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人格障害と脳機能構造

人格障害とは何か?

人格とは、簡単に言えばその個人に特有な感情、行動の表現の有り様です。そのためひとによって性格に偏りがあるのは当然のことかと思います。しかし人格障害というのはその偏りがあまりにも激しいために、その感情や行動を周囲に対して適切に処理しようとすることが非常に難しく困難をともないます。さらには自分自身だけでなく周りの者たちさえもその行動に翻弄され苦しむといったことが起こります。


現在、米国精神医学会発行のDMS-Ⅳ(精神障害の診断・統計マニュアル)では以下のようなタイプに分類されています。


A群:「妄想性人格障害」「分裂病質人格障害」「分裂病型人格障害」の3種類

B群:「反社会性人格障害」「境界性人格障害」「演技性人格障害」「自己愛性人格障害」の4種類

C群: 「回避性人格障害」「依存性人格障害」「強迫性人格障害」の3種類


この中で特に厄介だといわれるのがB群の中に入る反社会性人格障害と、前の記事にもでた境界性人格障害といわれています。


反社会性というと、おそらく名前からしてどんな障害なのかは大体の想像はつくと思いますが、境界性となると非常にイメージがしにくいと思います。

しかし、とりあえず境界例の簡単な特徴をいいますと、例えば、

「一定しない自己像」「対人関係の曖昧さ、不安定さ」、「感情の起伏の激しさ」などなどさまざまあります。
さらには周辺症状としてアダルトチルドレン、ミュンヒハウゼン症候群及び代理ミュンヒハウゼン症候群、解離性同一性障害などがあり、それ以外にも関係(派生物)している疾患(文化結合症候群に含まれる)もあるといわれその症状は非常に多彩です。

境界例に接触したときの個人的な印象をいいますと、本来、通常の者ならば、それぞれの個人が持つ人格というのは、受動にしろ能動にしろ外界のあらゆる事象に対する特徴的なそれぞれの作用素ともいうべきものがあり、それが互いに影響しあって一つに統合し、いわば人格の軸のような中心部分を形作っていると考えています。しかし境界例のものは、その作用素が互いに影響しあわずバラバラになっているために人格の中心軸が形成できない。そのため境界例者はその人格の中心部分に一種の“空洞”あるいは、“空白”のようなものが存在するのではないかと考えております。一部の境界例にはありえない過去を話すものや、たった一日でまるで別人のようになったりする場合があります。こういった不可解で奇妙な行動は、自分自身が望む妄想的な人生に無理やり適合しようとしたか、あるいはいままで取り繕ってきた偽の人格を完全にリセットしようとした事が原因であり、そのための人格の“空洞”なのではないかと考えています。ただしこれは私自身の個人的な推論です。


今日の医学に至ってはMRIやPETスキャンなどのハイテク医療機器の登場によって、詳しい脳の詳細な構造が解明されつつあります。そして精神医学の世界でもこのアプローチによる研究が進み、現在では人格障害者の脳構造、さらには凶悪犯罪者、猟奇殺人者などの異常人格者と呼ばれるものたちの脳には、機能的および構造的に重大な欠陥があることが証明されてきております。

そのため昨今の精神医学は多方面からの考察が可能になってきているという状況のようです。





わたしのオススメ書籍




児童虐待防止推進月間

社会福祉法人
子どもの虐待防止センター
http://www.ccap.or.jp/



「2006 児童虐待防止推進月間 [全国一斉子育て・虐待防止ホットライン]
30時間連続電話相談
11月の児童虐待防止推進月間にあわせ、日中夜間を通じた30時間連続の電話相談を
2006年11月17日(金)10:00~18日(土)16:00 に行う 」


だそうです。





念のためここで前投稿の内容について補足をさせていただきます。


虐待を受けた児童は、将来、凶悪犯罪を犯す可能性が非常に高いと感じさせる表現があったと思います。確かに社会心理的要因は否定できないですが、個人的には猟奇殺人、計画性レイプなどの凶悪犯罪のほとんどは生物学的な要因によるところがほとんどだと考えています。

幼児期に虐待を受け過酷な青春時代を送っていた者でもそれをサヴァイブして立派な人生を送っている者は少なくないと思います。
 


スティーヴン・J. ウォーリン, シビル ウォーリン, Steven J. Wolin, Sybil Wolin, 奥野 光, 小森 康永
サバイバーと心の回復力―逆境を乗り越えるための七つのリジリアンス

