一ヶ月ぶりの自宅。

正月からの一ヶ月、いつもよりやけに長く感じた。


雨降りだが、今日は結構暖かかった。

とはいっても、自宅に近づくにつれ、沿道の雪は増えていく。

「もうふらんとってほしいな」と親父がため息まじりにいう。

屋根の雪下ろしをしたのは何年ぶりか。しかも三回。

その気持ちはよくわかる。


春まであと一息!


自宅に帰ると、買ったばかりの介護ベッドに横たわる。

なかなか居心地がよい。

お金は痛かったが、それに見合った価値はあると思う。

今夜は良く眠れそうだ。

スピードスケートもメダル獲得ならず。
世界記録保持者の加藤には絶大なる期待を寄せていたのにナァ。
リアルタイムに見れないので結果を知るのは朝なのだが、さすがにため息が出てしまった。
銅メダルでも、一つ獲っていれば、後続への足掛かりになると思う。


先日、童話作家の沢田俊子先生の本が、筋ジス協会の会報誌で紹介されていた。
阪急沿線を徒歩と車イスを使って歩いた筋ジス少年のルポだ。
直接には関係ないのだが、知っているので何だか嬉しかった。
とはいっても、まだ読んでいないので、少し反省・・・。

沢田 俊子
ぼく、がんばったんだよ―筋ジストロフィーの少年の旅

はじまったオリンピック。

注目の上村愛子はメダル獲得ならず。

残念だ。

モーグルの引退年齢はおおよそどのくらいなのかよくわからいが、彼女はまだ若い。

次回のオリンピックに期待したい。


童話の新しい作品を考えないといけない。

構想はあるのだが最初の一行がどうしても書き出せないでいる。

結構苦しいものだ。

色々と考えた結果eクルーザー というRSSリーダを使い始めた。

ティッカーのみでシンプルなところが大きい。

画像のスライドショーもついて、なおよろし。それにしてもサンプル画像が格闘技系ばかなのはなぜ?

しかも最後はレイザーラモンHG!確かに彼は格闘技とは少し関係あるのだが・・・。


RSSリーダを導入した。

以前から興味を持っていたのだが、いま一つ理解できていない。

主にニュースやブログの更新チェックと、キーワードによる情報配信。

パーソナル的なネット連動ツールといったところだろう。


ブラウザ型とアプリ型があり、どちらがいいのか迷った。

ポータルサイトでは前者を提供している。

しかし、ブラウザを立ち上げないと意味がない。


やはりアラート的な使い方をしたい。

他のアプリケーションを使っていても、リアルタイムにクリップしてもらわないと・・・。


結局GMO社のアプリ型になった。

実際インストールすると、もっと様々な機能があるようだ。


使いこなせば、かなり便利かもしれない。

欲しいもの望むものが全てそろったとして。

必ずしも満たされた気持ちにはなれない。

物質的な満足は長くは続かない。


逆に、貧乏だったり、重い試練を背負っていても、満たされた気持ちの人はいる。

精神的な満足は持続する。


本当の意味での、満たされた気持ちとは。

ありのままの自分を受け入れ、ありのままに生きようとする「自分らしさ」ではないだろうか。


自分らしく生きること。

それは人間にとって「最高の尊厳」だ。



政府・与党は、医療制度改革関連法案に、全国の療養病床約38万床を、2012年度までに約15万床に減らす方針を盛り込むことを決めたそうだ。 


たしかに長期入院は医療費の膨張につながっている。

急性期医療と違い、病状が安定している慢性期医療は、観察ばかりで医療をほとんど必要としない場合が多い。この医療と介護のあいまいさは、無駄な医療費を産んでいる。

療養病床は、慢性症状の患者が入院する病床で、医療保険が適用される医療型と介護保険適用の介護型がある。僕のような筋ジストロフィーなどの患者は特殊疾患療養病棟に入院しているが、これも含まれているだろうか。どちらにしても全く無関係ではないと思う。現に特殊疾患療養病棟入院料は廃止がきまっている。


必要な時に医療サービスを受け、普段は在宅療養に・・・というのが政府の方針なのだろう。

しかし、在宅で療養といっても、それを引き受けるだけの社会的資源が充分とは思えない。

家族に負担を増やす結果にはならないだろうか。


病院を生活の場にするのはおかしいし、社会的要因による入院を減らすことは必要。

ただ政府は勘違いしていないだろうか。

医療費を減らすためには、病床や診療報酬云々よりも、むしろ社会的要因を解消していくことが先決だと思う。

二月の声を聞くと、もう少しで春だな、と嬉しい気分になったりする。

逆に十一月の声を聞くと、まだまだ秋だと、思ってしまう。

都合が良いものである。


「都合が良い」、「ご都合主義」などという表現は悪いイメージを与えるが、必ずしも悪いとは言えない。

これも一つの生き方ではないかと、思うことがたびたびある。


「世渡り上手」と言われる人は、案外、都合の良い人だ。

社会で生活していると嫌な事も多い。その中で上手くすり抜けているのだ。

「ものは考えよう」という言葉に象徴されるが、彼らは、悪い事を良い風に、良い事は良い風に解釈しているのではないだろうか。

人間の心の本質というものを良く理解しているのだ。

人間の心は複雑に見えて、単純なのかもしれない。


「都合が良い」のはストレスをためない最善策とも思える。

迷惑さえかけなければ・・・。


ふとそんなことをおもった。

最近になりわかったことなのだが、自著の「サバンナ列車」がいくつかの公立図書館に納本されているようだ。東京都の瑞穂町、神戸市、広島県竹原市。このあたりまでは確認できた。

数ある書籍の中から選んでもらえて、非常にありがたいことだ。

ちなみに神戸市立図書館は貸出されていた。これまた嬉しい限りだ。


のろけ話はこの辺においといて。


日本児童文芸家協会コンクールの〆切セーフである。

ぎりぎりだったので、ほとんど推敲できていない。

とりあえず間に合って良かった良かった。

たん吸引必要な女児の保育園入園、東大和市に義務づけ


気管切開手術を受けて、吸引器によるたん吸引が必要になった東京都東大和市の青木鈴花(すずか)ちゃん(5)が、市立保育園などへの入園を拒否されたのは違法だとして、父の繁宜さん(40)が同市に入園の承諾を求めた裁判で、東京地裁の菅野博之裁判長は「幼児期の集団生活は子供の心身の成長に重要で、入園が認められないと回復不可能な損害を受ける」と述べ、入園を認めるよう仮に義務づける決定をした。決定は25日付。

読売新聞より


以前から気になっていたことだ。

当たり前の判決だ。

五歳というのは遊ぶことが全てである。同年代の子と遊ぶ中で社会を知っていく。

大人の都合で彼女から全てを奪うなどということはあってはいけない。

責任というのは事故を防ぐだけではない。必要としている人に必要なサービスを提供できるように考えていくことも責任である。

行政には考えようという気がなかったということである。