香港ドール3 | 秘密の扉

秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして

売春宿に連れて行かれたときは、一目で状況が分かった。唇をぽってりと塗った女たちが派手派手しいサテンのソファに寝そべって、阿片に倦んだ目線をチラとこちらに向けたのが唯一の反応で、彼女たちはまた倦怠の海に沈む。私がわめき騒いでも、縋り付いて助けを求めても何の反応も示さなかった女たち。その反応のなさで私は総てを悟ったのだ。


今は状況が分からない。
部屋がどこなのか、いつまでここにいるのか、なにをさせられるのか分からない。丸一日闇の中に放っておかれて食事すら自分で取ることが出来ない。
眼が見えなくなったと知ったときに、自分の目を触ってみると、眼球はそのままで物理的に潰されたものではないらしかった。だとしたら視力が戻ることがあるのかもしれないと思ってみたり、いったいなんだってこんな風にされる謂れがあるのかと憤ってみたりしたけれど、今は大人しくして状況を把握するしかないのだった。

一人でいるときは投げやりで捨て鉢な気分に支配されていても、男が来るといったいなにをされるのかと恐れる、それは恐怖そのものだ。


食事を十分食べ終えると、私は口を開かなかったので男は了解したようだ。またお茶を入れてくれる。
私は見えない目を見開いたまま黙って座っていた。それはなんだかとても気詰まりだった。男が立ち上がり、バスタブに湯を張る音が聞こえて、男の鼻歌も混じる。また風呂に入れられるらしい。

「カムオン、ドール」男に手を引かれてバスルームに移動する。
昨夜着せられたままのバスローブと下着を脱ぐとバスタブに導かれた。
今日は男も一緒に入浴するらしい。石鹸を手につけて私の身体を洗い出した。首筋、肩、背中、腕…背中から抱きかかえられて男の手が私の前に回りゆっくりと胸を愛撫するようになぞり始めた。
売春宿でさんざん手荒に扱われてきた私はなんだか不思議な気分になってしまう。それはまるで恋人同士の睦みあいのようだった。
閉ざされたバスルームの中で耳に聞こえるのは水音と男の息遣いだけ。
盲目の私の感覚は触覚に集中されて次第におかしな気分になってくる。
シャボンを通したしなやかな指が私の秘所を探り当て襞の一つ一つに分け入る。けれどそれは続かずに尻に移り次に足を洗い、シャワーで流されてバスルームから連れ出された。
再びタオルで身体を拭かれ、薄いネグリジェを着せられてベッドに導かれる。いよいよと覚悟すると、昨夜と同じように男は出て行ってそれきりだった。


昼間うつらうつらとしたから、ちっとも眠くなかった。いったい彼の目的はなんなのだろう。バスタブの中で尻にあたった感触は彼が不能ではない証だった。考える時間はたっぷりとあって、でもこれからどうなるのか、彼が私になにをしたいのかは全く分からなかった。

翌日も翌々日もそれは変わらなかった。目覚めると粥か万頭が用意されていて、まだ温かみが残っているときもあった。
夕方か夜になると男がやってきて私に食事をさせ、風呂に入れた。
他に着るものがないので私は一日中ネグリジェで過ごした。着てきた服はどこへ行ったのだか分からなかった。部屋は暖かく、いつもエアコンの低い音がしていた。
ベッドで日がな一日過ごす。

頭の中ではいくつもの疑問が浮かんで消えて、男の来訪をいつの間にか待つようになっていった。

何しろなにもすることがないのだ。
窓からの音は結局雑音ばかりで、下のほうから切れ切れに聞こえる言葉も意味が分からない。
男の様子だと私に危害を加えるつもりもないようだった。
売春宿の待機室に充満する阿片に酔いながら神経を麻痺させて、入れ替わり立ち代り男の相手をさせられるより何倍もましなのは分かっていた。
話す相手もいない、緩慢な時間の経過の中での唯一の刺激が男との接触で、彼だけがこの部屋で音を立て、動き、変化するものなのだ。
視覚を失った私はまだそのことを何か夢のように考えていて、現実感がなかったのだろうか。いや、もともと多分香港だと思われるここにいることも夢の中の出来事のようだった。


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