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Doodlin' Records

神戸元町のバー「Doodlin'」店主がチョイスするジャズレコード紹介。
勝手気ままに書かせていただきます。

1935年生まれのピアニスト、ロニー マシューズは少しでもジャズを突っ込んで聴いている者ならば、その実力の程は十分承知だと思うのだが、ハードバップ第1世代であり、しかもニューヨークはブルックリン生まれにしては、ジャズの中央に踊り出たのは少し遅かったという感が無きにしもあらず。恐らくあまり自分から前へ前へと出るタイプでは無かったのだろう。

したがってマックス ローチやジャズ メッセンジャーズなどの名グループで活動したというキャリアの持ち主であるにもかかわらず、70年代のメインストリームジャズ不遇時代にはかなり音楽家として生きるのに苦労されたのではないかと想像する。じっと我慢の子であった。

そんな時代を生きたからだろうか、この1979年にビーハイブというイリノイのマイナーレーベルから発表されたリーダー作でのはりきり様は尋常ではない。ロニーのリーダー作は何もこれが最初ではないが、本作ではどの参加アルバムのものよりも演奏する喜びがまるで光が放たれる様に我々に伝わってくるのだ。一球入魂とはこのことを言うのではなかろうか。
ビル ハードマン、ジミー コブ、ウォルター ブッカーという同世代で、しかも同じ様に時代の煮え湯を飲まされていた仲間や、後輩のリッキー フォードを迎えているのも良い。皆がみな高らかに歌い上げている様子が手に取る様にわかる。

しかし、だからといって本作はただ少ないチャンスを皆で喜び合っているなんて代物では全くない。音楽的に聴いてもどの作品より郡を抜いて突出しているのだ。そしてそれはリーダー、ロニーの演奏家としての力量と余裕から生じているのは明らか。情熱的で大胆で華麗でエレガンス、ピアニストなら絶対に必要であろう要素の全てがこれでもかとばかり溢れ出ている。考え抜かれた構成、その巧みなもっていき方も含め、本当に全てのトラックが傾聴に値するどころか、何もかもひっくるめて恐ろしく感じてしまうほどだ。
あまり話題にならないロニーと本作であるが、僕は本作こそジャズ不遇時代とその後のジャズを繋ぐ一代傑作と信じて疑わない。ジャズを愛している者なら歴史を知るうえでも絶対に聴いていただきたい作品だ。ロニーの素晴らしさに驚いてしまうこと必至。

80年代以降のロニーは2008年に亡くなるまで、まるで何人いるのかと聞きたくなるほど、ニューヨークで一番忙しいピアニストとして活躍する。ロニーがピアノを弾くと全てのプレイヤーが一緒に火を吹いている。ジョニー グリフィンしかり、クリフ ジョーダンしかり。参加アルバムも全てがジャズの本質を感じさせるものばかりだ。それも本作を聴けば当然の事だと理解できるだろう。

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日本が誇る名ピアニスト、秋吉敏子。何でも日本にいた頃からもの凄い努力家なうえ負けん気が強かったらしいが、本アルバムは彼女がシンデレラガールとして渡ったアメリカで初めて制作されたリーダーアルバム。プロデュースはあのジョージウェイン。

といってもボストンのストーリービルなんていうマイナーもマイナーなレーベルからの発売だ。サイドメンもポールチェンバースにエドシグペンという、今でこそ名手とよばれてるものの、当時はまだまだ無名であったろう面子で挑んでおります。我々はアメリカでレコードをリリースする事自体をすぐに成功と結びつけるが、あの国はそもそも移民国家。特にニューヨークなんてありとあらゆる人種がひしめきあっているのだから、むこうからすれば日本からの実力ある若い女性ピアニストといっても多少珍しい位の存在でしかなかったのではないか。この扱いを考えれば簡単にシンデレラなどと片付けるのはいかがなものか。敏子にとってこれはあくまでも過酷な条件でのスタート地点であったのだろう。

