全国を廻っている石原裕次郎、三船敏郎主演の映画「黒部の太陽」の上映会。神戸の松方ホールで行われた昨日、開場30分前に行けば余裕で当日券にありつけるだろうとタカをくくっていたのが大間違い。昼の部も夕方の部もソールドアウトとの事。ハーバーランドまで自転車こいで行ったのに、バカバカバカ!
しかし歴史的な映画を生涯スクリーンで観れる唯一のチャンス。諦めるのはあまりに惜しい(では最初から前売り券を用意していろという話だが)。そこでFACEBOOKで他都市の上映の情報を訪ねてみると、親切な方がわざわざ調べてくださって、来週尼崎と明石で上映会が行われるとの事。よし!
という訳で、ここはいやいやながらファミリーマートのチケット販売の機械に初挑戦。大体にして僕はこういうのに嫌悪感を抱くからいつものり遅れるのだ。
機械操作はやはり難航を極めた。昔ならシネマガイドのおっさんに「~の~、1枚」と言えばすむ問題だったのに。こういう機械の悪口は言い出すとキリがないので、まあいずれの機会に、機械だけに。
ところが、苦労してたどりついたにもかかわらず、またしても、しかも2会場ともソールドアウト!これで尼崎なら焼肉かお好み焼き、明石なら玉子焼きかあなご、そしてビールという計画も泡となって消えてしまった、ビールだけに。
しかし変なところで意地を張ってしまうワタクシ。こうなりゃヤケクソ、とばかり他都市も探ってみる。
と、ありました9月23日、奈良文化会館。しかも空席あり。奈良なら阪神電車で行けるはず。たどたどしい手つきで何とか購入出来たぞ。
という訳で、9月23日は奈良に行くのでDoodlin'はお休みをいただきます。
しかし、せっかくの小旅行。少しは奈良情緒も味わいたいもの。奈良といえば何とビールなんやろ?柿の葉寿司か?鹿せんべいか?
あと奈良の面白いお店を知っていれば教えてください。ジャズのお店でいい所もあれば行ってみたい。
70年代になってロックをはじめとする電気音楽にとって代わられたメインストリームジャズ。それを再び人々の耳を向けさせたのが彗星の如く現れたウィントン マルサリスであるというのは多くの人の意見が一致してるところ。
しかし大事なのは、そんな苦しい時代にもニューヨークのジャズシーンを守り通したプレイヤーがいたからこその話だという事ではないだろうか。
それが例えばブレイキーであり、ホレス シルバーであり、ルー ドナルドソンであり、ウディ ショウ、ジュニア クック、ビル ハードマン、ジョージ コールマン、ウォルター デイビスjrといった人達。
そんな中でも今回紹介するレコードのメンバー、シダー ウォルトン、サム ジョーンズ、ルイス ヘイズ、クリフォード ジョーダンこそ、その時代の代表的なプレイヤーといえるのではないだろうか。
ジャズ不況のさなか、73年に録音された本作は、当時恐らく何度もギグを繰り返していたであろう4人によるごく日常的なセッションを収めたライブ盤。メンバーに特別な思い入れがある者でない限り、普通に聴くと何も特徴がない平凡なものに終わるかもしれない。
でも過酷な状況のなかでも自分の音楽を演奏し続けようという彼らの心情を思うと決して無視は出来ない。これもまた大したジャズ史の記録であると思うし、彼らの偉大さを心底感じる事も出来るというもの。

しかし大事なのは、そんな苦しい時代にもニューヨークのジャズシーンを守り通したプレイヤーがいたからこその話だという事ではないだろうか。
それが例えばブレイキーであり、ホレス シルバーであり、ルー ドナルドソンであり、ウディ ショウ、ジュニア クック、ビル ハードマン、ジョージ コールマン、ウォルター デイビスjrといった人達。
そんな中でも今回紹介するレコードのメンバー、シダー ウォルトン、サム ジョーンズ、ルイス ヘイズ、クリフォード ジョーダンこそ、その時代の代表的なプレイヤーといえるのではないだろうか。
ジャズ不況のさなか、73年に録音された本作は、当時恐らく何度もギグを繰り返していたであろう4人によるごく日常的なセッションを収めたライブ盤。メンバーに特別な思い入れがある者でない限り、普通に聴くと何も特徴がない平凡なものに終わるかもしれない。
でも過酷な状況のなかでも自分の音楽を演奏し続けようという彼らの心情を思うと決して無視は出来ない。これもまた大したジャズ史の記録であると思うし、彼らの偉大さを心底感じる事も出来るというもの。

