加治屋町にある「維新ふるさと館」

 

 5月25日、鹿児島中央駅近くのビジネスホテルに泊まりました。教誨師大会は午後からなので、ホテル近くを散歩し、少し観光しました。「維新ふるさと館」という施設がホテルから徒歩10分ぐらいの場所にあるようなので、行ってみることにしました。

 

「維新ふるさと館」の周囲には、「西郷隆盛。従道 生誕の地」はじめ有名人の生家跡があります。「維新ふるさと館」を含む一角が「維新ふるさとの道」という名称の公園として整備されてます。

 

維新ふるさと館、歴史ロードの看板

加治屋町の維新ふるさと館MAP

維新ふるさと館周辺地図

維新ふるさと館 大久保利通像

歴史ロード 維新ふるさとの道

 

西郷隆盛・従道生誕の地碑

「西郷隆盛、西郷従道 生誕の地」

 

維新ふるさと館の看板

 

維新ふるさと館:維新への道と薩摩スチューデント展

維新ふるさと館:教王護国寺と鳥羽伏見の戦い

幕末・明治維新・明治の近代化と対外戦争、そういう内容を展示しています。

 

薩摩藩の人間はこの時代の日本を主導的立場で動かしてきました。それは紛れもない事実です。しかし、戊辰戦争については、いろいろと思うところがあります。この戦争は何だったのか?新しい政治体制に移行するための主導権争いであり、徳川幕府と幕府寄りの諸藩を制圧するための戦争でした。さすがに資料展示では敵対した藩を「賊軍」とは表記してません。でも、薩摩は官軍という表記には憤りを感じました

 

仙台藩は奥羽越列藩同盟に入っており、いわゆる「新政府軍」に抵抗する立場にありました。戊辰戦争では仙台藩も新政府軍と戦いました。洞林寺の檀家さんでお亡くなりになられた方も居られます。戊辰戦争は他人事ではありません。会津藩や長岡藩の被害に比べれば早く降伏したので、被害は少ない。とは言え、賊軍とされ、藩主助命のため家老が処刑されてます。

 

 明治維新をどう評価するかについては、いろいろと意見は分かれるでしょう。徳川慶喜が大政奉還した直後に出た『王政復古の令』とは何だったのか?「錦の御旗」とは何だったのか?孝明天皇の御崩御は何だったのか?憤りともやもやを感じながら、展示を眺めました。

大久保利通像と維新ふるさと館

大久保利通の像です。西郷隆盛に比べれば、人気は落ちます。大河ドラマでも、冷徹な人物のように描かれる場合が多いと思います。とは言え、明治維新政府の体制を整える上では、最も功労のあった方でしょう。道半ばで暗殺されたことは、無念だったでしょう。

 

 

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全国教誨師大会

 

全国教誨師連盟主催の『全国教誨師大会』が5月26日、27日に鹿児島市の城山ホテルを会場に開催され、参加して参りました。

 

 

薬物依存症治療の専門家である精神科医 松本俊彦先生

テレビでみたことがある先生ですね。かなり高名な先生ですね。依存症患者の治療に長年にわたって取り組んでこられ、「完治は難しく、何度も繰り返してしまう方も多い。繰り返しても、「失敗した者を受け入れてあげる場を設けることの必要性。」「医療や行政の中で、依存症患者をすくいとっていくシステム構築の必要性」を熱く語って居られた。

 

 

オープンダイアローグを日本に導入した精神科医 齋藤環先生

正直、私の勉強不足も有って、講演内容へ理解が追い付かなかった。実行委員会の九州雨教誨師会が齋藤先生を講師に招聘したのは、オープンダイアローグそしてリフレクテイングに注目しているからなのだろう。統合失調者治療や受刑者の更正にリフレクテイングという手法が注目されている中、その第一人者の斎藤先生を講師にお迎えした意義は大きいと思いました。

 

  講演する齋藤環先生

 

宮城県教誨師会でも、研修の中でリフレクテイングを取り入れていこうという機運が高まっている。教誨活動の可能性を高めていくためにも、学んでいくことは必要だろうと思いました。

 

 

 

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先祖に感謝の気持ちを伝える

 

                                              洞林寺住職

1、根の力で枝葉は繁る

 

 春を迎える嬉しさは、木々の梢の芽吹きや開花に象徴されます。木の芽は芽の力だけでは芽吹きしません。花はつぼみの力だけでは開きません。根があってこそなのです。

 このことは私たち人間にも言えます。私たちは一人で生まれ、一人で生きているわけではありません。父と母がいて、この世に生を受けてます。そして、両親家族そして周囲の多くの方々からの力をいただいて、肉体的にも精神的にも成長し、一人前になっていきます。当たり前のことですが、両親には、其々の両親がいます。其々の両親には、更にそのまた両親が居ます。と遡っていくと、わずか10代前(約300年前)でも1024人の先祖がいます。それだけの人数の命によって我々は支えられているのです。

