年始に、もし余命が1年しかないとしたら
あなたは、何をして
何をしませんか
「母の在宅介護をやめる。」って

いやぁ、一瞬思考が止まったよね。
子どもとして、そんなあるまじき事。
とも思ったよね。

でもね、私の時間は有限で
子ども達の今の時間も
今しかないわけですよ

年末、保育園のグループ懇談会で
「もっと生活をさせてあげてください。」
って言われたんですよね

母の認知症が進むにつれて
台所でご飯の準備をするのに
様々なハードルが増えてきてね

料理をしようとしたら
まずは食材が無事かどうかを
確認しないといけない。

母が切り刻んで
外で採ってきた草と混ぜ合わせてる。
なんてことが、頻発してね
小さい冷蔵庫を買いました

食材が無事だったら、次は
「包丁とまな板」を探さないといけない。

包丁をハサミとして使うから
縁側にあったり、文房具の引き出しだったり
母の部屋の本の間に挟まってた時も

今度は調味料がね、あっちこっちに
かたづけられてるんだよね
とか、味噌と醤油と草と何かが
鍋の中で混ぜられてるとかね

現在、主要な調味料は
寝室に片付けられてます
じゃないと、使いたい調味料が
無くなってる。なんてことが
起こってしまうから

ここでやっと、料理を始めます。

が、今度は、お皿がなーい
これまた、定位置に戻せないので
昨日あったとこには無い
いやむしろ、
さっきまであったとこにない。
なんてことも多発。

もうね、だんだんと
台所に立つのが億劫になってくるのね

まだね、夕飯なら
少し気力が余ってるから
なんとか乗り切れるんだけど
朝はね、もう探し物がムリ

だからね、ここ半年くらいは
毎日、送りの車の中で
途中で買ったメロンパンを食べる
みたいな生活をしてたんだよね。

しかも、自分の身だしなみを
整えてるのが限界で
娘っ子達のことが疎かになってたの

「あぁ、いかんなぁ。」
と内心思ってたので
言われて、ぶっちゃけスッキリした

「そんなん言われても、この現状を
どう変えろって言うの
とも思った。
でもね、変える方法はあるの。

母に、いつもよりも長い
ショートステイに行ってもらって
部屋を片付けて、物を少なくする。
母が貯めてるのは
本当に紙切れとか本とか洋服だけだから。

そこから、生活を立て直そうって思った。


そしたら、年明けてさ
最初の問いが、きたわけです
そこで、私の本心が見えてしまった。

もうね、そこは変えようがないんだな。


でもね、もう一つ、そこで
自分自身に問うてみたの。

「母の余命が1年だとしたら
あなたは、何をして何をしませんか
って。
そしたら、母と楽しい時間を過ごしたい。
って思ったの。

その楽しい時間を過ごす術は
きっと、無数にあるんだろうけど
まずは、日常生活の中の
小さなストレスを除くために
その障壁となってしまう母に
ショートステイに行って貰う。
っていう選択をしなきゃいけないんだろうなぁ。

悲しかったり、納得いかなかったり
色々あるけれど
やっぱり、私がストレスフルになること
生活を丁寧に送れないこと
は、改善していかないといけないんだ。
そう思ったのでした

離れることで優しくなれる。

介護は、特に
自分を大事にする時間を
大切にしないと、家族みんなで
倒れてしまうんだなぁ。
と、実感致しました
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この2人の未来は守りたいから。

「私が守りたいのは、
いったい何だろう

朝から、悲しい歌の旋律を
歌い続けてる母です。

台所で、娘っ子の保育園の準備をしていると
「隣の家の屋根が
なんか、うちの敷地側にきとる」
とか言い始めたので、縁側に行って
母の言い分を聞いてみる。

ずっと気になってるらしく
屋根がこちら側にせり出してる。
ように母には見えているらしい。

建物の構造上
屋根のせり出しには限界があるから
こっちには、こないと思うよ。
と言っても、納得してないようなので
「とりあえず、靴持ってきて
敷地の境目に行ってみたら?」
と促すと、靴を持ってきた。

実際に、敷地の境目に行ってみると
こっち側には入ってなかったらしい。
でも、首を傾げながら
「なんか、おかしかね〜。」
と言っている。

また、久々の妄想が発動中っぽい。

1番最初に出た妄想は
母が草取りしてると、隣のおばちゃんが
うちの電話に電話をかけてきて
私が電話に出るために中に入ると
電話を切る。
アタフタしてる私をみて
面白がってる。
っていうやつでしたね〜。