フュージョンは好きくない。
だからクルセイダーズはずっと僕の興味の対象外だった。もっともそれなりにジャズファン歴も長い訳ですから、このバンドが元々ジャズ クルセイダーズという名前で、テキサス出身で、最初はジャズを演ってて、その頃はめっぽうカッコ良かったくらいの知識は持ち合わせていたけれど。
さて、Doodlin'には毎晩僕が逃げ出したくなるようなコアな音楽人が集まって来てくださっておりますが、その中の一人N君は僕と同い年。生きた時間がほぼ一緒なので、共通の話が出来てむちゃ楽しい。ただクルセイダーズに話題がおよんだ時、「スクラッチ」というアルバムを僕が聴いた事もないと言うと怒られた。彼が言うには「のみ屋に「スクラッチ」がないとはどういう事か!」という事らしい。
しかし人は怒らせてみるもんだ。何と彼は翌週ハックルベリーにて500円で発見した「スクラッチ」をわざわざ購入してDoodlin'に贈呈してくれたのだ。
さてその「スクラッチ」は、ギターにラリー カールトンが入ったライブ版。70年代まる出しのサウンドだが、それはもう黒くてソウルフル。それでもってライブは果てしなく盛り上がるうえムチャクチャ心地良い。恐らく一昔前の僕なら毛嫌いしていたであろうオシャレ感漂うサウンドが今では懐かしく響く。考えたら僕らが小学生だった頃、こんなサウンドがあちこちから聴こえていたなー。
そしてクルセイダーズの客のツボを押さえきったステージングは、まるで人生はホンキートンクと教えてくれている様だ。これは僕の座右の銘に一致する。クルセイダーズは頭のジャズがはずれても最高のホンキートンクバンドだったのだ。こりゃのみ屋には必需品やわ、N君ありがとう。でもうちに買ってくれた盤が自分の持ってる盤より音がいいって悔しがってましたが、替えへんでー。
最後にクルセイダーズについて、Doodlin'のヨシペディアことY田さんの説明「クルセイダーズはですねえ、これはピーター バラカンが書いていたんですが、南部音楽であると、彼はジョー サンプルが自分達の音楽は南部音楽以外何ものでもないと語っていたのを聞いたか読んだかしてたんですねえ」なるほど。

だからクルセイダーズはずっと僕の興味の対象外だった。もっともそれなりにジャズファン歴も長い訳ですから、このバンドが元々ジャズ クルセイダーズという名前で、テキサス出身で、最初はジャズを演ってて、その頃はめっぽうカッコ良かったくらいの知識は持ち合わせていたけれど。
さて、Doodlin'には毎晩僕が逃げ出したくなるようなコアな音楽人が集まって来てくださっておりますが、その中の一人N君は僕と同い年。生きた時間がほぼ一緒なので、共通の話が出来てむちゃ楽しい。ただクルセイダーズに話題がおよんだ時、「スクラッチ」というアルバムを僕が聴いた事もないと言うと怒られた。彼が言うには「のみ屋に「スクラッチ」がないとはどういう事か!」という事らしい。
しかし人は怒らせてみるもんだ。何と彼は翌週ハックルベリーにて500円で発見した「スクラッチ」をわざわざ購入してDoodlin'に贈呈してくれたのだ。
さてその「スクラッチ」は、ギターにラリー カールトンが入ったライブ版。70年代まる出しのサウンドだが、それはもう黒くてソウルフル。それでもってライブは果てしなく盛り上がるうえムチャクチャ心地良い。恐らく一昔前の僕なら毛嫌いしていたであろうオシャレ感漂うサウンドが今では懐かしく響く。考えたら僕らが小学生だった頃、こんなサウンドがあちこちから聴こえていたなー。
そしてクルセイダーズの客のツボを押さえきったステージングは、まるで人生はホンキートンクと教えてくれている様だ。これは僕の座右の銘に一致する。クルセイダーズは頭のジャズがはずれても最高のホンキートンクバンドだったのだ。こりゃのみ屋には必需品やわ、N君ありがとう。でもうちに買ってくれた盤が自分の持ってる盤より音がいいって悔しがってましたが、替えへんでー。
最後にクルセイダーズについて、Doodlin'のヨシペディアことY田さんの説明「クルセイダーズはですねえ、これはピーター バラカンが書いていたんですが、南部音楽であると、彼はジョー サンプルが自分達の音楽は南部音楽以外何ものでもないと語っていたのを聞いたか読んだかしてたんですねえ」なるほど。