しかし結果的にはレーベルはともかく、当時のNYジャズの最先端をいってた2人のサポートは、敏子のピアニストとしての技量を最高の形で引き出す事に成功している。ここでの敏子のプレイは憧れのバドパウエルに根差したものであるのは一聴して判るが、それよりもまだ先に現れるスタイルも随所に聴きとる事が出来るのだ。

よって先入観なしで聴くと有名モダンジャズの名盤とよばれるものと大差などない。情報量の少なかった日本のプレイヤーが短期間でどうやってこんなプレイを身につけたか。敏子の実力とがんばりには頭が下がるが、それはやはり最良のサポートなしではあり得なかったであろう。

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※末広光男さんが亡くなられました。神戸ジャズストリートの創始者でいわゆる神戸ジャズを形作った人ですが、いかんせん今だにモダンはいけないなどと主張される方でした。したがってその是非には賛否両論あったのは事実。でもまあここは一旦長い間神戸ジャズのためのご尽力ありがとうございます、おつかれさまでしたと言葉を送りたい。これからはいい意味で神戸ジャズを変えていかんといかんね。
近年はファンクジャズの偉いお坊様の如く若いオシャレ系のファンにも崇められております我らがルーさん。しかしそんなルーさんも元はといえばあのチャーリーパーカーの後を追いかけるバリバリバッパーでありました。

55年に録音された本作はまずジャケットに注目。お顔は確かにルーさんですが、ハーフシャドーで撮られてやたらスカしているじやありませんか。後々のどれを見てもニコニコ笑っている呑気面とは明らかに違う。
と思った途端に飛び出すのが「キャラバン」。アップテンポのテーマにつづいて、アート テイラーのタムだけをバックにグイグイ吹きまくるルーさん。途中サビでリズムが入ったと思えばまたデュオに戻る。その颯爽としたこと。カッコいい~。ドナルド バードの若さ漲る溌剌プレイに刺激されたのだろうか、後にも先にもこんなにキメまくったルーさんは聴いた事がない。これはまた当然相棒のハーマン フォスターにも言えます。

さらに両面1曲づつ収録されたバラードもしっとりとしながら、どこかハードバップ的で、これまたルーさんの実力が発揮されています。

ファンキーファンキールーさんしか知らない人にはぜひ聴いていただきたい、痛快ハードバップの傑作であります。

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溢れ出すエモーション!耳をつんざく爆音!ほとばしる汗!メッセンジャーズの代表作とか、ハードバップの人気作とか色々言われている本作だが、ヘッドフォンでもいいので一度爆音で聴いてみてほしい。そうすればどんな人間であろうが、これここそが全ジャズの頂点を極めた怪物的で歴史的激演であると認めざるを得なくなるだろう。これは聴くという行為よりも体験に近い。ブルーノートの「ナイト イン チュニジア」は存在自体が神懸かっている。

ブルーノートのオーナーであるアルフレッド ライオンは1958年に今こそアート ブレイキーと契約して彼のジャズ メッセンジャーズをブルーノートから世に出そうと決意した。それが名盤といわれる「モーニン」だ。これは結果的に大いにヒットし、ボビー ティモンズ作曲のタイトル曲はJMの代表的ヒットナンバーとなった。

その2年後、JMは正に天井知らずに凄みを増していた。この地点で最高傑作を作ろう、後世に残る決定的激演を残そうとライオンとブレイキーは話合ったのだろう。そうして「ナイト イン チュニジア」が生まれた。タイトル曲を聴いてみてほしい。このテンションの高さ、豪快さ、凄まじさ等を表すのに、情けない事に無学の僕には上手く言葉は見つからない。何度聴いてもただただ唸るしかない。
因みにDoodlin'では、オリンピックでお客さんが少ない日、雨降ってカンコ鳥がないている日、電気代払えんやんけーという日などにこれを爆音で鳴らす。そうすれば何か今日は良い事が起きる様な気がして、またその通り起きたりするのだ。不思議な事に。

