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Des prières à St Paul

都会で労働 海辺で生活

長女
2月末から保育所通いを再開した。環境の変化を受け止めて我慢しているらしく、指しゃぶりが悪化。出っ歯が酷くなったらどうしよう。

保育所では、次女に構うことで自身の寂しさを解消するのを、先生達に優しい姉だと褒められて、喜んでいるらしい。一方で帰宅すると、次女を蹴ったり玩具を取り上げたり。長女と次女は近々別室になるのだが、どうなることやら。

2言語を同時に習得している為に、発語は相変わらず遅い。「パパ」「ママ」「アンパンマン」「かーいーね(可愛いね)」「おいちーよ(美味しいよ)」「嫌」「ないない」「葉っぱ」「あっち」「あれは???」程度しか話せない。それでも保育所通いで、確実に日本語を上達させている。「しゃんしゃん(サンサン体操)」「あ、あ、あ、あ、おにー(あいうえおにぎり)」

私が小さく割ったベビー煎餅を、次女に与えたがるのだが。口の中への入れ方が強引、かつ指まで入れてしまう。今後、お世話したい欲求にどう応えるべきか、考え中。

次女
8ヶ月で、ようやく寝返りできるようになった(仰向けからうつ伏せ)。寝返り返りはまだ。未熟児で肉体的な発達が遅かった長女よりも、更に遅い。まあ、心配はしていないが。

保育所通い4週目の後半から、ようやく朝の別れ際に泣かないようになった。その後は長女だけ保育所を休む日も、朗らかで手が掛からず人気らしい。

離乳食は、極めて順調。今のところ、アレルギー反応は見られず。と言うか、長女の時よりも離乳食の食材数が少ないからか。手抜きばかりでご免よう。

転職前の健康診断で、中性脂肪やコレステロールの検査結果値に驚く。2月末に授乳を止めてから、転職活動の合間にそれまで控えていた赤ワインやチーズやチョコレートを大量摂取したので、当然か。

転職先で、丸1年ぶりの仕事生活を開始した。四十路の新入社員、人の名前と顔を覚えるのにも、長らく離れていた専門職に従事するのにも、苦戦中。まあ、一家の大黒柱として頑張るしかない。
今日は、長女を出産した病院で知り合ったR嬢と娘Mちゃん、M嬢と娘Kちゃんと待ち合わせて、ららぽーとでランチ。

年末の帰省直前に会って以来、各々予定が一杯だったので、久しぶりの再会だった。娘達は、お互いに誰かを思い出すことができず、お互いに人見知りして、夕方になり別れる頃になってようやく打ち解ける始末。

今日も色々なお喋りをして、実に楽しかった。20代後半に30代半ばと歳の離れた友達たち。近所に友達が居ない四十路の母親としては、本当に有難い。
前社での同僚であり、私にとって数少ない相模湾沿いに住む友達でもあるKY嬢と待ち合わせ、喫茶店へ。

コーヒーを飲みながらお喋りして、気分転換。新たな環境での仕事再開を前に、恐怖心と緊張感で満ちている状態だったので、仕事で忙しいにもかかわらず会ってくれたKY嬢には心から感謝。

それにしても、彼女の美貌は凄い。精力的に活動していて、スキンケアに長時間を費やす訳ないだろうし、盛っている訳でもない。四半世紀ぶりに会った人に即座に認識されるくらい、変化のない顔とは一体。
転職理由
人生初のリストラによる。大学卒業以来、自己都合退職+転職を繰り返したが、会社都合退職をしたのも、転職前に無職期間が生じたのも、初めての経験だった。

紹介会社
業界大手だけあり、紹介されるのも名が知れた企業が多いし、企業へのポジションサーチサービス(要は誰かを追い出して後釜にすわらせる)もある。但しDODAのエージェントサービス、インテリジェンスのエグゼクティブサーチやグローバルサーチ以外は、まず使えないので無視。
利用者へのサービスをする担当者と企業と遣り取りする担当者が異なる為、企業側への要望が常に正しく伝わるとは限らないし、タイムラグもある。それが原因で、辞退した企業から内定が出てしまったことも。

