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凸凹珍道中
アーティスト「SOPHIA MARIA」

アルバム「TWISTED GAME」

レーベル「ITP」



ジャンルは歌ものとHIPHOP絡みの美味しい一皿です。


CHICANA(チカーナ、メキシコ系アメリカ人)の彼女。


非常にパワフルな声なのにシルキーな印象も与える美声の持ち主。


アルバム全体の完成度も高くマライヤ好きなら要CHECKなお皿。


またトークボックスで有名なMAGICさんが完全バックアップしています。


個人的にはMC BLVDがFEATした[ALL NIGHIT LONG]がおススメです。


バウンシーなトラックにMARIA嬢の美声が良くマッチし尚且つBLVDさんの軽快なRAPがウマく絡みます。


メローな感じが大好きな人は今すぐGET!!






僕の乗り込んだミニバスは今にも爆発するんじゃないか?と思うくらいやかましいエンジン音をたてながら走りだした。


バスの車窓から身を乗り出し南国の風をおもいっきり感じながらハイな気分に酔いしれた。


とにかく、自分の目の前に広がる景色全てに感動していた。


ジリジリと肌を焦がすのは南国の太陽だけじゃねぇ。


この魅惑的な雰囲気やバスの中で広がる果物の甘い香りだって十分過ぎる程僕を興奮させてくれた。


その全てが俺の心と肌を焦がしやがった。


勝てねぇ(笑)


僕は日本を離れてからまだ一睡もしていなかったが、そんな事はどうでもよかった。


びゅんびゅんと目の前を大きいヤシの木が通りすぎる。


信号が無いけどまぁいいや。


横の座席には現地の人間が聞いたこともない言葉で会話していた。


俺の最初の目的地はパトンビーチっつう町。


ある停車場でバスが止まった。


どのくらいでビーチに到着するのか見当もつかないから運転手のおっさんに手招きされりゃ、誰だって下車するわな。


俺が降ろされたのは殺風景な田舎くさいバス停。


そこには小屋のような建物があり白人が何人かいた。


ハロー。


小屋の中から小麦色の小柄な男が出てきてこっちへ来いと呼ぶ。


言われるがまま中に入る僕。


ジャパニーズ?


イ・イエス・・・・。


何なのコイツ・・・。こえーよ。。



話を聞いてるとどうやら無理やりホテルの手配をするつもりらしい。


しかも法外な料金。


やべぇ!!はめられた!!


どうする!?


必死で断った。


いいよ、自分で探すから!!


なかなか引き下がらねぇタイ人。


何が「ほほ笑みの国、タイ」じゃ、全然笑えねーんだよ!!


とにかくバックれっきゃねぇ!!


とにかくその場から逃げだした。


半端ねぇ!!めっちゃビビってしまった。


どれくらい歩いたかわかんねぇ。


のどが渇いた。


この方角でいいのか?


訳が解らねぇ。


すると目の前にバイクのおねーさんが現れた。


きれーなおねーさんは好きですか?


そんな感じのとびっきりのおねーさん。


でもヘルメットは着用しようね。(タイではノーヘルでもok)


そして話しかけてきた。


ジャパニーズ!?


やっぱりお前もか?


なんでそんなに国籍が気になんだよ?


おぉ日本人だよ。だったら何なんだよ?


また話しかけてくる。


どこに行くの?


パトンビーチ。


だったら後ろに乗りなよ。


えっ!?いいの?


僕は何だか素直に言う事聞いてバイクにまたがった。


どうにでもなりやがれ!!



バイクはものすごいスピードで走り続け何やら町らしい雰囲気がするところまでやってきた。


みんなヘルメットをかぶらずバイクに乗っている。


これがこの国の常識。


さらにバイクは走り続け、さらに賑わいを見せる場所で降ろされた。


パトン。


小麦色の日焼けした彼女はニコリと笑って走り去った。


きゅん・・・・・・・。



うおー!!やっぱココはほほ笑みの国タイだ!!


間違いねぇ!!


どうやら今度は運が良かったみてぇ(笑)


ありがとう、ねぇーちゃん。


さてと、これからどうしたもんか・・・・?



つづく


















僕の一人旅の舞台は発展途上国、東南アジアだった。


2008年5月、僕はタイのプーケットにいた。


ついに僕は国外逃亡を成功させた。


空港でバックパックを受け取り外へ向かう。


周りにいる人間は全員外国人。


当たり前の状況。


なのに僕は身がすくむような恐怖感に襲われた。


まず何をすりゃいい!?何処に向かえばいいんだ? 


言葉は通じるのか??


怖ぇ!!


僕は体験した事のない雰囲気に完全に呑まれてしまっていた。


そのまましばらく動けなくなっていた。


だせぇ・・・・。。


この時ばかりはマジで後悔した。


でも自分で決めた事。


やるっきゃねぇ。そう言い聞かせガイドブックにガンを飛ばす。


・・・・・。


まずは両替、そして目的地の決定。移動手段は・・・・バスだ!!


とまぁ、こんな感じで一つずつ落ち着いて考えて計画を立てていく。


何だよ、いちいちビビらせやがって。落ち着いたら何とかなるやんけ。


ぼくは次第に冷静になってきた。


とりあえず町の中心に行かないと話にならないんでミニバスと呼ばれる乗り物に乗るために歩きだした。


すると警戒しながら歩く僕に向かって大勢の人間が取り囲んできた。


どいつもこいつもぎゃーぎゃー何を言ってやがるのか解らねぇ。


またしてもパニックに陥った。


くそったれ、一体どうすりゃいいんだ!?