レコード屋でこのジャケットを発見し中身も知らず衝動買いをした者を、僕は自分も含めて4人は知っている。タイトル通りクールな50年代のニューヨーク派の映画のカットをそのまま持ってきた様な、グラフィックデザインの最高傑作だろう。デザインはもちろんリード マイルス。
最高なのはジャケットだけではない。クラーク以下ファーマー、マクリーン、チェンバース、フィリージョーという当時の最先端をいく若手プレイヤーがしっかりと腰を据えておりなす黒くとも洗練された世界は、最高級の豆で煎れたブラックコーヒーの如く香り高い。
メンバーの選択はクラークに任されていたらしいが、年月とは関係なしに懐かしい響きに包まれたタイトル曲を含む4曲は、どれもブルージーに響くものばかり。ブルージーな中に寛ぎとか情熱を漂わせており、改めて聴くとアルバム全体が統一したムードに仕上がっているのに気づく。これは5人が集まったら自然とそうなったのか、はたまたクラーク自身やプロデュースのアルフレッド ライオンに何かコンセプトがあってのものなのか。今となっては知りようがない。
ただしそれは既に全メンバー5人がもうこの世にはいないからという事よりも、クラークがこれほどの才能を持っていたにも関わらず、本国では全く評価をされずに早々と麻薬により命を落としてしまったからかも知れない。

最高なのはジャケットだけではない。クラーク以下ファーマー、マクリーン、チェンバース、フィリージョーという当時の最先端をいく若手プレイヤーがしっかりと腰を据えておりなす黒くとも洗練された世界は、最高級の豆で煎れたブラックコーヒーの如く香り高い。
メンバーの選択はクラークに任されていたらしいが、年月とは関係なしに懐かしい響きに包まれたタイトル曲を含む4曲は、どれもブルージーに響くものばかり。ブルージーな中に寛ぎとか情熱を漂わせており、改めて聴くとアルバム全体が統一したムードに仕上がっているのに気づく。これは5人が集まったら自然とそうなったのか、はたまたクラーク自身やプロデュースのアルフレッド ライオンに何かコンセプトがあってのものなのか。今となっては知りようがない。
ただしそれは既に全メンバー5人がもうこの世にはいないからという事よりも、クラークがこれほどの才能を持っていたにも関わらず、本国では全く評価をされずに早々と麻薬により命を落としてしまったからかも知れない。

