アル中、OD、うつの三拍子。おっさん足して四拍子。

どうも、おっさんです。


この挨拶気に入ってきたのでしばらく使おうかと思います。


さて、近況報告です。

薬が増えた結果、世界の明暗度が上がりました。

今まで暗かった世界に、色彩が加わったように感じます。これが世界だったのかと。


ちょっとだけ元気になってきた気がする。

そこらでちょっと考えごとをしてみようと。


死についてを。

死とは何かを考えたことはあるだろうか。


かつて、脳の作用を知らなかった時代、心は心臓に宿ると考えられていた。

だから祭壇には心臓を捧げていた文明があり、善悪の天秤は心臓の重さを計る。


その時代、死とは心臓の停止だっただろう。


だが、心臓が止まってもしばらく人は生きている。

限りなく死に近いタイミングではあれ。


現代は脳死状態がより死に近いタイミングと規定されている。

だが、体細胞の一つ一つはまだ生きている。

司令塔を失っただけだ。


客観的な死を我々は死と呼ぶ。

我々の意識が脳に依存しきっているならありがたいもんだが。


何をもって死と呼ぶか。



おっさんはある時、ODしている最中に死を体験した。  


バッドトリップ。

意識が消失しては蘇り、蘇っては消失する。


実際に死にかけていたのかは定かではないが、少なくともあの感覚はできたら2度と味わいたくはない。


主体的な死の片鱗を味わった。

死にたくないと思った。


何故かは分からないが、自我を失いたくなかった。

こうしてごちゃごちゃ考える意識がなくなるのは、世界からログアウトするようなものだ。


それが永続する…その時には感覚を覚えることもないのだから、ある程度諦めはつくのだけど、死が怖い。


死ぬのは怖い。よく分からんから。