高らかに歌いまくるフレディー ハバード、白目向いてうねるウエイン ショーター、モーダルに徹したカーティス フラー、ピアノで全てを押さえ込もうとするシダー ウォルトン、自由奔放で暴力的なレジー ワークマン、そして怒濤のグルーヴを流し込むアート ブレイキー。彼のドラミングは、ドラミングというよりドラムセット全体を力づくで揺さぶっている様だ。上限を知らないテンションに重厚なアンサンブルが重なり、飛び散る汗が聴いているこちらにも降り掛かってきそう。「フリー フォー オール」のパワーは全員が神の領域にまで到達してしまった瞬間を記録している。何度鳥肌が立つことやら。
1961年12月に「ブハイナズ デライト」を録音した後、メッセンジャーズはブルーノートを離れてリバーサイドなどのレーヴェルに数枚のアルバムを残している。そのいきさつはよく判らない。ただその間にベースがジミー メリットからレジー ワークマンに替わり、2年2ヶ月ぶりにブルーノートに帰ってきて吹き込んだのが本作だ。
リー モーガンが在籍した2管メッセンジャーズは、リーの人気もあり、ひとつのレーヴェルで安定したレコード制作が可能であった時期だった。しかしカーティス フラー、フレディー ハバードが加入したこの3管メッセンジャーズは、そういった意味ではサウンドが強烈になったにもかかわらず、幾分損をしていた感がある。ブルーノートに無事(?)戻り、慣れたヴァン ゲルダー スタジオで思い切り演りたい様にやれる喜びが爆発したのだろうか、本作はそんな気持ちの高揚ぶりが半端なものでは無く、むしろ恐いくらいに表れている様だ。
しかし、本作がここまでの凄みを帯びた理由は他にもあるのではないかと思う。なぜならメッセンジャーズがブルーノートを離れた2年2ヶ月にあたる1962年から1963年という期間が、あまりにもアメリカ黒人にとっての社会状況が変化していく過度期に当たるからだ。
実際にこの期間にアメリカ国内で起こった様々な黒人差別撤廃や地位向上の運動と、それに関わる事件の数々は、身近なアメリカの比較的近年の出来事とは到底思えないくらい衝撃的なものばかりだ。その時代も生まれた国も人種も違う僕が詳しく説明など出来ないのだが、本などで調べていただくと、その異常さは掴めるはずだ。
当然この時代、ジャズミュージシャンもそんな運動に入り込んだ姿勢を示していく。有名なところではマックス ローチ、チャールズ ミンガス、ジョン コルトレーン、アーチー シェップ、ドナルド バードといった人達が上げられるだろう。しかし日本ではほとんど知られていないが(そして僕はそれに不満を持っているのだが)、実際には他の黒人プレイヤーのかなりの数がこの運動に感心を持ち、その気持ちを音楽に表している。
メッセンジャーズもその例外ではない。そしてそれは本作に収録された2曲のタイトルに表れている。
1曲はもちろんアルバムタイトルになったウェイン ショーター作の「フリー フォー オール」。当時この「フリー」という単語こそが黒人運動の共通したキーワードであった様で、アート ブレイキーはその以前にも、やはり重要な運動の名称である「フリーダム ライダー」を録音しているし、ジャッキー マクリーンの「レッツ フリーダム リング」やオスカー ピーターソンの「自由への讃歌」などはジャズの歴史でも重要な位置に置かれるものだ。
さらに露骨なタイトルを持つのがフレディー ハバード作の「THE CORE」。COREは全米黒人地位向上教会(NAACP)と共に当時この運動を牽引していた団体である人種平等会議の略称で、これは本作のライナーノートにも記されている。
1963年4月。COREの若い運動家13人がフィラデフフィア市庁舎の市長室を占拠し、市の建設プロジェクトにおけるジム クロウの完全撤廃を求めた。そして運動は結局CORE側の勝利に終わり、黒人の雇用は確保されるに至る。フレディーは恐らくこの事件に感銘を受けたのだろう。
この2曲がとりわけ高いテンションを感じさせる様に、「フリー フォー オール」はその他のメッセンジャーズの作品より、ひときわ社会性を帯びた作品となった。そしてそれが異様な凄みとなって反映されているのは間違いない。当時の黒人の気持ちの高ぶりをこれでもかと発散させている様だ。
90年代になって、第一線で活躍する多くのドラマーが本作をリスペクトしていると発言した。ブレイキーを尊敬するラルフ ピーターソンは自己のアルバムでタイトル曲を再演までしている。しかしこれはただ作品の出来や個人の力量のみで挙げているのではないだろう。それだと傑作が軒並み揃うメッセンジャーズなのだから、もっと分散されるはずだ。
本作が現在の多くのプレイヤーの心を動かしているのは、やはり本作の持つ社会性ゆえだろうし、本作の最大の価値はここにあるのではないかと思う。








