読書 あれこれ その41
「ジバク」 山田 宗樹著
麻生貴志(たかし)(42)は、株式投資信託のファンドマネージャーで実力を磨いてデフレ不況を生き延び、年収二千万円を稼ぐ男である。
結婚三年目のいまでも美しいと思っている妻、史緒里(34)と白金台の一億四千万円のマンションを購入する計画を立てていた。 「・・・・わたしも、セレブって呼ばれる女になりたいの」
自らを“人生の勝ち組”と自認する貴志は、二十年ぶりに開催される高校一年生のときのクラス会でかって憧れた女性春日井ミチルに再会する。ミチルに振られた苦い過去を持つ貴志は、「現在の自分の力を誇示したい」という思いから、彼女にインサイダー行為を持ちかける。・・・・・・
大金を手にしたミチルを見て、鋭い快感に似た征服感を味わう貴志。だがそれが、地獄への第一歩だった・・・・・
高崎のホテルでミチルと初めて肌を合わせたとき、お互いの肉体が熔け合うような密着感に我を失い、その恍惚に酔いしれた。男女の性愛とはこれほど素晴らしいものだったのかと感動さえした。史緒里とのセックスでは、けっして経験できなかったことだった。・・・・・・・
くり返しミチルと逢瀬を重ねるが、ある日、貴志のもとに白い無地の封筒が届けられた。そこには貴志とミチルのあられもない姿が写っている写真が四枚入っていた。
ミチルの男からケータイに「また、サイトウ工業のような銘柄の情報が欲しい」、「サイトウ工業じゃ、ずいぶん儲けさせてもらったよ。あんた、マジすげえよ。だからさ、また儲かるヤツを教えてほしってわけ」
「そう。あんたの弱みを握るために、ミチルをあんたに近づかせた。あんたは、まんまと食いついてきた」
弱みを握られた貴志は、それからも有利な情報を流していたが、「コンプライアンス部門から、君がファンドに組み入れる銘柄を第三者に漏らし、さらに、売り抜ける指示まで出していた疑いが強いとの報告があった」 貴志らフロント部門の電話は、すべてコンプライアンス部門によって録音されている。
「君の解雇と後任については、明日のミーティングで、私からチームに説明しておく。話は以上だ。すぐにデスクの整理をしたまえ」と桜田誠一郎からつげられた。
ミチルが出しているスナックに足を運ぶ。「会社をクビになったよ。妻とも離婚した」「ごめんなさい。・・・・謝って済むことじゃないけど」「これで、だれに気兼ねすることなく、君と会えるわけだ」ミチルが、手を止めて貴志を見る。「冗談だ」店にはミチルの男が現れ、貴志がミチルに手を出したことに触れ、脇腹を蹴られた。悲鳴をあげて反り返った。
背中。脚。尻。ところ構わず襲いかかってきた。男の蹴りは、次第に激しさを増す。蹴られるたびに、貴志の中でなにかが壊れていく。それまで貴志を支えていたものが、崩れていく。影もなく、崩れていく。
東京の日本橋にある株式会社、三京インベストメントに勤めるが未公開株詐取に手を染め失敗する。
その後、ミチルと夢中になっていた頃、来たことがある銀座五丁目のバーカウンターで知りあった女性客、須藤彰子と彼女のアパートで同棲する。 ところが貴志がアパート?部屋で寝ているときに火が出た。
じつは、須藤彰子は放火及び殺人未遂の現行犯で逮捕され、過去にも保険金殺人をして保険金が支払われている事実が判明する。
無技能者の烙印を押された貴志にできそうな仕事は、営業か警備員ぐらいだった。もう営業はしたくない。となると、残るは警備員。
四十歳以上歓迎、未経験者歓迎、という求人に応募し、めでたく採用となった。
ところが、交通誘導業務に就いていて、車を止めるように指示された。それで路上を走ってくる車に、止まるように合図を出したが、車のドライバーが指示に従わずに、止まらなかったため、左脚を骨折。
左脚を速やかに切断して、義足によるリハビリをはじめたほうが、社会復帰も早められるし、麻生さんにとってもはるかに有益だと聞かされる。
このリハビリの目的は、歩けるようになることだけでなく、あくまで日常生活に復帰すること。そのためには、独立歩行に加えて、椅子での立ち座り、床での立ち座り、階段昇降、斜面昇降、障害物の乗り越え、排泄動作など、まだまだ習得しなければならないことがたくさんある。
それらをクリアーしながらリハビリを続けている日々。
同室の老人がいつも大切そうに持っているラジカセについて貴志は「大切なんですね、そのラジカセ」と聞くと「あのな、にいちゃん・・・・・」「こいつは、ラジカセじゃねえ、これはな爆弾だ」
老人が退院するとき「にいちゃん、これ、あんたにやるよ。おれには、もういらねえ」別れ際、ラジカセを貴志に手渡しながら、そういった。「これは本物の核爆弾だ。嘘じゃねえ。こいつを持ってれば、いつでもこの世界を吹っ飛ばせるぞ。ひひっ」貴志は、ラジカセを胸に抱きしめる。少しだけ気力が蘇ってくるような気がする。・・・・・・
