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区役所主催の「街歩き」ツアー
4月10日、仙台市若林区まつづくり推進課が主催する「街歩き」の方々がお花見を兼ねて、洞林寺に来られました。
事前に区役所の職員の方から「洞林寺の歴史等について少し説明していただきたい。」という依頼がありました。資料を準備し配布しました。
寺の歴史
鎮守である菅谷不動尊と祭典のこと
枝垂れ桜と花塚のこと
「北限のイペー」のこと
手短に説明しました。
「4月8日が花まつりなので、甘茶を用意しましたので、お召し上がりください。どうぞ飲みながら私の説明をお聞きください。」と言って甘茶を召し上がっていただきました。
説明を終え、「4月8日がお釈迦様のお誕生日ー花まつりーだったので、ここに誕生仏をお祀りしています。お釈迦様に甘茶をかけてお参りしてください。」と申し上げました。ツアー参加者の方々は、誕生仏に甘茶をかけて、お参りして帰られました。
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洞林寺婦人会の降誕会とお花見会
4月6日、洞林寺婦人会の例会が有りました。
4月の例会は、本堂で降誕会の法要を勤め、庫裡でお釈迦様の誕生を祝い、花見を楽しむお食事会です。
私の下手な法話を聞いていただき、食事をして、おしゃべりをして、
庭に出て、桜の木の下で写真を撮りました。
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境内の枝垂れ桜が満開になりました
3月26日に開花したという記事を書きました。
それから、雨や肌寒い日が続き、あまり開花が進みませんでした。
4月2日、4月3日と晴天になり、気温が上昇したので満開となったようです。
本堂西側にあるソメイヨシノは五分咲きから七分咲きというところです。
これは墓地の入り口にあるソメイヨシノです。こちらも五分咲きぐらいかな。
今日午前中は晴れていましたが、午後から雨です。
例年ライトアップもしてましたが、明日以降の気象予想を見て
考えます。
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3.11 気仙沼市 震災遺構・伝承館を訪ねて
3月10日、千厩の実家に行き、両親の墓参りをしました。今年の11月、父の17回忌の命日を迎えます。来年3月には母の17回忌を迎えます。法要の日程について兄と話し合いました。
仙台に帰る途中、気仙沼市の東日本大震災遺構となっている旧気仙沼向洋高校に寄ってみました。私が気仙沼高校に通ってしたのは昭和45年4月から49年3月までですが、そのころの校名は気仙沼水産高校でした。校舎も内湾の近くにあったと思います。その後、校舎新築のため、階上に移転し向洋高校と名称が変わりました。
JR気仙沼線は津波のため、多くの線路と駅舎が破壊され、現在はBRTバスの運行となっている。高校時代、一駅だけではあるが、私は毎日この路線を利用していたので、寂しさを禁じ得ません。
魚市場の近くにある「海の市」によって、ふかひれラーメンと煮魚を買ってから、45号線を南下して階上地区に向かいました。
10時ちょっと過ぎに到着。伝承館の脇にTBC東北放送のロケバス。館内を撮影してました。伝承館前に自衛隊の方々が居た、若い方にパンフレットのようなものを配っていた。自衛隊のプロモーション活動のようです。私が帰るころ、伝承館の前でカレーライスの準備をしてました。炊き出しの再現イベントでも行うようでした。
入場券600円を払い、入場。最初に映像シアターに案内され、13分間震災時の気仙沼の映像が流される。
その後、語り部ボランテイアの方の案内で、旧校舎内を案内してもらい、震災時の状況や避難行動について説明してもらう、時間に余裕のない方は自由に旧校舎内を見学しても良いようですが、約1時間ですが是非語り部産の説明を聞いてみてください。
震災時の様子は、「震災遺構 気仙沼向洋高校」で検索すれば、詳しい様子を知ることは出来ます。でも、実際の現場で当時の様子を聞く方が非常にリアリテイーがあります。
震災時、気仙沼向洋高校には、教職員25名、生徒170名、工事関係者25名が居ましたが、全員無事でした。生徒と誘導の教員は、標高32mの場所にある階上中学校に避難して無事でした。「即座に全員が集合し、避難行動に移る。」「情報を収集し、より安全な場所に避難する。」当たり前のことですが、震災直後に津波を想定し、的確に避難行動をすることは容易いことではありません。語り部の方も「日頃から防災意識を高め、避難訓練を繰り返すことの大切さ」を語っていました。
校舎屋上に避難した教職員・工事関係者も全員無事でしたが、迫りくる津波に死を覚悟した方も多かったそうです。津波は校舎4階まで到達しており、あと少し高かったら屋上も安全ではなかったそうです。
旧気仙沼向洋高校校舎は海岸から500メートルの場所にあります。ここから海岸に向かうと気仙沼の代表的な景勝地である岩井崎があります。潮吹き岩が有名です。津波で防風林の松がなぎ倒されました。辛うじて残った松が「龍の松」と呼ばれ、有名になりました。
岩井崎の潮吹き岩
龍の松
いのちは、つながっている
洞林寺住職
1、共命鳥(ぐみょうちょう)の話
共命鳥(ぐみょうちょう)は、極楽浄土に住む美しい鳥で、『阿弥陀経』というお経の中に登場します。
「ぐみょう」とは「命をともにする」という意味です。この鳥は、体は一つ、頭が二つあり、それぞれ別の意識を持ちながら、一つの命を生きる不思議な存在です。
共命鳥の一つの体には、カルダとウバカルダという二つの頭がついており、それぞれ独立した意識を持っていました。一頭が目覚めている時、もう一頭は眠っています。
