ラストホープの小説本買いました。
物語はドラマそのままで、1話から5話までが収録されていました。
ただ映像がない分、登場人物の様子や心情が言葉で表現されているのが、興味深かったです。
たとえば、卓巳先生の初登場の場面では、
「卓巳は白衣の上からも分かるスラリとした体を」とあります。
それ以外にも、副島先生が卓巳先生をどう思っているかなどもあって、
ドラマのあの場面のあの表情は、そんなことを思っていたのかとわかったりしました。
そんな中で、印象的だったのがHOPE01の卓巳先生の最後の場面。
パソコンの画面に映る卓巳先生の昏い顔。
その時の心情が
「俺は誰だ?」
なんです。
いや、卓巳先生の謎が、出生だというのはよくわかっていたのですが、
改めて、文字にされるときつい。
これって、自分のアイデンティティの根本のことじゃないですが。
○○の息子である自分。
○○家の一員である自分。
すべては、ここから始まるわけです。
それが、自分は誰の息子かもわからない。
自分という人間の存在をも揺るがす問題。
お父さんと血が繋がっていなくても、普通に養子だったらそうはならなかった。
戸籍に実親として斎藤夫妻の名前があって、今の両親に引き取られているなら、
それなりに納得したと思うのです。
でもDNA鑑定をしたということは、戸籍上は実子になっているということですよね。
それって公文書偽造で、立派な犯罪じゃないですか。
そうまでして、隠したがっている真実とは?
それと、卓巳先生が過去の謎に苦悩している場面だけ、一人称が「俺」になってるんですけど、
普段、卓巳先生の一人称って何でしたっけ?
「我々」ということはあったけど、案外自分のこと呼んでないんですよ。
ただ、対患者、対医師だったら、「僕」か「わたし」だと思うので、
「俺」と呼ぶのことで、本当に心からの苦悩が、さらに強調されている気がします。
最初は、まあドラマと同じ内容だけど、記念買いかな。と軽い気持ちだったのですが、
読んでみると、今まで表情だけではわからなかった登場人物の内面も読めて、
更にドラマの世界観を深く知ることができたような気がします。