貴志は退院後、見つけた住まいはフローリングの部屋は約六帖。南に向いた窓にはレースのカーテン。白く輝いている。その右隣りには安っぽい玄関のドア。開ければ外界に通じる。
一日一回、最低一時間は、外出するようにいわれていたので部屋を出る。ミチルと共有した時間が忘れられず東京駅から高崎に向かった。
街は夜だった。
今夜、ここで、すべてに決着をつける。自分に残された最後の衝動を解き放ち、なにもかもを終わらせる。ミチルとともに、この世界から消え去る。あの店が、俺たちの終着点。思えば、こうなることが最初から決まっていたような気もする。これが俺の人生。
今までのことが走馬灯のように蘇ってくる。・・・・・・・
あいつだった。ミチルの男だった。「約束したはずだよ。二度と姿を見せないってさ」
声が出なかった。貴志の身体は、この男から受けた暴力を忘れていない。 男の視線が、貴志の全身を舐める。感情のない、冷たい目。
殺される。
貴志は、老人からもらったラジカセを男に突き出した。「…吹っ飛ばしてやる」「おまえも、ミチルも、みんな・・・・吹っ飛ばしてやる」
貴志は、ラジカセを胸元に引き寄せた。赤いボタン。親指を添える。押し込んだ。がちゃ。
静寂。なにも起こらない。 もう一度、押した。また押した。何度も押した。
「どかぁーんっ!」貴志はひたすら、二人の消えた闇に向かって叫び続ける。
目をあけた。 焦点が合っている。
暗いアスファルトが見える。
貴志は路上にうずくまっていた。
顔を上げ、辺りを見まわす。 寂れた歓楽街。
義足。 左脚に装着されていた。 俺はまだ歩ける。 歩くことができるのだ。
ただそれだけのことが、涙の出るほどうれしい。 カラスの鳴き声。 遠くから聞こえてきた。
貴志は、その声を頭上に聞きながら、ラジカセの残骸に背を向け、歩きだす。駅を目指して、一歩一歩、地面の感触を踏みしめる。
新しい一日がはじまる。
*女は哀しくも恐ろしく、男はどこまでも愚かだった。押し寄せる衝撃と感動。胸の鼓動が感じるほど、残酷なまでに 転落し続ける人生を描く書き下ろし長編小説。
投稿者:蘇る青春 投稿日:2011年 5月31日(火)13時29分1秒
「ジバク」 山田 宗樹著
麻生貴志(たかし)(42)は、株式投資信託のファンドマネージャーで実力を磨いてデフレ不況を生き延び、年収二千万円を稼ぐ男である。
結婚三年目のいまでも美しいと思っている妻、史緒里(34)と白金台の一億四千万円のマンションを購入する計画を立てていた。 「・・・・わたしも、セレブって呼ばれる女になりたいの」
自らを“人生の勝ち組”と自認する貴志は、二十年ぶりに開催される高校一年生のときのクラス会でかって憧れた女性春日井ミチルに再会する。ミチルに振られた苦い過去を持つ貴志は、「現在の自分の力を誇示したい」という思いから、彼女にインサイダー行為を持ちかける。・・・・・・
大金を手にしたミチルを見て、鋭い快感に似た征服感を味わう貴志。だがそれが、地獄への第一歩だった・・・・・
高崎のホテルでミチルと初めて肌を合わせたとき、お互いの肉体が熔け合うような密着感に我を失い、その恍惚に酔いしれた。男女の性愛とはこれほど素晴らしいものだったのかと感動さえした。史緒里とのセックスでは、けっして経験できなかったことだった。・・・・・・・
くり返しミチルと逢瀬を重ねるが、ある日、貴志のもとに白い無地の封筒が届けられた。そこには貴志とミチルのあられもない姿が写っている写真が四枚入っていた。
ミチルの男からケータイに「また、サイトウ工業のような銘柄の情報が欲しい」、「サイトウ工業じゃ、ずいぶん儲けさせてもらったよ。あんた、マジすげえよ。だからさ、また儲かるヤツを教えてほしってわけ」
「そう。あんたの弱みを握るために、ミチルをあんたに近づかせた。あんたは、まんまと食いついてきた」
弱みを握られた貴志は、それからも有利な情報を流していたが、「コンプライアンス部門から、君がファンドに組み入れる銘柄を第三者に漏らし、さらに、売り抜ける指示まで出していた疑いが強いとの報告があった」 貴志らフロント部門の電話は、すべてコンプライアンス部門によって録音されている。
「君の解雇と後任については、明日のミーティングで、私からチームに説明しておく。話は以上だ。すぐにデスクの整理をしたまえ」と桜田誠一郎からつげられた。