この4ヶ月半後、ブレイキーはこのメンバー、すなわちリーモーガン、ウェインショーター、ボビーティモンズ、ジミーメリットを従えて日本にやってくる。何も無かった所にこの「チュニジアの夜」が展開されたのだ。これがいかに事件であったか想像するのは少し難しいのではないか。
日本人はジャズに理解があると世界中のジャズ関係者から一目置かれているらしい。その原因を探る時、この「チュニジアの夜」にたどり着くのではないかと僕は思っている。

さて、そんなアート ブレイキーを特集するBLUENOTE MONDAYは10月1日に開催。GROOVEの化身にたっぷりGROOVEを教えてもらおう。JM、アフリカシリーズ、サイドメンみんな聴けます。ってそんなもん1晩で足りる訳ないよな。

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10月1日(月)のBLUE NOTE MONDAYは、出た!アート ブレイキー特集。

この日は丸一晩ブルーノートのアート ブレイキーのみでお送りいたします。彼の命日10月17日に合わせての開催です。

情報量の少なかった30年前と違って、ジャズの本質がGROOVEにある事はみなが知るに至っています。アート ブレイキーはそのGROOVEの化身。これも近年は常識となって世界中のジャズファンに愛されています。この日はさらに深くアート ブレイキーの神髄を確かめたいと思います。

もし今だにアート ブレイキーはアクが強いのでぶっちゃけ苦手なんて人がいたら、かえって参加していただきたいものです。

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ハンク モブレイは歴代ジャズのスターの中でも最高のスタイリストであると思うのだが、去る6月4日にDoodlin'で行われたBLUENOTE MONDAYハンク モブレイ特集を通して我々が出した結論は、自分に酔った時のモブレイは手がつけられないくらい素晴らしいという事。また、良い意味でモブレイほどエエカッコしいのプレイヤーは他にいないという事も確認出来た。

「ソウルステーション」は言わずと知れた名盤として今もジャズレコード史の中で光輝いているが、ワンホーンで絶好調の姿を捉えていると言う点でそれは当然の結果であるのは間違いない。今述べた要素が120%以上発揮されている本作だが、僕など実はあまりにも贅沢すぎて何か怖じ気づいてしまって、いつも聴くのに一瞬躊躇してしまう位だ。

しかし、本作がここまで何かの極地にまで登りついた作品に仕上がったのには、しっかりとした理由が存在するのは当然。
それがドラムのアートブレイキーの存在である。
ブレイキーの持つ尋常ではないダイナミクスと爆発力。そしてすべての展開に気を配った完璧なるペース配分と芸術的な表現力。この恐るべき両面性がとてつもない壮大なドラマを生み出している。ウィントン ケリーもポール チェンバースもよりいっそう持ち味を発揮しているどころか、演奏する喜びをピカリピカリと放出しているではないか。ブレイキーがここにGROOVEと生命をそそぎ込んでいるのだ。

本作の録音が1960年2月。モブレイに替わってウェイン ショーターがメッセンジャーズでの初録音を行ったのが前年の11月の事。だからしてここでのモブレイは2度目のメッセンジャーズを退団した後という事になる。この時の退団は決して円満なものではなかった筈だ。しかしこの作品はモブレイ自身が最初からアート ブレイキーありきで構想していたと想像する。そしてブレイキーも何があってもモブレイと一緒に演奏するのが好きでしかたなかったのだろう。そうじゃないと作品にここまでの喜びが満ちあふれる訳がない。だから僕は本作と続く「ロールコール」はモブレイとブレイキーの共同作品であると信じているのだ。
そりゃあドラムがアート テイラーやフィリー ジョー ジョーンズでも十分に良い結果にはなったであろう。しかしアート ブレイキーでないと本作にやどる意味というものが欠落してしまうのは間違いないだろう。

何しろアート ブレイキーこそGROOVEの化身なのだから。

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ブランフォードマルサリスは間違いなく僕のアイドルである。1960年生まれだから僕より6つ年上。という訳でこの人くらいだろう、リアルタイムで新譜を待ちわびたり雑誌の記事をチェックしたりといった追いかけ方をしたのは。

