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Des prières à St Paul

都会で労働 海辺で生活

定時退勤時間の45分前、長女高熱のため、保育所から早退指令の電話。当然夫が迎えに行くと思っていたら、電話が繋がらない。30分後にようやく繋がったと思ったら、何と仕事で静岡滞在中。聞いていないぞ、ふざけるな。

哀れな長女は保育所のベッドで父親を2時間待ち続け、それからタクシーに乗って小児科へ。私は私で定時に退社して次女を迎えに保育所へ行き、夫が長女の迎えに2時間を要したことを謝り、インターネットで診察予約を入れた小児科からの電話に、呼び出しから15分以上経過しても到着できていないことを謝り、それから次女を連れて小児科へ行き、閉院直前の長女の駆け込みについて医師と看護師に謝りながら、日本語のできない夫に代わって症状を説明。

長女の熱は、38.7℃まで上昇。喉が赤く腫れていて、溶連菌検査で陽性判定。明日はインフルエンザ検査をすることになった。

そして長女には、セフジニル細粒(セフゾン細粒小児用10%)と(ビオフェルミンR散)を混合されたものが処方された。高熱ながら元気だし、食欲も減ってはいるものの食べているし、発疹がなければ早く元気になれるかな。

帰宅して保育所に電話すると、明らかに溶連菌感染児の一時保育を嫌がっていた(一時保育中は1日3回服用の抗生物質の昼間分が摂取不可となるので当然か)。取り急ぎ、明日は夫、明後日は私が休むことに。仕事の山場だし、今週は勉強会や外部講習会もあるし、今月は一時保育時間短縮日が3日ある=私の早退日が3日あると言うのに、参った。
長女
2歳10ヶ月の終わり、私が目を離した隙に次女が訪問先にあった灯油ストーブを触ろうとした時のこと。「危ないから駄目だよ」と言って、次女をストーブから遠ざけた。ストーブを見たのは初めてだったと思われるが、本能的に炎を危険だと認識したのか???

「ママだーいきらい、パパだーいすき」と言って私が泣き真似をするのを楽しんだと思ったら、「ママだーいすき」と言って私の頭をギュッとする。「いち、に、さん、一杯だねえ」とミニトマト3個に大喜びする。その子供らしい純真さを、いつまで失わずに居られるのだろうか。

次女が玩具で遊んでいる時に、その玩具を「かーして」と言っても貸してもらえず、奪い取るつもりが反撃され、泣くことも。

トイレットトレーニングは、まだまだ。こちらから2時間おきにトイレに連れて行けば、おしっこできるのだが。自ら尿意や便意を覚えて、というのはまだまだ先のようだ。正直なところ、保育所に任せきりで、週末はオムツのまま。

次女
ようやく20歩くらいアンヨできるようになったと思ったら。その20歩くらいのアンヨで、長女の真似をして歩道の縁石(歩車道境界ブロック)の上を歩きたがる。怖がりながらも、時々落下しながらも、懲りずに歩くと主張して実際に歩く。君は私と同じように、自力で人生を切り開くタイプなのかい。

長女が次女の縫いぐるみを奪い、私が次女に返すと、こちらが苦笑するくらい実に得意そうな顔と言うか生意気な笑顔を見せる。

私が「兄さん(次女のこと)、1つ頂戴???」と言うと、首を横に振って拒否。「兄さん、美味しい???」と言っても、首を横に振ってニコニコしたり。

言葉はまだまだ。ママ(ママ、パパ)、ギューギュー(牛乳、飲み物)、バ(バニー、ウサギ)、ペン(ペンギン)。ママとパパの使い分けができないにもかかわらず、しえーしえー(先生)と言うように。世渡り上手だなあ。

私が重度のアレルギー反応を示すグレープフルーツを娘達に試そうと、まずは缶入りの100%ジュースを娘達と共に摂取。濃縮還元=加熱処理済みの為か、3人揃ってアレルギー反応は見られず。

1月〜2月は仕事の山場と週末ワンオペ育児が重なって、疲労困憊。去る土曜日は、夫が珍しく休業だったので、9時まで眠り続けたのだが。横になり過ぎてギックリ腰に。

髪を短くしたら、仕事場の30代の女性達から好評。「今までよりかは、外見に気を配っているように見えます」だって。アトピー性皮膚炎や乾癬を理由に、40代になってもファンデーション不使用のままのだが、いつまで鬼的薄化粧の社会人生活を続けられるだろうか。

我が家は夫が土曜日出勤の上、ここ2週連続で日曜日も不在だったので、心身を休ませる時間がない状態の私。

今日は、夫の所属するオーケストラによる、楽団員の子供限定の演奏会があった。夫はリハーサルのために先に会場へ向かい、私が娘達を連れて後から会場に向かうことになったのだが。さすがにバスを乗り継いで行く余力はなく、夫にタクシー代を払わせた。自家用車の無い家庭で育つ娘達は、絵本に登場する典型的な形の車に乗って大興奮。

