読書 あれこれ その34

「知的生活の方法」
続「知的生活の方法」
 渡部 昇一著


O老齢はこわくない

 私は英語を専攻したが、その中に職業のみならず、時間も空腹も忘れることのできる歓びの源泉を発見したのである。いっさいの義務から解放された状態で、次から次へと新刊を取り寄せて朝から読んでいられる停年後の人生が、いまでは待ち遠しいような気がするのだ。

O古典とは何か

 あなたは繰り返して読む本を何冊ぐらい持っているのだろうか。それはどんな本だろうか。それがわかれば、あなたがどんな人かよくわかる。しかしあなたの古典がないならば、あなたはいくら本を広く、多く読んでも私は読書家とは考えたくない。

O読みたいときにとり出せる

 読んだ本の内容というものは忘れるものだ。それは唖然とするほどよく忘れるものだ。ところが多少記憶に残ったり、また物を書いたりするとき、思い出すものもある。私の場合、思い出すことのできるものは、すべて、ふと読みたい気が起きて、読みかえしたことのある本ばかりであると言ってもよいくらいだ。

O金は時なり

 「時は金なり」の裏返しで、金を使って本を手許に置けば、莫大な時間の節約になるということだから、結局は「金は時なり」ということになる。

O知的生活と家庭生活の両立

 現代の社会において、自由なる知的生活を送るということは至難のわざである。その理想を追求すれば家庭を破壊したり、忌まわしい性的傾向におもむいたりすることになる。
 われわれは、まあまあ幸福な家庭生活と、まあまあ満足のゆく知的生活の両立を求めるのが無難であろう。そのためには配偶者の選択が決定的である。

O知的生活の伴侶としての書物

 自分のライブラリーがなければ、停年で大学の研究室を離れれば、第一に調べものに困る。趣味で、じっくり愛読する本がない。老人が図書館に通って調べることは重労働である。私の尊敬する某教授は、停年になってから、「もっとよい版の本を買っておくべきだった。いまさら、安版で読む気はしないからね」と私に洩らされた。

O毎日の生活の充実

 知的生活は毎日の生活の質のことである。毎日のライフ・スタイルである。根本的には内省的気分に入る時間を持つ生活である。人によっては、深い沈潜によって精神的な充足感を得る。また人によっては、その知的生活の結果を公に表現したいという激しい欲求が加わることがある。
 しかしライフ・スタイルとしては不変なのだ。その生活が知的に質が高いものであれば、表現の機会は一生のうち、二度か三度は訪れるはずだ、と信じつつ、毎日の生活を自分の流儀で充実していくことである。

 さて、皆さまにとって知的生活とはいかがお考えでしょうか。今回の「知的生活の方法」から何か日常に役立つヒントが、与えられたとすれば幸いです。
  
投稿者:蘇る青春
投稿日:2011年 2月22日(火)12時30分38秒
向陽野球
春に向かって「投手陣は、みっちり走り込みと遠投だ!!」


昨年、11月14日(日)奈良県の五条高校グラウンドでの最終練習試合の結果です。
第一試合
五条 010000000
向陽 30200010x

  ここでは、エース東山君の好投が光りました。のびのびビュンビュンコントロール良く、躍動する姿に感心しました。ただ、五条高についたときは試合が4回まで進んでいましたので、二回の1失点の内容が分かりません。
さわやかな秋の空気の中でこそ気持ちよく投げられたのではないでしょうか。
  東山君は、上半身がめっぽう強く,反面、下半身に弱さを抱えています。彼の主な課題は「走り込み」によるその弱さの克服に掛かっています。はっきり言って「目の色を変えて」下半身の強化に取り組んでほしいと思います。上下のバランスが進化すれば、甲子園でも投げられるすばらしい可能性を秘めた投手だと見ています。
  昨年春の甲子園での藤田君は,自分を自覚できていてピンチでも動じないで冷静に投げられて,貴重な1勝をものにしたと思います。その裏には、冬に自主的に意識的に走り込んでいた彼の姿が目に強く残っています。

  東山君は、下半身強化をどう意識しているのだろうか。自分を自覚して自分との戦いに打ち勝ってこそ、春に夏に花が咲くに違いありません。そのとき彼のハートも強靱なものに成長しているはずです。期待しています!!