ミチルが出しているスナックに足を運ぶ。「会社をクビになったよ。妻とも離婚した」「ごめんなさい。・・・・謝って済むことじゃないけど」「これで、だれに気兼ねすることなく、君と会えるわけだ」ミチルが、手を止めて貴志を見る。「冗談だ」店にはミチルの男が現れ、貴志がミチルに手を出したことに触れ、脇腹を蹴られた。悲鳴をあげて反り返った。
背中。脚。尻。ところ構わず襲いかかってきた。男の蹴りは、次第に激しさを増す。蹴られるたびに、貴志の中でなにかが壊れていく。それまで貴志を支えていたものが、崩れていく。影もなく、崩れていく。
東京の日本橋にある株式会社、三京インベストメントに勤めるが未公開株詐取に手を染め失敗する。
その後、ミチルと夢中になっていた頃、来たことがある銀座五丁目のバーカウンターで知りあった女性客、須藤彰子と彼女のアパートで同棲する。 ところが貴志がアパート?部屋で寝ているときに火が出た。
じつは、須藤彰子は放火及び殺人未遂の現行犯で逮捕され、過去にも保険金殺人をして保険金が支払われている事実が判明する。
無技能者の烙印を押された貴志にできそうな仕事は、営業か警備員ぐらいだった。もう営業はしたくない。となると、残るは警備員。
四十歳以上歓迎、未経験者歓迎、という求人に応募し、めでたく採用となった。
ところが、交通誘導業務に就いていて、車を止めるように指示された。それで路上を走ってくる車に、止まるように合図を出したが、車のドライバーが指示に従わずに、止まらなかったため、左脚を骨折。
左脚を速やかに切断して、義足によるリハビリをはじめたほうが、社会復帰も早められるし、麻生さんにとってもはるかに有益だと聞かされる。
このリハビリの目的は、歩けるようになることだけでなく、あくまで日常生活に復帰すること。そのためには、独立歩行に加えて、椅子での立ち座り、床での立ち座り、階段昇降、斜面昇降、障害物の乗り越え、排泄動作など、まだまだ習得しなければならないことがたくさんある。
それらをクリアーしながらリハビリを続けている日々。
同室の老人がいつも大切そうに持っているラジカセについて貴志は「大切なんですね、そのラジカセ」と聞くと「あのな、にいちゃん・・・・・」「こいつは、ラジカセじゃねえ、これはな爆弾だ」
老人が退院するとき「にいちゃん、これ、あんたにやるよ。おれには、もういらねえ」別れ際、ラジカセを貴志に手渡しながら、そういった。「これは本物の核爆弾だ。嘘じゃねえ。こいつを持ってれば、いつでもこの世界を吹っ飛ばせるぞ。ひひっ」貴志は、ラジカセを胸に抱きしめる。少しだけ気力が蘇ってくるような気がする。・・・・・・
貴志は退院後、見つけた住まいはフローリングの部屋は約六帖。南に向いた窓にはレースのカーテン。白く輝いている。その右隣りには安っぽい玄関のドア。開ければ外界に通じる。
一日一回、最低一時間は、外出するようにいわれていたので部屋を出る。ミチルと共有した時間が忘れられず東京駅から高崎に向かった。
街は夜だった。
今夜、ここで、すべてに決着をつける。自分に残された最後の衝動を解き放ち、なにもかもを終わらせる。ミチルとともに、この世界から消え去る。あの店が、俺たちの終着点。思えば、こうなることが最初から決まっていたような気もする。これが俺の人生。
今までのことが走馬灯のように蘇ってくる。・・・・・・・
あいつだった。ミチルの男だった。「約束したはずだよ。二度と姿を見せないってさ」
声が出なかった。貴志の身体は、この男から受けた暴力を忘れていない。 男の視線が、貴志の全身を舐める。感情のない、冷たい目。
殺される。
貴志は、老人からもらったラジカセを男に突き出した。「…吹っ飛ばしてやる」「おまえも、ミチルも、みんな・・・・吹っ飛ばしてやる」
貴志は、ラジカセを胸元に引き寄せた。赤いボタン。親指を添える。押し込んだ。がちゃ。
静寂。なにも起こらない。 もう一度、押した。また押した。何度も押した。
「どかぁーんっ!」貴志はひたすら、二人の消えた闇に向かって叫び続ける。
目をあけた。 焦点が合っている。
暗いアスファルトが見える。
貴志は路上にうずくまっていた。
顔を上げ、辺りを見まわす。 寂れた歓楽街。
義足。 左脚に装着されていた。 俺はまだ歩ける。 歩くことができるのだ。
ただそれだけのことが、涙の出るほどうれしい。 カラスの鳴き声。 遠くから聞こえてきた。
貴志は、その声を頭上に聞きながら、ラジカセの残骸に背を向け、歩きだす。駅を目指して、一歩一歩、地面の感触を踏みしめる。
新しい一日がはじまる。
*女は哀しくも恐ろしく、男はどこまでも愚かだった。押し寄せる衝撃と感動。胸の鼓動が感じるほど、残酷なまでに 転落し続ける人生を描く書き下ろし長編小説。
投稿者:蘇る青春 投稿日:2011年 5月31日(火)13時29分1秒



