伸一が初めてサッカーの試合に出た日の夕方、食事での話題はもちろん試合のことでした。

「伸一、なかなかいい働きをしていたよ」

これが妻の感想でした。

「いい働きって? シュートしたの?」

「前のほうは5年生がやるから。シュートなんてしてない。守りのほう」

と、妻。

もともと足の遅い伸一です。5年生の中でいい動きをしていたとは思えません。

「伸一はどうよかったの?」

「どうって、・・・・うまくボールにからめたとか・・・・」

いいにはいいのですが、どうよかったか、説明に困るようです。

「うまいの?」

「いえ、うまくはないんだけど・・・・」

コーチも電話をくれたとき、同じようなことを言っていました。

いったい、いい働きとか、いい動きって、どんな動き?

私は伸一のサッカーに対して興味がわいてきました。


しばらくしてまたサッカーの試合があり、私はそこで初めて伸一のサッカーを見て、やっと『いい動きをしている』という意味がわかりました。


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ちょっと余談になりますが、伸一には4歳年下の妹がいます。

友達に誘われて昨年から空手を始めました。こちらもお母さんの担当なのですが、私がお迎えに行ったことがあります。

子供たちの練習を見守るお母様方、にこやかに雑談などしていますが、皆、一列に並んで正座です。

稽古が終わると、子供たちは1人ずつ先生にお礼を言っていきます。そのあと、親も子供も一緒になって床のぞうきんがけを行います。

最後に大きな声で挨拶をし、一礼して帰ります。

笑いながらおしゃべりをしたり、ぼけっと突っ立て見ているサッカーの親とは大きな違いです。


さて、伸一の話に戻ります。

伸一が3年生の時は、サッカーの練習を見に行ったことがなかったので、伸一がどのようなサッカーをしていたのか知りませんでした。


伸一が4年生になってしばらくたったある日、家に電話がかかってきました。

私が出ると、サッカーのコーチからでした。

「今度5年生のサッカーの試合があるんですが、人数が足らないんで伸一君に来てもらいたいんですが」

「伸一に?」

「ええ。伸一君、なかなかいい動きしてるんで、試合に出てもらいたいんですよ」

コーチの言葉に、私は他の子と間違えているのではないかと思いました。

「わかりました。母親に言っておきます」

「お願いしますね」

伸一の身体能力が人並み以下と知っている私は、伸一のデビュー戦にもたいして期待していませんでした。

母親にコーチからの電話の内容を伝えると、伸一の試合のことはすっかり忘れてしまいました。


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伸一がサッカーを始めたのは小学校3年のときからです。

練習のときの送り迎えなど、サッカーについては母親が全て担当し、私はたいして関心もなかったので、そのころの伸一がどうだったのかは覚えていません。

ただ、サッカーが好きで好きでたまらないとか、練習に行くのが楽しみでしょうがないとか、そんな風ではありませんでした。

親に言われたので、なんとなくサッカーの練習に行っているようでした。


伸一たちの学年は野球の人気が高かったのですが、サッカーも例年になく多い二十人近くが練習に参加していました。

ところが、みな伸一のようにおとなしい子ばかりで、他の学年に数人いるような、ワーワー声を出して走り回ったり、俺が俺がとボールに突っ込んで行く子はいませんでした。


これが、高学年になっての試合成績に影響してくるのです。


伸一が6年生になって、トレセン(トレーニング選抜)に行くようになって、そこの監督と話をしたのですが、いくら技術があっても、元気のない子は上に(上のクラスのトレセン)行けないと言っていました。

もちろん中村俊介の子供のころのようにずば抜けたテクニックをもっているなら話は別かもしれません。

ぎりぎりで地区のトレセンに選ばれた伸一には関係ない話でしたが。


子供のサッカーはやっぱり元気がないとダメということでしょうか。




「やっぱり、野球、やめる」

「え?」

これが、我が息子、伸一がサッカーを始めることになったときの会話です。


息子の小学校にはスポーツ少年団というものがあり、3年生から野球やサッカーなどのスポーツ活動が行えるようになります。

子供には運動をさせたい。させるなら野球。

私にはそれしか頭になかったので、伸一には野球をやらせるつもりで、2年生の終わりごろからキャッチボールなどをしてきました。

先の会話は、私が伸一に新しい野球のグローブを買ってやった数日後に、妻と交わしたものです。


「野球をやらせないの?」

と、私。

「だって、野球をやりたいって子、みんな運動ができる子ばっかりだし、そんなところへ行っても、うちの子、かわいそう」

と、妻。

「でも、スポーツはやらせるべきだ」

「伸一は心臓が強いから、サッカーにする」

「サッカー?」

「サッカーなら、走り回っていればいいだけだし、伸一にはいいと思う」

「・・・・・」

確かに、伸一はそれほど運動ができるというタイプじゃないし、野球で活躍できると期待してるわけじゃないけれど。

子供がやるスポーツって、やっぱり野球じゃないの?

心の中でぶつぶつと文句を言うのですが、口に出しては言えません。我が家ではお母さんが一番の権力者なのですから。

そりゃ、伸一は短距離走は遅いけれど、マラソンは学年で一二を争うほど速い。速いというか、強い。声もでかい声を出せるから、確かに心肺機能は強そうだ。

だからサッカーがいいというのは、あまりにも発想が単純なんじゃ・・・

ま、全ての決定権はお母さんにあるのだから。


かくして、子供に買ってやったグローブは、いまだに新品同様で押入れの奥に眠っています。


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