利用者と転職エージェントを結びつけるだけのサービスに変化していた為、利用中止。

私が身を置いていた業界では、転職活動をする時に1番人気で利用されている。紹介された企業数も最多だが、こちらの希望とは離れたものも多かった。
個々のエージェントが利用者へのサービスから企業との遣り取りまで一貫して行う為、面接や面接者についての事前情報や進行状況等を知ることができるのは、かなり有用。エージェント達の意気込みから、ここはインセンティブが凄いのだろうと確信した。

登録と必要情報の入力が相当に面倒な一方で、全く使えなかった為、利用中止。

年俸交渉
外資企業との年俸交渉では、躊躇することなく前職で専門職に従事していた時の年俸と同額を要求した。私が三十路で医療従事者に転身した頃は、40歳で1,000万が目安と言われていたが、私は四十路になっても五十路になっても到底1,000万に届かないくらいに安い労働力なのだ。非管理職だし、薬剤師ではないし、医学薬学の修士号や博士号は持っていないし、まあ当然か。

今回内定を得たうち1社は、入社すれば確実に履歴書に箔がつく業界有数の大企業だけあり、非管理職で1ヶ月につき残業20時間込みで年俸1,000万のオファーだった(結局断ってしまったが)。

日本企業との年俸交渉は、外資企業との乖離がある分、骨が折れた。私が身を置いていた業界では、外資企業勤務者は2〜4年ごとに転職を繰り返すのが一般的だった。昇給は無く、残業代含め手当など殆ど無く、インセンティブ以外の賞与は無く、退職金は無く、労働時間は長く、そしていつ退職に追い込まれるか分からない不確実性と、多大な自己投資が必要なこともあり、日本企業より年俸が数100万円高いのだ。

一方で、余程の事情がない限り、誰だって、特に家庭持ちは、年俸が数100万円も低くなるのは避けたい。私の場合、長女妊娠時に色々あって、復職以降は年棒150万円減額=月収12.5万円減額に同意せざるを得なかった。その為、日本企業から希望年収を尋ねられた時は、前職で150万円減額された年俸を下限としたのだが。「前職での平均年俸は★★★円でしたが、御社内で私と同格の方とのバランスもあるでしょうから、結果を得ましてから検討させて頂きます……」

神奈川県民には、こういうお金の話は重荷だ。勝手な思い込みかも知れないが、大阪府民なら、企業側との年俸交渉も、カラッと強気に上手に出来そう。

心理面
私の職務経歴と年齢なら仕事探しには困らないと確信していたので、悲壮感を漂わせながら転職活動をすることはなかった。

しかし、個人的な感想だが、休職から復職まで、退職から転職までの時間は、短い方が好ましい。時間が経つにつれて、復帰への怖さが増す。しかも、医療従事者や開発系専門職は、現場に出ないことで腕と勘が鈍るだけでなく、取り残され感どころか、本当に取り残されてしまうことがある。仕事から離れた1年間が致命傷、とまでは言わないが、今後相当に尾をひくことは確か。復職に向け、少し緊張してピリピリしてきた。

とは言え、私には、生後2ヶ月で保育所に預けて復職する女性達くらいの根性は備わっていなかった。

今後
不思議な縁を感じて入社することを決めた先は、今までの仕事とは全く異なる商社。私を気に入り推薦し年俸交渉も済ませて下さった役者S氏には、心から感謝。同じグループ会社で働く叔母には、よく入社できたねえと言われたが、まさか役者が引っ張ったと明かしても信じないだろう。

まあ、商社マンに転身して、いつまで生き延びることができるか。定年退職するまで在籍するとは全く思わないが、せめて娘達が小さいうちは、雇用状態を安定させたいし、転職するにしても失業して無職になるのは避けたい。

今週、夫、私、長女、次女の4人で、初めての家族旅行をしてきた。旅行なので、娘達というか2歳児の長女が喜びそうな観光地を訪ねたり、和室に布団を並べて寝たりしたのだが。