1954年、アメリカ合衆国最高裁はすべての公立学校での人種隔離を禁止した。それは正に、これまで「分離はすれども平等」という訳のわからん理屈に抑えられてきた米黒人社会にとって、大きな希望をもたらす判決であったろう。
しかしそれは同時にその後15年以上にわたる実に混沌とした時代の幕開けでもあった。
この判決に不服をもった白人による猛然とした抵抗運動がおこったのだ。それは当然暴力を引き起こし、それによる暗殺やリンチ、その結果としての暴動は、身近なアメリカの、まだそれほど遠い過去の出来事とは思えないほどの数に膨れ上がっている。特にアメリカの深南部でのそれは露骨で過激であったのは人々の知るところ。
そんな中起こるべくして起こったのが63年9月のアラバマ州バーミンハムの黒人教会爆破事件。これにより日曜学校に来ていた少女4人が犠牲となった。
ジョンコルトレーンがこの何とも痛ましい、そしてやりきれない報道を聞いた直後に書き上げたのが、今回紹介するレコードに収録された「アラバマ」だ。少女達への鎮魂歌とも抗議的なメッセージともとれるこの曲を聴けば当時の殺伐としたアメリカ社会がまざまざと浮かび上がってくるようだ。本当に悲しくやりきれない気持ちに落ち込む反面、よくぞ残してくれたと感謝を述べたくもなる。
この時代にしか生まれ得ない音楽といえるだろう。

しかしそれは同時にその後15年以上にわたる実に混沌とした時代の幕開けでもあった。
この判決に不服をもった白人による猛然とした抵抗運動がおこったのだ。それは当然暴力を引き起こし、それによる暗殺やリンチ、その結果としての暴動は、身近なアメリカの、まだそれほど遠い過去の出来事とは思えないほどの数に膨れ上がっている。特にアメリカの深南部でのそれは露骨で過激であったのは人々の知るところ。
そんな中起こるべくして起こったのが63年9月のアラバマ州バーミンハムの黒人教会爆破事件。これにより日曜学校に来ていた少女4人が犠牲となった。
ジョンコルトレーンがこの何とも痛ましい、そしてやりきれない報道を聞いた直後に書き上げたのが、今回紹介するレコードに収録された「アラバマ」だ。少女達への鎮魂歌とも抗議的なメッセージともとれるこの曲を聴けば当時の殺伐としたアメリカ社会がまざまざと浮かび上がってくるようだ。本当に悲しくやりきれない気持ちに落ち込む反面、よくぞ残してくれたと感謝を述べたくもなる。
この時代にしか生まれ得ない音楽といえるだろう。

ギターのグラントグリーンといえばブルーノートでの相棒オルガンはビッグ ジョン パットンと相場が決まっておりますが、どっこいラリーヤングとの相性の良さもなかなか捨てがたい。
ブルーノートにはこの二人にドラムのエルビン ジョーンズを加えたアルバムが数枚あって、そのどれもが涙ちょちょぎれるくらいの聴き応えを誇っております。
今回紹介するレコードはこのコンビが何故かヴァーブに移籍してこしらえた1枚で、ドラムはエルビンではなくベン ディクソンが担当し、これにテナーとフルートでハロルド ヴィックが加わって、それはもう極上のソウルジャズを堪能できる、素晴らしい作品に仕上がっている。
しかしこのメンバーに録音がルディ バンゲルダーときたら全くブルーノートと同じ。一体何故ヴァーブからの発売なのかは謎なのであります。
そんな中で異彩を放つのがスタンダードナンバーの「ラッキー オールド サン」。ややボサノバ調で非常に飾り気がなく、まるでシンガーが歌い上げているかの様なのりの心地よさは半端ではない。個人的には今まで聴いたグリーンの歌物では一番感動できる1曲ではないだろうか。
考えてみると、このナンバーは特別にジャズ的でもなく、特別に黒くもない。言ってみると純粋に歌として完成されたものである。
そしてこの感じがブルーノートではなく一般大衆路線を狙っていたヴァーブらしい所と言えるのではないだろうか。