  第二試合では、4人の投手がことごとく打ち込まれました。7,8回に小畑君がようやく0で切り抜けましたが、彼だってぴしっと押さえたわけではありません。
向陽 000000001
五条 21122500x

  五条チームは第一試合の負けを乗り越えて、勝つ意欲がみなぎっていたように見えました。試合を見ていて、0で押さえる事が出来る回が生まれるのだろうかと心配になったぐらいでした。この事態を記録するのがつらかったけれど、これを踏まえなければ明日への飛躍は考えられません。これを向陽の各投手は何が課題かを自覚してこそ、成長につなげていけるのでしょう。
課題はなにか!!
コントロール、球威、配球、・・・どれをとってみても、まず足腰・下半身の強化でしょう。そして、遠投による上半身の強化でしょう。はっきり言って、それらが足りないのです。

  遠投でフォームを常に確かめるのです。腕の振りだけで球をコントロールするのではなく、身体全身のバランスでコントロールするのでしょう。球のスピードも、球威もそうでしょう。
遠投は、常にフォーム、全身のバランスを意識してみっちり繰り返さなければならないでしょう。
それぞれの投手は、すばらしい可能性を秘めています。もっと研究し、上記のことを意識して練習してほしい!!
わずか2年半の時間でどれだけ自分を進化さすかですよ!!

  金附(かなつき)君は、このとき肩を痛めて投げませんでしたが、一番身を入れて練習しているように見えます。1年生から使ってもらっている東山君がいるからエースになれないかも知れませんが、しかも外野から転向してきてハンディを負っていますが、私はもう一人のエースだと見ています。この夏が終わったときに「やるだけのことはした」という悔いの残らない高校野球生活を振り返ることが出来るのではないかと見ています。

  向陽グラウンドには、ピッチング練習する場所が4カ所もあります。捕手がいなくてもベースの端にぶつける練習できるでしょう。また後ろのネットにシートを張って印を付けて、そこをめがけてコントロールを付ける練習も出来るのではないでしょうか。あるいは、打者の位置に背の高いコーン(とんがり帽子)を立てて、コーンすれすれに投げて、打者の胸元、インコーナーを攻める練習も出来るでしょう!!いろいろ工夫して、人一倍練習するところに進化が生まれるのではないでしょうか。
  智弁に比べて練習できる時間は本当に少ないです。そこで限られた短い時間を有効に使って、考えて練習するのが向陽野球でしょう。がんばれ、向陽投手陣!!

$宮小同窓会ノート-向陽野球01

※写真① 五条高グラウンドでの試合


宮小同窓会ノート-向陽野球02

② 五条高グラウンドの横にテニスコートがあり、その上には堤があり、美しい池が紅葉を写して広がっていました。さらに背後に金剛山がそびえていました。


$宮小同窓会ノート-向陽野球03

③ 向陽高グラウンドの側の道路を清掃する選手たち


投稿者:向陽野球・勝手に応援団
投稿日:2011年 2月12日(土)21時50分8秒
読書 あれこれ その33

「だから人は本を読む」 福原 義春著


 経済界随一の読書家から、読書の魅力と意義、また警告を熱く語ったこだわりのメッセージである。

 昔の人は「読書百遍、意自ずから通ず」といった。百遍も読まなくても、何しろ時間があり余っているのだから、せいぜい三回ぐらい読めばおぼろげながら筋がわかってくるし、そのうちにルビなしでも漢字が読めるようになり、熟語の意味が何となくわかるようになるのだった。
くしくも、いま読んでいる「知的生活の方法」の作者、渡部昇一氏も繰りかえし何度も読むことの大切さを薦めている。本書の心に残った個所をピックアップしてみると、以下

