を手に被せたり口で噛んで下げたりと1人遊びをする。

絵画の時間
前日に絵の具で描いた自分の顔にクレヨンで着色する。そもそも顔を描くはずが、長女の絵は円形に広がる爆発。まるでタイル模様だ。先生から紙を受け取るのを拒否し、レインポンチョの袋で1人遊びを続ける。
その後、少し気が向いて紙を受け取ったものの、顔の部分の着色ではなく、好き勝手にクレヨンでぐちゃぐちゃするか、作業中のクラスメイトの邪魔をする。

遊びの時間
クラスの中にある好きな玩具で遊ぶ。玩具の保管棚の前に整列して、各々が好きな玩具を席に運ぶ。長女は横入りしてパズルを取って席に戻るが、パズルを広げることなく直ぐに保管棚に戻す。
その後はレインポンチョの袋で1人遊びをしたり、本棚から電車の本を取り出して眺めたり、遊んでいるクラスメイトの邪魔をする。

お話の時間
先生によるお話と対話。長女は相変わらず好き勝手に行動。私が次女の様子を観察しに扉から離れていた間に、床に座って1人で人形遊びを始めたという。
人形遊びの間、クラスメイトが長女の近くを通り掛かったのだが、長女は自分が定める床のテリトリー内にクラスメイトが侵入したことで怒り狂い、噛み付いたらしい。先生に促されて謝ったものの、「ご免なさい」を言ったのだからもう良いと、人形遊びを再開。

こんな様子で、昼食時間まで集団行動に従うことなく、自身の意思(こだわり)を貫いた。その時々の気分のムラはあるが、これが毎日続いているとのこと。親としては、当然ながら悩ましい状況。
毎年同じ文面になりますが、このブログを読んでくださった皆様が、心温まる年末年始を過ごされ、実り多き新年を迎えられることをお祈りしています。

私にとっての2019年は、家事と育児と仕事の兼務によるストレスが、ある意味で極限に達した感じでした。平日は基本的に毎日残業し、複数育児になってからは初めての外国出張を経験、子育て優先を言い訳に四十路半ばで役職なし専門職として5診療域を担当。このような状況で一家の大黒柱として働きながら、家事育児も頑張って、心身を壊さなかったのは幸運としか言いようがありません。

2020年は、もう少し子育て優先の実践を心掛けたいと考えています。自身が健康でないと、家事と育児に支障を来してしまいますし、医療従事者として社会貢献できなくなってしまいますし、収入も途絶えてしまうので、健康第一は言わずもがな。

信仰心を失うことなく、自身の弱さを強さに変え、与えられた環境や仕事に熱心に誠実に向き合い、常に感謝の心と相手の立場で考えることを忘れずに居たいと思います。

それでは。
あろうことか、給湯器が故障した。

起床後にシャワーを浴びたところまでは良かったが、冷蔵庫の大掃除を終え昼食を準備する段階で、お湯が出ないことに気がついた。居間の床暖房と浴槽の乾燥機は、明らかにパワー不足。

東京ガスに電話してエンジニアに来て貰ったのだが、メーターに異常はなく給湯器の故障と考えられるとのこと。居住するマンションの一室を購入した時に、前所有者から引き継いだ設備ファイルを開き、給湯器の会社に電話する。

最早、年末の買い出しに行くどころではない。

夜、パワー不足の床暖房稼働中にお湯が出たので、夫が慌てて娘達をシャワー入浴させる。夕食後には再びお湯が出なくなり、床暖房も消えてしまった。

購入した時には築浅だったこのマンションも、既に築10年を過ぎている。娘達2人により内装がボロボロになっただけでなく、今後は各設備にガタがくるのだろう。

それにしても、冬休み中で良かった。室内でダウンジャケットを着てコーヒーを飲みながら、このブログ記事を入力している。
Michael Keatonが現在のマクドナルドの創業者Ray Krocを演じた伝記的作品。主演と、マクドナルド兄弟の弟を演じたNick Offermanが光っていた。