読書 あれこれ その41

「ジバク」 山田 宗樹著


 麻生貴志(たかし)(42)は、株式投資信託のファンドマネージャーで実力を磨いてデフレ不況を生き延び、年収二千万円を稼ぐ男である。
結婚三年目のいまでも美しいと思っている妻、史緒里(34)と白金台の一億四千万円のマンションを購入する計画を立てていた。 「・・・・わたしも、セレブって呼ばれる女になりたいの」

自らを“人生の勝ち組”と自認する貴志は、二十年ぶりに開催される高校一年生のときのクラス会でかって憧れた女性春日井ミチルに再会する。ミチルに振られた苦い過去を持つ貴志は、「現在の自分の力を誇示したい」という思いから、彼女にインサイダー行為を持ちかける。・・・・・・
大金を手にしたミチルを見て、鋭い快感に似た征服感を味わう貴志。だがそれが、地獄への第一歩だった・・・・・

高崎のホテルでミチルと初めて肌を合わせたとき、お互いの肉体が熔け合うような密着感に我を失い、その恍惚に酔いしれた。男女の性愛とはこれほど素晴らしいものだったのかと感動さえした。史緒里とのセックスでは、けっして経験できなかったことだった。・・・・・・・
くり返しミチルと逢瀬を重ねるが、ある日、貴志のもとに白い無地の封筒が届けられた。そこには貴志とミチルのあられもない姿が写っている写真が四枚入っていた。

ミチルの男からケータイに「また、サイトウ工業のような銘柄の情報が欲しい」、「サイトウ工業じゃ、ずいぶん儲けさせてもらったよ。あんた、マジすげえよ。だからさ、また儲かるヤツを教えてほしってわけ」
「そう。あんたの弱みを握るために、ミチルをあんたに近づかせた。あんたは、まんまと食いついてきた」
弱みを握られた貴志は、それからも有利な情報を流していたが、「コンプライアンス部門から、君がファンドに組み入れる銘柄を第三者に漏らし、さらに、売り抜ける指示まで出していた疑いが強いとの報告があった」   貴志らフロント部門の電話は、すべてコンプライアンス部門によって録音されている。
「君の解雇と後任については、明日のミーティングで、私からチームに説明しておく。話は以上だ。すぐにデスクの整理をしたまえ」と桜田誠一郎からつげられた。


ミチルが出しているスナックに足を運ぶ。「会社をクビになったよ。妻とも離婚した」「ごめんなさい。・・・・謝って済むことじゃないけど」「これで、だれに気兼ねすることなく、君と会えるわけだ」ミチルが、手を止めて貴志を見る。「冗談だ」店にはミチルの男が現れ、貴志がミチルに手を出したことに触れ、脇腹を蹴られた。悲鳴をあげて反り返った。
背中。脚。尻。ところ構わず襲いかかってきた。男の蹴りは、次第に激しさを増す。蹴られるたびに、貴志の中でなにかが壊れていく。それまで貴志を支えていたものが、崩れていく。影もなく、崩れていく。

 東京の日本橋にある株式会社、三京インベストメントに勤めるが未公開株詐取に手を染め失敗する。

その後、ミチルと夢中になっていた頃、来たことがある銀座五丁目のバーカウンターで知りあった女性客、須藤彰子と彼女のアパートで同棲する。  ところが貴志がアパート?部屋で寝ているときに火が出た。
じつは、須藤彰子は放火及び殺人未遂の現行犯で逮捕され、過去にも保険金殺人をして保険金が支払われている事実が判明する。

無技能者の烙印を押された貴志にできそうな仕事は、営業か警備員ぐらいだった。もう営業はしたくない。となると、残るは警備員。
四十歳以上歓迎、未経験者歓迎、という求人に応募し、めでたく採用となった。
ところが、交通誘導業務に就いていて、車を止めるように指示された。それで路上を走ってくる車に、止まるように合図を出したが、車のドライバーが指示に従わずに、止まらなかったため、左脚を骨折。
左脚を速やかに切断して、義足によるリハビリをはじめたほうが、社会復帰も早められるし、麻生さんにとってもはるかに有益だと聞かされる。
このリハビリの目的は、歩けるようになることだけでなく、あくまで日常生活に復帰すること。そのためには、独立歩行に加えて、椅子での立ち座り、床での立ち座り、階段昇降、斜面昇降、障害物の乗り越え、排泄動作など、まだまだ習得しなければならないことがたくさんある。
それらをクリアーしながらリハビリを続けている日々。
同室の老人がいつも大切そうに持っているラジカセについて貴志は「大切なんですね、そのラジカセ」と聞くと「あのな、にいちゃん・・・・・」「こいつは、ラジカセじゃねえ、これはな爆弾だ」
老人が退院するとき「にいちゃん、これ、あんたにやるよ。おれには、もういらねえ」別れ際、ラジカセを貴志に手渡しながら、そういった。「これは本物の核爆弾だ。嘘じゃねえ。こいつを持ってれば、いつでもこの世界を吹っ飛ばせるぞ。ひひっ」貴志は、ラジカセを胸に抱きしめる。少しだけ気力が蘇ってくるような気がする。・・・・・・

貴志は退院後、見つけた住まいはフローリングの部屋は約六帖。南に向いた窓にはレースのカーテン。白く輝いている。その右隣りには安っぽい玄関のドア。開ければ外界に通じる。
一日一回、最低一時間は、外出するようにいわれていたので部屋を出る。ミチルと共有した時間が忘れられず東京駅から高崎に向かった。