ある時、カルダは眠っているウバカルダに黙って、たまたま摩頭迦(まずか)という果樹の花を見つけて食べました。非常に良い香りと功徳を持つ摩頭迦の花を食べることは、二頭にとって利益があると考えたからです。しかし、ウバカルダは目を覚ました後、カルダが黙って摩頭迦を食べたことに対し腹を立て、憎悪の念を抱きました。
さらにある時、ウバカルダは毒の花を見つけました。
「この毒を食べれば、カルダを苦しめることができる」と考え、眠っているカルダに黙って自ら毒の花を食べてしまいました。その結果、カルダにも毒が回り、苦しみ始めました。
そして、死の間際、カルダはウバカルダにこう語ります。
「私は良かれと思って摩頭迦を食べた。だが、あなたは怒りにかられて毒の花を口にした。その結果、私たちはともに命を落とした。怒りや憎しみに利は無く、それは自らを、そして他者をも破滅させるのだ。」
カルダの話を聞いているうちに、ウバカルダも毒に苦しみ、自分が行ったことの愚かさを悟りながら、息を引き取りました。
2、 共命鳥が教えてくれること
この共命鳥の逸話には多くの教えが込められています。
①良かれと思ってしたことでも、必ずしも正しく受け止められるとは限らない。誤解されたり、悪く受け止められたりすることも多い。
②怒りや憎悪から発した行動は、他者を害するだけでなく、結局自分にも返ってくる。
そして、何よりも学ぶべきは、
③すべての生き物は、様々な繋がりの中で生きている、ということです。
今、連日クマの出没と被害のニュースが報じられています。クマに限らず、鹿や猪による農作物への被害も甚大です。しかし、初めから「害獣」が存在していた訳ではありません。人間が自分の都合で決めたことです。「害虫」「害獣」と呼ばれる生き物だって、私たち人間と繋がっています。
安全な生活を送るためには「害獣駆除」は止むを得ないでしょう。しかし、「害虫害獣をすべて駆除する」ことが正しいかどうかは、十分に検討する必要があります。なぜなら、一面的な害獣駆除は、生態系破壊をもたらし、却って人間の生活を脅かすことにも繋がりかねないからです。共命鳥のウバカルダのように「自分さえよければ」という考えや、自己中心的な怒りは、自分自身をも苦しめ、自分の身を亡ぼすのです。
3、仏教の目指すもの
お釈迦様の教えのもっとも大切な教えの一つが、「一切の生きとし生けるものは、幸せであれ」です。すべての人の幸せを目指すことです。
「あそこの土地が手に入れば我々の暮らしは困らないぞ。我々の平和で幸せな生活のために、あの場所を侵略しよう。」
こう考える人が、世界の各所にいます。現に戦争が起きています。
「我が民族は優れている。他の民族はそれに従わせるべきだ。」
そうして他の民族を追い出したり、攻撃したりする。そこから、紛争が起き、戦争に拡大してます。
「他者の命や財産を奪って、幸せになる」なんてありえません。領土や経済的な繁栄を得ても、それが報復やテロの種を蒔くことになっていては、本当の幸せは得られません。民族が違っても、国家が違っても、同じ地球に生きる人間同士、命は繋がっています。
内山興正老師の本にこんな寓話があります。
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或る禅僧が裏庭に出てみると、カボチャたちが言い争っていました。
「お前がそこにいると俺に日が当たらないから、どいてくれ。」
「そういうあんたこそ邪魔だよ。」
「お前ら、うるさいぞ。」と、
言い合いがだんだん激しくなるのを見かねた禅僧は、
「ともかく一度、静かに座れ」と一喝し、坐禅をさせました。
坐禅して落ち着きを取り戻したカボチャたちに、禅僧は言いました。
「自分の頭に手をやってみろ。」
カボチャたちが手を当てると、頭のてっぺんにはヘタがあり、そこからつるが伸びています。そう、言い争っていたカボチャは、みんなつながって生きていたのでした。
>
禅僧に諭され、カボチャたちは一つのつるに繋がっていたことに気がついた、というお話です。カボチャたちは気が付きましたが、人間はいつになったら気が付くのでしょうか?
私たちは、この大宇宙の中で命をいただいて生きています。すべての命は繋がっているのです。そのことに気付けば、愚かな戦争の繰り返しは無くなるはずです。現実の戦争を直ちに解消するのは難しいですが、命のつながりには気付いてもらいたいものです。「一切の生きとし生けるものは、幸せであれ」を願い、すべての生きとし生けるものと共存共栄できる道を目指しましょう。
洞林寺護持会会報『錦柳』令和8年新年号
伝道標語 令和8年新年
ウクライナ、イスラエルのガザ地区、
そして新年早々ベネズエラとイラン。
人はどうして争うのだろう。
政治学、経済学、地理学、地政学。
そういう分野からの言及も多々あると思います。
仏教学的に言えば、DNAの中に貪瞋痴の三毒があるからなのだろう。
争いの中に平和も幸福も安らぎも有る筈無い。
しかし、そのことの虚しさに気付かないままの人も多いようだ。
だからこそ、虚しさに気付き、
狭い料簡を取っ払っていかねばならない。
いがみ合う
世界から
拝みあう
世界へ
人種も、宗教も、文化も乗り越えて
すべての人々を尊重し助け合う。
そういう世界になって欲しい。
とは言え、現実は甘くない。
甘くないけど、理想を高く掲げて、
一歩一歩歩んでいきましょう。
この伝道標語。
残念ながら、私のオリジナルではありません。
社団法人仏教伝道協会の標語大賞の入選作です。
多くの人々の心に留めていただきたい標語だと思います。
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