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Des prières à St Paul

都会で労働 海辺で生活

娘達の洗礼式が行われた教会で、ミサに与る。実はクリスマスのミサにも与ったのだが、長女と次女が聖堂内で大騒ぎした為に、夫が途中で外に連れ出し、私しか聖体拝領できなかったのである。

今回も、長女と次女はミサ中の聖堂内で大声を上げて音の反響を楽しんだり、突然日本語で聖歌を歌ったり、座席の上に立ったりと、やりたい放題。それでも何とか聖体拝領まで持ち堪える。その後は、Eママに頼まれていた買物をしてから帰宅。

「今日のミサの神父様は誰だった???」
「洗礼式の時のA神父様ではなかった、残念」
「誰かしら???」
「私の目にはRobert de Niroに見えた」
「ああ、誰か分かってわ」

私がEママと同じ80代半ばになった時、こんな軽い会話ができるだろうか???

Eママはおつかいの際、必ず夫ではなく私に声を掛ける。夫の頼りなさは一家共通の認識なのだろう。S兄夫妻が夫に贈ったクリスマス・プレゼントの壁掛けには、こう書いてあった。

世の中、完璧な人は居ないけれども、島の出身のお前は、ほぼ役立たず。

S兄夫妻は出先でその壁掛けを見つけた時、夫を思い出したと言う。しかもゴージャス感No.1の姪っ子Oも壁掛けを見て、正に夫にぴったりだと言う。妻の私も、納得。もし夫に家族という財産が無かったら、早々に離婚していたと思う。
日頃、姉や弟だけでなく母親からの電話も無視して応答しないらしいS兄に電話をしたものの、やはり捕まらない。クリスマス休暇中の午前だから自宅で寝ているだろうと、飼犬を借りにタクシーに乗ってS兄夫婦の家を急襲する。

昔、夫の実家では犬を飼っていたそうで、犬好きが多い。S兄夫婦は、以前の家では保護の必要な大型犬2匹を引き取って育てていた。現在の家でも、中型犬1匹を引き取って育てている。名前はCora。

私は横浜で生まれて以来、ずっとマンション育ちだったので犬を飼ったことがない。都内の祖父母の家では犬や猫や山羊や鳥を飼っていたのだが、私が幼少期に預けられていた時には、動物は居なかった。

我が家の娘達もマンション育ちなので、犬と遊ぶ機会はまずない。そこでCoraと一緒に近所の曳舟道を散歩することに。予想通り、長女と次女はどちらがリードを持つかで大喧嘩。そんな年子姉妹にずっと忍耐深く接したCoraは、本当に凄い。

S兄夫婦の家から、曳舟道沿いにある夫と私のお気に入りの喫茶店まで、片道2.6km、往復5.2km。娘達の速度で歩くので、変に疲れた。

曳舟道で見つけたヨーロッパコマドリ(Robin)
道ですれ違った移民男性が、野生でも餌をやる時に掌に乗ることがあると教えてくれた。

実家に戻り、夕食後に娘達をベッドに寝かせてから、C兄と夫と3人で近所のバーへ。創業110年、子供の頃の夫は、父親に連れられてこのバーに来ていたそうだ。

私は夫の母国語では「乾杯」しか言えないのだが、バーで女性が歌う内容が、侵略された民族の悲哀と憤怒と怨恨なのは空気で分かる。いやあ、凄い。とあるパートになると皆が一斉に歌うのだが、夫の母国語は全く分からないし、耳にしても何語かすら識別できない。

C兄に勧められて初めてジンを飲んだのだが、甘くて飲みやすくて危険な風味だった。
帰省して5日目、ようやく娘達を連れて島内の街へ出る。

北欧は消費税率が高いと言われるが、少なくとも夫の出身の島では、子供の必需品(衣服や文房具)や生活必需品(華美ではない日用品)や生鮮食品は日本で購入するよりも安いか、同等である。と言う訳で、早速長女のコートを買い(日本円で2,000円弱)、長女のコートを次女に。2年前に帰省した時、長女には日本で購入したユニクロのアウターを着せていたのだが、島では防寒不十分でコートを買い直したのだよね。