街は夜だった。
今夜、ここで、すべてに決着をつける。自分に残された最後の衝動を解き放ち、なにもかもを終わらせる。ミチルとともに、この世界から消え去る。あの店が、俺たちの終着点。思えば、こうなることが最初から決まっていたような気もする。これが俺の人生。
今までのことが走馬灯のように蘇ってくる。・・・・・・・
あいつだった。ミチルの男だった。「約束したはずだよ。二度と姿を見せないってさ」
声が出なかった。貴志の身体は、この男から受けた暴力を忘れていない。  男の視線が、貴志の全身を舐める。感情のない、冷たい目。
殺される。
貴志は、老人からもらったラジカセを男に突き出した。「…吹っ飛ばしてやる」「おまえも、ミチルも、みんな・・・・吹っ飛ばしてやる」
貴志は、ラジカセを胸元に引き寄せた。赤いボタン。親指を添える。押し込んだ。がちゃ。
静寂。なにも起こらない。 もう一度、押した。また押した。何度も押した。
「どかぁーんっ!」貴志はひたすら、二人の消えた闇に向かって叫び続ける。

 目をあけた。 焦点が合っている。
 暗いアスファルトが見える。
 貴志は路上にうずくまっていた。
 顔を上げ、辺りを見まわす。 寂れた歓楽街。

義足。 左脚に装着されていた。 俺はまだ歩ける。 歩くことができるのだ。
ただそれだけのことが、涙の出るほどうれしい。 カラスの鳴き声。 遠くから聞こえてきた。
貴志は、その声を頭上に聞きながら、ラジカセの残骸に背を向け、歩きだす。駅を目指して、一歩一歩、地面の感触を踏みしめる。
           
新しい一日がはじまる。

*女は哀しくも恐ろしく、男はどこまでも愚かだった。押し寄せる衝撃と感動。胸の鼓動が感じるほど、残酷なまでに  転落し続ける人生を描く書き下ろし長編小説。
 
投稿者:蘇る青春 投稿日:2011年 5月31日(火)13時29分1秒
読書 あれこれ その40

「孤舟」 渡辺 淳一著


 大谷威一郎は満六十歳になったところで大手広告代理店の営業を定年退職した。
定年になっても日常的にはあれこれやることがあり、そのなかから暇を見付けて、いままでやれなっかたことをやるのだと思い込んでいた。
だが、いざ定年になってみると目覚めたときから眠るまで、すべて予定のない空き時間ばかりである。暇を見付けるどころか、すべてが暇で空いている。
とにかく会社を辞めて以来、妻洋子と二人で穏やかに話し合ったことはほとんどない。顔を合わせれば喧嘩の絶えない夫婦に変わってしまった。

威一郎は出版関係の営業部長を務めたあと、五十二歳という若さで執行役員にまで出世した。
優秀な社員の多い「東亜電広」のなかでも、かなりの出世組で、社内はもとより社外の人たちからも、それなりに認められていた。

一週間前に娘の美佳がもってきてくれたのが、この多摩川地区に住む人々のために出しているサークル案内紙のようである。
「お父さんも、あまり家でぶらぶらしてないで、すこしサークルにでも参加するようにしたら」といって渡された。なかを開いてみると、実に多くのサークルが開かれている。
バレー入門からヨガ、太極拳。社交ダンス、英会話、フランス語講座・・・・・など、女性向きのものが多いようである。
しかしその頁を開いてガイダンスを読むうちに、少しずつ気が萎えてくる。それより気楽に、好きなことだけをやればいいのである。

いま、息子哲也は二十八歳で娘美佳は二十六歳である。そろそろ一人ぐらい、結婚してもいい年頃だが、まだ相手がいないのか。
妻はごく自然に二人に話しかけ、子供たちも素直に答えているようである。ときどき文句を言い合い、喧嘩もしているようだが、それだけ親しげでもある。
それに比べると自分だけ、みなから離れて浮いている。これも父親の威厳といえばきこえはいいが、正直いってつまらない。 もっとも、この孤立感は他の退職した男たちも同じようである。

今度、図書館から借りてきた健康雑誌には、「主人在宅ストレス症候群」という言葉が出ていて驚いた。
「夫が家にいることにより、妻が精神的、肉体的にバランスを崩して、不安定になる疾患」と説明されている。たしかに妻は最近、それに似た症状を訴えていた。

ある日、娘の美佳が父の許可も得ず会社近くのマンションに引っ越す。
最近威一郎と洋子の間に、お互い考え方の違いが生じ始めていた。  洋子は「わたしはもうこれ以上、喧嘩ばかりするのは嫌ですから、家をでます」「もう我慢の限界。このままでは、わたしだって死んだほうがましです。美佳のアパートに行ってしばらく考えてみます」と言って美佳のアパートへ行く。・・・・・・・

新しい恋もしてみたいと思っていた威一郎は、週刊誌に載っていた広告のデートクラブに携帯電話で入会の申し込みをすませた。
今日これから逢う相手は、名前は小西佐智恵で、二十七歳のOLであった。威一郎は虎の門にあるホテルで六時半に待ち逢わせた。
女性は写真で見たとうり、目はくっきりとして口元も爽やかである。六十を過ぎて、こんな若い女性と食事ができるなど、幸せなことに違いない。
「今日は、小西さんに会えてよかった」、「あの、わたしのような者でも、よろしいですか」
彼女の、こうした控えめなところが好ましい。少なくとも、これまで生活してきた妻の横柄さとはまったく違う。

逢瀬を重ね三度目のデートの場所を威一郎の自宅に移し、できることなら家で一緒に食事をして、そのまま二人で話し合う。・・・・・・・・
それから、今日でもう八回目になる。三回目からは、いろいろな材料を買い求めてキッチンでつくってくれるようになった。また、慣れるにつれて花に水をやってくれたり、犬のコタロウにも食事を与え、さらには部屋の掃除までしてくれる。・・・・・