 
1日目
 
最寄り駅で偶然、夫と同じ島の出身のP氏と会う。夫は数日前にP氏と飲みに行ったのだが、私は娘達と一緒に留守番だったので、電車の中で久しぶりにお喋り。P氏の高校生の娘は、これからMelbourneに留学すると言う。将来我が家の娘達が、日本の学校は居心地が悪いからと留学を希望したら、どうしよう。経済的に困難だろうなあ。
 
下田に到着した後は、白浜海岸へ。カフェで昼食を取ってから、砂浜に行く。写真を撮ろうと海の方にカメラを向けたら、上半身裸でショーツ姿の夫と、服を着たままの長女が、腰まで海水に浸かっていたので絶句する。幾ら北欧人の血が流れているとは言え、サーファーだってウェットスーツを着ているのに、何を考えているのだ。
 
駅に戻ってからは、ロープウェイへ。長女は移動そのものよりも、山頂の手水舎の水を洗い流す所や賽銭箱に小石を入れるのに熱心だった(ご免なさい)。
 
外観からして古いけれども小綺麗なホテルにチェックインした後は、家族風呂を利用した。我が家は夫婦共にシャワーだけで湯船に浸かる習慣がないので、長女は今だに軟らかい樹脂製のバケツやベビーバスで、次女はベビーバスで沐浴させている。よって、大きい湯船を見た長女は大興奮。折角の温泉だったが、好き放題に動き回る長女と、まだ数秒間しかお座りができない次女が一緒で、ゆっくり寛ぐこともできず。貸切1時間はあっと言う間に終わった。
 
夜は、和室に夫の布団、私の布団、長女と次女の布団を並べて横になったのだが。長女が興奮収まらず歌い続けている為に、次女は寝入ることができずにグズグズ。結局、夫と次女、私と長女が一緒の布団で寝ることに。自宅ではベッドだし、長女も次女もそれぞれ別室で独りで寝ているので、落ち着かない。私自身は、就寝中に長女に蹴られたり、キスされたり、また布団から落ちたりはみ出た長女を戻したり、乾燥した室内が原因で激しく咳込む次女の様子を見たりと、浅い眠りのままで疲れが取れず。
 
2日目
 
水族館へ。巨大な水槽内の魚たちを見学した後は、アシカショーにイルカショーにペンギンショー。愛らしい魚たちをゆっくり眺めて癒しの時間になるはずが、動きたがりの長女にベビーカーに乗せた次女に荷物があると、そうも行かない。長女はイルカショーで跳ねるイルカよりも、カメラの液晶画面に映るものに魅せられて、ショーの主役達を追うようにカメラを持ってウロウロ。
 
駅に戻って昼食を取った後、私がお土産を探す間に、夫と長女と次女は海辺を散歩。帰路の伊豆急では、一家全員で爆睡。
 
幼い年子姉妹を連れての観光は、やはり大変。下田に1泊して観光する方が、北欧にある夫の出身の島に帰省するよりも、はるかに疲れた……
今日は、高校時代からの友達であるR嬢+三女Nちゃん、N嬢、M嬢と待ち合わせて、ららぽーとでランチ。折角の外食なので、自宅での食事に登場することがない、仙臺たんや利久の牛たん丼定食にしてみた。薄味生活を送っている身には、かーなり味が濃かったが、それでも美味しかった。

N嬢とM嬢と私は神奈川に残っているのだが、互いに育児や仕事で忙しく、いつもR嬢の帰省時が再会のきっかけとなっている。時々にしか会えないので、お互いの子供達の成長ぶりを知ったり、どんな育児をしているのかを知るのも、実に興味深い。

別れ際には、R嬢のお母さん+長女Tちゃん+次女Mちゃんにも再会したのだが。TちゃんとMちゃんの賑やかさに、我が家の数年後を見た気分。ついでに、年末年始に小学生の甥っ子姪っ子達と同居生活をしたことを思い出し、頭の中ではSwedish Chef(国籍問わず、5〜10歳くらいの子供達に大人気のYouTube作品)の音楽が流れ出した。