昼食は、街で行きつけの食堂へ。創業160年、一時は観光客ブームで変な雰囲気になってしまったが、2年ぶりに顔を見せたら、平常を取り戻していた。ふう。

昼食後は夫の要望により博物館へ行き、それから食料品の買い出しをしてから帰宅し、パスタを茹でて夕食として終了。日本では2パック分のエジプト産の苺が400円で、日本よりも更に遠いオーストラリア産の赤ワインが800円で、どういうことかと周囲の人に英語で尋ねたら、皆が一様にEU加盟国だからじゃない、との回答。ふーん。
C兄、甥っ子DとAが訪ねてきて、皆でクリスマス・ディナー。幾ら日没時間が長いとは言え、15時にディナーは早すぎないか??? 我が夫もC兄くらいに料理ができればなあ。

成績優秀で島で1〜2番の中学校に通い始めたDは、思春期を迎えた。同じ屋根の下に居ても、独りで過ごすことを好むようになり、時に生意気な口調で一丁前の発言をすることも。とは言え、久しぶりに会う変わり種の叔母である私とは、家族のこと、学校のこと、日々の生活、趣味、音楽(C兄はtrumpet、Dはtrombone、Aはbaritone)等々、お喋り。

前回会った時は主にDが我が家の娘達の相手をしてくれたのだが、今回はAが上手に遊んでくれた。有難う。

夕方、S兄が遊びに来る。皆で飲みに行こうとの話になり、時差ボケの私は17時に1時間だけ眠ってから飲むつもりが、目覚めたら深夜0時半。冬に日本から欧州に移動して、日没時間が長い中で時差ボケを解消するのは、本当に難しい。
夜遅くにS兄夫婦の家から帰宅して就寝したものの、娘達はいつも通り早起き。参った。

近所のショッピングセンターへ行ったものの、期待外れ。食料品を調達してから帰宅して、怠惰な時間を過ごし、J姉が作ってくれたクリスマス・ディナーを食べ、21時過ぎには就寝。
S兄夫婦の家へ。

私の甥っ子の中でも美形No.1のPと、私の姪っ子の中でもゴージャス感No.1のOとキス。叔母として、至福の瞬間。

Pは相変わらず、スーパーモデル級の美男子。法学部を卒業したのだが、就職前に旅をする為に島内No.2の場所でアルバイト中。日本に来れば、1ヶ月で必要資金を調達できるのは確実だが、物質主義や女たらしになって欲しくないので、見守るだけ。

Oは相変わらず、天性のゴージャス感で周りを魅了する。スーパーモデル級ではないが、かなりの美貌(叔母バカ)。私が過去に贈ったクリスマスプレゼントを逐一記憶しており、どれが彼女好みだったかしっかり教えてくれる。

私は毎度のように、如何に夫が家事をしないか家計に貢献しないかを暴露し、皆の同情を集め、島への滞在期間中の掃除洗濯料理育児を免除される。長女は豪勢な食事には目もくれず、飼犬と戯れる。次女は好き勝手に振る舞う。

少なくとも我が実家では、日本人は激しく主張をする傾向ありと認識されている。
北欧にある夫の出身の島に、2年ぶりに帰省する。

朝5時に起床して、シャワーを浴び、身支度をして、娘達を起こして着替えさせ、前日に予約していたタクシーに乗って最寄駅へ行き、それから電車に乗って羽田空港へ。

朝食を取ってから飛行機に乗り、まずはLondonを目指す。長女も次女も2歳以上の為、個別のシートに着席。シートベルトで固定されたくない上に移動時間が長く退屈で、暴れるわ泣き叫ぶわ前列のシートを蹴りまくるわテーブルから食器を落とすわ、親は一睡もできず周囲に謝ってばかりでげっそり。

Londonの免税店で私が日々愛用する香水とEママへのクリスマスプレゼント(Chanel No.5 body cream)を買い、食事を済ませ、それから別の飛行機に乗って島に着陸。搭乗手続きのアナウンスが無く、搭乗締切後に気付いて慌てて駆け込んだ。

Londonで受け取るはずのベビーカーは行方不明のまま島にも届いておらず、島に入国後に文句を言ったところ、何と新品のベビーカーを貸してくれた。つまり、空港内で新品のベビーカーをダンボールから出して組立するのは、借主ってこと。