突然洋子と美佳が自宅に戻ってくる。
洋子は部屋のなかをゆっくり見廻しながらいう。「あなた、此処でどなたかとワインを飲んだのですか」
威一郎は口から出まかせをいうと、妻がけらけらと笑い出す。「嘘がへたねえ」、「なんだと・・・・」
「じゃあ、バカラのワイングラスを使ったのに、どうしてあんな場所にしまってあるのですか」
威一郎としてはなにもいえない。・・・・・・
洋子と美佳が自宅を出てアパートへ帰る。

美佳から威一郎の携帯に「この前、そこへ行ったでしょう。そのあと、お母さん文句を言い続けて、お父さんは
勝手な人だから、また誰か女性を家に入れているに違いない。あんな勝手な人だと思わなかった許せないって・・・・・・」そこで美佳は「お母さんだって勝手に家を飛び出して、お父さんに淋しい思いをさせているのだから、ある程度、仕方がないでしょう。お母さん、虫がよすぎるわって」と言って喧嘩になり、お母さんは「やっぱり帰るわ」とそっちへ行ったわよと電話が入る。

一方、小西くんとしばらく音信不通になっていたが、小西くんの携帯と突然連絡がついたのは、妻が戻ってきた半月あとだった。

以前利用したことがある渋谷のホテルの最上階のレストランで食事をすることとなった。小西くんがつぶやくようにいう。「あのう、わたし、結婚するんです」、「そうか・・・・・・」威一郎はいま一度つぶやくと、合鴨のローストにしゃぶりつく。
「肩書きも、なにもないんだ」、「それでいいじゃありませんか」、「よかった、そういわれて、すこし自信がでてきたよ」、「頑張って下さい」。励まされて、威一郎はさらにこれからのこともいいたくなってきた。
「恥ずかしいけど、今度、料理を習って、少しつくってみようかと思ってね」
「素晴らしいわ」、「素晴らしい?」、「そういうこと、男の人もどんどんやるべきだわ」
たしかにこれまで、男は家事などより、もっと知的な社会的なことをやるものだと思っていた。しかしそれだけにこだわるのは、生き方を狭めるだけである。それより日常の炊事や家事をやれなければ意味がない。それこそ、人間の生きていく原点のような気がする。
「よし、今日から新しく生きていこう」
どれだけやれるかわからないが、とにかくいまから一歩踏み出してみよう。すぐ駄目になるかもしれないが、まず変わるのだと、威一郎は自分にいいきかせる。

読書あれこれ その39
「陰翳礼讃」 谷崎 潤一郎著


この作品は「経済往来」昭和8年12月号・9年1月号に掲載された谷崎潤一郎の随筆である。
まだ電灯がなかった時代の今日と違った美の感覚(建築、照明、紙、食べ物、化粧、能や歌舞伎の衣装など)を論じたもの。こうした時代、西洋では可能な限り部屋を明るくし、陰翳を消すことに執着したが、日本では例えば、暗い部屋に住むことを余儀なくされたわれ々の先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った。
事実、日本座敷の美は全く陰翳の濃淡に依って生まれているので、それ以外に何もない。西洋人が日本座敷を見てその簡素なのに驚き、ただ灰色の壁があるばかりで何の装飾もないと言う風に感じるのは、彼等としてはいかさま尤もであるけれども、それは陰翳の謎を解しないからである。・・・・

他に、ユーモアに溢れた文面を二~三紹介すると、

・何を苦しんであの飲み水のまずい蚊の多い鎌倉へ避暑に行くのか気が知れない。お勧めは比較的雨が少なく、温かくてしかも乾燥した土地、そうして交通の便利も悪くない地方と 言えば、私の現に住んでいる六甲山麓の一帯と、沼津から静岡に至るあの沿岸などであろう。

・私は実にしば々自分にも尻尾があったらなあと思い、猫を羨ましく感ずる場合に打(ぶ)つかるからである。たとえば机に向って筆を執っている最中、又は思案している時などに、突然家人が這入って 来てこま々した用事を訴える。と、私は尻尾がありさえしたら、ちょっと二、三回端の方を振って 置いて、構わず執筆を続けるなり思索に耽るなりするであろう。

・紀州下里の懸泉堂(佐藤春夫の故郷の家)は建坪は少ないが、庭は三千坪からあるのだと聞く。私が行ったのは夏であったが、庭の方へ長い渡り廊下が突き出ていて、その端にある厠がこんもりした青葉の蔭に包まれていた。これだと臭気などはたちまち四方のすが々しい空気の中へ発散してしまうから、四阿(あずまや)にでも憩っているような心地がして、不浄な感じがしないのである。

はからずも4月28日(木)ABCテレビの「報道ステーション」の放映の中で[都会の夜は明るすぎ?電力頼みの“豊かさ”を考える]、というテーマで未曾有の東日本大震災の復旧対策の一つとして電力消費量の削減を、もう一度考え直してはいかがでしょうか。と提案され「陰翳礼讃」を取り上げていた。

投稿者:蘇る青春
投稿日:2011年 5月 7日(土)17時50分55秒    

読書あれこれ その38
「ピエタ」 大島 真寿美著


 ピエタ(イタリア語Pieta,哀れみ・慈悲などの意)