幼児連れの演奏会は、気疲れが半端ではない。こちらは1歳児と2歳児が演奏直前に「パパー」と大きな声を上げたり演奏中に動き回ったりするのを宥めるのに必死で、いつもなら嬉しいアンコールの一曲追加が、途方も無く長く感じられた。

演奏会の後、チューバ演者で、私と同じ職業の男性が話し掛けてきた。内資T社から外資J社に転職したと言うので、私は安定雇用のために外資某社から内資某社に転職したと言ったら、笑っていた。それにしても、同じ市内に居住してJ社勤務だなんて、通勤時間にどれくらい要するのだろう。4児の父、タフだなあ。
長女次女共に、一時保育サービスを利用中の認可保育所に、4月から正規入所できることになった。良かったー。

待機児童となった長女を10ヶ月の頃に無認可保育所から転所させて以来、毎月15万円弱を費やして一時保育で預かって貰い、仕事を続けてきた。失業と転職を経て、待機児童のままの長女が24ヶ月、待機児童となった次女が7ヶ月の頃からは、毎月30万円弱を費やして一時保育で預かって貰っい、仕事を続けている。だから私は3月末までに、一時保育サービス代だけで総額450万円支払うことになる。

不妊治療や出産による年10万円超の医療費が控除対象なのに、待機児童を抱えながら仕事を維持する為の月30万円弱、年350万円の保育費が控除対象外なのは納得し難い。

幼児教育無償化をする以前に、子供が待機児童であることを理由に、保育所の一時保育サービスに毎月15万円以上費やして仕事を維持している家庭に、15万円を超えた分を補助した方がはるかに良いと思うのだが。

私は毎月30万円を費やしてでも、仕事を続けることを選んだが。大多数の人が仕事を諦めたり第2子を持つのを諦める金額だと思う。毎月の手取りから保育料だけで30万円が消えることによるストレスは相当なもので、私はこの2年くらいで急速に劣化したし寿命も短くなったと感じる。

私のような医療従事者の端くれですら、産後数ヶ月で復職しないと取り残されるというのに、iPS細胞絡みの研究職に携わる出産適齢期の女性など、一体どうしているのだろうか???

兎に角、幼児教育無償化の前に、待機児童問題をどうにかするべきだ。
数日前から次女が咳込むようになり、それが原因で寝不足になっている模様。保育所でも指摘されたので、夫が仕事明けに娘達を近所の小児科へ連れて行った。

そして次女には、チペピジンヒベンズ酸塩(アスベリンシロップ0.5%)とL-カルボシステイン(カルボシステインシロップ5%)とレボセチリジン塩酸塩シロップ(ザイザルシロップ0.05%)を混合したものを処方された。早く良くなりますように。

どうか娘達が、待合室でインフルエンザを拾ってきていませんように。私の仕事の山場はあと数週間続く見込みなので、ヒヤヒヤ。
長女
朝食時に「お豆腐食べたい」と言われても、冷蔵庫に無いから後で買いに行こうと言ってうやむやにしていたのだが。記憶力が発達し、誤魔化せないように。2週間前に初めて入店した店にPepperが居ることも覚えていて、「ロボット見てくるね」と独りで走って入店して、「ロボット怖い」と走って戻ってきたり。

40〜50cmの高さからは飛び降りるようになった。路上や海辺の段差なら良いが、居間のローテーブルやソファからも床に飛び降りたり。幾ら防音構造の床でも、階下から苦情が出そう。

オムツは保育所に言われ、遂にXLサイズに。冬休み中にトイレットトレーニングをしたものの、うんちもおしっこも全敗。冬の洗濯続きには参った。以前、高校時代の同級生であり同じ業界で働く同士であり先輩ママであるN嬢から教えてもらった「Potty(おしっこ おしっこ どこでする?)」を購入。翌日の保育所では、おしっこ全勝。翌々日からはどうなることやら。

アンパンマンの縫いぐるみや私を患者にし、カスタネットを聴診器や舌圧子や注射筒にしてお医者さんごっこ。次女も患者にしようとするのだが、思うように反応したり動いてくれず、終いには泣かれたり反撃されたり。

次女
まだ10数歩しか歩けないのに、その10数歩で長女を追いかけて走っていたので、驚愕した。これが下の子なのか。必死に追いつこうとするためか、できることの習得速度が凄い。頭に思い描く動きと実際の身体の動きにズレが生じていることを忘れた中年が、子供の運動会で怪我をしたりするが。幼児の場合、身体の動きが頭に追いつくのか。

