お金を稼ぐとはシビアなモノだ
100円を稼ぐのが
どれだけ大変か?
10円や1円の価値を知る事に繋がる
自分は中学生で
本当の意味での
お金の価値を知ったのだ
自分の人生に置いて
大変 有難かった
新聞配達を勧めてくれた
親へは多大な感謝が存在する
日本人に
義務として存在する
労働とは何か?
労力と時間を使い働く!
対価として
お金を稼ぐ事ではない
働くとは どう云う事か?
この働くを
勘違いしている人が多すぎる
私は この働くの意味を
この時に学んだ気がする
働くに付いては
おいおい書こう
中学生の私は
稼いだ お金を何に使っていたか?
学ランを買っていた
長ランにボンタンだ
学生服屋で
カタログを手に入れ
値段は考慮せず
お気に入りを4,5着 持っていた
とても懐かしい…
喫茶店通いも この頃から
当時の名古屋は喫茶店だらけ
それについても
おいおい書こう
そんな
お小遣いが贅沢な中学生は
新聞配達中
ちょっとした事件に遭遇する
駅前のビルの一角で
なにやら音が鳴っている
朝の静まり返った街で
「ボコン」「ボコン」
と一定のリズムを刻み
辺りに爆音が鳴り響いている
「このビルからだ」
いつもの配達場所だ
いつも通り配る
「この部屋からだ」
場所を確認して
業務と作業をこなす
次へ行こうとするが
立ち止まる
誰も騒いでいない
とんでもない音以外は
静まり返っている
辺りに爆音が鳴り響いているのに…
そう
自分しか居ないのだ
意を決して
3階にある その部屋へ行く
「ピンポーン」
返事がない
「ピンポーン」
「ピンポーン」
中が何やらバタバタと騒がしい
寝ぼけて寝ていたであろう
20代くらいの
サラリーマン風の男性が
出てくる
「音が」
慌てふためく男性
風呂場へ行く
扉を開く
「ガラガラ」
異様な音が一段と鳴り響く
煙が辺り一面に覆いかぶさり
玄関の外の自分のところにも…
この男性は
酔っ払って帰って来て
風呂を沸かし
そのまま寝たみたい
今とは違い
昔の風呂は安全装置が無い
水は在ったのだか
全ての水が沸騰して
空焚き状態になったのだ
それで
あのボコボコした音が
辺り一帯に鳴り響いていたのだ
煙も凄かった
辺りはビショビショだ
慌てて
風呂場のスイッチを切り
外の
給湯器のスイッチも切る
音は止んだ
静寂に包まれる
髪も顔もグシャグシャで
疲れ果てている
スーツを着た男性に
お礼を言われる
「ありがとう お兄ちゃん」
「いえいえ」
「気を付けてください」
「あぁ すまない」
平謝りだ(笑)
そして別れた
中学生ながらに
「サラリーマンって大変なんだなぁ」
と当時 想って考えた
やつれた顔の
この男性の姿に
何かを感じたのだ
「大人って大変だ…」
そんな最中
今度は
新聞配達で足の怪我をしてしまう
いつものように配っている途中
片方の足をくじく
自分は手や足の骨折を
それまで5回以上していたので
やった時に それが あった時に
捻挫なのかヒビなのか骨折なのか
だいたい解っていたのだ
今回は明らかに骨折だ
直ぐに分かった
しかし
配るのは後少しだ
やり切るしかない
怪我を やってしまった後悔と
冷や汗が とんでもなく出る痛み
激痛が身体中に響く
根性でやる やってやる
意を決する
気合いで乗り切る
足を引きずりながら
階段を昇る降りる
「まだまだ」
「やるんだよ」
「やるしかないんだ」
「動け」
「持ちこたえろ」
激痛が走っていたが
気合いが精神が
身体に勝ったのか
痛みが無くなる
足は棒のようになっている
感覚が無いのだ
ヤバい状態だ
そして
なんとか時間は掛かったが
配り終える
片足ブランブランで
自転車を漕ぐ
販売店に帰る
タイムカードを押して
「お疲れ様」
と言って帰る
怪我した事は言わなかった
只々
恥ずかしいからだ…
情けない…
足の感覚は無い
痛みはない
でも
足は棒
足を引きずりながら
片足で自転車を漕ぐ
家に到着
玄関で初めて自分の足を見る
「………」
声も出ない
大袈裟ではなく
3倍に膨れ上がっている
全身の血の気が引いて
「終わった」
俺の足は終わった
と思った
すぐさま
近くの接骨院に母が電話する
朝の早い時間なのに出てくれた
家 兼 接骨院
昔の町医者は有難いm(_ _)m
直ぐに父の車で向かう
自分は
「俺の足は終わった」
としか考えられなかった
接骨院に到着
靴は脱げないので
とんでもなく大きなハサミで
靴を切る
レントゲンを撮る
CTやMRIは当時ない
昔の医者は凄い
視て触診して解るみたいだ
先生が
「大丈夫」
「足は大丈夫」
「酷い状態だけど大丈夫」
「ありがとうございます」
すぐさま
ギブスでガチガチに固められる
膝までだ
「大袈裟だけど
治り具合で徐々に切って行くから」
松葉杖を渡される
安堵した
ホッとした
力が抜ける
「ありがとうございました」
家に帰る
朝食を食べ
その日の学校は休む
自分は
何を考えたか?
何を思ったか?
「新聞配達を休める」
嬉しくて
嬉しくて
嬉しかった
歓喜した
「やった」
「ふぅ~」
その後
これを機に
中日新聞の
新聞配達を辞めることにした
皆には悪いが
辞めたのだ
今 少し後悔がある…
この怪我は
中学2年生の冬だったと想うが
中学3年生の最期まで
お世話になるべきだった…
申し訳ないm(_ _)m
でも
中学3年生になると
朝日新聞で働く事になる(笑)ワッハッハ
それについては
次へ…
ではでは~
チャオ✨