O読書によって編集された私
 私という人間は、今まで読んで本を編集してでき上がっているのかもしれない。逆にいえば本によっ
 て編集されたのが私なのだ。でもそれはもちろんもともと私という土台があってのことで、土台が
 しっかりしていることがまず肝心である。
 たくさんの本を読んできたように見えるかもしれないが、子どもの頃からずっと読み続けたので、
 一年にすればそんなに多いものではない。そして読んだものは吸収され、血となりすぐに役立つもの
 と、骨となって骨組みをしっかりさせるものになっているはずである。
 そう考えると本を読むことで、さらに大きく深みのある自分を作ることができるのではないかとも
 思える。
O本を読むということ
 もちろん、本を読まなくても生活はできるし人生の長さに変わりはない。でも人生の質ということを
 考えてみたい。一人の人間が一所懸命、一生かけてやることはわずかな領域だ。そうであるならば、
 われわれの祖先の人々が経験し、考えたことが本になって膨大な「知」が残っているのだから、それ
 を読んでいくことによって、私たち一人の人生というのは厚くなり、深くなるのではないだろうか。
O企業人にすすめる本の読み方
 二千年もの時を経た古典をはじめ、多くの先人の知恵によって、人間とは何かという本質を知り、
 仕事や経営に生かしたいと思っていた私には、同時代の企業人と過ごすことより、本から教えられる
 ことのほうがさらに有意義に思えた。本の中では、一生会うことのできない偉人の考えに触れること
 ができ、場合によっては未来を見つめてみることもできるからだ。
O本離れによって何が起きるか
 新聞を読まなくなった人たち、本を読まなくなっている現代人は日本の文化力を自ら喪失してしまっ
 ているのだ。それではそれこそグローバリゼーション時代の国際競争力が小さくなるばかりで、さら
 に人口が減り、GDPが減るとすれば、日本はだんだん独自性のない小国になるばかになのだ。
O表現ができない日本人への危機意識
 日本人のプレゼンテーション能力が委縮してしまった始まりは何よりも日本語読み書き能力の低下に
 よるもので、それも学校でない幅広い本に接することしか解決の方法がないと私は考えている。
 いやでも国際競争社会になっていく現代に、日本人らしいしなやかさ、柔軟さ、二重基準、きめこま
 やかな表現などを保障するのは読書にほかならないといって良さそうだ。
O文字・活字文化、そして読書の推進を
 OECDの加盟二十九カ国を対象とした十五歳生徒の学習到達度調査(PISA)の調査で、いかに
 日本の読解力レベルが低下しているかという記事が大きく報じられたが、これを読むと暗澹たる思い がしてくる。このままでは、患者に病気を説明できない医師や、薬の説明ができない薬剤師、資料の
 読めない会社員、あるいはプレゼンテーションができない営業マン、そういう人たちが日本中に生ま
 れてしまう。近い将来にはそれが現実になってしまうのではないかという危機感が募ってくるので
 ある。
  
投稿者:蘇る青春
投稿日:2011年 2月11日(金)15時26分59秒
読書 あれこれ その32

「君たちはどう生きるか」 吉野 源三郎著


 過去の自分を振り返ってみて、今後、人としてどうあるべきか、またどう生きるべきか、あらためて 教えられる人生の指南書である。
 本書は、昭和十二年初版だが、現在にあっても何ら時代齟齬を感じさせない一冊である。

 主人公のコペル君(本名、本田潤一)、中学生をめぐるいろんな出来事を通じて、近所に住んでい
る、大学を出てまだ間もない法学士の叔父さんが登場し、ところどころに、[おじさんのNote]
としてコペル君の悩みや疑問に適切なアドバイスや考え方を伝えていく。
本文の中から、;雪の日の出来事;の一節を取り上げてみると、

二月末の雪の日、雪合戦に興じていた仲間のうち北見君が、上級生が創った雪人形の一部をこわして
しまった。一年生の彼らは、五、六人の上級生にかこまれ、中でも大柄な柔道部の黒川から、「あや
まれ!」といわれ、あやまったが、もっと大きい声でいえといわれ、「すみません!」とはっきりし
た声でいったが、生意気だと因縁をつけられ、今まで上級生に目をつけられていた北見君が、標的に
されました。
そのとき、仲間の一人、水谷君が「北見君は、・・・北見君は、わざとやったんじゃないんです。
粗相なんです。だから・・・」
また、バタバタと駆けよった浦川君は「北見君は、わ、わるかないんだ。ぼくたち・・・、ぼくたち
・・・」と浦川君は興奮して、あとの言葉が出ません。
さらに黒川が恐ろしい声で「北見の仲間は、みんな出て来いッ。」とすごんだがコペル君は額をあげら
れなくなってしまいました。
「北見!制裁を加える。」という黒川の宣告が聞こえたと思うと、ズーン、ズーンと、二つばかり、人
間の体を拳固で殴る音がしました。

正月の五日、あの水谷君の部屋で、殴られるならいっしょにと、あれだけ固く約束をしたのを、コペル
君は破ってしまったのでした。親友の北見君が殴られるのを目の前に見ながら、なに一つ抗議せず、な
に一つ助けようとはしないで、おめおめと見過ごしてしまったのです。しかも、水谷君や、浦川君は、
ちゃんと約束を守って、男らしく北見君と運命を共にしたのに・・・・