そしてあっと言う間に20数歩も歩けるようになった。そして長女の親切心により手を繋いで歩くはずが、引きずられて、転んで、泣くことも増えた。

次女へのクリスマスプレゼントには、おもちゃの鍵盤を与えたのだが。長女に奪われ、その隙に長女へのクリスマスプレゼントであるプラレールの線路を上手に繋げていた。凄いぞ、1歳児。

レトルトのベビーフードを嫌がり、周りと同じものをフォークやスプーンを使って自力で食べたがる。何でも素直に食べていた長女とは異なり、好き嫌いや食べムラ、その表現方法が激しい。

バイバイが上手になった。就寝時にベッドに横たえた時や保育所での別れ際にバイバイしてくれるのだが、たまに不意打ちでもする。

クリスマスに疲れが噴出。年末年始に大掃除を諦めてゆっくりしたことはしたのだが、2歳児と1歳児を抱え、娘達の昼寝時間以外は毎時間が慌ただしくて、余り休まった気がしない。四十路なので、適度に手抜きする心的余裕があるから良いものの、それでも怠けていた筈なのに痩せた。
夫、ようやく回復期に入った様子。大掃除の残りを諦めて、娘達としっかり遊ぶことにした。

朝食後に海辺を散歩。我が家は誰も箱根駅伝に関心を持っていないので、ベビーカーを押しながら歩道沿いの人混みや低空飛行するヘリコプターを煩わしく感じるくらい。長女は空を飛ぶヘリコプターにバイバイをして、次女にもヘリコプターの存在を教えてバイバイを促すのだが、期待する反応は全く得られず。

人混みに逆らうようにして帰宅して、昼食を作って食べて、昼寝させて、夫の仕事中に私も昼寝して、再び散歩に行き、帰宅して、夕食を作って食べて、夫の家族と電話で話して、それから就寝。

それから夫と2人になると、余りの静寂に何だか落ち着かない程。
あけましておめでとうございます。
本年もこの拙いブログを読んでくださる皆様に、数えきれないくらい多くの幸せが訪れますように。

2歳と1歳の年子が居る為、冬休み開始後も、休みらしい休みとは程遠い我が家。目覚まし時計を5時半にセットしたものの、毎年恒例の初日の出見学へ行く余力もなく、地元教会ではない近隣教会でミサに与った後は、夫のお気に入りの神社で娘達に手水や参拝や鐘つき体験をさせ、帰宅して娘達が昼寝している間、夫は仕事をして私は昼寝。

自分自身が呆れるくらい、疲れが溜まっている。このまま社会復帰して、いつまで持つことやら。
夫、相変わらず不調のまま。仕方ないので、今日は買出しと料理の日と割り切って、大掃除の残りは年明けに後回しすることにした。子供2人を連れて買出しに行き、料理をして、洗濯して、大掃除をしていたら、折角の冬休みなのに娘達と一緒に遊べないではないかッ!!!
(保育所から強制された、長女のトイレットトレーニングもできていないのに……)

普段は5時30分に起床してシャワーを浴びて、6時に種々の準備をしながら朝食を取り、6時15分に娘達を起こして、6時30分から娘達に朝食を食べさせ、7時過ぎに出発しているのだが。冬休み開始からこの3日間は、どうしても7時前に起床することができない。疲れ果てているのだろう。

今年は、6ヶ月の失業者生活を経て再就職して以来、怒涛の日々の連続だった。長距離通勤、残業付き外国出張付き労働、専門職なのに仕事の勘が戻らず効率も悪い現実、年子育児、1ヶ月あたり30万円もする一時保育費用の支払い、家事の増加、等々。誰も褒めてくれないが、私は頑張っていると躊躇なく自分自身を褒めている。

高齢出産した身として、一家の大黒柱として、あと20年も娘達を育てる必要があることを考えると末恐ろしいが。信仰を胸に、与えられた環境や仕事に熱心に誠実に向き合い、常に感謝の心と相手の立場で考えることを忘れずに、新年を迎えたい。医療の職務を与えられながらそれを果たさないのは罰当たりという感覚を、無理し過ぎに可能な範囲で尊重したい。

このブログを読んでくださった皆様が、心温まる年末年始を過ごされ、実り多き新年を迎えられることをお祈りしています。
夫、絶不調。それにもかかわらず、年末の大掃除や洗濯や料理に追われて忙しい私の為に、娘達を海辺の散歩に連れて行き、体調は益々悪化。参った。

大掃除の残り
・居間の窓(外側は済み)
・居間のブラインドカーテン →断念
・台所のラック
・食洗機 →断念
・ポット
・冷蔵庫 →断念
・浴室 →断念
・子供部屋の窓(内側は済み)
・寝室の窓(内側は済み)
・室内の照明器具 →断念
・室内の床と壁と天井 →断念
・ベランダ(床は済み)
・室外物置き →断念