ジャズの場合アイドルといっても、僕が生まれる前から活躍してたり、もうこの世にはいなかったりする場合の方が多い。6つ年上というのは確かにアイドル視するには一番いい世代という事になる。

しかしアイドルというのはただ音楽だけが良いからというだけではなりえない。ブランフォードの場合、スマートな容姿にお茶目で明るい性格、スティングのバンドでも主役を喰ってしまうくらいの華やかさが確かにあった。20歳の男子が憧れるのも無理はない。

このアルバムは単独リーダーとしては確か3作目に当たるもので、ドラムにあのトニーウィリアムズを迎えているのが嬉しい。何でもトニーの方がブランフォードを気に入っていたらしい。おかげでスインギーな「ジャストワン オブ ゾウス シング」にトニーの名曲「ラブストーン」「シタデル」と聴かせ所はてんこ盛り。

これこそブランフォードが最も注目されていた時期のものだろう、若さと自信が溢れかえっていております。当時から何かしらスターの要素を持っている人だった。

僕にもこういうアイドルがいて良かったと今思う。

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こんなんみつけました、とDoodlin'の若いお客さんが持参してくれたCD。

どうやら70年代のジャマイカのプレイヤーらで録音されたLPをCD化したものらしい。リーダーは誰か知らないトランペッターみたいだが、テナーがローランド アルフォンソで、アーニー ラングリンというギターはあのアーネスト ラングリンか?レーベルも全くわからん。そして真面目にジャズを演っていて、アルフォンソは流石にかつてサッチモに賞賛されただけあってジャズも上手い。

ただしシルバーの「スピリットキック」モンクの「ラウンドミッドナイト」スタンダードの「グリーン ドルフィンストリート」とこの辺りは録音が変だとか謎のMCが入っているだとかの不思議な要素が詰まっているにもかかわらず、そないに突出したものはなく、いわば普通だ。

ところがとんでもないのが1曲。あのクリフ ジョーダンの「ハイエスト マウンテン」が収録されているではないか!アレンジは以前紹介した「プレイズ レッドベリー」のものに似ている。多分これを参考にしたのだろう。
ここで思い出したが、ジャッキー ミットゥーのスカのレコードにクリフ ジョーダンが参加したレコードがあったではないか。以前に聴いてみたがあまり面白くなかったので忘れ去っていたのだ。

という事は、あの偉大なるクリフ ジョーダンはニューヨークだけではなくジャマイカまで人脈を広げていたのか?

また研究せんとあかんテーマが増えた。もうあまり増やさんといてんか。
そういう訳でDoodlin'特捜隊のY田さん、T垣君、K出君、調査頼みます。結果を楽しみに待ってる。

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僕たちアメリカ音楽を愛する者なら避けて通れない街、テネシー州メンフィス。

何といってもエルヴィス プレスリーのグレイスランドがあって、サン スタジオがあって、ビールストリートにはBB キング以下錚々たるブルーズマン達が活躍していた名所が残る。ここを聖地とする人が多いのも十分頷けるというもの。

これにジャズファンなら絶対に付け加えなければいけないのがメンフィスジャズの一団だろう。かつてマイルズ デイヴィスが「一時期にこんだけの才能がメンフィスから生まれたんだ、凄い事じゃねえか」といわせたその主なメンツはフィニアス ニューボーンにブッカー リトル、フランク ストロージャー、そして今回の主役であるジョージ コールマンとハロルド メイバーン等。