18世紀のヴェネツィア、作曲家アントニオ・ヴィヴァルディが音楽を教えていた孤児院「ピエタ慈善院」を舞台に史実を交えて描いた長編である。

エミーリアとアンナ・マリーアは四十五年前、ピエタ慈善院(所はヴェネツィア)に捨てられた。
ピエタ慈善院は、音楽院でもあって、楽器の稽古が始まると、アンナ・マリーアはつぎつぎに難しい曲をこなして、先生方をおどろかせた。
エミーリアはピエタ慈善院という組織を支える毎日だったけれど、またアンナ・マリーアを支えることになる。
司祭でもある大作家ヴィヴァルディ先生とは、ともかくそんなふうに、呼吸するみたいに、なにかを吸い込んだら、吐き出す時には、すべてが音楽になっている人なのだった。

エミーリアは、一緒に音楽教育を受けた幼馴染のヴェロニカから「あの譜面に、なにかとても大事なことを書いた気がするんだけど、どうしても思い出せないの。あの譜面はどこにもないし、ねえ、エミーリア、あの譜面を見つけてくれたら、ピエタに大口の寄付をしてもいいわよ。今まで以上に大口の」
経済的に恵まれないピエタには願ってもない申し出であった。
ヴィヴァルディの遺品から一枚の楽譜を探し出そうとするが、その過程で様々な人間と関わり、心に秘めてきた過去の出来事に向き合うことになる。

楽譜のことをアンナ・マリーナに聞いてみると、ピエタにはない。まず、先生の妹のザネータをたずねてみるか、アンナ・ジロー嬢(ヴィヴァルディ先生の教え子で一躍スターとなった歌手)を探してみてはどうかという。
ジロー嬢と姉のパオリーナさんには、ピエタでお会いして楽譜のことを訊ねるが「ないわよ、ぜんぜん。いちども。・・・・おねえさまもないでしょう?」
「わたしは楽譜自体、あまり見たことがありませんから」
姉妹は顔を見合わせ、無言で何か語り合っているかのようだった。
ジロー嬢から「クラウディアさんにお訊ねになっては。ヴィヴァルディ先生のことならば、だれよりもお詳しいはずだから」と教えられる。

クラウディアはコルティジャーナ(高級娼婦)でヴィヴァルディ先生と高級娼婦との関係など、今まで一度たりとも想像したことなどなかった。

エミーリアはクラウディアさんとお会いする。
「わたしたちは、コルティジャーナと司祭ではなく、アントニオとクラウディアだったんだから。
ただのアントニオとクラウディア。最初っから、ずっとそうだったんだから。そこら辺の男と女とおんなじよ。」・・・・・
「しかしアントニオは、いろんなものを捨てて、ここを出て行った。地位も名誉も、家族もピエタも。
劇場も。仕事も。友達も。わたしは特別なのかと思っていたけど、そうではなかったの。
くびきー自由を束縛するものーをぜんぶ切って、あの人はでていった。」とクラウディアは語る。

エミーリアとアンナ・マリーアはヴィヴァルディ先生のお宅を訪問する。
ザネータ(ヴィヴァルディ先生の妹)さんがようやくわたしたちを扉の内側に招き入れてくれた。
しかしここでもヴェロニカの楽譜はなかった。

エミーリアの関係で、クラウディアがヴェロニカと親しくなっていたのだが、ある日、エミーリアはクラウディアにカルロ(ヴェロニカの兄)との事の次第を述べていた。
”知り合った経緯から、親をいっしょに探す(孤児としての役目)ことになった成り行き。
顔を見ることなく、はっきりと正体を知ることなく終わっていったわたしたちの関係を、詳細に。
ピエタの娘としてピエタの中に留まれなかったわたしの、明かしてはならない罪深き冬の日々。
語りながら、ついに他人に明かしてしまった、とわたしは思っていた。わたしたちだけの秘密にしておかなければならなかったのに。
誰にも言うまいと、あれほど強く、決意していたのに。”
わたしはなぜこんなにもすらすらしゃべっているのだろう、と戸惑いながら、その一方で、気持ちが楽になっていくのも感じていた。・・・・・・

楽譜の行方は杳(よう)として知れず、冬を越してみたらピエタの経済状態はますます悪くなっていた。
もうヴィヴァルディ先生の音楽だけで演奏会を存続させるのは、もう難しくなっていたのだった。
また、ジロー嬢は地方公演で知り合った伯爵と結婚し、それを機に歌手をきっぱり引退すると決め、アンナ・ジローの歌声は、こうして騒がしいヴェネツィアから消えていった。
ひとつの時代が、また終わったのかもしれなかった。時代は流れるのだ。
容赦なく。・・・・・・

その後、病に伏していたクラウディアは突然神に召され、またヴェロニカも不意打ちのようにあっけなく神に召されてしまったのだ。
まさにその頃、ピエタではアンナ・マリーアがついに<合奏・合唱副長>の任を解かれるという、ピエタにとって大きな節目となる人事が発表された。

それから数年後、ピエタでは、いやピエタだけでなくヴェネツィアでは、ヴィヴァルディ先生の曲はまったくといっていいほど演奏されなくなっていたのだが、ピエタの中庭で、ごくまれに、エミーリアたちの世代の、もう老人と言っていいような演奏家がごく私的に集まり、<I’estro
armonico>を奏でるようになった。
誰が言い出したのでもなく、自然発生的に。
わたしたちが合奏していると、ピエタの年若い娘たち、まだ幼い子供たちまでもが、音に誘われ、あちらこちらから、覗き見をしだす。
紅潮した頬で。生き生きとした目で。
娘たちのまなざしが遠い昔のわたしたちのまなざしに重なる。
きらきらと、強く、輝くように見つめる目だ。きりりとまっすぐに、前を見ている。
よくよく生きよ、むすめたち。
わたしは、心の中でそうささやきながら、弓を引く。
音が生まれ、音が重なり、音が流れる。
  <I’estro armonico>よろこびはここにある。