 

 木に例えると、ご先祖様は「根」であり、私たちは「花」であり「実」であり「枝葉」です。 花をきれいに咲かせようと思ったら、枝葉を繁らせようと思ったら、、目に見えない根に水をやり栄養を与える必要があります。 根(先祖)を大切に敬う心を持つことは、自分自身の土台を整えることです。土台が安定している人は、人生の荒波の中でも折れにくい「心の強さとしなやかさ」を持つことができます。

感謝の木、生命のありがたさ

 

私たちは御先祖から命をいただき、生かされています。そのことに感謝するために、日々お仏壇にお供えをして香を手向け手を合わせます。折々にお墓や菩提寺の位牌堂にお参りします。そして、節目節目に菩提寺で年回供養をお勤めするのです。故人そして御先祖のための儀式ではありますが、自分自身と子孫のための儀式でもあるのです。これらの儀式には、次のような大事な意味が込められています。

 

①、先祖からいただいた「自分の命」を再認識する

供養には、自分が生きていることの有難さを感じ、この先しっかりと生きていく励みとするという意味も有ります。

 

②、子や孫のための家庭教育の場とする

「親の背を見て子は育つ」という言葉が有りますが、親が先祖を大切にする姿を見せることで、子供は「目に見えないものや、過去の恩恵を大切にする心」を自然に学んでいくのです。

 

 

2、感謝の気持ちを形にあらわす

 曹洞宗の高祖道元禅師様の教えを示す言葉に「威儀即仏法作法是宗旨という言葉があります。 正しい振る舞い(形)そのものが仏の教えであり、日々の作法の中にこそ、私たちが目指すべき悟りの姿がある。という意味です。

「心がこもっていれば形はどうでもいい」と考えがちですが、道元禅師から見れば、浅はかな考えなのです。形を整えるからこそ、後から心がついてくる。ご先祖さまを敬う心も、形を整えることから養われるのです。日々のお仏壇へのお供えとお参りを始めとした一つ一つに大事な意味が有るのであり、「丁寧な日常」「丁寧な暮らし」が大切なのです。

 

と、説明しますと、難しく感じる方も居るかもしれません。具体的に何をすれば良いか、どう整えれば良いのか迷います。藤本幸邦老師は「はきものをそろえる」という詩で、とてもわかりやすく説明してくださっています。

 

はきものをそろえる

 

はきものをそろえると 心もそろう

心がそろうと はきものもそろう

ぬぐときに そろえておくと

はくときに心がみだれない

だれかが みだしておいたら

だまってそろえて おいてあげよう

そうすればきっと 世界中の人の心もそろうでしょう

 

玄関で靴を揃える。これはたった数秒でできる『作法』です。しかし、この数秒を疎かにしない姿勢が、自分自身の心を穏やかにし、ひいてはご先祖さまから受け継いだこの命を大切に扱うことにつながります。脱ぎ捨てられた靴を、黙って揃えてあげる。その優しさは、自分だけでなく周りの人の心も整えます。ご先祖さまを敬うとは、難しい理屈ではありません。 ご先祖さまが繋いでくださったこの命を、丁寧に、美しく扱うこと。その第一歩が『はきものをそろえる』ことです。足元が整えば、心に余裕が生まれ、自然と生かされていることへの感謝が湧いてきます。日々の仏壇へのお参りも同様なのです。親から子へ、子から孫へ、身を以て示し、伝えていくことが大事です。

 

靴を揃える子供と和風庭園

 その感謝の心を形に表していくことこそが、私たちを本当の幸せへと導いてくれるのです。形を整え、心を整え、日々の生活を整える。そのことが御先祖のためにもなります。そして、自分自身と子孫のためにもなるのです。

 

洞林寺護持会会報『錦柳』令和8年春彼岸号掲載の記事を加筆改訂したものです。

 

 

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映画「ほどなく、お別れです」を見ました

           

    葬儀と葬儀社を題材とした映画『ほどなく、お別れです』を見ました。原作は、「小学館文庫小説賞」大賞を受賞した長月天音のベストセラー小説です。

 

映画「ほどなく、お別れです」の書影

込由野しほという漫画家さんがコミカライズ版を書いています。ほのぼのとした暖かい感じの絵を描く漫画家さんのようです。私は電子版でコミカライズ作品を一応読みました。

 

    映画の主演に浜辺美波と目黒蓮と人気俳優を起用してます。脇役にも、浜辺美波の母親役に永作博美、葬儀社社長役に光石研を配置。個々のエピソードの登場人物には、北村匠、志田未来、新木優子、古川琴音、久保史緒里等知名度の高いキャストを起用しております。制作サイドとしてもこの作品に力を入れているんだなあ、と感じられました。