ブルーノートにはこの二人にドラムのエルビン ジョーンズを加えたアルバムが数枚あって、そのどれもが涙ちょちょぎれるくらいの聴き応えを誇っております。
今回紹介するレコードはこのコンビが何故かヴァーブに移籍してこしらえた1枚で、ドラムはエルビンではなくベン ディクソンが担当し、これにテナーとフルートでハロルド ヴィックが加わって、それはもう極上のソウルジャズを堪能できる、素晴らしい作品に仕上がっている。
しかしこのメンバーに録音がルディ バンゲルダーときたら全くブルーノートと同じ。一体何故ヴァーブからの発売なのかは謎なのであります。
そんな中で異彩を放つのがスタンダードナンバーの「ラッキー オールド サン」。ややボサノバ調で非常に飾り気がなく、まるでシンガーが歌い上げているかの様なのりの心地よさは半端ではない。個人的には今まで聴いたグリーンの歌物では一番感動できる1曲ではないだろうか。
考えてみると、このナンバーは特別にジャズ的でもなく、特別に黒くもない。言ってみると純粋に歌として完成されたものである。
そしてこの感じがブルーノートではなく一般大衆路線を狙っていたヴァーブらしい所と言えるのではないだろうか。

日本では一口に賛美歌として知られる「バトル ヒム オブ ザ リパブリック」または「グローリー グローリー ハレルヤ」。これの替え歌で「オタマジャクシは蛙の子」。それでもわからん人はヨドバシカメラの歌といえば誰にでもわかっていただけるでしょう。しかし本来は「ジョンブラウンの屍」という曲名であるのはあまり知られていない。
タイトルになったジョンブラウンというのは、実在した急進的な黒人解放論者で、白人でありながら己の信念を貫いた人物。いくたの南部勢力との小競り合いを経て、ついに自分の息子達とほんの少数の自由黒人からなる部隊を引き連れ、南軍の武器庫を占領し、南部の奴隷達の峰起を待つという行動を起こしたのである。
しかし始めから無謀といわれたこの計画は当然失敗に終わり、捕らえられた彼は反逆者として死刑に科せられる。リンカーンが大統領に就任する約1年前の事だ。
「ブラウンの屍」はその後おこった南北戦争で北部軍により誰からともなく歌われ出し、ついにはアメリカ民謡として誰もが口ずさむ歌となったと聞く。
紹介するレコードには素晴らしすぎる位の同曲の演奏が楽しめる。まあこの二人のノリが合致した状態を想像していただければ説明は不要でありましょう。
しかし黒人であり録音当時既に重鎮であった彼らは一体どういった気持ちでこの曲を演奏したのだろう。他を抑えてこのナンバーがひときわスピリチュアルな響きを持っているところにヒントがありそうだ。それを考えて聴いてみるのもまた面白い。
最終的にはヨドバシカメラに聞いてみよう。

タイトルになったジョンブラウンというのは、実在した急進的な黒人解放論者で、白人でありながら己の信念を貫いた人物。いくたの南部勢力との小競り合いを経て、ついに自分の息子達とほんの少数の自由黒人からなる部隊を引き連れ、南軍の武器庫を占領し、南部の奴隷達の峰起を待つという行動を起こしたのである。
しかし始めから無謀といわれたこの計画は当然失敗に終わり、捕らえられた彼は反逆者として死刑に科せられる。リンカーンが大統領に就任する約1年前の事だ。
「ブラウンの屍」はその後おこった南北戦争で北部軍により誰からともなく歌われ出し、ついにはアメリカ民謡として誰もが口ずさむ歌となったと聞く。
紹介するレコードには素晴らしすぎる位の同曲の演奏が楽しめる。まあこの二人のノリが合致した状態を想像していただければ説明は不要でありましょう。
しかし黒人であり録音当時既に重鎮であった彼らは一体どういった気持ちでこの曲を演奏したのだろう。他を抑えてこのナンバーがひときわスピリチュアルな響きを持っているところにヒントがありそうだ。それを考えて聴いてみるのもまた面白い。
最終的にはヨドバシカメラに聞いてみよう。

