何はともあれ、メンバーの顔ぶれを眺めてほしい。ベテラン、老人、サラリーマン、ヤンキー、イスラーム、女、オタク、紳士、日本人、一般人、奇人、変人、他。もちろんみんな想像だけれど、このバラエティーさはいくら人種のるつぼと言われるニューヨークでも半端ないのではなかろうか。そして全員が果てしなくいい顔をしている。その右端に構える主役は何と堂々とした風格なのだろうか。
クリフォード ジョーダンの夢のビッグバンドはここに完成したのだ。時は1991年。ニューヨークはコンドンズに長期レギュラー出演を果たしたのがこのバンドなのだ。
そのサウンドはまさに主役の特徴を100%以上反映されたもの。自由奔放でダウン トゥ アース。もちろん緻密なアレンジをほどこしてはいるものの、そんなものを感じさせない豪快さが前へ前へと出ている。主役以下全員が完全に一つになって繰り広げるビッグバンドの理想的サウンドとクリフ ジョーダンの音世界が完全にマッチして、それはもう究極のジャズ的快感が得られる事、絶対。
そして、その中心にあるのがメンバー全員のクリフ ジョーダンへの信頼なのだろう。確かこの地点でジョーダンが癌に侵されていたのは発覚していたはずなのだが、ここでは本人も含めそんな心配事は微塵も感じさせない。こんなビッグバンドを作り得た男はジャズの歴史の中でもクリフ ジョーダン以外には存在しないと断言したいと思う。
そのビッグバンドがブルーノート東京に出演したのが、92年の末(だったと思う)。僕と同級生はさっそく新幹線に飛び乗ったのは言うまでもない。宿を取る金はなく、コンサート終了後は新宿あたりでちびちび飲みながら始発を待つという貧乏旅だが、全く苦にならない。クリフ ジョーダンが、このサウンド、この素敵な連中と一緒に僕達の前に現れるのだ。喜び以外は感じないというもの。
現場について意気揚々と入場を待つ僕達の前に車椅子に乗った男が現れた。がりがりで目が飛び出しそうで、もう自分では車椅子も動かせず付き人に押してもらっている。僕は失礼ながら何かぞっとしてしまい、一歩引いてしまったのだ。
いよいよ開演時間が来た。ステージにぞろぞろとメンバーが集まる。CDジャケットと違いみんなお揃いのブレザーを着ている。それでもあんまりCDを愛するあまり全員の顔を覚えていたので、何か初めて会った様な気がしない。
しかしそこにクリフ ジョーダンの姿はなかった。もう癌の件を知っていたので、それが原因だとはすぐにわかった。
バンドは副リーダーであるトランペットのディジー リースが指揮を取っていた。この男にしても充分伝説である。そしてバンドサウンドはCDそのもの、いやそれ以上のものも多々見受けられた。その日はメンバーの一人が誕生日らしくて、誰かがソロでハッピーバースデイを吹き大いに楽しんでいるのがこちらに伝わってくる。人種的に全く揃っていない集団が、これほど一つになれるものだろうか。この日は結局メンバー全員の熱演に次ぐ熱演で盛り上がりは最高潮に達した。
でもジョーダンはいない。その淋しさはメンバーの中にもあったのだろう。何かみんな楽しんでいるのは間違いはないが、それは最後の晩餐を噛み締めている風でもあった。それでもクリフ ジョーダンの日本の夢はここに彼を慕う素晴らしいメンバーによって叶えられた。
帰りにゴールデン街でこの日の興奮について同級生と話した。最初はジョーダンの不在については何か口には出しにくかったものの、そうはいかず結局話した。そしてその際、会場に入る前に会った車椅子の男がジョーダンその人だと彼が話した。僕は気づかなかったけど、彼は服装でわかったらしい。でもその変わり様に言葉が出なかったという。
その4ヶ月後の1993年3月27日、クリフ ジョーダンはこの世を去った。こんな事ってあるのだろうか?僕より前にジョーダンの魅力をわかって、あの日ジョーダンを認識した同級生の親父さんと全く同じ日に亡くなったのだ。運命を感じてしまう。
結局クリフジョーダンのビッグバンドは少なくとも僕らにとってはジャズの歴史上最高の遺産として記憶と共に残った。しかしクリフ ジョーダンにはもう会えない。会って尊敬の言葉もかけられないし、お礼も言えない。
去年訪れたニューヨークでは今だにクリフ ジョーダンの曲を特集したプログラムが催され、まだ20歳そこそこの青年が「ベア キャット」を演奏していた。その他にもジャズシーンのあちこちでジョーダンの名前を発見出来た。※
そこで僕が考えるに、無くなったのは彼の肉体だけであり、彼の魂は今でも生きている。高い山の頂きから僕らを見守っているのだ。あの優しい目で我々ジャズを愛する人間が間違った道を進まないか、じっと見つめているに違いない。
僕には夢がある。それはいつか僕の店Doodlin'に、老若男女問わずクリフ ジョーダンの愛を授かった者達が集い、彼の偉業について語り、後世に伝える役割を担う事。ジョーダンを愛していればそれは自然とやってくると信じている。僕らはジョーダンズ チルドレンなのだから。

※この時の旅行記は
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