それから、コペル君は汗をかいたまま、長い間雪の中に立っていたので、かぜを引いて熱は三十八度
以上もあり、本当に病気になっていたのでした。
もちろん、精神的な苦痛も伴っており、自分のふがいなさと自分を置いてきぼりにしていった、あの
三人の後姿!コペル君は、夜着の襟に噛みついて泣きました。涙がポタポタと落ちるのが自分でもわ
かりました。
ある日、思い悩んでいることを、叔父さんに話をすると、「元気を出して、北見君たちに手紙を書き
たまえ。正直に君の気持を書いて、北見君たちに許しを乞いたまえ。そうすれば、君はサバサバした
気持ちになれるんだ。」
コペル君は、黙って叔父さんの言葉を聞いていましたが、このとき涙で濡れた眼を見開くと、叔父さん
の顔を見ずに、宙を見つめたまま、しっかりと言いました。
「叔父さん!僕、書きます。」そして、思いつめたように、こうつづけました・・・・
「もし、北見君たちが許してくれなかったら、僕、許してくれるまで、・・・・許してくれるまで、
きっと待ちます。」
その日の午後、コペル君は長い間かかって、北見君へ手紙を書きました。

コペル君は、二週間ばかりこもっていた床を離れて、うちの中でぶらぶらしていました。そして北見
君へ手紙を出してから三日たちました。

北見君、水谷君、浦川君の三人が玄関のたたきの上に並んで立っていました。三人の顔が、まるで重な
りあうように、一度にコペル君の眼に飛び込んで来ました。北見君が笑っています。水谷君が笑ってい
ます。浦川君も笑っています。三人は、なつかしそうに微笑を浮かべて、コペル君の方を見ているの
でした。


          < メッセージ>
     本好きな私が、時間を忘れて読みふけり、その後の人生に大きな影響を
     与えてくれた本。そのひとつが、吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」
     でした。
            池上 彰(ジャーナリスト)

投稿者:蘇る青春
投稿日:2011年 2月 5日(土)15時37分46秒
読書 あれこれ その31

「本は、これから」 池澤 夏樹著


 近年、電子書籍が世に出回り、今まさに、本は紙媒体から電子媒体に代わる変革の時代に移ろうとしているが・・・・・・
本は、これから・・・・どうなるのか?
ジャーナリスト・書店・古書店・大学教授・写真家・等それぞれの立場からとらえた本の将来像を語る
三十七人のエッセイ集である。 その一部を披露してみると、

Oかくして、私流の、「これから発展する国の見分け方」を編み出しました。書店が多数あり、国民が
読書にふける国は発展する、というものです。     池上 彰

O優れた一冊の本を読むことは、未知へ向う旅に出ることと同様の意味をもっている。「千書は万里の旅」とはよくいったもので、この故事に従えば、一冊の書物を読むことは十里、すなわちおよそ四十キロの旅に相当する。    石川 直樹

O紙の本から電子書籍に媒体が移るとき、書物と出会い、書物を読み進むために、私たちが必要としていた機能の「何か」が失われる。私にはそれは失ってはならないもののように思われる。
          内田 樹

O人はさまざまなことをきっかけに、一冊の本を手に入れる。あたりを見渡せば、あらゆるところに本はある。その中で、納得できる何冊かの本とほどほどに出会える才能がありさえすれば、たとえ「すべての本」に行きつかなくても人は幸福に生きていくことができると思うのだ。    柴野 京子

Oだから私は二十一世紀初め頃までの紙の本の時代と、いよいよ到来した電子書籍の時代とは、本によって運ばれる知の質がかなり変質してしまうのではないかと思っている。それを進歩と考えるか、退歩
とか表面化とか矮小化と考えるか、人それぞれの見方があるだろうし、切り口によっても違ってくるだろう。       福原 義春

O本や読書の世界が電子ネットワークに引っ越しするだろうからといって、それで執筆や編集や制作や
棚組のプロセスにひそむ本質が失われるようなら、読書が終わりなのである。そのときはkindleも
ipadもない。    松岡 正剛

Oこの二十一世紀に生きるわたしたちは、さまざまな領域で、猛烈なスピードの技術革新にさらされており、否応なしに、(一定程度の)適応を迫られている。本を読む環境も、IT革命と無縁でいられないことは、もちろん承知している。
それでも、スローな読書には、やはりしなやかな紙の本こそがふさわしい。それも文庫本のように、手にすっぽり入るような判型が望ましい。     宮下 志朗