投稿者:蘇る青春
投稿日:2011年 5月 3日(火)10時40分34秒
読書あれこれ その37
 「春琴抄」谷崎 潤一郎著


*はじめに

一人称語りの技法をとり入れた谷崎作品の名作である。
改行、句読点、鉤括弧などの記号文字を極力使わない特徴的かつ実験的な文体で書かれており、10行近く句点がない。

*まとめ(できるだけ原文のまま述べる)

春琴(本名もづ屋琴)は道修町の薬種商の生まれで九歳の時不幸にして眼疾で盲目となる。
失明した結果それまでの舞技を断念して専ら琴三絃の稽古を励み、十五の頃同門の子弟にして実力春琴に比肩する者一人もなかりきと唱われた。
春琴は春松検校の家に毎日丁稚に手を曳かれて稽古に通ったその丁稚というのが当時佐助といった少年(後の温井検校)でもづ屋に奉公に来ていた。春琴より四つ歳上で十三の時に初めて奉公に上ったのである。
佐助も春琴を毎日春松検校に通う手引き役を献身的に勤めるうち、みづからも琴三絃の手ほどきを受け、春琴にとってはなくてはならない相手となる。
技の優劣はとにかくとして春琴の方がより天才肌で佐助は刻苦精励する努力家であった。

真実はわからないが春琴のかくれた一面を披露すると、男の弟子を打ったり殴ったりした幾分嗜虐性(しぎゃくせい)の傾向があったのではないか?と思われる。
それから小鳥道楽で鶯や雲雀を愛した。それは半羽なものでなく月づきの生活費も生やさしい額でなかったらしい。
また吝嗇(りんしょく)で欲張りであった。弟子どもが持って来る中元や歳暮の付け届け等にまで干渉していた。

春琴はやがて佐助と瓜二つの子を生んだ。
春琴十六歳佐助二十歳の時始めて親たちは結婚のことを諷したのであったが、意外にも彼女はにべもなく峻拒(しゅんきょ)した。また佐助も知らぬ存ぜぬの一点張りであった。
この時春琴が生んだ子は余所へ貰われて行ったのである。

佐助とは主従とも相弟子とも恋仲ともつかぬ曖昧な状態が二、三年つづいた後春琴二十歳の時春松検校が死去したのを機会に独立して師匠の看板を掲げることになり親の家を出て淀屋橋筋に一戸を構えた。同時に佐助も附いて行ったのである。
ここに雑穀商美濃屋九兵衛の倅に利太郎というぼんちがあったなかなかの放蕩者で春琴の門に入って琴三味線を習い春琴に近づこうとする。
ところがいくら熱心に教えてもわざと気のない弾き方をする遂に春琴は「阿呆」といいさま撥(ばち)を以って打った弾みに眉間の皮を破ったので利太郎は「あ痛」と悲鳴を挙げたが、額からぽたぽた滴れる血を押し拭い「覚えてなはれ」と捨台辞(すてぜりふ)を残して憤然と座を立ちそれきり姿を見せなかった。

三月晦日(つもごり)の午前三時時分に何者か雨戸を抉じ開け春琴が伏戸に忍入しに、有り合はせたる熱湯の入った鉄瓶を春琴の頭上に投げ付けて去っていく。
その夜春琴は全く気を失い、翌朝に至って正気付いたが焼け爛れた皮膚が乾き切るまでに二カ月以上を要したなかなかの重傷だったのである。
勝気な春琴も意地が挫けたかついぞないことに涙を流し繃帯の上から頻りに両眼を押し拭えば佐助も暗然としていうべき言葉なく共に嗚咽するばかりであった。
その変わりはてた姿に佐助も必ずお顔を見ぬように致しますご安心なさりませと何事か期する所があるようにいった。

それより数日後佐助は眼球を針で二、三度突いて両眼を潰した尤も直後はまだぼんやりと物の形など見えていたのだが十日ほどの間に完全に見えなくなったという。
これで佐助は春琴と同じ境遇になったことでこの世が極楽浄土にでもなったように思われお師匠様(春琴)と唯二人生きながら蓮の台の上に住んでいるような心地がした。
それというのが眼が潰れると眼あきの時に見えなかったいろいろのものが見えてくると言って眼あきの知らない幸福を味えたのだと。
どこまでも忠誠心を貫き自分を犠牲にして尽くす愛。感動を呼び起こす物語である。

投稿者:蘇る青春
投稿日:2011年 4月13日(水)19時33分2秒
リチャードさんからのお見舞いのメール

昨年の夏にイギリスに化石採集の旅に行った折に、現地でお世話になったリチャードさんから、震災への見舞いのメールが届きました。リチャードさんは、いつもGwenという愛犬と一緒でした。だから、手紙にもGwenの名前が添えられていました。
わかりやすい英語で書いてくれています。
ところが私は恥ずかしながら英語で表現できないのです。
それで、四苦八苦してPCの翻訳機能を使って感謝の返事を書いてみました。
笑わないでくださいよ。
まず、リチャードさんからのメール文です。

Akizuki,

Hello, how are you?

It is Richard from Devon, UK and Gwen.

I hope you are well and we are thinking of you at this bad time.

Where are you in Japan?

Are you safe?

Is there anything I can send you?

Also, are you on FaceBook?

Let me know you are well and you take care.

Richard & Gwen

そこで、私は以下の文を作って気持ちを表しました。
中学生以下だと思うので、まー笑われたっていいか。
Hello.
I am fine.
Thank you.
It is Akizuki from Wakayama in Japan .
All are in good health, and we who visited the UK live.
Earthquakes and tsunamis was very sad.
We will take time, together with the reconstruction.
Don't worry.
We are delighted very happy.
「Support of people around the world.」
Good luck ,Richard & Gwen!!

