昨日に引き続き、香取・鹿島・神栖・東庄旅行の二日目です。
恒例の朝の散歩。ホテルの近くにセントラルパーク(神栖中央公園)があるというのでそこへ向かいます。
鹿島や神栖と言えば、コンビナート工場とその関連会社の建物ばかりのような印象だったのですが、大きな市街地が広がり、国道沿いにはショッピングモールなどが数多く存在する住宅街でした。
中央公園には、映画「サクラ花」(2015年公開)の撮影で使用された桜花復元機が展示されていました。太平洋戦争後期、海軍神之池基地(神栖市・鹿嶋市)・内閣中央航空研究所鹿島実験場(神栖市)で操縦訓練が 行われていたそうです。
ふれあいの丘(築山)に登ると360度の景観が広がります。天気さえよければ富士山や茨城県庁舎も望めるそうです。
さて、ホテルに戻って朝食です。
品数が多くて、少しずつ取ったのに大変な量になってしまいました。朝食付きの料金で5,860円で泊まったのですが、この朝食、別に頼むと1,800円(税込み)。温泉施設がこれも別料金だと1,000円(休日なら1,200円)ですから、差し引き宿泊代は約3,000円という文句の言えない安さです。
まあ、文句もあったのですが(スリッパのアッパー素材が健康サンダルみたいで、痛くて歩けない。 温泉大浴場に行きつくのに上り下りがあって遠い。冷蔵庫に冷凍庫が無い。ウォシュレットから温水が出ないなどなど)。まあ、細かいことを除けば、綺麗だし全体として快適には過ごせました。
ということでチェックアウトして、農産物直売所に向かいます。
これも何度も来たことのある「道の駅 いたこ」
夏野菜真っ盛りですから、どれもリーズナブルで新鮮でした。

面白いのが、お土産品やキャラクターグッズが変わったものが置いてある「うるおい館」。
ヨシムラの字体の「チバラキ」 や「なめ猫」のステッカーが置いてあります。

さて、Gemini の旅行計画によると、ここから旭市の K&Sファーム ひまわり畑なんですが、朝、パンフレットを見ていたら 東庄町に「天保水滸伝遺品館」があるというのを見つけ、そこに寄ってみることに。

昨日この前の道を通った時に、相撲の旗のようなものがたなびいているのが気になっていたのですが、ここだったのですね。
諏訪大神の参道に施設があるので、まず諏訪大神にお参りをします。

主神は大国主命の息子の建御名方命(たけみなかたのみこと)。大同2年(807年)、坂上田村麻呂将軍が東征の折、悪神退治の祈願により祭られたのが創祀。
天保水滸伝とのかかわりは、任侠 笹川繁蔵がここで奉納相撲を開いたといわれており、境内には立派な土俵が。

相撲の神様・野見宿禰命の碑もあります。笹川繁蔵はこの碑の建立とあわせて「奉納相撲(大花会)」を開催したとのいわくのある碑です(後述)。

夏には奉納相撲や大相撲出羽海部屋の夏合宿でにぎわうそうです。


それでは、遺品館へ。観光協会の方に声を掛けて施設を案内していただきました(本来、1週間前までに予約が必要だったみたいでラッキーでした)。

『天保水滸伝』は、江戸時代末期の天保から嘉永年間にかけ、下総国の利根川下流域を舞台に繰り広げられた、2人の博徒(笹川繁蔵と飯岡助五郎)の親分による激しい縄張り争いを描いた物語。実際に起きた「大利根河原の決闘」などの史実をベースに、講談や浪曲の演目として脚色され、日本中で大人気となった。

笹川繁蔵は、文化7年(1810年)下総国須賀山村(香取郡東庄町)に生まれ。生家は代々醤油と酢の醸造をしてきた村きっての物持ちで、繁蔵は幼少のころから漢字や数学、剣などを著名な師について学び、人間的にも優れた人物だったと言われる。
繁蔵はやがて相撲取りになるために江戸へ出たが、一年ほどで村へ帰る。その後賭場通いを始め、ほどなくして当時笹川の賭場を仕切っていた芝宿の文吉から縄張りを譲り受け笹川一家を張ることになる。

田中角栄の揮毫があります。浪曲が好きで、あの声はその名残だそうです。

笹川繁蔵の遺品や、重要文化財として保存されている古文書などが展示されています。繁蔵が愛用していた「キセル」「三度笠」「平手造酒愛用の手鎗」「徳利」「勢力富五郎の短筒」など、江戸時代の侠客の様子をうかがい知ることができます。

笹川繁蔵は、賭場を仕切る博徒でありながら、地元である下総国須賀山村周辺において、困窮した農民への援助や、地域の治安維持といった自治警察的な役割を果たしていた。
「天保の大飢饉」に見舞われ多くの領民が餓死に瀕する中、繁蔵は、諸国の親分衆を集めて大規模な博奕の会(花会)や奉納相撲を開催(領主への言い訳に使った方便)。そこで集めた巨額の資金を元手に、飢饉で困窮する地元の農民や貧民へ金品を分け与え救済した。

飢饉の影響で治安が著しく悪化し、無宿人が横行。幕府の警察権力が地方の隅々まで行き届かない中、繁蔵は子分を率いてこれらの暴徒を退治し、地元の村々を警備する「自治警察」のような役割を果した。
土木工事や地域振興利根川下流域の水運の要所であった笹川河岸の治安や環境を整備し、物流や商業(地域の主産業であった醤油醸造や水運など)が円滑に回るよう差配していたとされている。

このように、「度胸、金離れ、男っぷり」の三拍子が揃った侠客として、単なるアウトローにとどまらず、公権力に代わって地域社会を支える事業を行ったからこそ、繁蔵は死後も地元の人々に慕われ、講談や浪曲で「善玉の英雄」として語り継がれることになったようです。
ということで、観光協会(天保水滸伝遺跡保存会)の方と話し込んでしまい、お昼を大幅に過ぎてしまいました。
当初予定していた海鮮の店(飯岡 幸㐂)がすでにオーダーストップになっていたため、飯岡漁港にある「しらす亭」へ。

親子丼(アジの漬けと釜揚げしらす~本来のいわしが不漁のため 1,650円)

鯛の漬けと生しらす丼(1,650円)を美味しくいただきました。

このあと、当初予定の 旭市 K&Sファーム ひまわり畑へ向かったのですが、ひまわりの「ひ」の字も見当たらず(次の作物のために綺麗に刈り取られた後だったのか?)。
ということで、旅程を終了し家路に着きました。