 最初に作者は、ここに集められた文章全体の傾向を要約すれば、「それでも本は残るだろう」という
 ことになる。あるいはそこに「残ってほしい」や、「残すべきだ」や、「残すべく努力しよう」が
 付け加わると考えてもよいかもしれない。
    みんな本を愛している。と、結論づけている。

投稿者:蘇る青春
投稿日:2011年 1月23日(日)18時12分3秒
新春ハイキング
六十谷駅から雲山峰そして山中渓へ(1)


以前から一度歩いて見たいと思っていたハイキングコースです。紀泉アルプスと呼ばれていますが一番高い山で雲山峰(490m)です。紀泉高原ですね。六十谷の駅から山中渓まで20㎞は十分ありそうです。要するに登山というよりもハイキングで長い距離を歩くということになります。
六十谷の駅発9時、青年の森広場11時着、(昼食30分)、雲山峰経由、山中渓着14時だからほぼ4時間半かけて歩いたことになりました。雲山峰から山中渓へは、下り中心ですが起伏があり長いコースなので,もう少し時間をかけてゆっくり歩いても良かったと思っています。

実は、ほぼ同じコースを25年近く前に一度歩いているのです。小学校1年生、4年生の娘たちと3人で六十谷の駅から出発して、墓の谷のコースをたどって山中渓を目指しました。しかし、山中渓近くで道を間違えて少し手前の滝畑(和歌山市・紀伊小学校の分校があった)に下りてしまったのでした。そこから県道を歩き山中渓の駅まで長い道のりだったのを覚えています。
それで今回のハイキングで、どこで間違えたのか確かめたかったのです。そして、山中渓の駅近くまでキッチリ歩くことが目標でした。

今日のハイキングをデジカメの写真をもとに少し振り返ってみます。

※写真 ①紀伊風土記の丘から見た紀泉アルプス 中央の高いところあたりが青年の森広場
 写真 ②JR六十谷駅
 写真 ③「尾根道の登り口」付近、千手川の向こうに駐車場が見える

$宮小同窓会ノート-春ハイク1-1

$宮小同窓会ノート-春ハイク1-2

$宮小同窓会ノート-春ハイク1-3

投稿者:北風 寒太郎
投稿日:2011年 1月16日(日)21時41分19秒
新春ハイキング
六十谷駅から雲山峰そして山中渓へ(2)


千手川に沿って上っていくと、駐車場があり白い小さな橋が見え,道は垣に突き当たります。道を左に行くとさらに奥にある墓の谷の方へ,右にとって白い橋(大関橋)を渡って、すぐ右折して川の縁を20mほど下ると登り口(9時20分)になります。
それほどきつい坂はなく歩きやすい山道です。鉄塔を3つ通過しました。だからこのあたり鉄塔道と呼ばれているようです。しばらく行くとベンチがあり,ここでちょうど駅から1時間ほど経過していましたので少し休憩。

そして、地蔵の辻を通り「四つ辻」へ到着。「四つ辻」とは,今きた尾根道コースと墓の谷コースと紀伊駅から上ってきたコースと青年の森への道がこのあたりで交差している分岐点なのです。
六角堂は「青年の森広場」近くにあり、11時頃に到着しました。雨をしのげる唯一の場所でしょう。駅から約2時間です。

$宮小同窓会ノート-春ハイク1
※写真 ④ベンチで休憩(10時)

$宮小同窓会ノート-春ハイク2
※写真 ⑤分岐点

$宮小同窓会ノート-春ハイク3
※写真 ⑥「六角堂」

投稿者:北風 寒太郎
投稿日:2011年 1月16日(日)21時27分7秒
新春ハイキング
六十谷駅から雲山峰そして山中渓へ(3


「六角堂」のすぐ近くが「青年の森広場」です。
この広場からは紀ノ川の流れと和歌山市の街並みがよく見えて、多くの方が休憩・昼食をとる場所になっています。すなわちハイキングのゴール地点でもあり、中継地でもあるのです。

ここから六十谷に引き返すか,あるいは紀伊駅方面に下りるか、または今回の私の歩く山中渓コースに行くか、それとも井関峠や大福山を経由して六十谷に下りるか、大阪方面(岬町・淡輪あたりも)も・・・いくつかのコースを選択出来る所なのです。

