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Doodlin' Records

神戸元町のバー「Doodlin'」店主がチョイスするジャズレコード紹介。
勝手気ままに書かせていただきます。

ああだこうだと言った前置きなど必要は無い。結論から先に述べさせてもらうと、本作がジャズメッセンジャーズの最高傑作だ。
高らかに歌いまくるフレディー ハバード、白目向いてうねるウエイン ショーター、モーダルに徹したカーティス フラー、ピアノで全てを押さえ込もうとするシダー ウォルトン、自由奔放で暴力的なレジー ワークマン、そして怒濤のグルーヴを流し込むアート ブレイキー。彼のドラミングは、ドラミングというよりドラムセット全体を力づくで揺さぶっている様だ。上限を知らないテンションに重厚なアンサンブルが重なり、飛び散る汗が聴いているこちらにも降り掛かってきそう。「フリー フォー オール」のパワーは全員が神の領域にまで到達してしまった瞬間を記録している。何度鳥肌が立つことやら。

1961年12月に「ブハイナズ デライト」を録音した後、メッセンジャーズはブルーノートを離れてリバーサイドなどのレーヴェルに数枚のアルバムを残している。そのいきさつはよく判らない。ただその間にベースがジミー メリットからレジー ワークマンに替わり、2年2ヶ月ぶりにブルーノートに帰ってきて吹き込んだのが本作だ。
リー モーガンが在籍した2管メッセンジャーズは、リーの人気もあり、ひとつのレーヴェルで安定したレコード制作が可能であった時期だった。しかしカーティス フラー、フレディー ハバードが加入したこの3管メッセンジャーズは、そういった意味ではサウンドが強烈になったにもかかわらず、幾分損をしていた感がある。ブルーノートに無事(?)戻り、慣れたヴァン ゲルダー スタジオで思い切り演りたい様にやれる喜びが爆発したのだろうか、本作はそんな気持ちの高揚ぶりが半端なものでは無く、むしろ恐いくらいに表れている様だ。

しかし、本作がここまでの凄みを帯びた理由は他にもあるのではないかと思う。なぜならメッセンジャーズがブルーノートを離れた2年2ヶ月にあたる1962年から1963年という期間が、あまりにもアメリカ黒人にとっての社会状況が変化していく過度期に当たるからだ。
実際にこの期間にアメリカ国内で起こった様々な黒人差別撤廃や地位向上の運動と、それに関わる事件の数々は、身近なアメリカの比較的近年の出来事とは到底思えないくらい衝撃的なものばかりだ。その時代も生まれた国も人種も違う僕が詳しく説明など出来ないのだが、本などで調べていただくと、その異常さは掴めるはずだ。

当然この時代、ジャズミュージシャンもそんな運動に入り込んだ姿勢を示していく。有名なところではマックス ローチ、チャールズ ミンガス、ジョン コルトレーン、アーチー シェップ、ドナルド バードといった人達が上げられるだろう。しかし日本ではほとんど知られていないが(そして僕はそれに不満を持っているのだが)、実際には他の黒人プレイヤーのかなりの数がこの運動に感心を持ち、その気持ちを音楽に表している。

メッセンジャーズもその例外ではない。そしてそれは本作に収録された2曲のタイトルに表れている。
1曲はもちろんアルバムタイトルになったウェイン ショーター作の「フリー フォー オール」。当時この「フリー」という単語こそが黒人運動の共通したキーワードであった様で、アート ブレイキーはその以前にも、やはり重要な運動の名称である「フリーダム ライダー」を録音しているし、ジャッキー マクリーンの「レッツ フリーダム リング」やオスカー ピーターソンの「自由への讃歌」などはジャズの歴史でも重要な位置に置かれるものだ。