と書いて送りました。なんちゅう英語やと、リチャードさんや犬のGwenも笑っているかも知れないよ。

FaceBookってわかる?意味わからんかったなー。
《 social networking service 》個人間のコミュニケーションを促進し、社会的なネットワークの構築を支援するインターネットを利用したサービスのこと。趣味、職業、居住地域などを同じくする個人同士のコミュニティーを容易に構築できる場を提供している。ソーシャルネットワーキングサービス
だそうです。
Mixiみたいなもんかな。

リチャードさんに写真を二枚添付して送ったので、その返信にGwenのいる化石発掘現場の写真を送ってきてくれました。その説明は以下の文です。

Here is Gwen and Ancient Hydrothermal Vent at Undercliffe, Rousdon, nr Lyme Regis

遠いイギリスの知人とも、瞬時に連絡を取り合えるのですね。すごい世界です。

$宮小同窓会ノート-Richard 
※写真 ライムリージスの化石発掘現場と愛犬Gwen



投稿者:春野 ぽぽんた
投稿日:2011年 4月 8日(金)23時14分11秒
読書 あれこれ その36
「月の街 山の街」 イ・チョルファン著
           草彅 剛訳


Oたわわに実ったトマト
  キム・ジェオクは、高校を卒業した後、ソンチェ養護施設で働いていた。
 自分を白紙にしなければ与えられない愛、そんな深い愛を実践するのは、ジェオクにとって手に
 余ることだった。
 この仕事をやめるべきだと何度も思った。
 この施設の院長は、子供たちにとても厳しかった。
 ある日、施設の十歳になるヨンホが、バナナを盗んで院長室に呼ばれた。
 「どうしてバナナを盗んだの?早く答えなさい!」
 「どうしてもバナナが食べたかったんです」
 「いくら食べたいからって他人の物を盗むなんて。先生がそうしろと教えた?」
 院長は、罰としてヨンホのふくらはぎを血が出るまで棒で叩いた。・・・・・・

 遅い時間、ジョオクは施設の仕事をやめるかどうかについて相談するため、花畑の前の院長室に
 向った。
 部屋の窓からヨンホの姿が見え、中でひそひそ話すふたりの声が聞こえてきた。
 「実は、僕が食べたかったんじゃありません。何日か前、ギョンスの具合が悪かったでしょう?
 まだ五歳のギョンスは一日中、お母さんを恋しがって何も食べられなかったんです。そして夕方、
 バナナを食べたいと言うから放っておけなくて、つい・・・・・・」
 「それならそうといえばよかったのに。私はそんなこととは知らずに・・・・・・」
 「いくらそうでも、盗むのは悪いことですよね。ごめんなさい、先生」
 「でも、本当のことを話してほしかったわ。お母さんはやりきれなくて、どれほど泣いたこと
 か・・・・・・」 院長は涙ぐんでいた。
 ジョオクは思わず自分の耳を疑った。お母さん・・・・・?ジョオクがあ然としていると、ヨンホ
 の落ち着いた声が聞こえてきた。
 「お母さんと呼んだらダメですよね?」
 「今はみんな、寝てるから大丈夫。ヨンホ、お母さんのところにおいで。早く・・・・」
 ジョオクは窓の中をそっとのぞき込んだ。院長はヨンホを抱き締めて泣いていた。
 「ヨンホ、いつもごめんね。お母さんの気持ち、わかるでしょう?」
 「はい。わかってます」
 「私がヨンホのお母さんだということをほかの子供たちが知ったら、いろいろと誤解されるわ。
 生活する中で子供たちはもっと傷つくでしょう。両親のいない子供たちは、ヨンホがうらやましく
 てしかたなくなるはずよ」

 ジョオクは足音を立てないように、注意深く歩いて花畑から離れた。夜空には、カスミ草のように
 白い星がちりばめられていた。ジョオクの目からも星がこぼれた。
 ジョオクは部屋に入った。そして、施設を去る日に子供たちに渡すつもりで書いた手紙を捨てて
 しまった。・・・・・・・・

*二十九話からなる短編の一つを取り上げてみた。この物語からもうかがい知れるが心が通う実話が
 集められており、深く思いをめぐらす一冊である。
 翻訳をしたSMAPの草彅さんも、物語が進むにつれ涙がこぼれてきたと述懐しているが、韓国人
 の持っている魂は、日本人に負けないものを備えているようにも思われる。
 夢を育むような挿絵の、心温まる色彩もまたすばらしい!
 親子で読んでコミュニケーションを得ることができる秀作で、私はこの本をさっそく子供たちに
 進呈した。

投稿者:蘇る青春
投稿日:2011年 4月 2日(土)18時06分46秒
向陽野球・しぶとく粘り強い向陽打線!!