$宮小同窓会ノート-春ハイク03-01

※写真⑦「青年の森広場」 紀ノ川を挟んで紀伊風土記の丘が見えます

$宮小同窓会ノート-春ハイク03-02

※写真⑧ 転がっていた石ころは言うまでもなく「和泉砂岩」です。
 紀ノ川の流れと和歌山市の街並みが見えます

$宮小同窓会ノート-春ハイク03-03

※写真⑨ 広場から少し行くと井関峠・大福山方面と雲山峰・山中渓方面への分岐点があります

投稿者:北風 寒太郎
投稿日:2011年 1月16日(日)21時18分55秒  
新春ハイキング
六十谷駅から雲山峰そして山中渓へ(4)


青年の森広場で昼食をとり、11時30分出発。
15分ほどで雲山峰に到着しました。このあたりの最高峰なのですが見晴らしは良くありません。石碑をデジカメに収めてすぐに出発。
急激に岩場の坂道を下ったり、また少し上ったり、平坦な山道になったり午前の比較的楽な尾根道と違いました。適当な時間を見計らって小休憩して、コーヒーを飲んだり,ミカンを食べたり、チョコレートを口に入れたり、変化を持たして歩き続けました。
関空を含む大阪湾の風景が所々で見られるようになりました。

そして、ついに25年近く前に娘たちと来たときに道を間違えたと思われる場所を発見しました。
そこには表示板があり滝畑方面と山中渓へ下る分岐点があったのです。あのとき、この表示板を見逃したのか、それとも当時なかったのだろうか、それは分かりませんが。
滝畑への道はやや太く来た道に直線になっており、山中渓方面へは左手にとる細い道なのでした。表示板がなければ当然、滝畑の方に行ってしまうと思いました。
これで一つの疑問が晴れました。

写真 ⑩雲山峰の頂上にある石碑
写真 ⑪「大阪湾」の展望 関空が正面に見えます
写真 ⑫山中渓と滝畑への「分岐点」

$宮小同窓会ノート-新春ハイク04-01

$宮小同窓会ノート-新春ハイク04-02

$宮小同窓会ノート-新春ハイク04-03

投稿者:北風 寒太郎
投稿日:2011年 1月16日(日)20時59分31秒
新春ハイキング
六十谷駅から雲山峰そして山中渓へ(5)


滝畑方面への分岐点からしばらく歩くと山中渓に下りる二通りの道があり、そこの分岐点で左にとると第一パノラマ台という展望台があるという表示があったので立ち寄りました。
宮小同窓会ノート-新春ハイク 1

そこからすんなりと山中渓の駅に行けると思ったのが大間違い。「銀の峰第2コース」という、急坂のある道で40分ほど時間を費やしてやっと下にたどり着いたのでした。鎖場があり、ロープを伝うところがあり今日のハイキングの一番の難所だったのです。
「雲山峰」から,おおむね下りだから実質2時間半で下りてきましたが,逆コースで山中渓から六十谷に上るコースをとる場合、厳しい登りの急坂の繰り返しを思うと、あと1時間余分に見ておいた方がいいなと思いました。
宮小同窓会ノート-新春ハイク 2

事前に登山道を調べていなかったので、山中渓の駅が左右どちらにあるのか分からず、いろいろ推理して右側(和歌山寄り)にとって、自動車道のガード下をくぐっていくと,ありました。駅から更に和歌山寄りに進むと、もう一つの登り口(第一銀の峰コース)があるのです。ここも急な坂道が続く大変な道だと思いますが,いつか挑戦してみたいと思いました。
宮小同窓会ノート-新春ハイク 3

まとめ

25年ほど前、5月の連休でした。新緑に包まれ、ウグイスの声にも励まされてのハイキングでしたが、今日体験した距離や疲労感を考えると1年生の娘にはきつかったかなと反省しました。確か終盤に涙を流していました。でも引き返すわけにも行かず,励まし励まし駅にたどり着いた次第です。しかし、今から思えば銀の峰コースの厳しさからすれば、間違えて少し手前の滝畑に下りたのが良かったのかもしれません。道のりは長かったけど平坦な道だったからです。4年生の娘は元気でまだ余裕があったのを覚えていますが。
しんどいといって涙を流した1年生の娘は、今は東京に住んでいて一児の母になっています。私は孫とよくボールで遊んでやるので、「ボールじじ」と呼ばれるようになっています。
時の流れの速さをしみじみ感じます。

この紀泉アルプスは、いろいろなコースを組むことが出来て、手軽に歩けるハイキングコースとして今後も挑戦したいと思いました。

※ 写真 ⑬展望台
写真⑭「山中渓駅」
写真⑮ 紀泉アルプス地図(青年の森広場の掲示板より)

投稿者:北風 寒太郎
投稿日:2011年 1月16日(日)20時46分46秒