乱闘で選手生命を絶たれたあのコーチが退団! | 第7シーズン

第7シーズン

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チェックをするのも大変な程、連日各チームのコーチが首を切られている。中には次の移籍先が決まっていての退団というケースもあるが。

最下位に終わったヤクルトは、荒木大輔投手コーチ(49)・飯田哲也外野守備走塁コーチ(45)・中西親志バッテリーコーチ(52)と来季の契約を結ばなかった。

後任にはOB解説者の高津臣吾(44)の他、2軍の福地寿樹外野守備走塁コーチ(37)や、巨人を退団した野村克則(40)が候補に上がっているらしい。



荒木と飯田は他チームでもコーチの経験があるが、中西親志(なかにしちかし)は、1996年にヤクルトで現役を引退後、翌年から今季まで、バッテリーコーチ一筋だった。


中西は現役時代、危険球退場制度導入のきっかけとなった試合に大きく関わっている。

1994年5月11日ヤクルト対巨人(神宮)。

先発西村龍次(ヤ)の投球が、村田真一(巨)の頭部(ヘルメット)を直撃。マウンドに駆け出した村田が数歩進んだだけで倒れ込み、主審が警告試合を宣言。

すると木田優夫(巨)が、打席の西村のわき腹に、報復の死球。速球ではなかったので、主審は退場をコールせず、乱闘にもならず。

今度は木田が打席の時、バッターボックスの一番端っこに立ち、簡単に見逃し三振。

ヤクルトが4-0とリードした7回表、西村がグラッデンの顔付近に投げ込み、乱闘が勃発!

グラッデンが中西捕手をマスク越しに殴ったため、指2本を骨折。

中西もミットでグラッデンを殴り返したが、巨人の選手たちに背中を蹴られて重傷を負った。



古田敦也はファウルチップで指を骨折し、欠場中だった。

西村・中西・グラッデンが退場処分。

西村はオフに近鉄へトレード。

グラッデンはこの年限りで現役引退。

乱闘に関わった選手たちは散々な結果に。





Wikipediaによると、中西は顔面骨折と左目打撲。乱闘の際、巨人の選手たちに背中を数10発蹴られて捕手生命を絶たれた。グラッデンもヤクルトの選手たちに、顔を踏み付けられたとか。

中西はこの試合より以前にも、渡辺伸彦投手(神)とパリッシュ(ヤ)の乱闘に加わっているし、中日の乱闘要員・岩本好広とも一戦を交えている。


今季限りでコーチの職を失うが、『退団』と書かれていたので、裏方にもなれずに球団を去り、野球界から離れるのか…。


*10/31に球団が中西親志のフロント入りを発表。


📝追 記

2017年 ヤクルトのスカウトを担当

2024年 ヤクルト選手寮の寮長に就任(63歳)