さらに露骨なタイトルを持つのがフレディー ハバード作の「THE CORE」。COREは全米黒人地位向上教会(NAACP)と共に当時この運動を牽引していた団体である人種平等会議の略称で、これは本作のライナーノートにも記されている。
1963年4月。COREの若い運動家13人がフィラデフフィア市庁舎の市長室を占拠し、市の建設プロジェクトにおけるジム クロウの完全撤廃を求めた。そして運動は結局CORE側の勝利に終わり、黒人の雇用は確保されるに至る。フレディーは恐らくこの事件に感銘を受けたのだろう。

この2曲がとりわけ高いテンションを感じさせる様に、「フリー フォー オール」はその他のメッセンジャーズの作品より、ひときわ社会性を帯びた作品となった。そしてそれが異様な凄みとなって反映されているのは間違いない。当時の黒人の気持ちの高ぶりをこれでもかと発散させている様だ。

90年代になって、第一線で活躍する多くのドラマーが本作をリスペクトしていると発言した。ブレイキーを尊敬するラルフ ピーターソンは自己のアルバムでタイトル曲を再演までしている。しかしこれはただ作品の出来や個人の力量のみで挙げているのではないだろう。それだと傑作が軒並み揃うメッセンジャーズなのだから、もっと分散されるはずだ。
本作が現在の多くのプレイヤーの心を動かしているのは、やはり本作の持つ社会性ゆえだろうし、本作の最大の価値はここにあるのではないかと思う。


いくら大のジャズファンを自認していても、中古レコードの棚をあさっていると誰か知らないプレイヤーの名前はそれこそ五万とめぐり会う。100年ほどの歴史があり、常に人気ジャンルとして世界中で星の数ほどのプレイヤーがレコードを制作しているのだから無理もない話だ。そんなものを全てチェックするのは、いくら好きであっても時間的に無理だし、もしセールの時ならば次に棚が空くのを待っている人に避難ごうごうの扱いを受けるというもの。

それでも、そんな誰か知らない人のレコードにもかかわらず、手をふれた途端にピタリと止まるケースがやはり、ある。
チャールズ ウィリアムズという人の「チャールズ ウィリアムズ」。アメリカの電話帳に一体何人載っているねん、と聞きたくなるくらい平凡な名前。しかもタイトルも本人の名だ。

正直、このレコードで手が止まったその理由は、黒人でアルトサックスを吹いているから、でしか無い。しかもメインストリームという聞いた事あるような無いような微妙なレーヴェルのものだ。あえていえばジャケットと写っている本人の姿が、無名であるというのを物語る様にあまりパッとしない風貌であるのに、かなり僕好みの黒くてワルいジャズのムードを発散させていたからという事になる。つまり勘だ。それ以外はない。
といっても、手が止まったからといって購入に至ると限らないのはレコードコレクターとしては当然。そんなもの全て買っていたらいくら香櫨園の皮膚科の名医であれ破産だ。

しかし今回は勝手が違った。メンバーをしげしげと見ると、何とそこにオルガンプレイヤーとして、僕の敬愛するドン プーレンの名前を発見したのだ。1987年のマウントフジ ジャズ祭でド肝を抜かされて以来ずっと僕のアイドルであり続けているドンが、元々はオルガンプレイヤーであったのは知っていた。プーレン&アダムス双頭バンド以降もデヴィッド マレイの「シャキルの戦士」やメシオ パーカーの「ルーツ」は愛聴盤だ。そんなドンの若き日のオルガンプレイが楽しめる。これを見送る手があるだろうか。
さらに、収録曲を見ると「プリーズ センドミー サムワン トゥ ラヴ」が収録されているという事実が追い打ちをかける。パーシー メイフィールドが作った黒々としたこの名曲。ジーン アモンズ、フィニアス ニューボーン jr、ジミー スミスと、同曲を演奏したレコードはことごとく大好きだ。このジャケット~メンバー~曲目という順序はジャズレコードマニアがチェックを入れる不変の流れ。覚えておいた方がいい。

