変動6 | 秘密の扉

秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして

眼からボロボロと涙が出てくる。早かれ遅かれこのやり取りは起こることで、だから私たちは合わない。傷の浅いうちで良かったのだ。頭はそれでよかったが、まだ浅いはずの傷は思いのほか大きく戸惑った。画数の多い「嫌い」の文字が私を全否定してくる。泣いて泣いて眼が腫れた。

四角い枠で切り取られた小さな画面で、こんなにも魅せられてしまう。相変わらず私は極端で思い込みが激しかった。一時は随分大人になったと褒めてやりたいぐらいだったけれど、全然変わっていない。そのことも悔しさに拍車をかけた。情けない。情けない。情けない。
せめて一度くらい逢ってみたかった。溢れてくる涙は傷口から出る真っ赤な血で、いつまで経っても止まらなかった。自分自身のコントロールを完全に失って、まるでテレビで見た津波に押し流される車のようだった。私の意志も都合も全て押し流していく津波。何もかも奪って破壊し尽くしていく津波。

「徹、ごめんね。もうそんなこと言わないから機嫌直して
 ホントはそっちに逢いに行きたいぐらいなんだ」

「それってHでもする気かぁ」
「や、別にそこまでは」
「いいよ、ここで。ここで話そう」徹は何だとかかんだとかグズグズと理屈を捏ねていた。
「逢いたくないんなら仕方ないけど、なんか変な妄想みたいになっているのが困る。顔が見えないと、さらに倍増する。だからカメラをつけて欲しいんだ」
「明日な」


翌日彼は早朝にボランティアに向かい、
「早く出ることになった。また来週ね、ごめんよ」というメッセージが残されてた。


私はノイローゼと一緒だった。いい年をして痛々しい自分に腹も立つ。何もかも上の空で、仕事は中途半端で間違いばかりしていた。何一つ完成しなかった。計画は全て先延ばしにされた。何でも良い。とにかく元の平静な自分に戻りたい。



折り良くたかしからメールが来た。
「身体の具合はどうだー」
「いろいろあって…云々」
「何?そんなに悪いのか」
「だけどだいぶ良くなったから大丈夫」
「これから顔だけ見にそっちへ行くー」
夕方だった。
「今から来られても困る。明日にしよう」
「明日は都合が悪い、もう家を出ちゃった。いつものファミレスで」
「ちょっと戻って、そんな食事時の近所のファミレスは地雷原だよ」
「戻らないー」
「ホント困るんだ」
「そっち行くー」
これも違ったタイプの俺様なのかもしれなかった。仕方なく急いで夕食を作り
「ちょっと友達に誘われて飲みに行くから。すぐ戻る」と、家を出た。

それでもいつものようにたかしの胸に顔を埋めるとホッとした。しっかり抱きしめてもらってたくさんキスをして、まだきちんとそこに思いがあることを確認した。そうだ私はこの安らぎが欲しい。そしてそれは確かにあった。明日も、ひと月先も3ヶ月先もあるだろう。

ごめん、たかしちょっとだけ。この津波が収まるまで。仕方がないじゃない、地震なんて地球の都合で勝手に起こるんだし、海の中で起きれば津波になる。
だけど津波は全てを破壊して飲み込んでいった。本当に大丈夫か自信がなかった。



2011年7月27日 (水)におこなわれた衆議院厚生労働委員会より、児玉龍彦氏(東京大学先端科学技術研究センター教授 東京大学アイソトープ総合センター長)の発言部分