読書 あれこれ その34
「知的生活の方法」
続「知的生活の方法」 渡部 昇一著
O老齢はこわくない
私は英語を専攻したが、その中に職業のみならず、時間も空腹も忘れることのできる歓びの源泉を発見したのである。いっさいの義務から解放された状態で、次から次へと新刊を取り寄せて朝から読んでいられる停年後の人生が、いまでは待ち遠しいような気がするのだ。
O古典とは何か
あなたは繰り返して読む本を何冊ぐらい持っているのだろうか。それはどんな本だろうか。それがわかれば、あなたがどんな人かよくわかる。しかしあなたの古典がないならば、あなたはいくら本を広く、多く読んでも私は読書家とは考えたくない。
O読みたいときにとり出せる
読んだ本の内容というものは忘れるものだ。それは唖然とするほどよく忘れるものだ。ところが多少記憶に残ったり、また物を書いたりするとき、思い出すものもある。私の場合、思い出すことのできるものは、すべて、ふと読みたい気が起きて、読みかえしたことのある本ばかりであると言ってもよいくらいだ。
O金は時なり
「時は金なり」の裏返しで、金を使って本を手許に置けば、莫大な時間の節約になるということだから、結局は「金は時なり」ということになる。
O知的生活と家庭生活の両立
現代の社会において、自由なる知的生活を送るということは至難のわざである。その理想を追求すれば家庭を破壊したり、忌まわしい性的傾向におもむいたりすることになる。
われわれは、まあまあ幸福な家庭生活と、まあまあ満足のゆく知的生活の両立を求めるのが無難であろう。そのためには配偶者の選択が決定的である。
O知的生活の伴侶としての書物
自分のライブラリーがなければ、停年で大学の研究室を離れれば、第一に調べものに困る。趣味で、じっくり愛読する本がない。老人が図書館に通って調べることは重労働である。私の尊敬する某教授は、停年になってから、「もっとよい版の本を買っておくべきだった。いまさら、安版で読む気はしないからね」と私に洩らされた。
O毎日の生活の充実
知的生活は毎日の生活の質のことである。毎日のライフ・スタイルである。根本的には内省的気分に入る時間を持つ生活である。人によっては、深い沈潜によって精神的な充足感を得る。また人によっては、その知的生活の結果を公に表現したいという激しい欲求が加わることがある。
しかしライフ・スタイルとしては不変なのだ。その生活が知的に質が高いものであれば、表現の機会は一生のうち、二度か三度は訪れるはずだ、と信じつつ、毎日の生活を自分の流儀で充実していくことである。
さて、皆さまにとって知的生活とはいかがお考えでしょうか。今回の「知的生活の方法」から何か日常に役立つヒントが、与えられたとすれば幸いです。
投稿者:蘇る青春
投稿日:2011年 2月22日(火)12時30分38秒
「知的生活の方法」
続「知的生活の方法」 渡部 昇一著
O老齢はこわくない
私は英語を専攻したが、その中に職業のみならず、時間も空腹も忘れることのできる歓びの源泉を発見したのである。いっさいの義務から解放された状態で、次から次へと新刊を取り寄せて朝から読んでいられる停年後の人生が、いまでは待ち遠しいような気がするのだ。
O古典とは何か
あなたは繰り返して読む本を何冊ぐらい持っているのだろうか。それはどんな本だろうか。それがわかれば、あなたがどんな人かよくわかる。しかしあなたの古典がないならば、あなたはいくら本を広く、多く読んでも私は読書家とは考えたくない。
O読みたいときにとり出せる
読んだ本の内容というものは忘れるものだ。それは唖然とするほどよく忘れるものだ。ところが多少記憶に残ったり、また物を書いたりするとき、思い出すものもある。私の場合、思い出すことのできるものは、すべて、ふと読みたい気が起きて、読みかえしたことのある本ばかりであると言ってもよいくらいだ。
O金は時なり
「時は金なり」の裏返しで、金を使って本を手許に置けば、莫大な時間の節約になるということだから、結局は「金は時なり」ということになる。
O知的生活と家庭生活の両立
現代の社会において、自由なる知的生活を送るということは至難のわざである。その理想を追求すれば家庭を破壊したり、忌まわしい性的傾向におもむいたりすることになる。
われわれは、まあまあ幸福な家庭生活と、まあまあ満足のゆく知的生活の両立を求めるのが無難であろう。そのためには配偶者の選択が決定的である。
O知的生活の伴侶としての書物
自分のライブラリーがなければ、停年で大学の研究室を離れれば、第一に調べものに困る。趣味で、じっくり愛読する本がない。老人が図書館に通って調べることは重労働である。私の尊敬する某教授は、停年になってから、「もっとよい版の本を買っておくべきだった。いまさら、安版で読む気はしないからね」と私に洩らされた。
O毎日の生活の充実
知的生活は毎日の生活の質のことである。毎日のライフ・スタイルである。根本的には内省的気分に入る時間を持つ生活である。人によっては、深い沈潜によって精神的な充足感を得る。また人によっては、その知的生活の結果を公に表現したいという激しい欲求が加わることがある。
しかしライフ・スタイルとしては不変なのだ。その生活が知的に質が高いものであれば、表現の機会は一生のうち、二度か三度は訪れるはずだ、と信じつつ、毎日の生活を自分の流儀で充実していくことである。
さて、皆さまにとって知的生活とはいかがお考えでしょうか。今回の「知的生活の方法」から何か日常に役立つヒントが、与えられたとすれば幸いです。
投稿者:蘇る青春
投稿日:2011年 2月22日(火)12時30分38秒

















