真夜中のつぶやき 女縁で繋がる | 非常識義母と絶縁した。子育て世代取扱説明書

非常識義母と絶縁した。子育て世代取扱説明書

過干渉・非常識・お姫様勘違い義母と、マザコン夫に追い詰めらた妻のブログ。絶縁したのは私だけ。
育児、ママ友、親戚付き合い等、子育て世代が避けては通れぬ問題にも痛快な切り口で言及。
伏線だらけの内容。回収するもしないもあなた次第。

「 女縁( おんなえん)で繋がり支え合おうじゃないか!」


私の師匠が言う言葉なんですが。


女縁=女性との繋がり、その機会。


このブログ、96.3%が女性の読者さんなんです。


コメントを色々な方から頂けるようになり。

その方が綴る文字から人柄が想像できる。

まさに「女縁」

一緒に楽しんでくれたり、悲しみ、怒り、励ましや心配などがすごくうれしい。

実際、支えられることも多いです。


なかなか、実生活では吐露できない気持ちを汲んでもらえる。そっと寄り添ってくれる。

すごいことだと思う。





今、コメント返信が出来ていない理由が

 「ブログを書くよりコメント返信の言葉を選ぶ」ことに時間が追いつかない。というか。


私の中で、ブログは

感情のはけ口なので、誰かを意識して書く。というのがない。

思いつくままにガーッと書いてしまう。


読み手のご機嫌伺い的な言葉を入れたり、なんつーか、リップサービス的なことをしないので好き放題書いている。


「いつもいいね!コメントありがとうございます♡」「みなさんにご相談です(涙)」「これ、ほめられ服です!ぜひぜひよかったら」「前回の記事は○○と書いて配慮がなくごめんなさい(>_<)」などが、基本的に出来ない。

…しようと思えばやれるんだろうが、なんか私がやると違うわー。となる。



日常生活、気を使って生きてんだからブログぐらいいいじゃねぇかよ。と。



「です・ます調(敬体)」で書かないのもそれが理由なんだが。

「だ・である調(常体)」の方が綴りやすいので、どうしても柔らかい丁寧な雰囲気とは無縁の仕上がりになる。



ここまで気を使わないのに読んでもらえる奇跡。



だがしかし。


コメント返信って、「対、ヒト」にコミュニケーションするので

言葉選びに時間がかかり本文より考えてしまう(爆)


なんなら本文は数分なんだが、1つのコメントに30分くらい悩むんじゃねぇの?と。



で、コメント返信出来ていない言い訳はこの辺にして


「女縁」。

同性だからわかりあえてしまうものって普遍的にあると思う。

(ジェンダーニュートラルを語りたいわけではない)


ジェンダーレスとか、ジェンダーフリーとかちょいとこのあたりは気軽に触れられない時代なんでアレなんすけど、


批判的意味は無く

「女性だからわかりあえる」ものってあると私は思っていて。

(異性だからわかりあえないとは言っていない)



コメント欄見ていて

知性だだもれなスゲー人とか、

穏やかで品のあるふうに綴れる人、

フレンドリーで身近に感じられる言葉のセンスとか。


さすが活字好きが集まる場所だわ。と。


文字だけなのにひたすらうるさいブログにお付き合い頂き有難うございます。



絵も写真も絵文字もないのに

自分で「圧がスゲー」と読み返して思う(爆)


 




ここまでいけたら最高。

 


たまねぎの漬物。バカうまい。

 

 

 書いて良いのかわからんけど。(企業秘密だったりするのか)

漬物って、大根やらキュウリやら「生」のまま、塩漬けするじゃないですか。


たまねぎの漬物って、一度加熱するらしい。

加熱後に調味液を入れる。

でも、自宅で試作しても同じ味が再現できないのは真空にしないからなのか。