普段、私は月〜金曜日が仕事日。夫は月〜木曜日と土曜日が仕事日。夫は日曜日に単発の仕事やオーケストラのリハーサルで居なくなることも多いので、私が日中にひとり時間を過ごせる機会は殆ど無いに等しい。そこで、帰省8日目にして、夫に娘達を任せ、ひとりで街を散策することに。
まずは、一家で街のマックへ。夫が、子供の頃に食べていたと言うチョコレートを娘達に与えるのに文句を言っていたら、向かいに座る女性が話し掛けてきた。
「私、香港の幼稚園で教えていたのだけど、3歳児クラスに甘い食べ物について聞いたら、誰もチョコレートを知らなくて驚いたわ。アジアではチョコレートを小さな子供には与えないみたいね。」
夫達と別れてからは、久しぶりに自分自身の歩行速度で歩きながら気になった店に入ったり、興味を持ったものを見たり、好きな時間に休憩したり、周囲の人間を観察するのを楽しんだり。
21世紀になっても、この島の人々は相変わらず控えめな暮らしを続けている。子供以外にバックパックやスニーカーの人はほぼ居ない。大多数が黒、灰、紺、茶、カーキ色のウールコートを着て、皮革製のショルダーバッグを持ち、革靴を履いている。軽くて温かく機能的なダウンジャケットを着ているのは僅かで、色はやはり黒や灰や紺や茶やカーキ色。他国による侵略や内戦があった為か、家の外では目立たず地味にする習慣が根強く残っている模様。
確かスウェーデンの不妊治療事業で、精子も卵子もドナーが金髪碧眼に偏りすぎてバラエティに乏しいのが課題、と報じられたことがあったけれども、この島も同様。移民等の異邦人は容姿が異なるし、留学生の大学生は服装が異なるので、直ぐに見分けられる。
その一方で、いくら日本から離れた北欧の島とは言え、私にとって夫の故郷は夫の故郷でしかなく、島の言語を話せなくても、街中を独りで歩いていても、外国に居るという意識は皆無。以前、イタリア人の義姉も似たようなことを言っていたような。地元人しか乗らないバスや乗り合いタクシーを利用して、地元人しか行かない店で食料品を買い、家族の家か地元人しか行かないバーで飲んでいるので、当然か。
以前仕事で行ったフランスの村では、何度通っても、片言のフランス語を話しても、地元人の行く店に顔を出しても、外国に居ると感じていたのになあ。
夕方に帰宅して、J姉が作ってくれたご馳走を食べ、赤ワインでいい加減酔っ払っていたところ、S兄が迎えにきた。娘達をベッドに寝かせてから、F姉の妹Bの家へ。
私の大好きなBの新居にはB、F姉、F姉やBの姉J、兄C夫妻も来ていて、四十路と五十路のどんちゃん騒ぎとなる。私は赤ワインを飲みすぎて吐き、スッキリしたらまた飲み、Bとお喋りしたり歌ったり一緒に踊ったり。
島の人々は欲しいものがある時に「お菓子ちょうだい」ではなく「お菓子貸して」、家族に頼み事をする時すら「〜して欲しいのだけれども」ではなく「大切な友達に接するように弟に助けを差し伸べてくれる気持ちはある???」と遠回しに言う文化がある。私自身は中欧の会社で英語を母語としない者同士で働いた経験が長いので、極めて率直な英語を話す癖が身に付いており、島の基準では遠慮を知らない無礼者となる。これはしばし、夫婦喧嘩の原因になる。
「何が言いたいの??? 要点を先に言って!!!」
外国生活が長かったBは、そんな私の英語の話し方をいつも笑って好いてくれる。同級生だったら、喧嘩しながら親友になったと思う。
そして夜は更ける。