まずはじめに、僕は常夏、南の島、東南アジアなどのフレーズが好きだ。
いつからそうなのか?と聞かれても自分でも解らない。
でもエキゾチックで痺れるようなまだ見ぬ世界に憧れていたって事は分かっていた。
20代前半から25歳まで僕は消防士になりたくて4年間とゆう長い人生のほんの少しの期間だけ本気で勉強した。
結果、願いはかなえられる事はなかったけど、本当に何の悔いもなく最高に良い経験をすることが出来たと今でも思う。
それから僕は植木屋になった。
これからは自分が日本人としての誇り、庭園の世界でがんばってみよう!!
そう決意した。
しかし僕は最初に修行していた造園会社をたった一年で辞めてしまった。
理由は色々あったけど今さらそんな事考えたってどうにもならない。
とりあえず僕は自分なりにけじめをつけて辞めた。
その出来事と同じ時期に母の癌が見つかった。
気が付いた時にはもう手遅れで、かなり病気は進行していた。
本当にショックで僕と兄、オカンは途方にくれた。
父は僕が二十歳の時、亡くなった。
兄はすでに結婚しており、家庭を築いていたんで実家にはもう住んでいなかった。
だから僕がオカンと一緒に住んでいたんだけど、それももうすぐ終わってしまうんだろうなって思ってた。
ほぼ毎晩二人で手をつないで寝た。
これからの将来の事もよく相談した。
オカンが病気になった事で僕は夜遊びもヤンチャな事もあまりしなくなっていた。
オカンと一緒にいる時間が増えた時に僕は初めて母親の本当の姿を見た気がした。
あの人は本当は素朴で日常の些細な出来事を思いっきり楽しんだ。
優しくて強い人だった。
今までホンマに気がつかんかった。
情けねぇ。
そんな限られた日常の中僕はオカンに、いきなり切り出した。
オカン、俺一人で海外いってくるわ。なぁ、ええやろ!?今しかできん事したいねん!!一回何も知らん環境でどれだけやれるんか確かめたいねん!
その頃、オカンの体調がかなり安定している時期だった。
自分の中で何かが弾けやがった。
もう戻れねぇ。
僕だってどうして海外を選んだのか解らなかったけど、当時もうこれしかねぇ!!って思った、つーか確信していた。
オカンは何も言わずに馬鹿な僕を送り出してくれた。
本当は俺だって病気のオカンを一人ぼっちにさせたくなかったけど、きっと俺はもうすぐホンマに一人っきりになっちまう。
これからは何もかも全部自分でやっていかないといけなくなる。将来のビジョンは見えてたけどこれといった仕事だって決まってねぇし誰も助けてなんかくれない。
今の自分には無理に決まってる。
そんな大きい不安をぶっ飛ばしたくて、今自分を取り巻くクソみたいなしがらみから逃げるために、この先絶対たくましく生きていける強い自分が欲しかった。
だから今まで一度も経験していない海外にチャレンジする事になった。
こうして、僕は100日間だけの夏休みを神様からもらったんだ。
つづく