久しぶりに、毛利菊枝先生にお会いした。
と言ってもテレビの画面だ。
ご本人は、もうこの世の人ではない。
私が演劇人生の第一歩を踏み出した「毛利菊枝演劇研究所」の主催者、劇団くるみ座の創始者でもある毛利先生。
お会いしたといっても、出演されていた映画のDVDを借りてきて、家のテレビで見たのだ。
溝口研二監督の「雨月物語」。
京マチ子演ずる貴族の娘の乳母役で出演している。
この世のものとは思えぬ妖しい存在感は、ひきつけられてしまう。
毛利先生が、アトリエ公演で詩を朗読されたことがある。
その詩は知っている詩であったが、文字を読んでも良く理解できなかった。
しかし、毛利先生の朗読つまり身体から発せられる言葉を聞いて、ああそうだったのかと腑に落ちた。
まさに朗読の名手だった。
研究生のころに、たまたま先生の喜寿の記念公演があり、ちょうど劇団員が減っていた時でもあり、研究生の中から私が抜擢されて、一緒に舞台に立ったことがある。
能から題材をとった野上弥生子の作品「藤戸」
凛として老婆を演じておられた姿は、忘れられない。
演出は、当時劇団NO2の北村英三。
唯一新人で参加していた私に対するしごきは半端ではなかった。
映画は残る。
当時の映画作りの素晴らしさや、毛利先生の姿に触れることはできる。
しかし演劇はその場で消えていく。
先生の朗読も「藤戸」の舞台も、もう見ることはできない。
色々考えた末に劇団をやめることになり、毛利先生にご挨拶に伺ったとき「劇団よりも自分を大切になさいよ」と言ってくださった。
この言葉は私の一生の宝物だ。