という訳で今回はその購入に至るまでの経緯に大変字数を費やしてしまったけれど、期待にワクワクしながら聴いてみたその内容は正に僕の期待した通りの黒くてワルいファンクジャズであった。僕は2011年にシカゴとニューヨークへ旅行に行って以来、音楽的に練り上げた作品より、黒人の生活臭が滲み出た様な普段着のジャズを探し求める傾向が強いのだが、あまり知らないマイナー中のマイナーレーヴェルで、今では名前も知られていないプレイヤーのレコードは、正に願っている通りの音を届けてくれるものだ。本作はその見本と呼べるものだろう。

チャールズの音楽はジャズファンクであれ、どこか柔らかく、ブルーズが滲み出ている。シャッフルやファンクも良いが期待の「プリーズ~」はグイグイと唄い上げる様が見事だし、スタンダードの「ゼア イズ ノー グレイター ラヴ」も粋にスイングしていて快適だ。この2曲をものにしている所が、このプレイヤーのジャズマンとしての価値を知らしめる所だろう。ドン プーレンも後年の変態さはまだ伺えないが、その瑞々しさが期待通りだ。
さらにチャールズの相方を勤めるテナーのバッバ ブルックスが良い。「プリーズ~」の黒さ溢れる大らかな唄いっぷりは主役のチャーリーを超えている聴き応えを感じる。このバッバ ブルックスについては、その経歴は全く不明だが、以前にテナーのティナ ブルックスを調べていた際に、ティナには双子の兄弟がいて、その兄も同じテナー奏者でババ ブルックスという名である、という記事を読んだ記憶がある。このバッバがその兄なのだろうか。しかし中ジャケットに写る写真はティナとは全く似ていない。今後究明していきたい所だ。

最後にチャールズについて、本作にはレナード フェザーによるこの地点の簡単な経歴の紹介があるので、僕のつたない英語の判読で記してみよう。
チャールズ ウィリアムズ。1932年テネシー州のホールズという所の生まれ。ジュニア ハイスクールで楽器を習得し、ミズーリ州ジェファーソンにある名門リンカーン大学に進む。その間だか卒業後にはメンフィス スリムなどと活動。1961年にニューヨークへと出る。以降ブルックリンのゲットーに住みつきながらフランク フォスターやクラーク テリーのバンドで活動したという。
因みにこの文章を書くにあたり(一応)チャールズの他のアルバムを調べてみると、メインストリームにはまだいくつかのリーダーアルバムがある。その内の1枚はたしかに「コテコテ デラックス」で紹介されていてジャケットを覚えているものだった。しかもそれもオルガンはドン プーレンだ。欲しい。
結局今回の冒険で、またまた放っておけないソウルジャズの星が2人も現れた。という事はまた中古レコード屋さんで悩み苦しむ種が増えたというものよ。嬉しいのだか悲しいのだかといったところ。


1961年にドイツのベルリンで行われたジョニー ホッジスのコンサートを2枚にわたって収録した豪華お得版。タイトルのSPORTPALASTは恐らく会場名でしょうが、ドイツ語は全くわからないうえ、タモリみたいに物真似すら出来ないので、今回はアルファベットで表記した訳ですダア。
そんな本作は録音当時は未発表だったものを、1978年になってパブロから発表されたもので、ローレンス ブラウン、ハリー カーネイ、レイ ナンス、サム ウッドヤードといったお馴染みのエリントニアンを従えての楽旅であります。

エリントン楽団とドイツといえば、彼らはナチスが猛威をふるっていた時期に、一度その地を訪れている。そして敵国とみなされた国の音楽として大変ものものしい状況におかれ、辛い思いを強いられたという。何でも帰国してすぐにヨーロッパで火の手が上がったとか。
それから20数年、ホッジスはじめエリントニアンらはどんな心境でドイツを訪れたのか?気になるところダア。

