ビル・エヴァンス~1960年代後半からのエヴァンス~ 後編 | 国立(くにたち)昭和大衆音楽同好会

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昭和(1926〜1989年)のジャズ、ブルース、ラテン、ロックなどの音楽を独断と偏見で紹介!

4月26日(木)に国立NO TRUNKSで開催された、国立(くにたち)昭和大衆音楽同好会Vol.6の報告後編です。テーマは1960年代後半からのビル・エヴァンス。後藤幸浩の選曲&コメントです!

 

 

■後藤幸浩の選曲&コメント

 

▷‘Who Can I Turn To’

Album “At Town Hall”

with Chuck Israels (b), Arnold Wise(d)

2/21/1966

 

スコット・ラファロともエディ・ゴメスとも違う持ち味のチャック・イズリアルズ参加のライヴ。ホール・コンサートらしい落ちついた演奏だ。イズリアルズの端正な音色、よく歌うソロ・フレイズは印象的。テーマ部のアルコ、対位法的な絡みも良い。イズリアルズのソロのあと、ピアノとベースのインター・プレイ的パートから4ビートへと収斂していくあたりひじょうに美しい。そしてラストのテーマ部に移ると、ピアノの左手・右手コール&レスポンスになっているが、一瞬、どっちが左手でどっちが右手の音かわからなくなり、何度聞いても不思議。

 

▷‘My Man's Gone Now’

Album “intermodulation”

Duo with Jim Hall (g)

5/10/66

 

62年の『アンダーカレント』に続く、ジム・ホールgとのデュオ。4年後ということで、ホールのギターの音色もより温かく変化しているし、全体にリラックスした、大きな呼吸感に包まれた演奏。ピアノ、ギターのシングル・トーンのからみは絶妙で、ほんと、桜が散っているような、はかなさにあふれている。

 

▷‘You're Gonna Hear From Me’

▷‘Nardis’

Album “Another Time”

Trio with Eddie Gomez (b)Jack DeJohnette(d) 

6/22/68

 

『アト・ザ・モントルー・ジャズ・フェスティヴァル』 は、68年6月15日、モントルーでのライヴ。エディ・ゴメス、ジャック・ディジョネットとの公式録音は、ずっとこれだけといわれ、名盤選にも必ず入ってたり、グラミー賞もとったりしている。

 

とはいえ、ぼくはこのアルバム、あんまり好きではなかった。初顔合わせのライヴという緊張感は伝わるものの、グルーヴ感がバラバラで、つんのめったリズムになっていたりする場面も多いし、ディジョネットはドスンバタンと叩きすぎ、それにつられてゴメスもついつい弾きすぎて…なんだか、悪い意味でクリームのライヴ的な (笑) 感じもしていた。エヴァンズとディジョネットはあきらかにかみ合ってないなあー…とも。

 

しかし、良質な未発表録音を発掘し続けているレゾナンス・レーベルから、ここ2年の間に立て続けに発表された、このメンバーによるモントルーの5日後6月20日のスタジオ録音『サム・アザー・タイム』 、さらにその2日後6月22日のライヴ『アナザー・タイム』を聞いたら、このトリオに対する印象は一変した。

 

とくに、オランダでのライヴの後者はすばらしい。エヴァンズのグルーヴ感が若干、後ノリ的になっていて、それだけでディジョネットのポリ・リズミックなアプローチと見事にかみ合うことに。ゴメスもつんのめることなく、太い音色で落ちついた対応を聞かせ、演奏のまとまりも格段にアップ、個々のアプローチ、全体、どちらに耳を集中させても楽しめるし、録音も相当良い。

 

▷‘A Time for Love’

Album “Alone”

Sep.Oct./68

 

初の全編ソロ・ピアノ・アルバムより。とはいえ、ソロ・ピアノの録音はリヴァーサイド時代にも行っていたし、一人での多重録音も『自己との対話』『続・自己との対話』などが過去にあった。そうした模索の成果を整理しての完全ソロ・ピアノなのだろう。両手をフルに使い、ピアノを鳴らし切るアプローチは圧倒的。独特のテーマの解釈、歌わせ方もそこに当然入ってくるので、その音楽の拡がりはクラシックのソロ・ピアノにも劣らない。のちのソロ・ピアノ・ブームの先駆でもある。

 

「ア・タイム・フォー・ラヴ」は66年の映画『殺しの逢いびき (An American Dream)』の主題歌で、ジョニー・マンデルの作曲。同時代のポピュラー音楽を取り上げているのがエヴァンズらしい。

