ブレーキをかけることが大事だという。
そのとおりだと思う。
環境さえ整えばそれが正論だ。
しかしどうせ言うなら開戦論を新聞紙上で展開する国に
まずそれを言ってやれ。
最初に言うべき相手はこちらではない。
すでに右向きに舵をとっているのはその国だ。
そしてその姿勢を隠そうともしない現実がある。
それを捨て置いた言論から何が変わるというのだ。
なんとかして政権に右向き悪印象を植えつけようとの
一方的ないつもの贅言だろうが、もううんざりなのだよ。
ブレーキをかけることが大事だという。
そのとおりだと思う。
環境さえ整えばそれが正論だ。
しかしどうせ言うなら開戦論を新聞紙上で展開する国に
まずそれを言ってやれ。
最初に言うべき相手はこちらではない。
すでに右向きに舵をとっているのはその国だ。
そしてその姿勢を隠そうともしない現実がある。
それを捨て置いた言論から何が変わるというのだ。
なんとかして政権に右向き悪印象を植えつけようとの
一方的ないつもの贅言だろうが、もううんざりなのだよ。
時空を超えて飛び交う戯言か。
歴史をさかのぼって、
過去を現在の法で裁くことの
どこに正当性があるのだろう。
社会的常識もその当時と
現在とでは違うのが当たりまえだ。
まだ形作られていない社会規範のなかで
成された判断を今の規範に照らし合わせて
反省することにはもちろん意義がある。
しかし、それを法的に生きた形で裁くのは
それこそ法外というものだろう。
客観性という名の理性はこの国には
存在しなくなってしまったようだ。
プロ野球の日本シリーズが始まっていたのか。
もう五戦終了とか。
いつからだろう、こっち方面に興味が薄れたのは。
子供のころには、野つぼ西武球場に
清原を見に行っていたこともあったのに。
優先順位がかなり下がったのは
それだけの理由があったのだろうが
自分でもそれがわからない。
プロ野球が別に悪いことをしてきたわけではないのに。
かといって他に強烈な興味の対象が生じたというのでもない。
もしかして、自分自身の精神的余裕度の問題なのかもしれない。
余裕度縮小現在進行形だとしたら、それはそれでまた問題だ。
さて、どうしたものか。
スニーカーのメーカー名で大騒ぎの国。
朝ドラで使用した機器や車のメーカーの
多くがその大騒ぎの国製品でも、
それがドーシタの国。
まったく、表面ヅラしか見ない人たちだ。
いまや、どんな電子機器にも少なからず
日本製の部品が使われている時代なのに。
ただ表立っているメーカー名が他国製なだけ。
もうアホクサさも極まれり。
数年前のことを思い出す。
無責任に批判する側にいるうちは、
誰に遠慮するでもなく
思うことを述べていることができた。
しかし、批判される側にたったとたん
今までの批判の無責任の意味がわかり、
その対処に右往左往してしまう。
それが権力の座というものだ。
それを知らずにいるうちが花だったということだろう。