とはいえ、その演奏内容はといえば、これまたエリントンの昔の曲がほぼ大半を占めた、61年の地点からしても「昔はよかったね」(もちろん同曲も収録)的な内容。しかし、ここは流石に超名人芸集団のなせる技、それが決してマイナス点などにはならず、むしろ全22曲という膨大な収録曲数を通して彼らの懐深さが伺い知る事が出来るという、ファンには嬉しい嬉しい贈り物と呼べる記録であります。

また個人的な経験から感じた事を言わせていただくと、僕は2011年5月に初めてニューヨークのハーレムを訪れたのだけど、今回改めて本作を聴いてみると、この演奏の全体から醸し出されるムードが、録音から半世紀たった今でも僕がハーレムで感じたムードを彷彿とさせる事。何げに針を落としただけなのに、3年前に経験したハーレムの様々な風景が思い出されるのだ。これは決してこじつけではない。

これはつまり彼らにとってそれだけハーレムは切っても切り離せない場所であったのだろうし、ハーレムの文化がそれだけジャズをはじめとした黒人エンターテイメントに絶大な影響を及ぼしていたというあらわれであるのだろう。
ドイツの地で、どこのどいつを相手にしても、ハーレムの不変の要素を醸し出すエリントニアンは本当に素敵な人達だったのダア。



ジョニー ホッジスの足音が聞こえた2011年のハーレムの旅行記はこちら
2013年は12月29日まで営業いたします。

今年は本当に色々な方と出会える事が出来ました。人生で一番教えてもらう事が多かった1年だったかも知れません。ありがとうございました。

2014年は1月4日から営業させていただきます。この日はDoodlin'の開店2周年の記念日でもあります。

そして来年の「波止場ジャズフェスティバル 2014」のラインナップが決定しました。今回は3月1日・2日の2デイズ、ジャズオルガンの橋本有津子を筆頭に全10バンドの出演でお送りいたします。
随時詳細発表します。お楽しみに!
ジャズメッセンジャーズの歴代No.1凄腕ピアニストとしてまっ先に名前があがるのが、本年度惜しまれつつ亡くなったシダーウォルトンだ。きらびやかに音がひろがっていく独特のタッチは、ピアノにしてあの超重量3管フロントと渡り合えるくらいのパワーを感じるというもの。

そんなシダーが最初に契約したプレスティッジから発表されたアルバムも、さぞきらびやかでパワフルなピアノが楽しめるのであろう。
と思い聴いてみた本アルバム。そのシダーが弾いているのは、時代を反映してか、もったいない事にほとんどがエレクトリックピアノ。それにより期待したあの独特のタッチは全く披露されていない。しかもフルートやギターなんかが入って「マイ シェリー アモール」や「ペンサティヴァ」なんてポップ曲を実におしゃれにこなしているではないか。
ここにはメッセンジャーズ史上最高の凄腕の片鱗も感じさせるものはない。

ただよく聴いてみると、随所に作曲も得意なシダーの抜群のセンスが感じられ、それが作品全体を覆っているのはよくわかる。
そしてそれは当時たくさん作られたこの手のレコードよりも、頭一つ抜き出た聴き応えとしてかえって来ているのは確かで、結局は流石とうならざるをえない。
エレクトリックピアノでこそ表れる、メッセンジャーズとは別のシダーの素晴らしい一面を楽しむにはもって来いの一枚といえるだろう。

因みに僕の知る範囲で、シダーの凄腕ピアノとしてのトリオ作品は、1976年の新宿ピットインでのライブ盤まで待たないといけない。ところがこれLPでなかなか入手出来ないんだなー。


