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Thoughts on living with style.      

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スティーブ・マックイーンが所有していたクルマのコレクションの中から、

フェラーリの53年型 Siata 208Sスパイダーが今月、売りに出されたようだ。

売値は約130万ドル。35台生産された中の1台で、海外向けに輸出された

最初の1台らしい。

「小さなフェラーリ」というニックネームを持つモデルで、

フィアット開発の8気筒2.3リッターのエンジンを積む。

ダッシュボードには特別にあつらえられたタグホイヤー製の

時計とストップウォッチが奢られている。

当然、完璧にレストアされており、エンジンもレッドゾーンまで回せるよう

調整されている。コンクールデレガンスで幾度が入賞している個体だそうだ。

クルマの良さもさることながら、マックイーンが所有していたということだけで、

その価値は100倍にも200倍にもなる。

きっと、乗らずにコレクションしておくようなオーナーが買うのだろう。

しかし、53年ながらブレーキのディスクローター(ドラム?)の大きさに舌を巻く。エクセレント!
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■表参道交差点
嗚呼、懐かしの東京。(毎日新聞刊「1960年代の東京」より PHOTO(C) AKIRA IKEDA)

写真の中央にある教会は、いまラフォーレになっている。

つまり、ここは表参道と明治通りの交差点。

ラフォーレのところは、70年代の後半まで教会だったので

中年以降の人ならばきっと覚えているに違いない。

60年代は人通りの少ない閑静な住宅街だった(夜は人通りがなかったぐらい)。

この写真の頃、まだセントラルアパートはなかったようだ。

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■穏田川

知っている人なら懐かしい穏田川(おんでんがわ)。

いまは原宿の裏原宿と呼ばれているストリート。原宿あたりは昔、穏田という地名だった。

60年代後期ごろに川を暗渠化したが、それが後に裏通となった。

穏田川は渋谷川から分かれて、原宿の表参道を通り(いまラルフローレンがある隣)、

千駄ヶ谷まで抜けていた。昔は千駄ヶ谷まで川沿いにあばら家が軒を並べ、

スラムのような雰囲気が漂っていた。いまでは想像できない風景である。

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■表参道

ついこの間まであった表参道の同潤会アパート。

いまは表参道ヒルズになってしまった。

鬱蒼とした林があり、昭和初期の風情が残っていた。

70年代は、この建物の前の坂をスケートボーダーが古着のアロハを着て

ターンをしながら滑り下って行った。平日の人通りは少なく、

ブティックもまばらで、ここも閑静な住宅街だった。

見上げると、東京の空はとても広かった。
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嗚呼、懐かしの東京。(毎日新聞刊「1960年代の東京」より PHOTO(C) AKIRA IKEDA)

渋谷の公園通りを上る入口の角にあった渋谷松竹(右の建物)。

68年に閉館している。隣には渋谷国際があったはず。

この二つの映画館の跡地は渋谷西武になっている。

渋谷には大小の映画館が軒を並べていた。

道玄坂には渋谷劇場があったし、

いまマルハンのパチンコタワーのある場所に渋谷大映があった。

正面奥は渋谷駅ハチ公前

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右の教会のような建物から坂を下ったところこまでが

いまは東急ハンズになっている。

坂を上っていくとパルコパート1とパート2の間に出る。

坂の左側に今はハーレーのショップがある。

60年代当時は商店などこの辺りには一軒もなかった。

昼間、宇田川付近を歩いている人などほとんどいなかった。
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六本木通り方向からセルリアンタワー方向を望むアングル。

右側に渋谷駅西口広場がある。

正面右にはありし日のリキ・スポーツパレスが見える(アドバルーンの手前)。

丘に向かって走るのが246号線。上りきっていくと南平台の交差点だ。

いまはこの上に首都高3号線が走る。

左は桜ヶ丘で、左の高い建てものあたりに今はセルリアンタワーが建つ。

夕陽は、道玄坂を真っ赤に染めて南平台の丘の上から沈んでいった。

それにしても、東京の空は広かった。
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■並木橋
嗚呼、懐かしの東京。(毎日新聞刊「1960年代の東京」より PHOTO(C) AKIRA IKEDA)

写真上は明治通りの並木橋。右に行けば渋谷駅。左に行けば恵比寿。

まっすぐ上っていくと、猿楽橋を経て代官山へ向かう八幡通り。

走る電車は東横線。交差点右角の自転車屋さんは、いまは牛丼屋。

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■鎗が崎の交差点
写真中は、鎗が崎の交差点。右に坂を上ればヒルサイドテラスがある旧山手通り。

バイクの向こう側には今、エビス・ジーンズやコンビニがある。

路面電車の坂を向こうに下れば駒沢通りの中目黒交差点へ。

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■駒沢通り・鎗が崎下

下の写真は、逆に中目黒の交差点から恵比寿・代官山方面に向かう光景。

現在、左側の丘の上には外資系企業のVIPが数多く住む、

「キングホームズ代官山」が鎮座する。もちろん、左手を走る電車は東横線。

まだ中目黒が終点の地下鉄日比谷線は開通していなかった。

60年代の東京は、空が広いなぁ・・・。


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こういうお洒落なバスルームは素敵だが、

実際に使うとなると話は別だ。

まず、日本の場合は冬場が困る。日本の住宅の場合

局所暖房なので、こういう設計だとバスルームがひどく寒くなる。

朝起きて、このシャワールームを使うとなると、凍えるような瞬間を経ずに

カラダを洗うことはできない。

もうひとつ困ったことは掃除だ。

背丈以上ある透明ボードのウォールについた石鹸カスや湯垢などを

掃除する手間はかなりのものだ。右の洗面スペースも大きすぎて、一筋縄ではいかない。

そして、実際に使うとなると、トイレ洗剤やら石鹸やら整髪料、

それにグルーミングの道具などが所狭しと置かれることになる。

床は一気に流し洗いできる素材と作りだからいいが、

それらの小物が床に置かれるから掃除はそう簡単ではない。

それに日本の場合、雨季の湿気がある。白い壁、シャワールームの壁には

掃除を少しでも怠るとカビが大量は発生する。

ところで、湯船がないがどうすんだろう。

そうだ、湯に浸かりたいなら銭湯がいい。

掃除の手間もかからないし、大きな湯船でゆっくり浸かれるし、

毎日掃除が行き届いているから清潔だし。しかも、たった数百円で入れるのもいい。

日本の気候とメンテナンスを考慮した銭湯という生活アプリケーションは、

改めてスゴイと思う。昔の人は、やっぱり偉大だ。