共感は毒でもある!!!
おっさんはねぇ、声を大にして言うよ!!!
共感は毒でもあるッ!!!!
どうも、アル中ヤク中モドキのおっさんです。
酒、やめました!
やっぱ無事に(?)鬱ってことでね、鬱病の薬貰えるなら酒なんかやめますよそりゃあ!
つってもね、まだ数日なので、モドキってことにしときます。
でねぇ、グループセッションっていうのかなぁ?
依存者同士の話し合いが治療の一環に組み込まれているんですけども。
最初はねぇ、「話したってなんにもなんねーだろ!」って思ってたんですよ。
実際やってみるとね、楽しかった。
おそらく最初の段階では「自分の核心を話さなきゃ」とか、「みんなより依存度が高すぎても低すぎても浮くよね」って思ってたんだ。
実際、依存度は人それぞれだった。
だけど、依存していることには変わりなくて、「どうして依存しているのか、やめられないのか」は共感できるものだった。
自分の経験を自虐ネタにしても、みんな依存者なんだから笑えるわけですよ。そういう指向性や環境作りをカウンセラーとかがしてくれていた。
ありがたい。
ただ、そこで俯瞰している自我が思うのだ。
共感は毒でもあるぞ!と。
ゲーテの著書「若きウェルテルの悩み」はたくさんの人を自殺へと導いてしまった。
メディアが有名人の自殺を取り上げてファンが連鎖的に自殺を選んでしまうことは、この本のいわく?からウェルテル症候群(ウェルテル効果)と呼ばれている。
初っ端に「ウェルテルを反面教師にしなさいよ(ハイパー意訳)」って書かれているのにね。
共感することも、共感してもらえることにも、我々は常に恐れにも似た危機感を持つべきだと思う。
僕たちは犯罪でないにしろ、倫理の綱の上でバランスを崩してワタワタしている。
そこに共感すること。
自分だけではないと、当たり前のように思うこと。
それが危険なものでないわけもない。
誰にも話せなかったことを話して楽になっている自分もいる。
一人の方が、やめる努力は簡単なんじゃねぇか。
そう思っている自分もいる。
これもまた、そのうち考えよう。