すかさずガイドブックににらみを利かす。


バス料金の相場が分った。


150バーツ(タイ通貨)。


日本円で当時約600円。


なのにコイツらときたらのっけから400バーツだの600だのわめいてやがる!!


クレイジー。理解できねぇ(笑)


けど、どうにかこうにか僕は相場の150バーツで中心部までピック・アップしてくれる良い奴!?を捕まえてバスに乗り込む事に成功。


ようやく僕の旅が始まった。



つづく










今日の日中は、植木も酒屋も(もう何か月振りの休みか忘れてもうたけど)久しぶりに休暇をとりましたビックリマーク



理由は僕の街に木下サーカス団がやってきたから。



むふふにひひ



実は小学生の時からずっと行きたかってんけど今の今までその夢は叶えられなかった。



しかもちょうど彼女が奇跡的に休み音譜



こんなにワクワクするなんて何年振りやっけ!?




そして目的地へ到着。


凸凹珍道中
桃山キャッスルランド。





車で20分で着いちゃいましたチョキ






そして特設テントをくぐるとそこには・・・・・・・・。












凸凹珍道中
テンション高めのアッパークラスなお客さんで大賑わいなのでしたアップアップ



もちろん僕たちも子供みたいに目を輝かせてはしゃいでしまった(笑)



まるで昭和レトロな雰囲気の懐かしいラッパの音色や太鼓の音、眩しく煌めくライトの色調がその張りつめた興奮と緊張を一気に加速させるアップ




アナウンスが流れいよいよショーが開幕した!!



ショーが始まると撮影禁止なんで画像は無しですが、どのショーもめっちゃエキサイティングなものばかりで気が付いたら手のひらにびっしょり汗をかく程。




猛獣が出てきたり、ユーモアなピエロなんかも登場グッド!




思わずヒヤッえっとするようなアクロバティックなショーが目の前で次々と繰り広げられた。




そして僕たちは2時間とゆうボリューム満点のサーカスに大満足して家路につきました。



人を引き付けるその感動は僕のこれからの人生に必要な部分やなと強く思いました。



ありがとう!!








まずはじめに、僕は常夏、南の島、東南アジアなどのフレーズが好きだ。


いつからそうなのか?と聞かれても自分でも解らない。



でもエキゾチックで痺れるようなまだ見ぬ世界に憧れていたって事は分かっていた。



20代前半から25歳まで僕は消防士になりたくて4年間とゆう長い人生のほんの少しの期間だけ本気で勉強した。


結果、願いはかなえられる事はなかったけど、本当に何の悔いもなく最高に良い経験をすることが出来たと今でも思う。


それから僕は植木屋になった。



これからは自分が日本人としての誇り、庭園の世界でがんばってみよう!!



そう決意した。



しかし僕は最初に修行していた造園会社をたった一年で辞めてしまった。



理由は色々あったけど今さらそんな事考えたってどうにもならない。



とりあえず僕は自分なりにけじめをつけて辞めた。



その出来事と同じ時期に母の癌が見つかった。



気が付いた時にはもう手遅れで、かなり病気は進行していた。



本当にショックで僕と兄、オカンは途方にくれた。



父は僕が二十歳の時、亡くなった。



兄はすでに結婚しており、家庭を築いていたんで実家にはもう住んでいなかった。



だから僕がオカンと一緒に住んでいたんだけど、それももうすぐ終わってしまうんだろうなって思ってた。



ほぼ毎晩二人で手をつないで寝た。



これからの将来の事もよく相談した。



オカンが病気になった事で僕は夜遊びもヤンチャな事もあまりしなくなっていた。



オカンと一緒にいる時間が増えた時に僕は初めて母親の本当の姿を見た気がした。




あの人は本当は素朴で日常の些細な出来事を思いっきり楽しんだ。




優しくて強い人だった。




今までホンマに気がつかんかった。



情けねぇ。




そんな限られた日常の中僕はオカンに、いきなり切り出した。




オカン、俺一人で海外いってくるわ。なぁ、ええやろ!?今しかできん事したいねん!!一回何も知らん環境でどれだけやれるんか確かめたいねん!




その頃、オカンの体調がかなり安定している時期だった。




自分の中で何かが弾けやがった。


もう戻れねぇ。


僕だってどうして海外を選んだのか解らなかったけど、当時もうこれしかねぇ!!って思った、つーか確信していた。



オカンは何も言わずに馬鹿な僕を送り出してくれた。



本当は俺だって病気のオカンを一人ぼっちにさせたくなかったけど、きっと俺はもうすぐホンマに一人っきりになっちまう。



これからは何もかも全部自分でやっていかないといけなくなる。将来のビジョンは見えてたけどこれといった仕事だって決まってねぇし誰も助けてなんかくれない。



今の自分には無理に決まってる。



そんな大きい不安をぶっ飛ばしたくて、今自分を取り巻くクソみたいなしがらみから逃げるために、この先絶対たくましく生きていける強い自分が欲しかった。



だから今まで一度も経験していない海外にチャレンジする事になった。



こうして、僕は100日間だけの夏休みを神様からもらったんだ。





つづく