あとは、通帳を誰かが家から盗んで
私が探し回ったあとに
また、こっそり元に戻しよる。
とかね。

この妄想しばらく続くかなぁ。
やっぱり、漢方だけじゃなく
レミニールを処方してもらうか。
担当者会議で、ちょっと聞いてみることにしよう。

本日、帰宅致しましたら
今朝炊いたご飯を
残り物の味噌汁に投入した
ねこまんまが、大量に出来ていました。

全部捨てたけどね
だって、ねこまんまは、食べたくない

さて、ねこまんまを捨てたあと
洗った食器を置くカゴを見ると
なんだか、いつもよりテカテカしてる。

台所の作業台を見ると
今朝、そこにはなかった油が
鎮座しておりました
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うん、多分これをスポンジにかけて
食器を洗ってくれたようです

全てを洗い直すために
スポンジから洗いましたよ

毎日、どんなことが待ち受けているか
さっぱり、分からないのが
ほんと、時にストレスになるんだな。

さて、来週の12日は
佐賀県鳥栖市のフレスポ鳥栖という
ショッピングモールの二階にある
「まちすぽ」というところで
ダブルケアカフェを開催します
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まだ、当事者仲間に出会ってないので
そろそろ出会う場を作りたいなぁ。
と動き始めました。

周りにダブルケアの方がいらっしゃったら
ぜひ、ご紹介下さいませ。





先週の日曜日は、家族でみかん狩りへ
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佐賀の反対側の太良まで。
夫のお姉さんの嫁ぎ先が
みかん農家でね、みかん狩りにおいで。
と言われたので、お言葉に甘えたのです

前日から、義実家に泊まる予定で
お義母さんが、かあしゃんも連れておいで
と言ってくれてたんだけど
目が覚めた時に、全然知らんとこだと
パニックになるかな
とかね、この前の広島のホテルでも
なんだか、落ち着かなかったからね

で、朝起きてから
車でぶーんと行きましてね
みんなでみかん狩り
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自然の中に出ると
生き生きとして
ちょっと、どうしていいか分かんない。
みたいな瞬間もあるけど
娘っ子達と一緒に
たくさん、みかんを収穫してました。

で、午後は、私は用事があったので
夫ちゃんに母も娘っ子達も託し
福岡へ

で、ふとね、何でうちの夫ちゃんは
こんなに嫌がらずに
うちの母のことも受け入れてくれるのか
不思議だったんだけどね

そういえば、夫ちゃんのお父さんも
マスオさん状態だったしね
なんか、義理の親の面倒もみる。
ってのがインプットされてんだな。
って気づいたのです

この、小さい頃に、感じてた
「当たり前」って
大人になっても、きっちり残ってて
自分の行動の指針になってんだな。と。

改めて、環境の影響のすごさを
痛感したのでした。

そうそう、お願いしてた間
特に問題もなく
午後には、帰宅して
夫ちゃんは、お昼寝しとりました


今日は、1日観光
自家用車で行っていたので
乗り心地は、悪くないとは思う。

なるべく、休憩をとって
子ども達と同じタイミングで
トイレ休憩をしているので
そこまで疲れてはいないように見える

広島市内のカフェで朝食をとり
原爆ドームへ行き
15分くらい周辺を散策。
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車移動で、イオンモール広島祇園での
えんとつ町のプペル展を観に行き。
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呉まで移動し
うどんを食べて、船に乗って
海上自衛隊の潜水艦の資料館を見学。

そのあと、呉市内のカフェで休憩
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そのあとは、温泉に入って
高速道路のサービスエリアで夕飯。

夕飯の時に、ちょっと様子がおかしくて
ご飯が見えてないような仕草や
感情的になる瞬間がある。

この時間に見当識障害になるのかな。
と思ったが、はっと気がついた。
「水飲んでないけんやない?」
ってことで、今夜のおかしさは
水分不足だったかも?
と結論が出たかと思いましたが
夜中に帰宅して、部屋まで連れて行こうとすると
脱いでた靴は、履かないとタダをこね。
「もうよか、車の中で寝るけん」
とか、わけわからんことを言い出した

ので、やはり、寝起きの
見当識障害だったのかも?
と、思い直しました

母74歳認知症との旅行の心得
・水分補給
・トイレ休憩
・寝る時間には家にいる

これが、もしかしたら必須かもしれません
って、このスケジュールは
母には、きつかったのかな?