楽しいお喋りで良い気分転換ができた。有難う。また会おうね。

なお、転職先から求められている写真を撮影する必要があったのと、そろそろスニーカー以外の靴に慣れる必要があったので、待ち合わせにはワンピース+フラットシューズ姿で行ったのだが。加齢が露わな写真にも、膝丈のワンピースが似合わなくなった自身自身にも、嫌になってしまった。
昨日は4週間に1度の失業認定だった為、家族旅行から戻ってきたその足で、ハローワークへ行ってきた。

仕事が決まり、入社日も決まり、来週が最後の失業認定となるらしい。将来定年退職するまでは、もう失業したくない。新しい勤務先が、事業撤退したり買収されたりしませんように。

2歳未満の年子と共に帰省した時の覚え書きです。

ハンドバッグ
・自宅の鍵
・財布、現金
・スイカ
・航空券(親)
・航空券(子)
・パスポート(親)
・パスポート(子)
・ボールペン
・電話、充電用ケーブル
・カメラ、充電バッテリ
・変換アダプタ

手荷物
・タオル
・ガーゼハンカチ
・ティッシュ、ウェットティッシュ
・ビニール袋
・手提げ袋
・1 day コンタクトレンズ
・眼鏡
・ヘアブラシ
・ヘアゴム
・歯ブラシ、歯磨き粉(親)
・化粧落とし
・洗顔料
・化粧品
・香水
・ハンドクリーム
・ボディオイル
・常備薬(親)
・絆創膏
・綿棒
・本、雑誌
・歯ブラシ、歯磨き粉(子)
・常備薬(子)
・授乳ケープ
・幼児食
・着替え
・おむつ、お尻拭き
・玩具、絵本

預け入れ荷物
・バスタオル(親)
・バスタオル(子)
・ガーゼハンカチ
・ティッシュ、ウェットティッシュ
・下着(親)
・靴下(親)
・シャツ(親)
・セーター(親)
・ズボン、スカート(親)
・ビジネススーツ
・ジャケット(親)
・帽子(親)
・手袋(親)
・靴(親)
・傘
・菓子、紅茶、コーヒー
・下着(子)
・靴下(子)
・シャツ(子)
・ズボン、スカート、ワンピース(子)
・ジャケット(子)
・帽子(子)
・手袋(子)
・エプロン
・スプーン
・コップ
・おむつ、お尻拭き
・全身用石鹸
・幼児用菓子、飲料
・ベビーカー
・ベビーカー用レインカバー
表参道周辺での用事を済ませた後は、久々に千代田線小田急線を乗り継いで、町田に住む叔父叔母の家へ。

約20年ぶりの再会の理由は、転職にあたり、兄弟姉妹か親族限定で、現役で働いている複数の身元保証人が必要だった為。事情により、私が叔父叔母の家を訪ねたのは、過去に1度きり。当時の記憶は殆ど残っていないし、到着してからも初訪問のような気分だった。

叔父に身元保証人の署名をして貰う間に、私の転職先と同じグループ会社で働く叔母とお喋り。仕事のこと、通勤のこと、家族親族のこと等を教えて貰う。

叔父叔母が、一族と距離を置いて生きているのは予想通りだったが。何より驚いたのは、約20年前の私のように、弟も家族親族と離別していたこと(年賀状の遣り取りのみ継続)。大学や大学院の学費を払ってもらい、車を買い与えられ、家も買い与えられ、甘やかされ続けた、あの弟が??? 叔母曰く、私達の実親の言動を考えたら分かるでしょう。

弟は結婚し、一族が住む神奈川区保土ケ谷区から離れ、港南区に居を構えたとのこと。叔父叔母から住所を貰ったが、長年顔を合わせていない弟に、今更理由も無く会う気は更々無い。

私自身は、約20年ぶりに再会した叔父叔母が、身元保証人になってくれたことで、感謝の気持ちと安堵感で一杯。今後は独りっ子の社会人が増えるだろうし、独りっ子同士の夫婦も増えるだろうし、就職の際に兄弟姉妹か親族限定の身元保証人を求める企業習慣は早く廃れて欲しい。