いよいよ春の練習試合が始まりました。
先に(12日)宝塚高との二試合行われていましたが、見ていませんでしたので省略します。

19日(土)には伊都と三重の名張高と試合をしました。
エース東山拓君が完投
伊都000101000         向陽18-0名張高
向陽000000002         長田君先発、リリーフ小畑君
9回引き分けでした

20日(日)には、田辺と久米田高との二試合でした。
 酒井君が先発、リリーフ川崎君、小川君
向陽200023000         向陽18-0久米田高
田辺020000000         古木君先発、リリーフ川崎君

24日(木)午前中の終業式を終えて、午後から埼玉県の聖望学園と一試合を行いました。
聖望学園って甲子園にも4度出場しているらしい。阪神の鳥谷選手の出身校。
聖望 000100300
向陽 000000104x
なんと逆転サヨナラ勝ち!!
エース東山君が完投、7回エラーがらみで3点入れられたが、4回や7回あたりに集中力がゆるむ傾向が見られます。修正必要!! 打では、9回さよなら安打。

この試合のヒーローは、三世君を挙げたい。9回ワンアウト後、ヒット。逆転の口火を切った、彼は4打数2安打2四球で全出塁(ただ、3回先頭打者でヒットを打ち、1塁けん制でアウトになっているのがいただけないが)

基本的には、メンバーの守備位置や打順は以下のようでした。失礼ながら勝手に評価
①後藤(中) 気持ちが前面に出て、攻走守そろったすばらしい一番バッター
②東山よ(左) しぶとい打撃でバントもうまい、逆方向に打てる
③津村(遊) 引っ張って良し、逆に打ってよし、広角打法、バットもよく振れている。
④東山拓(投) バットスウィング鋭く強打者、 打者としても更に下半身強化を!!
⑤古木(三) 強肩、思いっきりよく、センターから右打ちに徹してフルスウィング、
⑥西(右) 好守、強打復活がまたれる。逆方向への打撃練習中か。闘志を前に!!
⑦長田(一) 強打、バットの芯でとらえたら長打まちがいなし。
 川崎    逆方向に打つのが旨い、ツボに入るとホームランも。闘志を前に!!
⑧三世(捕) ここというときにヒットを飛ばすチャンスに強い。チャンスメーカー
⑨辻岡(二) 元気いっぱいムードメーカー、小細工の利く攻撃
 中村   しぶとい打撃、選球眼よし。

課題

伊都、田辺、聖望の三試合を振り返ってみると、前半や中盤にチャンスがありながらタイムリーヒットが出ない場面を多く見てきました。もちろん、相手チームのエースの球威も関係しますが、すべて長打を狙ったような大振り、手打ち、などが気になりました。したがってフライが多かったです。
本当は、ヒットの出る確率の高いシャープに叩きつけるバットスウィングが必要なのに。
印象に残っているのは、伊都戦で4回裏、向陽攻撃ノーアウト走者2,3塁、4,5,6番の主力打者が3連続三振ということがありました。伊都の投手のすごさを感じましたが、それにしてもコンパクトに打ち返せなかったかと残念に思いました。
そういうこともありましたが、
向陽打線のしぶとさ、粘り強さが発揮された春の練習試合の幕開けでした。

この土曜日(26日)からWの連戦が続きます。
各選手が、しっかり課題(意識)を持って、どん欲にレベルアップ(進化)していってほしい。金附君、山本君、1年生の窪田君をはじめ他の選手の打撃も見逃せません。
優しい気持ちの選手が多いので、強い気持ちで臨んでくるとレギュラー選手が入れ替わってくる可能性があります。またそうでなければ、向陽野球のレベルアップになりません。いずれにしろ、常に自分を磨くこと、自分との戦いだと思います。
がんばれ向陽野球!!

$宮小同窓会ノート
※写真① 誰だか分かりますか!!
先輩たちが塁審に来て応援
してくれています。

$宮小同窓会ノート
② 田辺戦、よろしく!!

宮小同窓会ノート
③ バックネット風景 女子マネジャーが
アナウンスをしてくれて試合が進行します。
選手ひとり一人がわかり、うれしいです。


投稿者:向陽野球・勝手に応援団
投稿日:2011年 3月25日(金)00時02分39秒
読書 あれこれ その35
    「かたちだけの愛」  平野 啓一郎著

 相良郁哉(あいらいくや)37歳、プロダクトデザイナーは、離婚して二年以上経っている。
ある雨の夜、自動車事故で、片足を切断する大怪我を負った、美脚の女王といわれる女優の叶世(かな
せ)久美子を助ける。その時、叶世は事故を起こした三笠竜司という男の車(大蛇)に乗っていたが、
三笠は相良のポケットに十枚ほどの一万円札をねじ込んで現場を立ち去った。・・・・・
相良の作品で<ミューミmumi>がよく知られてたのは、海外の雑誌に、ファンシーなMADE IN
JAPANのデザインとして取り上げられたりするようになってからである。
ミューミの理解者である原田紫づ香(産婦人科医であり、総合病院の経営者)が、新しく建設する
臨海ひかりの病院の、モダンで機能性をそなえた杖や車椅子のデザインをまかされる。
相良は紫づ香から、叶世久美子が臨海ひかりの病院へ入院していることを知らされ、彼女の左足の太も
もから下の義足のデザインを依頼される。
「そうです。色もかたちも素材も、ファッションとして耐え得るようなものを。杖や車椅子でやったこ
との延長です。今度は彼女独りのためのオーダーメイドですから、プレタポルテというより、オート・
クチュールのような発想で。」と。
翌々日、相良は叶世久美子の見舞いに出掛けた。しばらくして「気分次第ですけど、----もし良け
れば、義足も少しご覧になりますか?」といって彼がデザインした義足のいくつかをパソコンを開いて
みせる。
翌朝、叶世から携帯電話にメールが届いており、[昨日は、わざわざお見舞いに来てくださって、ありが
とうございました。そして・・・ごめんなさい。幻痛のことは聞いてたんですけど、突然、すごい激痛
に襲われて、パニックになってしまって。。。。
今日からリハビリはじめます。がんばります。]と書かれていた。
幻痛と闘いながら、義足の訓練を重ねていくうち、叶世が何が生き甲斐になるのか、ある種の限界を越
えていると悩みを相良に持ちかける。
相良は、「いずれにせよ、今みたいに、思ってること、感じていることを一つ一つ話していけば、どう
しようかって、一緒に考えられるんだから。少しずつでも前進するはずだよ。-ね?不安が一つ解決さ
れる度に、生きるっていうことを、少しずつでも受け容れられるようになっていくんじゃないかな。」
と励ます。