 

映画「ほどなく、お別れです」ポスター

 

◇「 あらすじ 」

 就職活動に苦戦する大学生清水美空(浜辺美波)には、「亡くなった人の声を聴くことができる」という、誰にも打ち明けることができない秘密があった。そんな彼女に運命を変える出会いが訪れる。彼女の能力に気づいた葬祭プランナーの漆原礼二(目黒蓮)から、葬祭プランナーの道に誘われたのだった。葬儀会社「坂東会館」のインターンとなった美空は、漆原とタッグを組み、妊婦の妻を亡くした夫、幼い娘を失った夫婦など、様々な家族の葬儀を通して、「残された遺族だけでなく、故人も納得できる葬儀と は何か?」という問いに向き合っていく。

 

◇コミカライズ版を読んでの感想

①、良く取材していると思います。遺体搬送、納棺、通夜、葬儀、火葬の流れきちんと把握し、その中で葬儀社の人間はどう動くか、遺族の心はどう動くか、よく考えて書いている。

 

②、主人公には、特別な能力が有り、死者の霊も見える。同様に、死者の霊を見る力が有る僧侶が登場する。小説やドラマなら有り得る設定だろうが、非現実的であり、共感しにくい。

 

③小説版漫画版では、お坊さんが登場し、御遺族に寄り添って葬儀を勤めている様子が描かれています。しかし、映画では、葬儀会場からBGM的に読経の声が流れてきたけれど、僧侶や宗教者は登場していません。僧侶も牧師も神主も登場せず、映画のストーリーでは葬儀社と納棺師だけで葬儀が進行しました。

ほどなく、お別れです コミックカバー

 

◇映画に宗教者が登場しないのは、何だかなあ

 映画館で購入したプログラムにプロデューサーのインタビューが載ってました。プロデューサーは「宗教者が登場しないことは、原作者を得ている。」旨のことが書かれていました。映画の上映時間という制約からの処置なのか、制作サイドが宗教者を軽視しているのか、真意はわかりません。

 SNS上で、葬儀にまったく僧侶が登場しないことに違和感に感じる旨を投稿されていた僧侶が何人か居られました。私も有る程度同感です。宗教者を必要としない遺族も一定数居るかもしれません。葬儀社も「無宗教の葬儀がある」ことをパンフレットやホームページに明記している場合も多い。しかしながら、全体数でみれば、宗教者が葬儀に関わるケースの方が多いはずです。葬儀をテーマとして映画を製作する上で、宗教儀礼抜きのストーリーは偏っている、と言わざるを得ない。

正確なデータはわかりませんが、無宗教葬儀の割合が増えてきているのかもしれません。「葬儀に宗教者の関与が必要であるとは思わない。」という考えの方が増えているとしたら、その原因は宗教者側にもあります。宗教者の説明不足か教化不足ということになります。宗教者として、この点に ついては真摯に反省しなければなりません。私も反省しなければなりません。

私なりに故人に敬意をはらい御遺族に寄り添い、心込めて丁寧に葬儀を執り行っているつもりです。自分ではそういうつもりであっても、思っていることやっていることが相手の方に其の通りに伝わるとは限りません。「独りよがりになってないか?」と謙虚に振り返ることも必要だ、とあらためて思いました。

 

 

◇この映画で感じた問題点

 

葬儀社そして葬儀社職員は故人を思いやり、遺族に寄り添って葬儀を執行しています。そういうストーリーになっており、観客にも好意的に受け留められていると思います。でも、映画に出てくる葬儀社さんがあまりにも良心的すぎる、と感じました。

 

特定の葬儀社や葬儀社団体がこの映画の「後援」となってますから、葬儀社さんを悪くは描けません。当然と言えば当然です。この映画は葬儀社さんの働きを通して、いのちを考え、家族の在り方を考え、人生の送り方を考えることをテーマにしているんだと思います。映画の中で葬儀業界の問題点を追及するようなことはできません。火葬場の予約や搬送等の経費を度外視して、葬儀執行している部分もあります。それ故に、現実離れしているという印象は禁じえません。葬儀にある程度関わる方から見れば、突っ込みどころがかなりあると思います。この点については、別に機会に述べたいと思います。

 

本題に戻ります

 

 葬儀社さんは、我々寺院が葬儀を執行する上で不可欠な存在です。葬儀を執行する上で「大事な仲間」です。とは言え、葬儀社さんもいろいろあります。実際に、とても良心的な業者もおられます。大部分はそういう葬儀社さんです。ご遺族に寄り添い、心のこもった葬儀となるよう努めている葬儀社員も多いと思います。