来る9月3日に行われるBLUENOTE MONDAYはジェームズ スポールディング特集。
この男、実はブルーノートにリーダーアルバムは無い。しかし60年代を通して同レーベルで大活躍した彼は間違いなく超個性を持った天才型プレイヤーであり、ジャズの歴史上でも重要な位置にある人物であるとDoodlin'は考えています。そしてそんな彼が一番暴れまくれたレーベルがブルーノート。
しかるにブルーノートを特集するのにジェームズ スポールディングを加えて何が悪い!ディアゴスティーニがやらなくてもうちはやるぞ!と半分開き直っての開催です。
ただし心配もある。あまりにもテンションが高いこの男。しかもアルトサックスのうえ、2~3管編成で起用されているものばかり。60年代のブルーノートのこの路線ってバラードを収録する頻度が少ないのだ。あっても彼の場合バラードではフルートを吹く方が多い。
したがって頭が痛くなる可能性大。アルトサックスなら第1回目のジャッキー マクリーンの時がそうだった。
でもまあ、いつもの如く同級生の協力によりレアアイテムも集まっておりますし、悪いけどバファリンを用意して挑んでいただきたい。
お待ちしております。
この男、実はブルーノートにリーダーアルバムは無い。しかし60年代を通して同レーベルで大活躍した彼は間違いなく超個性を持った天才型プレイヤーであり、ジャズの歴史上でも重要な位置にある人物であるとDoodlin'は考えています。そしてそんな彼が一番暴れまくれたレーベルがブルーノート。
しかるにブルーノートを特集するのにジェームズ スポールディングを加えて何が悪い!ディアゴスティーニがやらなくてもうちはやるぞ!と半分開き直っての開催です。
ただし心配もある。あまりにもテンションが高いこの男。しかもアルトサックスのうえ、2~3管編成で起用されているものばかり。60年代のブルーノートのこの路線ってバラードを収録する頻度が少ないのだ。あっても彼の場合バラードではフルートを吹く方が多い。
したがって頭が痛くなる可能性大。アルトサックスなら第1回目のジャッキー マクリーンの時がそうだった。
でもまあ、いつもの如く同級生の協力によりレアアイテムも集まっておりますし、悪いけどバファリンを用意して挑んでいただきたい。
お待ちしております。
重圧なアンサンブルに猛烈なうねり。ブルーノートのジョーヘンの全てが歴史的な意味を持つのは間違いないところだが、このリーダーとしての最終作にあたる本作の凄さはちょっとシャレにはならないぞ。
急に話が変わるが、いい映画というのには絶対な共通点がある。しっかりとした台本が完成している事だ。かつて黒澤明は台本が完成した地点で映画の半分は出来上がっていると述べた。そうして完成した映画は全てのバランスが完璧に保たれた傑作として残るのだろう。僕の独断では黒澤以外ではビリー ワイルダー、アルフレッド ヒッチコック、デヴィッド リーン、フレッド ジンネマンなどの映画がそうではないだろうか。
さてリー モーガン、カーティス フラー、ボビー ハッチャーソン、シダー ウォルトン、ロン カーター、そしてジョー チェンバースという超強力な布陣をしたがえて、オリジナルばかり6曲も収録された本作は、この条件で考えられる豪華さ、濃厚さの範囲を更に超えてしまっているくらいの聴き応えに満ちている。
しかしこれは逆に、この手の豪華メンバーでオリジナル中心に数曲を収録した作品に多く見られる失敗例を全く覆している作品と言える。
というのは、こういった特徴を持つ作品はメンバーが多くて豪華でも、主役のソロを重視しすぎるため、他メンバーはアンサンブルにまわされてしまい、ソロがあっても1コーラスだけとかで、聴いてる方に欲求不満を持たせるものが非常に多い。また一本調子を避けるためか、リーダーの高い音楽性を問うためか、スタンダードのバラードなんかを変にアレンジしたものを収録するケースも多いが、これもかえってかったるい。そういうアルバムって数枚はご存知なのではないでしょうか?
この全てをひっくり返している本作は、とにかくメンバー全員が火を吹くかの如く熱演をくり広げている。全員が束になって気のすむまでぶっとばしているのだ。にもかかわらず、やはりリーダーが一番目立つのも不思議だ。完璧なるペース配分とでも言おうか。
もちろんバラードなんかは無い。恐らくこの地点でこのメンツが演るのはこれだ!という自負があるのだろう。余計なものはいらない、と言っている様だ。
この内容を考えれば、有にアルバム2枚分くらいの内容を誇る本作だが、これが6曲で普通の長さのLPに収まっているのは驚異としか言いようがない。
そしてその驚異を生んだ源は恐らくここに至るまでの完璧な台本があったからではないだろうか?決められた収録時間にファンが喜ぶだけではない、納得させる要素の全てをもり込む。ジョーヘンの作家としての才能までうかがえるのが「モード フォー ジョー」なのだ。

