ただ、この様な編集のレコードは当時他にも例はある。しかし本作を特に残念と感じるのは、この「バグズ~」を演奏した1954年の12月24日に演奏した他のナンバーが「マイルス デイヴィス アンド ザ モダンジャズ ジャイアンツ」という名で後に発表されていて、しかもその内容がことごとくテンションが高くスリルに溢れていているといったものだからだ。このセッションの全曲こそ本当にジャズの歴史に燦然と輝く記録として一つにまとまっていなければならなかった。
1954年の12月24日録音の「~ モダンジャズ ジャイアンツ」に収められた「バグズ~」以外の曲は合計4つ。スタンダードの「ザ マン アイ ラヴ」のテイク1と2、マイルスの「スイング スプリング」、モンクの「ベムシャ スイング」だ。これに1956年録音の有名なマラションセッションから「ラウンド アバウト ミッドナイト」1曲が加わり1枚の作品となっている。
ここでも既に2つのテイクとセッションに別れているのが何をか言わんやではあるが、当然今回は1954年の方のセッションで話を進めよう。
アルバム「バグズ グルーヴ」に収められた「バグズ~」の2テイクはマイルスとモンクの喧嘩セッションとして名を残している。1954年12月24日のクリスマス イヴにニュージャージー州ハッケンサックのルディ ヴァン ゲルダー スタジオに集まった大物2人がトランペット ソロのバックでピアノを弾く弾かないでモメたというらしい。ただしマイルスが言うには、それはモンクの音楽性と自分のプレイを考慮しての上の発言だったものが、意思の疎通が出来ず張りつめた緊張感漂う場になってしまったらしい。まあ今となってはその全容を知るのはエンジニアのヴァン ゲルダーだけなのだが、少なくともこの連中にクリスマスをみんなで祝おうなんて気持ちが無かったのは確かだ。
これが有名な「バグズ グルーヴ」の喧嘩セッションで、この曲をタイトルにした「バグズ~」というアルバムが名盤となった。
しかし、その緊張感はむしろ「~ モダンジャズ ジャイアンツ」に収められた「バグズ~」以外の方の曲に克明に現れている。「ザ マン アイ ラヴ」のテイク1には始まった途端に物言いが入る様子が収まっているし、テイク2ではモンクがソロの途中で演奏を止めてしまいそうになるのを、マイルスがトランペットで煽り立ててまた戻すという場面がまともに聴いてとれる。ここでのマイルスは苛立ちを隠そうともしていない。
そして「スイング スプリング」は全員が何かに取り憑かれた様な激演を繰り広げる。特にミルト ジャクソンが凄いのだが、同じ様な激演は他にも多数ある。しかし本作が明らかにやばい空気の煽りを受けたという特別な演奏なのは、聴いてみるとまともに判断が出来るというもの。こんな不穏なアルバムなどジャズの歴史にはそう残っていないのではないか。
だからしてこの面白さは、「バグズ~」も含めた1セッションでまとめて、その全容を1つの作品として鑑賞したかった。「ザ マン~」の2テイクは確かに聴き比べてみると面白いが、「バグズ~」の2テイク並べは面白くない。だから「ザ マン~」のどちらかと「バグズ~」のどちらかを入れ替えて別テイクなしの1枚と、残りの別テイクを片面に収めて合計1枚半にしておけば良かったんじゃないかと思う。
調べてみるとこのセッションは元々10インチで発売されていて、それは「バグズ~」と「スイング~」を両面にカプリングした「マイルス デイヴィス オールスターズ」と、「ベムシャ~」と「ザ マン~」をカプリングした「同 Vol.2」で構成されている。この地点では良心的だ。
しかし新たに開発された12インチが主流となり再び編集し直した時にこのような構成になったのだろう。浪速商法と呼ばれるプレステッジの事だから、1枚のアルバムに1人でも多く売れるプレイヤーの名前を出したかったのかも。事実「バグズ~」のジャケットはプレイヤーの名の文字のみだ。
ただ、12インチ化の際の混迷は何もプレステッジに限らずブルーノートにも多く見られたものだ。
因みにプレステッジが12インチを発売し出したのは1956年。これはマイルスが最後のマラソンセッションを行った年だ。そう考えるとマイルスのプレステッジ イヤーズは、有名な12インチのアルバムの数々では無く、当時は10インチで世に親しまれていた事になる。これって少し意外だと思うのは僕だけだろうか。









