数年前のことを思い出す。


無責任に批判する側にいるうちは、


誰に遠慮するでもなく


思うことを述べていることができた。


しかし、批判される側にたったとたん


今までの批判の無責任の意味がわかり、


その対処に右往左往してしまう。


それが権力の座というものだ。


それを知らずにいるうちが花だったということだろう。