迎えに来てくれたS兄の車に乗り、結婚した当時から変わらない景色を見ながら、ようやく実家に到着。私達一家が島を離れていた2年間に起きたこと、かつ電話ではなく面と向かって話すべきことを、ざっと聞かされる。

軽く飲んで、そのまま就寝。
長女
所有欲が出てきたらしく、玩具を独り占めしようとして、次女と喧嘩する頻度が増えた。そして次女の抗議で叩かれたり噛まれたり泣かされたりすると、私に報告するように。
「ママー、兄さん(次女のこと)が☆☆☆☆のことぶった」

そのうち漫画のようにポカポカ殴り合い、ポカポカ蹴り合いの喧嘩をするようになった。年子姉妹ゆえに歳上、歳下なのだから、といった発言は一切しない方針だし、3歳児に力加減しなさいと言っても無理だろうし、まあ、怪我しない程度で場を収めるしかない。

人見知りだが、打ち解けると祖母や伯母や伯父や従兄姉達とお喋りしたり遊んだり。但し、英語で話し掛けられても、全て日本語で返す。

積木やブロックの組立が好き。ピタゴラスイッチデザインあへの食いつきぶりは凄い。義姉曰く、我が家の次女は創造的な遊び方をするが、長女は分析的な遊び方をするとのこと。

今週から久しぶりの保育園。朝に連れて行くと、私にくっ付いて離れず。年末年始に2週間近く、両親と朝昼晩一緒に過ごしていたのだから、当然か。

次女
これは、あれは??? が続く。歌に合わせて「どんな色が好き???」と聞いてくるのだが、私の答えが橙、桃、赤色でないと、嫌だと言って訂正させる。

非常に気が強く、保育園で歳上の子を叩き、謝らせようとしても嫌だと叫ぶ。帰省先でも、買物先に居合わせた見知らぬ歳上の子をぶち、祖母に呆れられていた。年子姉妹の妹ゆえ、生まれた時から親の注意を一心に集めることができず(親の注意はどうしても動きが多い姉の方に向けられる)、玩具を姉に取り上げられてばかりだし、凶暴なのも当然か。

10人のインデアンの歌を、何故か5人目から歌い始める。長女は8人目からだった。

おばけだぞーと言いながら、目や眉を動かして邪悪な表情を作り、人を怖がらせようとする。凄いなあ。長女は同月齢の頃、美味しいと感じたものを敢えて美味しくないと言う程度だったのに、次女の発達ぶりは長女の1.5倍速くらい。

仕事を兼ねた健康診断で、肝臓と腎臓に異常が見つかる。親しい人達との外飲みだけにして、自宅での習慣的飲酒は止める決心をしたものの、今週も飲んでいる。腎臓に関しては、超音波画像を見て、自身あちゃーと。水分摂取量を増やして様子見しよう。

夫の自宅に帰省して、調理も洗濯も掃除も周りに甘えて免除してもらい、寝正月を過ごしたものの、筋力が落ちて痩せてしまった。

昨日から仕事始め。今年も医療従事者として、地味ながら社会貢献できますように。するしかない。やるしかない。
あっと言う間に大晦日だ。

結局、居間のテレビ台、子供部屋のラックとクローゼット、浴室、トイレ、室外物置の大掃除は未着手のまま。帰国早々に仕事始めなので、1月中の休日に掃除しよう。

今日は、夫と娘達と義姉と一緒に街へ行き、買物する予定。どこで皆を撒いて、自由時間を確保しようかなあ。
去る金曜日のこと。

長女の熱が、前日の小児科受診時に37度台になったものの、以降はずっと38度台のまま。幸いにも夫が休みだったので、再び小児科へ連れて行ってもらった。

前日に高熱と腸亢進からウィルス性の腸炎と診断され、ラクトミン製剤(ビオフェルミン配合散)が処方されたのだが、それに足して、チペピジンヒベンズ酸塩(アスベリン散10%)とカルボシステインドライシロップ50%とセチリジンシ塩酸1.25%を混ぜたものが処方された。

この週末が終わるまでに完治してくれい。

夫は休みだったものの、夕方から仕事絡みの忘年会があるとのことで、結局私が時間有休を取得した。何だかなあ。