ヤング720(セブンツゥーオウ)を知っている人は
もうかなり中高年である。
朝7時20分から8時の間に組まれた若者向け情報番組で、東京放送(現TBS)で放送されていた。
司会は当時の若者を代弁する人気芸能人を起用し、
関口宏、由美かおる、竹脇無我、大原麗子、小川知子などイケメン&アイドルが顔を揃えた。
番組初期がGSブームと重なったため萩原健一のテンプターズなど
デビューまもない話題のバンドが登場し、後期はサイケやアートロックなど60年末から70年代初期の
アンダーグラウンド・カルチャーを紹介した。いまでは想像もできないほど情報源がない時代だけに、
ものすごく新鮮で登校前の慌ただしい朝ながら、見逃せない番組だった。
司会を務めたいた中で、もっとも若かったのが小山ルミとコンビを組んでいた小柳徹だ。
映画の子役でデビューし、都会的なルックスから芸能週刊誌にも若者の風俗を体現する
タレントとしてたびたび顔を出すほどの人気者だった。
スタイルはIVYファッションで、都会生まれのせいか、どこかお坊ちゃん風であり、
加山雄三と同質のいわゆるシティボーイ的キャラクターに経済成長のプラスのイメージが重なって見えた。
しかし、彼は突然、夭折する。1969年の4月、第三京浜を自らが駆るTOYOTAコロナクーペで疾走中、
事故に遭遇する。即死だったという。父親の誕生日にプレゼントを届けるため、
実家へ向う途中の事故だった。
当時、番組で彼の死を告げる放送が流れ、コンビを組んでいた小山ルミは号泣した。
これよりも2ヶ月前、同じくこの番組で司会をしていた小川知子の恋人であった
レーサーの福沢幸雄がTOYOTAセブンでテスト走行中に事故死し、
別の番組で号泣した様子が生放送でブラウン管に流れた。
今年は、小柳徹の没後40周年にあたる。
生前の彼の初々しい姿は東宝映画「ゼロファイター大空戦(1966)」で観ることができる。