特にコールマンとメイバーンは1歳違いの親友で、共にニューヨークに進出した後も常に行動を共にして、メンフィスジャズメンの魅力を世界に知らしめていった功労者だろう。

今回紹介する作品は、そんなコンビで結成したカルテットが84年に録音したもので、ベースはこれまたメンフィス人脈の一人である元ジョージ ジョイナーことジャミル ナッサー。
ただし特別にメンフィスを全面に出したものではない。「マンハッタン パノラマ」というタイトルからも察していただける通り、本作は彼らがこの地点で、そして現在も活躍しているニューヨークのマンハッタンをテーマに取り上げた、いわば企画物。A面1曲目の当時のニューヨーク市長コッチさんに送った、ジョージの歌も楽しい「メイヤー コッチ」のみがスタジオ録音で、マンハッタンを舞台にしたお馴染みのナンバーをメドレーで収録したA面の大半とオリジナルで固めたB面は名門ヴィレッジ ヴァンガードで収録されたライブ版である。ライブという点で、当時のニューヨークの様子や、彼らのニューヨークに対する想いがいきいきと、またはしっとりと伝わって来る素晴らしい内容を誇る作品で、ジャズの良い所全部が集まった作品と言い切っても過言ではない。

ただそこまで言い切るには訳がある。

それはラストに”どブルーズ”である「ニューヨーク ハウジング ブルーズ」が収められているからに他ならない。この天井知らずにたたみかける真っ黒なブルーズを演らせたら、今を持ってしてもこの二人にかなう者などいないのではないか。全ての人々が頭をふりまわし、雄叫びを上げたくなる事必至。メンフィスの砂埃とニューヨークの都会性が完全にひとつになった史上最高のブルーズである。これぞブルーズ!これぞジャズ!なのである。

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※コールマンとメイバーンは現在もニューヨークで元気に活躍しています。去年みた二人のライブを含む旅行記はこちら
ウディ ショーとタイロン ワシントンというフロントにアルトのジェームズ スポールディングをゲストに加えたシルバー クインテットの大傑作アルバム。

全編にわたりこれでもか!とばかりファンキーに展開するそのサウンドは正に痛快、豪快、愉快、爽快。1966年という年のジャズがどんな変化をしていたのかは知らんが、時代の変化なんかどこ吹く風とばかりに、全員がのりにのりまくっております。特にゲストのスポールディングがあのシルバー独特の猛烈バッキングにあおられてか、いつも以上に燃えに燃えているのがまざまざと伝わってくる。ただでもやかましいのに。
これぞホレス シルバー!これぞファンキージャズ!といった所か。

ところで、87年に発行されたジャズ批評社の「ブルーノート ブック 」を見ると本作の紹介文はたったの3行。これは一番小さな扱いだ。まあ25年前の編集者がこのアルバムに大きく扱う価値を見いださなかったという事なのだろう。もちろん素晴らしい内容なのに同じく小さい扱いをうけている作品は他にもたくさんあるし、紙面にも限りがあったろうからそれは仕方がないだろう。しかし本作に限っては小さく扱われたという事実はある意味において特別残念な事である。

というのはダブルジャケットである本作の中身を開けて見ていただきたのだけど、そこにはメンバー全員の顔写真と共にA&Rプロデューサーという肩書きで、あのアルフレッド ライオンが登場しているのだ。これまでにジャズの歴史を変えてしまった傑作アルバムを次々に発表しておきながら、いっさい表に出る事がなかったどころか、作品に名前をクレジットする事も無かったあの偉大なる人物が遂に姿を表したのだ。

アルフレッド ライオンがブルーノートを去ったのはこの録音の翌年の1967年。恐らくこの地点において自分の中では決心を固めていたのだろう。そして皆さんもご存知の通り、ライオンとシルバーの関係は特別に強力なものであった。結果論かも知れないが、これはライオンの引退を記念した特別な作品であったのではなかろうか。

ライオンのプロデュースから離れたシルバーグループは番号順でいえば次作である「セレナーデ トゥ ア ソウルシスター」では混沌とした時代を反映したサウンドに傾いている。そしてそれ以降はかなり自己の思想を押し出す作品を連発して行く。これらももちろん素晴らしい内容を誇るものばかりだ。

しかし青春を謳歌した様な清々しいシルバーの姿はアルフレッド ライオンと共に本作で姿を消して行った。そういう意味でもう一度この作品を評価してみるのも意味があると思う。

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