その後、二人きりになると、もう敬語は使わなかった。相良は、自分が彼女に対して抱いている感情に
、さすがに鈍感でいられなかったが、それを直視することには尻込みしていた。
愛情の萌芽を決めてしまえば、水もやらずにただ枯れるのを待っているというのは苦しみだった。

仮義足が出来る八月二十一日の前日、三笠竜司から久美子の過去のことを‘インラン‘でセックスしか
能のない女だとか、また三年間アイツと一番ヤリまくってたの、このオレなんだけどと聞かされ、あま
りの愚劣さに相良は苦しんでいた。失望し、自尊心を傷つけられていた。
あんな話を聞かされて、彼女への思いが冷めるどころか、俄かに発火したというのは、我ながら頼もし
かった。
数日前には、ただ朧な影しか見ていなかったはずのその恋情は、今はもう意識の水面いっぱいに広がって、無意識へと根を伸ばし、何もかもその花を咲かせるための養分として吸い上げていた。葉は見境も
なく繁茂して、仕事をしようにも、発想を目詰まりさせ、判断の足許に絡まって無闇に思考を重たくし
ていた。

叶世久美子は、本名を中村久美なので、これから久美って呼んでといい、また相良郁哉をいっくんと
呼びあうことにした。
郁哉は、一週間ほどイタリアのミラノでの仕事をすませ帰国後、曾我(叶世の所属事務所社長)が予約
してくれた汐留のコンラッド東京で久美子と会うことにした。・・・・・
 <恋愛>とは、よく言った言葉だと彼は思った。好きという感情に前後があるならば、なるほど、前
 半は<恋>で、後半は<愛>なのだろう。恋が、刹那的に激しく昂ぶって、相手を求める感情だとす
 るならば、愛は、受け容れられた相手との関係を、永く維持するための感情に違いない。
 その恋と愛との狭間で、二人の人間は、初めて体を交え合う。

紫づ香から「叶世さんには、曾我さんとも話しましたが、クリスマスに彼女の義足の披露をします。
同時に三ヶ月後にパリコレのランウェイでサプライズの発表もします。
叶世さんも、なんとか歩ける、じゃダメなんです。デザイナーは、ランウェイをモデルと同じように歩けることが条件だと言っています。-わたしは、このプロジェクトを目標に、あなたにも叶世さんにも
がんばってもらいたいんです。出来ますか?」と相良にもちかける。
相良は、その彼女の提案に、光を浴びるような希望を感じた。中村久美が叶世久美子を好きになること
は、今後の彼女の人生を考える上でも、どうしても必要だった。そのための大きなチャンスだった。
「もちろんやります!是非、やらせてください。」

久美は、曾我が探してきた市ケ谷の新しいマンションに引っ越し‘日常‘が崩れてしまった。
 回数が重ねられるほどに、不案内だったお互いの体にも明るくなっていった。時には、ありきたりの
 道だけでなく、少し遠回りしてみたり、思いがけない抜け道を見つけたりして、その度に、新鮮な
 興奮があった。手を引いて導くこともあれば、導かれることもあった。そうして二人の仄暗い体の
 中には、相手の足跡をたくさん残した小道が幾本も通った。
 自分たちの今していることは、愛の記憶の刺青なのだと相良は感じた。

十二月五日の<<CHAUCHAT>>二月号のグラビア撮影と、十二月二十日のクリスマス・パー
ティでのスピーチ、そして来年三月のパリコレ出演というのが、確定しているスケジュールの柱だった

十二月二十日のクリスマス・パーティの会場に、三笠が現れるが、久美を庇うように、女性が一人、三
笠の前に立ち塞がった。原田紫づ香だった。
「あんたに関係ねえし。どけ。」「関係あります。どうして、彼女の新しい出発を祝福してあげられな
いんですか?」「黙れ!ババァ。引っこんでろ。」
「何ですか、その態度は!許しませんよ、わたしは。たとえあなたが、どんなに社会的に成功していよ
うと、お金を持っていようと、そういう口の利きかたは絶対に許しません!いいですか?たとえ世界
中の人間があなたを賞賛しようと、あなたの味方にしようと、あなたのことを、心の底から軽蔑してい
る人間が、“この世に一人いる”ということを、よーく肝に銘じておきなさい!わたしは死ぬまで、あ
なたを軽蔑しますよ。」

三月初め、冷たい風の吹きつけるフランスのシャルル・ド・ゴール空港のターミナルに着く。
 愛とは、相手の存在が、自らを愛させてくれることではあるまいか?彼は今、誰よりも久美を愛して
 いた。そして、彼女の笑顔が、自分の傍らにある時にこそ、最も快活であって欲しかった。彼女に
 とっての自分が、そういう存在でありたかった。
先ほどよりもテンポの落ちた静かな曲とともに、久美は、眩しい光に満ちたランウェイへと吸い込ま
れていった。


 *一九九八年のデビュー以来、空前絶後の天才的な文章家である、三島由紀夫の再来と謳われる
  平野啓一郎の長編恋愛小説である。
  ハッとするようなストーリーの展開に胸をときめかせて読み終える。
  今後、新進作家として、彼から目が離せないことになるだろう。

投稿者:蘇る青春
投稿日:2011年 3月21日(月)17時18分12秒
キリ番

今夜、キリ番当たりました。
今日、偶然ジャンボ宝くじを買いました。キリ番の勢いで当たるかなー

投稿者:カーヤン
投稿日:2011年 2月22日(火)22時18分45秒