好きなジャズ曲といわれても当然五万とある訳だが、あえて1曲選ぶとしたら、コール ポーター作曲の「イッツ オールライト ウィズ ミー」だろう。

チャーリー パーカーが特別にコール ポーター集を制作している様に、確かにポーターの楽曲は「ラヴ フォー セール」とか「ジャスト ワン オブ ゾーズ シング」みたいに多くのモダンジャズのプレイヤーが好んでとりあげているのはみなさんご存知の通り。
その中でも「イッツ オールライト~」はソニー ロリンズ、エロール ガーナー、ジョニー グリフィン、ジミー スミス、ディック モーガンというキラ星の如くなスター達がレコーディングしていて、そのどれもがド肝をぬかれるくらいの快演、激演をくり広げている。それらは本当に文字通りの満足を得られるものばかりだ。どうやらこの曲にはプレイヤーを特別に燃え上がらせる何かがある様だ。

さて、取りい出したるアルバムはサヴォイというレーヴェルから発表されたものだが、見ての通り田舎のキャバレーを彷佛とさせる様な悪趣味なジャケット。普段からグラフィックデザインの見本の様なブルーノートやプレステッジのジャケットを見慣れている人にはとうてい50年代のニューヨークジャズとは思えないダサさだろう。
しかしこれはまぎれもなく録音当時の最先端を行くハードバップで、カーティスフラーがリーダーになってるベニー ゴルソンとのジャズテットの1枚。トランペットはアートファーマーではなく、リー モーガンが抜擢されているし、ウィントン ケリーとポール チェンバースとチャーリー パーシップという実に贅沢な布陣が華を添えている。

そのアルバムのA面1曲目が「イッツ オールライト~」。そしてこれがまた名人チャーリー パーシップの猛烈な煽りをうけたうえ、豪勢なゴルソンハーモニーもかぶさり、とにかく重厚にして痛快。先に挙げた人達をも差し置いて、これこそが同曲の最高名演と太鼓判を押したくなるくらいの胸スカ感を味わえる出来映えなのだ。

しかしのっけからあんまり凄いというのも考えもの。どうもこれ以外の楽曲を聴いた印象というものが全く無い。それでも今回ここに取り上げるにあたって、あんまり無責任な事を書くのはいかがなものか、という訳で買ってから今まで1回も聴き返した記憶のないB面ももう一回聴いてみると、確かにジャズテットだけあって聴かせ所も多い。メッセンジャーズの名演が光るカーティス フラー作の名曲「アラビア」なんかも演っていて意外とあなどれないのだ。

というか、このメンバーで悪いもの作れって方が無理だろう。

早い話、ジャケットがもうちょいセンス良ければもっと評価もされていただろうし、逆に「イッツ オールライト~」が無いうえにこのジャケットならもっと幻になっていただろうな、という結論にもって行きたい訳なのだ。


通常とはちょっとズレてる独特なトーンを持つ人気アルトプレイヤー、ジャッキー マクリーン。世界中のピッチに悩むサックス吹きにどのくらい勇気を与えたことやら。

そのマクリーンはさまざまな優秀なトランペッターと組んでアルバムを残してきた。そもそもマイルス デイヴィスの元から出て来たのだし、共演数が多いのはドナルド バード、ケニー ドーハムの二人だろう。他にもリー モーガン、フレディー ハバード、ブルー ミッチェル、ウディ ショウ、それに人気盤「クールストラッティン」ではアートファーマーと組んで見事にブルージーなムードを醸し出すのに成功している。
これほどのトランペッターと組んだサックス吹きはそうは見当たらない。これだけでも凄いキャリアである。

そんな中で、つい忘れてしまいがちなトランペッターがビル ハードマンだ。これまた独特な声を持ったプレイヤーで、その奏法は誰とも競う様子はみられず、やたらとマイペース。人柄で勝負するタイプとでもいえばいいのだろうか。

そんなハードマンと独自なピッチのマクリーンは、元々アートブレイキーのジャズメッセンジャーズでフロントをまかされていたコンビ。しかしこの時代はメッセンジャーズの暗黒時代といわれていて、あまり人気がない。多分二人のマイペースぶりが他の時代よりのっぺりした印象があるからだろう。

しかし僕はこの組み合わせに何か仲の良い同級生を見ている様な特別な親近感を抱いてしまう。妙なトーンのかぶさりによる頼りなさがまたその感情をあおるのだ。

本アルバムはそんな二人を前面に出したもの。フィリー ジョー ジョーンズという超凄腕をドラムに迎えているのだから当然燃えてはいるのだけど、やはりどこかのんびりしている様に聴こえてしまう。ジャケットの肩を組んでる二人を見るとまるで卒業アルバムを見てる様だ。

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本日は毎月第1月曜日のBLUENOTE MONDAY

今回がその第1シーズンの最後になります。そして最後を飾るアーティストは?