家庭内性暴力      

周囲の大人の重要性



物理的、あるいは心理的精神的虐待を与える者からは一般的には避ける、あるいは逃げるというのが当然かと思います。しかし虐待を受けている幼い子どもは経済的にも精神面においても絶対的な弱者であるため親にどうしても頼わざるをえなく、簡単に逃げるというわけにはいきません。

そのため虐待されるのは嫌なのに立場上逃げるわけにも行かず、密閉された空間(家)であるがゆえに彼らは逃げ場のない状況の中それでも必死に堪えて(一緒)に生きていこうとするのです。そのため、その地獄のような苦しみを少しでも和らげようとするために、幼い子どもはその“心(脳)”を閉ざし凍てつかせ、感覚そのものを麻痺させ、さらには自分自身のなかに自分以外の別人格を作り出し、虐待を受けいている間の記憶を消してしまうという特殊な脳構造(脳機能障害)を自ら作り出してしまうのです。


つまりはこういった過酷な環境が多大に影響し、彼ら、または彼女らの脳に非常に重大な(修復不可能な)障害を与えてしまっているのです。



中でも深刻なものとして家庭内レイプがあります。



娘に暴行4年の父、「鬼畜」と懲役12年…札幌地裁

4年近くにわたり、実の娘を繰り返し暴行したとして、強姦や準強姦などの罪に問われた北海道日高地方の無職男(49)に対する判決が7日、札幌地裁であった。井口実裁判長は「鬼畜の所業。厳罰をもってのぞむほかない」として、懲役12年(求刑・懲役13年)を言い渡した。
判決などによると、男は、長女が9歳のころからわいせつな行為を始め、暴力を恐れて長女が抵抗できないことにつけ込み、今年3月までに、少なくとも4回乱暴した。長女が3月に家出し、父親を警察に告訴したことから発覚。検察側は、02年7月以降、男が2、3日おきに暴行を繰り返していたと指摘した。
井口裁判長は、「1人で耐えるしかなかった苦痛と絶望は想像を絶する。(憎しみから) 父の死刑を望む姿は哀れである」と述べた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061107-00000304-yom-soci




いわゆる近親姦です。通常のレイプと大きく違う点は、被害者は子どもでありその虐待相手が立場上圧倒的な強者である実の親なのだということです。通常の児童虐待に対してこのレイプを伴った近親強姦とも言うべきこの行為は、さらに破滅的な障害を子どもの脳に与えると考えられております。
現実として、
凶悪犯罪者には幼少時、母親や姉などから近親(強)姦を受けていたという事実がかなり多くあるようです。(あの宮崎勤も父親から性的虐待を受けていた可能性が示唆されています)

福島 章
殺人という病―人格障害・脳・鑑定




こういった事実は、通常の虐待とは違って密室で行われているために一般的に表面化しにくく、被害者の側が言い出さないために事実そのものがディスクローズしにくいということが問題をさらに大きくしているように思います。


このような卑劣な犯罪を未然に防ぐ、あるいは継続的に親などから暴行を受けている児童の心の傷をそれ以上に広げないためには、やはり周囲の大人たちの役割が重要になると思います。というよりそれしかないような気もします。


とかくこいうった猥雑極まりない非常識かつ卑劣な親は、その子どもに対して徹底した教条主義を強いていることでしょう。そのため攻め立てられる側のこどもは、まず自分が悪いんだというふうに勘違いしています。こういった状況のとき周囲の大人がすべき大事なこととして、例えばその子どもに対して“君は悪くないんだよ”という感じの接し方が非常に重要かと思います。それはその子にとってたった一度でもいいと思います。そういったたった一度の経験がつらい環境の中で耐え抜いてきた児童のこころのなかに強烈に印象付けられることでしょう。そして、こういった周囲の大人の対応が将来、その子の凍てついたこころをやがて溶かすきっかけになるファンダメンタル(基礎的諸条件)のようなものを作り出すと思います。


周囲の人間と相談し合い、行動を起こし場合によっては警察などその他機関に連絡して物理的な対処をすることも必要です。要は子どもに対する暴力は、例えそれが実の親だったとしても犯罪なのだということ、そして子どもに対する暴力は決して許さないという認識が重要なのだと思います。