 

▷‘Turn Out to the Stars’

Album “Autumn Leaves”

Trio with Eddie Gomez (b), Marty Morell (d)

Nov.28/69

 

個人的にはエヴァンズのオリジナル曲でいちばん好きなのがこの「ターン・アウト・トゥ・ザ・スターズ」。エヴァンズの父親が他界したときにオマージュとして作られ、初演は『アット・タウン・ホール』の中のソロ・ピアノ演奏。これはアムステルダムでのライヴ。ブロック・コードが悲壮感あふれる。

 

▷‘The Dolphin-After’

Album “From Left to Right”

with orchestra conducted by Michael Leonard

March~May/70

 

ジャケ写でもわかるように、アクースティック・ピアノとフェンダー・ローズを併用、さらにオーケストラをこまめに多重録音するなど、さまざまな試みがなされたアルバム。エヴァンズ独特の叙情性やセンスが、ただのイージー・リスニング的アルバムには終わらせていない。曲によってはまんま、日本の青春映画のサントラに使えそうなものも。「ザ・ドルフィン」はボサ・ノーヴァのグループ、タンバ4のリーダーでピアニストのルイス・エサの曲 (オリジナルはCTIレーベルの、タンバ4『二人と海』に収録) 。

 

▷‘Event Ⅴ’

Album “Living Time”

with George Russell Orchestra

may/72

 

付き合いの長いジョージ・ラッセルとのコラボレイション。独自のモード理論であるリディアン・クロマティック・コンセプトでもおなじみのラッセル、このアルバムでもそれを活かしているのだろうが、音のイメージは、マイルズ・デイヴィス『ビッチズ・ブルー』系のフリー・ファンク。そこにエヴァンズのピアノ、エレピが入っているのが面白すぎ。「イヴェント Ⅴ」は長尺、エヴァンズは叙情性を排したクールなアプローチで参戦。何か、エヴァンズ・ミーツ・渋さ知らズ、的な趣も (笑) 。オーケストラのリフが日本の某超有名曲に似てるので、つい笑ってしまう…。しかし強烈なサウンドだ。

 

▷‘The Peacocks‘

▷‘Theme From M*A*S*H (aka Suicide is Painless)’

Album “You Must Bileave in Spring”

Trio with Eddie Gomez (b), Eliot Zigmund (d)

8/24~25/77

 

エヴァンズの死後、81年にヘレン・キーンとトミー・リピューマのプロデュースでリリースされたのが『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』。自殺した事実婚の妻、これまた自殺した兄・ハリーに捧げた曲や、「スーサイド・イズ・ペインレス」と題された、朝鮮戦争が舞台のコメディ映画『マッシュ』のテーマも収録されているので、死の雰囲気が強烈に漂ってくるアルバム。

 

ただ、「マッシュのテーマ…スーサイド・イズ・ペインレス」にかんしては…

 

〈 (『マッシュ』の) 監督のロバート・アルトマンは映画の音楽を担当したジョニー・マンデルに次のように言ったという。「歌のタイトルは『Suicide Is Painless』でなくちゃならないんだ。なぜなら実際ペインレスは薬を飲んで自殺を図るからね。いいタイトルだろう? おまけにそれはこれまでに書かれたものの中でもっとも馬鹿げた曲でなくてはならない」

マンデルは「わかった。馬鹿げた曲に仕上げるよ」と答え、作詞はアルトマンが取り組むこととなった。しかし彼は「45にもなった大人の脳みそではとてもじゃないが歯が立たない」と2日でその作業を投げ出す。その結果、詞は彼の14歳の息子のマイケル・アルトマンが書くことになった…(Wikipediaより)〉

 

wikiの貼り付けで大変申し訳ないが、こういう気の抜けるようないきさつで出来た曲。そして、こうした皮肉たっぷりの曲を、エヴァンズが何かに取り憑かれたように演奏していることが、聞き手を惹きつけるわけだ。

 

ルバートによるテーマに始まり、ラテン系リズムによるイン・テンポになってからは計6回転調。基本、テーマ・メロディはほぼ崩さず、これでもかと繰り返して弾き倒す。テーマ・メロディーの前後に8小節づつモード的パートを設け、インプロヴィゼイションはそのパートで聞かせる、というじつに工夫された構成。どんどん引き込まれていく。

 

「ザ・ピーコックス」はピアニスト、ジミー・ロウルズの名曲。少ない音数の間から立ちのぼってくる醒めた情感は、ならでは。ほかのピアニストには求められない世界だ。