もちろんこの人、ジャズを支えたプロフェッサー、ドナルド バード!
最後まで取っておきましたが、ブルーノートを愛する人ならその理由は納得していただけるでしょう。
夕方6時から夜中までブルーノートのドン一色でお送りいたします。もちろん通常営業。

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第2シーズンの予定は近日公開
ビバップを生んだ偉大な人達といえば、チャーリー パーカーにディジー ガレスピー、ファッツ ナヴァロ、そしてバド パウエルなんかが一番に思い浮かぶ。彼らの特徴はまず兎にも角にも、その超絶技巧ともいえる演奏テクニック。そしてそのためには命も惜しまないという生き様があげられるだろう。

その点において、やはりもう一人の最重要ビバッパーであるタッド ダメロンの評価が、現在ではいまいち芳しくないのも無理はないか。

タッド ダメロンはビバップ創世記から大変優れた作編曲でならしたピアニスト。少しでもジャズをつっこんで聴かれている方なら自然と彼の曲は何曲かはご存知だろう。そのくらいそちらの方面では偉大な形跡を残された人だ。タッドこそがビ バップを作り上げた第一人者であると言っても過言ではない。

しかし、実際にそのピアノの腕は?と聞かれたら正直な事を述べさせていただくと、可も無く不可もなく、毒にも薬にもならない、箸にも棒にもかからない(やったっけ?)としかいいようがないといったところか。彼の全ての録音を聴いた訳ではないが、少なくともタッドのピアノでエキサイトしたという経験はない。

しかしそんなタッドのピアノプレイが決してあなどれないというのもまた事実だ。タッドのプレイを言葉に表すと無駄のないツボをおさえたセンスが光る演奏という事になる。そしてその点にかけては群を抜いている。

そんなタッドの良さがはっきり出ているのがこれ。1956年にジョン コルトレーンとフィリージョージョーンズを迎えたカルテット作である。ジャズの教科書によると、この時代はビ バップから既にハード バップに以降しているとあるが、それを象徴した様に、当時マイルス クインテットに在籍していたこの2人はまさに飛ぶ鳥を落とす勢い。そのテンションの高さとタッドの淡々とした省エネ奏法が妙なバランスを保っている。本作を聴いた範囲ではビ バップもハード バップも上手く噛み合えば何も問題ないという事だし、それもタッドのコンポーザーとしての優れた点であるのはよく理解できる。
地味だけどこういう聴き方もあるのがジャズの面白い所かも知れない。

ちなみにジャケットは再発のもの。オリジナルは自分で調べてね。

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本日中古レコード屋さんへ行かれたみなさん、ご苦労様でした。いいのありましたか?また耳より情報を教えてくださいね。
さて、いいのがあった、なかったは別にして、あなたが今日レコードの棚を物色している時に、少なくとも1回は頭をよぎった事を当ててみせます。

「ソニー スティットって一体何枚くらいアルバムを出してるねん?」

関西弁で思ったかどうかは別にして、実際中古レコードをあさっておりますと、大体1つの棚にスティットのレコードは最低1枚は隠れている。しかも今だに何じゃこれは?という新種(中古なのに)も続々発見される始末。スティットこそ中古レコード屋さんの王様と呼ぶに相応しいと思う。