 しかし、其の一方で悪質といわざるを得ない葬儀社もあります。社員個人としては故人のため御遺族のため心のこもった葬儀を行おうと努めていると思います。しかし、社員個人の思いよりも会社側の事情が優先する場合も多いのです。何故なら、会社は利益を追求します。土地を購入し葬祭会館を建てて設備を揃えます。テレビやインターネットでCMを流します。従業員を雇います。かなりの経費が掛かってます。その経費を回収するためには、それに見合う売上げが必要です。個々の葬儀の単価を少しでも上げて、売り上げを伸ばすよう営業努力します。営業努力と言える範囲内なら良いのですが、経費の水増し請求や不要なサービスの強要という事例もあります。

 

 昨年実際に有った事例ですが、御遺族はCMにあった44万円の家族葬プランを頼みました。ところが、葬儀社からの見積は145万円でしたので、御遺族はびっくり。葬儀社も必死だから、安くしないでそのまま押し切ろうとする場合も多いんです。この点についても、話が長くなりますので、別の機会に詳しく説明致したいと思います。

 

 

洞林寺護持会会報『錦柳』令和8年春彼岸号掲載の記事を加筆改訂しました。

 

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散り始めました

 

枝垂れ桜は3月26日に開花し、4月4日に満開になりました。

 

4月9日から少しずつ散り始めました。昨晩の雨でかなり散ったようです。今年もきれいに咲いてくれて、ありがとう。

枝垂れ桜の散る様子と石碑

枝垂れ桜、散り始め、花びらの絨毯

 

川に散った様子を「花筏」と表現していますが、地面に散った花びらのことは何と表現するんでしょうか?

桜の絨毯とでも言えば良いのでしょうかね。

散り始めの桜、地蔵と石碑

明日の日曜日には、葉桜になりそうです。

 

 

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区役所主催の「街歩き」ツアー

 

4月10日、仙台市若林区まつづくり推進課が主催する「街歩き」の方々がお花見を兼ねて、洞林寺に来られました。

 

事前に区役所の職員の方から「洞林寺の歴史等について少し説明していただきたい。」という依頼がありました。資料を準備し配布しました。

 

寺の歴史

鎮守である菅谷不動尊と祭典のこと

枝垂れ桜と花塚のこと

「北限のイペー」のこと

手短に説明しました。

 

「4月8日が花まつりなので、甘茶を用意しましたので、お召し上がりください。どうぞ飲みながら私の説明をお聞きください。」と言って甘茶を召し上がっていただきました。

洞林寺での街歩きツアー、花見とお釈迦様誕生仏

 

洞林寺の桜とお花見ツアー参加者

説明を終え、「4月8日がお釈迦様のお誕生日ー花まつりーだったので、ここに誕生仏をお祀りしています。お釈迦様に甘茶をかけてお参りしてください。」と申し上げました。ツアー参加者の方々は、誕生仏に甘茶をかけて、お参りして帰られました。

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洞林寺婦人会の降誕会とお花見会

 

4月6日、洞林寺婦人会の例会が有りました。

4月の例会は、本堂で降誕会の法要を勤め、庫裡でお釈迦様の誕生を祝い、花見を楽しむお食事会です。

 

私の下手な法話を聞いていただき、食事をして、おしゃべりをして、

庭に出て、桜の木の下で写真を撮りました。

 

 

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境内の枝垂れ桜が満開になりました

 

3月26日に開花したという記事を書きました。

それから、雨や肌寒い日が続き、あまり開花が進みませんでした。

4月2日、4月3日と晴天になり、気温が上昇したので満開となったようです。

 

満開の枝垂れ桜と寺院の風景

 

満開の枝垂れ桜と寺院の風景

 

満開の枝垂れ桜と境内

本堂西側にあるソメイヨシノは五分咲きから七分咲きというところです。

 

満開の枝垂れ桜と青空

これは墓地の入り口にあるソメイヨシノです。こちらも五分咲きぐらいかな。

 

今日午前中は晴れていましたが、午後から雨です。

例年ライトアップもしてましたが、明日以降の気象予想を見て

考えます。

 

 

 

 

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境内の枝垂れ桜が開花しました

 

webで【2026年 仙台サクラ開花予想】と検索しますと、

開花予想日: 4月2日頃(日本気象株式会社)、

3月30日頃(tenki.jp

とのことでした。

 

洞林寺の枝垂れ桜は、例年、仙台市の桜開花の基準木より2日~4日早く開花します。

 

今日、洞林寺境内にある枝垂れ桜が開花しました。

昨日、一昨日と暖かかったからなんでしょうね。

洞林寺の枝垂れ桜開花、鐘楼

 

洞林寺の枝垂れ桜が開花

 

洞林寺の枝垂れ桜、開花

 

洞林寺の枝垂れ桜が開花

 

洞林寺の枝垂れ桜開花

 

今年も無事咲いてくれて、ありがとう。

 

 

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