急に話が変わるが、いい映画というのには絶対な共通点がある。しっかりとした台本が完成している事だ。かつて黒澤明は台本が完成した地点で映画の半分は出来上がっていると述べた。そうして完成した映画は全てのバランスが完璧に保たれた傑作として残るのだろう。僕の独断では黒澤以外ではビリー ワイルダー、アルフレッド ヒッチコック、デヴィッド リーン、フレッド ジンネマンなどの映画がそうではないだろうか。
さてリー モーガン、カーティス フラー、ボビー ハッチャーソン、シダー ウォルトン、ロン カーター、そしてジョー チェンバースという超強力な布陣をしたがえて、オリジナルばかり6曲も収録された本作は、この条件で考えられる豪華さ、濃厚さの範囲を更に超えてしまっているくらいの聴き応えに満ちている。
しかしこれは逆に、この手の豪華メンバーでオリジナル中心に数曲を収録した作品に多く見られる失敗例を全く覆している作品と言える。
というのは、こういった特徴を持つ作品はメンバーが多くて豪華でも、主役のソロを重視しすぎるため、他メンバーはアンサンブルにまわされてしまい、ソロがあっても1コーラスだけとかで、聴いてる方に欲求不満を持たせるものが非常に多い。また一本調子を避けるためか、リーダーの高い音楽性を問うためか、スタンダードのバラードなんかを変にアレンジしたものを収録するケースも多いが、これもかえってかったるい。そういうアルバムって数枚はご存知なのではないでしょうか?
この全てをひっくり返している本作は、とにかくメンバー全員が火を吹くかの如く熱演をくり広げている。全員が束になって気のすむまでぶっとばしているのだ。にもかかわらず、やはりリーダーが一番目立つのも不思議だ。完璧なるペース配分とでも言おうか。
もちろんバラードなんかは無い。恐らくこの地点でこのメンツが演るのはこれだ!という自負があるのだろう。余計なものはいらない、と言っている様だ。
この内容を考えれば、有にアルバム2枚分くらいの内容を誇る本作だが、これが6曲で普通の長さのLPに収まっているのは驚異としか言いようがない。
そしてその驚異を生んだ源は恐らくここに至るまでの完璧な台本があったからではないだろうか?決められた収録時間にファンが喜ぶだけではない、納得させる要素の全てをもり込む。ジョーヘンの作家としての才能までうかがえるのが「モード フォー ジョー」なのだ。

彼女がジェシー デイヴィスのグループに在籍していた時から名前は轟いていた。
僕は92年の秋に初めてパリに行ったが、僅差で彼女の(サイドメンであったが)ステージを見逃している。
引退となると、彼女が有名になる前、つまり実際の彼女のステージを拝見する前の思い出ばかりが出てくる。
いまから1バッパーに戻れないのだろうか?あほみたいなメーカーの束縛から離れて気楽に楽しい演奏が出来ないのだろうか?
疑問は残るし、余計なお世話ばかりが浮き上がってくる。
でも彼女は決めたのだ。今さら何を語ってもはじまらんだろう。
SO LONG JUNKOだ。
僕は92年の秋に初めてパリに行ったが、僅差で彼女の(サイドメンであったが)ステージを見逃している。
引退となると、彼女が有名になる前、つまり実際の彼女のステージを拝見する前の思い出ばかりが出てくる。
いまから1バッパーに戻れないのだろうか?あほみたいなメーカーの束縛から離れて気楽に楽しい演奏が出来ないのだろうか?
疑問は残るし、余計なお世話ばかりが浮き上がってくる。
でも彼女は決めたのだ。今さら何を語ってもはじまらんだろう。
SO LONG JUNKOだ。
