映画「ほどなく、お別れです」を見ました
葬儀と葬儀社を題材とした映画『ほどなく、お別れです』を見ました。原作は、「小学館文庫小説賞」大賞を受賞した長月天音のベストセラー小説です。

込由野しほという漫画家さんがコミカライズ版を書いています。ほのぼのとした暖かい感じの絵を描く漫画家さんのようです。私は電子版でコミカライズ作品を一応読みました。
映画の主演に浜辺美波と目黒蓮と人気俳優を起用してます。脇役にも、浜辺美波の母親役に永作博美、葬儀社社長役に光石研を配置。個々のエピソードの登場人物には、北村匠、志田未来、新木優子、古川琴音、久保史緒里等知名度の高いキャストを起用しております。制作サイドとしてもこの作品に力を入れているんだなあ、と感じられました。

◇「 あらすじ 」
就職活動に苦戦する大学生清水美空(浜辺美波)には、「亡くなった人の声を聴くことができる」という、誰にも打ち明けることができない秘密があった。そんな彼女に運命を変える出会いが訪れる。彼女の能力に気づいた葬祭プランナーの漆原礼二(目黒蓮)から、葬祭プランナーの道に誘われたのだった。葬儀会社「坂東会館」のインターンとなった美空は、漆原とタッグを組み、妊婦の妻を亡くした夫、幼い娘を失った夫婦など、様々な家族の葬儀を通して、「残された遺族だけでなく、故人も納得できる葬儀と は何か?」という問いに向き合っていく。
◇コミカライズ版を読んでの感想
①、良く取材していると思います。遺体搬送、納棺、通夜、葬儀、火葬の流れきちんと把握し、その中で葬儀社の人間はどう動くか、遺族の心はどう動くか、よく考えて書いている。
②、主人公には、特別な能力が有り、死者の霊も見える。同様に、死者の霊を見る力が有る僧侶が登場する。小説やドラマなら有り得る設定だろうが、非現実的であり、共感しにくい。
③小説版漫画版では、お坊さんが登場し、御遺族に寄り添って葬儀を勤めている様子が描かれています。しかし、映画では、葬儀会場からBGM的に読経の声が流れてきたけれど、僧侶や宗教者は登場していません。僧侶も牧師も神主も登場せず、映画のストーリーでは葬儀社と納棺師だけで葬儀が進行しました。

◇映画に宗教者が登場しないのは、何だかなあ
映画館で購入したプログラムにプロデューサーのインタビューが載ってました。プロデューサーは「宗教者が登場しないことは、原作者を得ている。」旨のことが書かれていました。映画の上映時間という制約からの処置なのか、制作サイドが宗教者を軽視しているのか、真意はわかりません。
SNS上で、葬儀にまったく僧侶が登場しないことに違和感に感じる旨を投稿されていた僧侶が何人か居られました。私も有る程度同感です。宗教者を必要としない遺族も一定数居るかもしれません。葬儀社も「無宗教の葬儀がある」ことをパンフレットやホームページに明記している場合も多い。しかしながら、全体数でみれば、宗教者が葬儀に関わるケースの方が多いはずです。葬儀をテーマとして映画を製作する上で、宗教儀礼抜きのストーリーは偏っている、と言わざるを得ない。
正確なデータはわかりませんが、無宗教葬儀の割合が増えてきているのかもしれません。「葬儀に宗教者の関与が必要であるとは思わない。」という考えの方が増えているとしたら、その原因は宗教者側にもあります。宗教者の説明不足か教化不足ということになります。宗教者として、この点に ついては真摯に反省しなければなりません。私も反省しなければなりません。
私なりに故人に敬意をはらい御遺族に寄り添い、心込めて丁寧に葬儀を執り行っているつもりです。自分ではそういうつもりであっても、思っていることやっていることが相手の方に其の通りに伝わるとは限りません。「独りよがりになってないか?」と謙虚に振り返ることも必要だ、とあらためて思いました。
◇この映画で感じた問題点
葬儀社そして葬儀社職員は故人を思いやり、遺族に寄り添って葬儀を執行しています。そういうストーリーになっており、観客にも好意的に受け留められていると思います。でも、映画に出てくる葬儀社さんがあまりにも良心的すぎる、と感じました。
特定の葬儀社や葬儀社団体がこの映画の「後援」となってますから、葬儀社さんを悪くは描けません。当然と言えば当然です。この映画は葬儀社さんの働きを通して、いのちを考え、家族の在り方を考え、人生の送り方を考えることをテーマにしているんだと思います。映画の中で葬儀業界の問題点を追及するようなことはできません。火葬場の予約や搬送等の経費を度外視して、葬儀執行している部分もあります。それ故に、現実離れしているという印象は禁じえません。葬儀にある程度関わる方から見れば、突っ込みどころがかなりあると思います。この点については、別に機会に述べたいと思います。
本題に戻ります
葬儀社さんは、我々寺院が葬儀を執行する上で不可欠な存在です。葬儀を執行する上で「大事な仲間」です。とは言え、葬儀社さんもいろいろあります。実際に、とても良心的な業者もおられます。大部分はそういう葬儀社さんです。ご遺族に寄り添い、心のこもった葬儀となるよう努めている葬儀社員も多いと思います。
しかし、其の一方で悪質といわざるを得ない葬儀社もあります。社員個人としては故人のため御遺族のため心のこもった葬儀を行おうと努めていると思います。しかし、社員個人の思いよりも会社側の事情が優先する場合も多いのです。何故なら、会社は利益を追求します。土地を購入し葬祭会館を建てて設備を揃えます。テレビやインターネットでCMを流します。従業員を雇います。かなりの経費が掛かってます。その経費を回収するためには、それに見合う売上げが必要です。個々の葬儀の単価を少しでも上げて、売り上げを伸ばすよう営業努力します。営業努力と言える範囲内なら良いのですが、経費の水増し請求や不要なサービスの強要という事例もあります。
昨年実際に有った事例ですが、御遺族はCMにあった44万円の家族葬プランを頼みました。ところが、葬儀社からの見積は145万円でしたので、御遺族はびっくり。葬儀社も必死だから、安くしないでそのまま押し切ろうとする場合も多いんです。この点についても、話が長くなりますので、別の機会に詳しく説明致したいと思います。
洞林寺護持会会報『錦柳』令和8年春彼岸号掲載の記事を加筆改訂しました。
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