以前にヒューストン パーソンのレコードを紹介した際に、本国でのパーソンの人気は絶大で、そのレコード数は膨大な数だと記した。スティットはそのパーソンに近いプレイヤーだったのだろう。しかもパーソンより先輩にあたる。とにかく日本のファンには理解出来ない所の人気を誇っていたのがスティットなのだ。
需要がないとレコードもない。そう考えるとレコードの数が膨大なのは納得できる。

そんな中で僕が持っているスティットの一番の珍盤と言えるのが本作。1964年にプレスティッジから発表されたもので、ドン パターソンのオルガンとビリー ジェームズのドラムというたった3人の編成による作品だ。
この時代のプレスティッジのアルバムゆえ、本作のプレスは確かに少なかった。しかも恐らく日本で発売なんかされてはいないだろう。実際に僕の所有する盤はオリジナルで、当然ヴァン ゲルダーの刻印入りだ。別にこれは自慢ではある。

しかしそんな条件より、本作を珍盤と呼ぶ由縁は、本作のスティットはテナーサックスを吹く以外に歌も唄っているからだ。B面2曲目の「MAMA DON'T ALLOW」がそれ。黒人音楽を好む人ならこのタイトルで大体の想像はつくだろう、ブルーズフィーリングに満ちたナンバーで、やはり想像通りスティットの歌は黒人丸出し。しかもぶっきらぼうだ。お世辞にも上手いとは言えない。しかしその味はスティットの演奏スタイルと全く同じで、歌からサックスに代わる瞬間は正に名人芸。流石としかいいようがない。
めったに歌ものがかからないDoodlin'にあって、隠れた人気ヴォーカリストがスティットなのである。

しかし聴き所はそれだけじゃないのがこの当時のプレスティッジ。先にも述べたが、本作の編成はたった3人。その中でもギターもベースもいないという条件で音楽を作り出したオルガンのドン パターソンの実力こそが本作の決め手だ。
パターソンは本作のちょうど一週間前に、同じくプレスティッジに自身の初リーダーアルバムを録音している。例の僕がニューヨークの露店の中古屋さんで2ドルで手に入れた「ジ エキサイティング ニュー オルガン」がそれだ。ここでのドンもスティットではなく、ブッカー アーヴィンのテナーを入れた3人編成だった。この編成はパターソンが好んだからなのか、プレスティッジの予算の関係なのかはわからない。ただ、こんな状況を屁とも思わず、まるで簡単に1人3人前の活躍をやってのけるパターソンの実力には脱帽せざるを得ない。

パターソンの初リーダーアルバムはアーヴィン相手らしく、非常のハードでブリブリの正に一騎打ちと呼べるものだった。しかしスティットのサイドに回った本作は一転してジャズ的ムードを漂わせたブルージーで心地よいセッションだ。
調べてみるとこの3人はプレスティッジにおいては他に4~5枚の録音を残している。スティットが1924年ボストン生まれ。対してパターソンが1936年オハイオ州コロンバス生まれだから両者の年齢差は10以上となる。そう考えるとスティットのバンドメンバーとしてパターソンとビリー ジェームズは雇われていたのではないかと推測は出来る。しかしそのレコードの数々はスティットだけではなく、パターソンのリーダーアルバムも含まれている。一体この人達の関係ってどうなっているのやら。ひょっとして非常にいい加減なものだったのだろうか。
こういった僕らが一番知りたい情報が隠されたままなのは本当に難儀だ。

サックス吹きならパーカー、コルトレーン、ショーター、ローランド カークなんてプレイヤーの伝記、評伝は発表されている。これらはジャズの歴史を知る大変重要な資料として今後も残るだろう。だけどスティットやアモンズやジミー フォレストやロックジョウ デイヴィスといった庶民に愛されたスーパースター達の軌跡はまだまだ蚊帳の外に追いやられている。でもDoodlin'に集まる研究員たちは諦めない。ほんの小さな手がかりを元に想像力を駆使してソウルジャズの本質を究明していく所存である。

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